#魔女集会で会いましょう
紙川浅葱
#魔女集会で会いましょう
拘束具を両の手に嵌められて、私は思った。
――まーだ死ぬわけにはいかないんだけどなぁ、と。
広場の中央には油をまかれた枝材の山と一本の杭があった。私はここで火刑に処されるらしい。
罪名、異端罪――
それは強大な一神教が支配するこの国では殺人罪よりも重い罪だった。
「聴衆よ! 静まり給え! 今ここに神の正義をもって裁きを下す!」
広場が一望できる趣味の悪い席で、中年の男が大声をあげた。大聖卿。都市教会で絶対的な権力を持つ、つまりは腐った親玉だ。
「この者は『白の腕』に対する我々教会の行いを否定した。悪魔の所業であるそれを嘘の言葉を並べ、平民を欺き、混乱に貶めた!」
違う。あれは局所的なアルビノと栄養失調だ。お前らの宗教のことは知らないが、医師として断言できる。あれは悪魔の腕でも、幼子の両腕を切るような疾病でも、あまつさえ「慈しみの死」とその幼子を殺していいような奇跡でもない。
「この罪は断じて赦すことができない。聖ファスロト様の火を持って、地獄での永劫の苦しみが相応しい!!」
私は、お前らの言う地獄には行かないけれどな。
聴衆が沸き立った。大聖卿はそれに腕をかかげ応える。この男はこうして陛下も王妃も殺していた。捕まってから
「異端を殺せ!」
「神の罰を!」
こだまする罵声の中で私が杭の前に立たされたその時。
建物の屋根から黒い人影が飛び降りた。しなやかな猫のような身のこなしとは裏腹に、その重さで石畳が軋んだ。
黒い影が一呼吸だけ置くと、目の前の杭が、殴られて吹っ飛んだ。
「貴様は……!」
大聖卿が慄いた。
その影がフードを外す。金色の髪に黒いローブ。その袖から髪色と対比するような銀色の腕が見えた。
私がつくった磨かれた黒金の手甲。白く細い腕の介助と秘匿を目的としたそれはこの青年の人生を変えてしまったようにも思えてしまう。
「……てめぇにあのとき殺されかけた慈しみの子、だよ」
『放せ! 俺の腕なんかほっておいてくれ!!』
『私ならその腕を切らずに、キミを殺さずにできる』
「衛兵! 衛兵! 何をしている! こいつをひっ捕えろ!」
広場を警護していた三十人ほどの兵士が剣を抜いた。
「はぁっ!」
青年はそれを鉄の腕で受け止める。
「うらぁ!!」
何本もの斬撃をいなしながら拳と突きとで兵士の数を減らしていく。処刑台の段を駆け上がり、片手で軽々と私を回収した。
「……何やってんだクソババァ」
「えへへ……すまない」
「手枷は後だ。つかまってろ」
「囲め! 絶対に逃がすな!」
大聖卿は自分に危害が加わらない位置で兵士に号を飛ばす。それはいつからか得てしまった兵力の指揮権で遊ぶ醜悪な子供のようだった。
「手は硬い! 脚を狙え!」
槍斧を持った上級衛兵が号令を上げ振りかぶる。
「……悪いな、両脚にも悪魔の加護が乗ってるぜ」
脚を狙ったその槍斧は、衝撃で柄のところから真っ二つに折れた。
兵士たちが怯むのを見て、軽く跳躍する。着地と同時に急加速して、斜め方向一直線に大聖卿の方向へ飛んだ。私を掴んでいない右腕で、その顔面に鉄槌をかます。
――この子の十五年に及ぶ悪夢を振り払うかのように。
「これでまあ、多少はすっきりした」
気絶し歯が折れた大聖卿を見下して彼は言った。
「大聖卿さまが!」
「なんてことを!!」
聴衆たちがようやく事態に追いつき色めきだす。罵声と混乱で人混みが揺れた。
「さっきの跳躍なにあれ、私知らない機能なんだけど」
「新しくつけてくれ、って工房のじいさんに頼んた。何というか……乗りこなすのに時間がかかった」
「……ありがと」
「フン」
青年はそっぽを向く。
「どうすんだこれから」
「もういられなくなりそうだしね。出ようかこの国を」
「いいのか、一応は生まれ育った国なんだろ」
「宗教のみを是とするような国、故郷じゃないよ」
ふと聴衆の声が、私に聞こえた。
「悪魔だ!」
「あの女は魔女だ!」と。
#魔女集会で会いましょう 紙川浅葱 @asagi_kamikawa
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