お祭りと付喪神

 毎年、朝日山神社では初秋 (現在の八月下旬〜九月上旬頃)に祭りが行われている。

 朝日山神社がある村に限らず、近隣の村々からも多くの人が詣に来る程、毎年盛況しているお祭りだ。その参拝客を目当てに屋台を出す人々も当然いる。その屋台の店主達は毎年揃って首を傾げるという。仕入と売上の数字が合わないのだと。

 すると朝日山神社をよく知る村人達は、揃って皆こう言うのだ。

 

「あそこは付喪神神社だからねぇ、付喪神がこっそり持ってったんでないかい」と。

 


***



 文月中旬。暑さ残る中、秋めく今日この頃。

 本日は毎年恒例、朝日山神社の結縁けちえんの日――いわゆる縁日である。

 神社の前には屋台が立ち並び、境内も昼夜問わず参拝客で賑わう日。

 朝日山神社の年間行事に数日ある、忙しい日の一つだ。


 巫女服姿の少女が、後ろで括った髪をなびかせながら、二枚の紙を抱えて走っていた。その後ろを、ふよふよと赤い市松模様の小さな少女がついて回っている。

 社務所と家屋を繋ぐ廊下まで辿り着くと、神社の宮司の娘・千春は池に向かって呼びかける。


「紅蓮、白蓮! 待たせてごめんなさい!」


 蓮の時期を過ぎた池の水面に、既に紅白の美しい花はなく、蓮の葉だけが大きく広がっている。そこから綺羅綺羅と何かが浮かび上がってきた。前回と違い、人っぽい形状をとってはいるが、あくまで形だけで顔の様なものは見あたらない。

「千春殿、こんにちは」

「こんにちは、千春殿」

「はい、こんにちは。頼まれていた姿を用意してきたから、他の付喪神にやり方を聞いてちょうだい。今日の夜は自由に神社や、神社近くを出歩いて構わないから」

 それだけ告げると、千春はついてきたかざぐるまの付喪神・霜雪そうせつに「はい」と紙を手渡した。

「あとよろしく」

「まかされるわ! なんてたって千春の頼みだもの! ところで……」

 霜雪は手渡された紙に書かれているものを確認し、

「これってなに?」と小首を傾げた。

 すると千春は「ふふふ……」と自信満々に含み笑いをもらす。


「安慶さんから貸していただいた大陸の書物を参考にしたのよ! 蓮って仏教の花でしょ? 仏教といえば海の向こうの大陸から渡ってきたじゃない。ということで、漢だか唐だか隋だかなんだかよくわかんないけど、とりあえず海の向こうの大陸の衣装にしてみたのよ! これなら人外ってすぐわかりそうだし、イケてるでしょ⁉︎」


「あ、そうなの? あたしはてっきり、鯰の妖かなにかを描いたのかと思ったわ。千春ってば相変わらず字は達者なのに絵心はないのね。そこも昔から変わんなくてかわいいんだけど♡」


 楽しげに解説する千春を、霜雪は正直な感想で身も蓋もなくバッサリと切り捨てた。

 霜雪に渡された紙には、迷いなく墨で書かれた流暢な文字と、辛うじて何かの生き物だとわかる得体の知れない絵が一緒に描かれている。確かにこれでは人の姿とは到底思えない。

「なによ! これでも頑張って考えたのよ⁉︎」

「それはそれ、これはこれ♪」

「ちょっと霜雪!」

 詫びる気のないかざぐるまに、千春はさらに抗議しようとするが、壁から突然なにかがぬうっと浮き出てくる。それは、まるで絵に描かれる天女のように着飾った女性で、千春を呼び止める。

 いつもの簡易な衣装ではなく正装をした桃の木の精・花蕊かずいだ。

「千春。山神様の準備が整ったって上の方の木霊から連絡があったわよ」

「もう⁉︎ 父様に伝えて来る! ありがとう!」

 花蕊の報告を聞き、千春は一転、仰天する。

 花蕊の言う山神様は、この朝日山神社の主神であり、本日の祭りの主役である。

 千春はもはや霜雪には目もくれずに、社務所に向かって走り去っていく。今度はその後ろを花蕊が付いていった。

 千春と花蕊が去るのを見送った霜雪は、いま一度手にある紙を見下ろし――首を傾ける。やはり毎度のことながら、このままでは使えそうにない。

 ということで、今回も毎度のことながら、相談番の水瓶のところに行くとしよう。



「で、俺か」

 水瓶の側面に浮かび上がる一対の目は、ジトーッとやる気なさげに霜雪を見つめている。

「前もなんとかしてくれたじゃない♡」

 悪気なくお願いの仕草を取る霜雪から突風のごとく事情は聞いたが、別に絵心がある訳じゃないんだが、と水明すいめいは溜息を吐くように瞼を閉じた。

 同じ厨にいる高音たかねも、話が聞こえて興味を持ったのか、動きやすい人型に姿を変えて横から霜雪の持つ紙を覗き見る。

 そんな彼女の口から漏れ出たのは


「またすごいのが生み出された」


 という感想だけだったが。

「なんでうちには絵筆のお仲間がいないんだろうなぁ」

「そうね、いたらきっとこれを素敵に描き直してくれること、間違いないわ」

 水明のボヤキに同意して神妙に頷く霜雪。だがそれも一瞬、すぐに甘える笑顔に早変わりする。

「でもいないんだから、しょうがないじゃない。とゆーことで、頼れる年長者の水明、お願い♡」

「俺に他力本願するお前はいいのか、新参者の霜雪」

「新参者だからいーの♪」

 しれっと自分を棚にあげる霜雪に、水明の目は諦めの色を纏い始めた。


 今この場にいる三体どころか、この神社にいる蓮の付喪神を除いた中では霜雪は一番最近にった付喪神なのだ。

 最年長は考えるまでもなく、桃の木の花蕊。以前聞いたところ「んー、ちゃんと数えたことないけど六百年くらい?」と疑問符がつくくらいには、長いこと存在しているらしい。

 花蕊は別格として、水明もかなり昔からこの神社を見てきている。千春の父も祖父もその曽祖父も小さい頃から知っているのだ。高音と光陰こういんはどっこいどっこいのようだが、水明は恐らく光陰の方が古いと考えていた。


「初めて後輩ができるんだから、少しは頑張ったらどうだよ、霜雪」

「できることと苦手なことくらい、わきまえてるつもりよ。あたしの時も水明がやってくれたじゃない」

「あれは千春も小さかったし美冬みふゆもいたし、興味半分だったんだけどな……」

「千春、あの頃から絵は上達してない」

 美冬、とは千春の祖母の名前である。彼女は自分達も視えるし、平気な性質だし、自分達を大事にしてくれたので、よく話し相手をしていたものだ。


「あら? 声が聞こえた気がするけど」


 突然入口の方から聞こえた声に、厨の中は一斉に静まり返る。地面に落ちた包丁と、千春が描いた謎の生物の紙だけがそこに残されていた。

 中を覗き込んできたのは、巫女装束に身を包んだ壮年の女性だ。左目の眦にホクロが一つあるが、どこか千春の顔と似ている。

 それもそのはず。彼女は、千春の母親の、夏代子かよこだ。

「誰かしら、包丁を落としていった人は。――あら、この絵」

 お夏代は包丁を拾い上げると同時にそばに落ちていた二枚の紙も一緒に拾い上げる。

 しばらく、じーっとその紙を眺めていたが、唐突に「ふふっ」と吹き出した。

「紙と筆〜っと……あ、携帯用の筆はあるし、懐紙でいいか」

 お夏代は包丁を後で洗うために流し台に置くと、部屋の隅に寄せてあった椅子を引き寄せて机に向かう。千春の紙と懐紙とを行き来しながら筆を走らせて、しばらく。お夏代は上機嫌に笑みを浮かべながら筆をしまった。

「ざっとこんな感じかしらね。我ながらなかなかうまく描けたと思うわ、ふふふ。それにしてもあの子ったら……ここまでお祖父様に似なくていいのに」

 お夏代は愛おしそうに千春の描いた紙を見つめると、紙を机の上に置いたまま、椅子を片付けて厨を出ていってしまった。

 出る間際、誰に向かってか「もうすぐお弁当が届くわよ〜」と声に出して。


 足音が遠のき、誰も来ないのを確認すると、天井から霜雪がゆっくりと下りてくる。続くようにポポンっと音がして、高音と水明が人型を見せた。

「ぺっぺっ。夏代子さん、洗ってくれるんじゃー?」

 高音が顔を渋くして身体中を叩いている横で、霜雪と水明はお夏代が置いていった紙を覗き込み――感嘆の息をこぼした。

 そこには千春の絵を元に綺麗に描き直された、眉目秀麗な二人が描かれていたのだ。

「親子でこうも違うんだー。子は鷹にはならなかったのね」

「そーいや嘉一郎かいちろうは絵が下手くそだったっけなぁ……千春のこれはそこからか」

 嘉一郎は、千春の亡き祖父の名前である。

「千春のおじーさんってそんなに絵が下手だったの?」

 霜雪が付喪神となり、ある程度屋内での自由が利くようになった時には、既に嘉一郎は他界していた。

 そのため、自身が飾られていた祖母の部屋での事が、かろうじて思い出せるかどうか、という記憶しか霜雪にはないが、その中に嘉一郎の記憶はほとんどない。

 それを承知の水明は、千春の絵を指して「まあ、こんな感じだった」と告げるのだった。


 ***

 

 時刻は夕刻、黄昏時。

 空は赤く染まり、天照大御神たる太陽は山の向こうに沈みつつある。


 いつもなら、境内も参道もそこから村に続く道も、静々と闇に包まれていく頃合いだが、今日は違う。

 今日は年に一度の朝日山神社の祭りの日なのだ。祭り提灯や灯籠に火が入れられ、暗くなる夜道を明るく照らしている。

 昼間は山神を乗せた神輿を担いで近隣の村々を練り歩き、夜は神社の境内で盛大に飲み明かす。そうして、山への感謝と豊作の願いをお伝えし、新たに神様と縁を結ぶのだ。

 そして今夜はもう一つ、許されていることがある。


 多くの人でごった返す境内の隅に、見慣れているようでどこか違う大小の影があった。

「べっこう飴! べっこう飴が食べたいわっ! あ、でも細工飴も捨て難いわね! お江戸の二枚目な役者さんのとかないのかしら! お団子も芳ばしい醤油の匂いにそそられるわ! ねえねえ水明、買ってきて!」

 言動はいつもの霜雪と変わらないが、平時とは違い、焦げ茶色の猫っ毛な髪を銀杏いちょう崩しに結い、市松模様の帷子かたびらをきちんと着ている。

 驚くべきはその大きさだろうか。一尺程しかなかったはずの身長は、今や五、六歳の子供と変わらない大きさになっているのだ。

「はしゃぐな、はしゃぐな。まず今夜の主役はお前じゃない」

 こちらもいつもとは違い、小銀杏こいちょう髷に法被を着込んだ水明が、どうどうとはしゃぐ霜雪を落ち着かせる。

 霜雪もそれはわかっているようで、心外だと言いたげな表情で水明を見上げた。


「あら、わかっているわよ。今日の主役は紅蓮と白蓮でしょ。あたしからの歓迎祝いをあたしの代わりに買ってきてって頼んでいるんじゃない。わかってないわねー水明ってば。それにしても、初めての変化なのにすごく上手じゃない! まあ、あたしが教えてあげたんだからそれも当たり前かしら。ふふん♪」


 物珍しげに周囲の人混みをキョロキョロと眺めていた紅蓮と白蓮は、霜雪に話を振られて軽く会釈をする。

「お陰様で、なんとか変花のコツがわかってきました」

「霜雪様のおかげで、皆様と同じように変化できるようになりました」

 スラッと背の高い着流し姿の男性姿を取っている紅蓮と白蓮。鼻筋が通った好男子に変貌しており、着物にはそれぞれ彼らを象徴するように紅い蓮と白い蓮の柄が入っている。

 そのせいか、先程から通りすがる女性の視線が必ずと言っていいほど、紅蓮と白蓮に注がれている。


 彼らにお礼を言われ、得意げに胸を張る霜雪だったが、その傍で高音が小首を傾げた。

「霜雪って人型変化下手だったよね?」

 そんな高音は、普段は高い位置で、馬の尻尾の様に結い上げている光沢のある黒髪を島田髷にし、ごくごく普通の町娘の姿をしている。

「普段のあの大きさを見れば下手なのはわかるだろ」

 彼女に同意する水明に、霜雪は一転キーッと両腕を上げて怒る仕草をした。

「失礼ねー! 後輩ができたんだから先輩風くらい吹かさせなさいよー! って、そういえば、醇美じゅんびと花蕊は? 千春の姿も見えないし。せっかくの歓迎会なのにどこ行ったのかしら」

 カラカラと風を受けて回るかざぐるまの様に、霜雪の話題や関心もころころとすぐに移り行く。怒っていたのもころっと忘れ、霜雪は足りない背丈を補うようにぴょんぴょんと跳ねながら、周囲を見渡した。

 しかし境内は祭の参拝客でごった返して、全く遠くを見渡せない。

 今日は人のフリをすることを前提に人前に出ることを許可されているので、いつもみたいに浮くわけにもいかない。

 すると、それまで静かだった光陰がスッと前に出る。

「花蕊は山神様の接待。千春と醇美は……」


「はいはい、呼んだ?」


 光陰が淡々と説明し始めたその時、人混みを掻き分けて彼らの前に現れたのは、いま話題に上がった千春本人だった。

「毎年のことながら人多いわね」

『千春!』

 嬉しそうな声が複数上がった。霜雪に至っては彼女に飛びついている。

「そろそろ皆も出歩き始めると思って様子を見に来たの。そこの初めて見る二枚目イケメンが紅蓮と白蓮?」

「左様でございます」

「この姿ではお初にお目にかかります」

 紅蓮と白蓮はそれぞれ千春に軽く会釈する。と、千春は周囲を少し気にして声量を落とす。

「水明達からもう聞いたかもしれないけど、今日の夜だけは狐狸とか、天狗とか、妖しのモノがいても気づかない人間がほとんどなの。だから意外と混ざり込んで一緒にお酒飲んでたりするのよ。だからあなた達も、羽目を外さない程度に祭りを楽しんでね」

 千春の言葉を聞いた双子蓮は、口を揃えて「承知いたしました」と頷いた。

「千春、そろそろ神楽の時間ではないのか?」

 時計の付喪神である光陰は、時刻には正確だ。千春が「あら、そうなの?」とお礼を告げた。

「そろそろ私は行くわね。醇美も待ってるし。皆、紅蓮と白蓮をよろしくね」

 小さく手を振って再び人混みに紛れていく千春に、付喪神達は「はーい」と合唱して手を振り返した。


 それじゃあ、と姿が見えなくなった後、真っ先に口を開いたのは霜雪である。

「みんなで千春と醇美の勇姿を見に行きましょ。紅蓮と白蓮も千春の神楽は初めて見るでしょ? 千春って神楽がとっても上手なのよ! それに醇美の音が澄んでいてとても綺麗なの! さっ早く移動しましょうよ!」

 と一息に言うが早いか、霜雪は人混みをかき分けて先頭を切って行こうとする。が、入り込めずに尻餅をついた。

「ほれほれ、肩車してやるから。光陰はどうする?」

「紅蓮か白蓮にお願いしたい」

 人混みに対して駄々をこね始めた霜雪を抱えた水明が、念のため十一、二歳の男児姿をとっている光陰にも聞くと、意外にも双子蓮にご指名が入る。

 紅蓮と白蓮は少しキョトンとしたが、水明が霜雪で例を見せると、すぐに納得していた。

「私どもでよければ、喜んで」

「では、交代しながら行きましょうか」

「よろしく頼む」

「あーずるーい! それならあたしだってせっかくだもの紅蓮か白蓮に頼みたいわ!」

 光陰が白蓮に肩車してもらうのを見て、水明の上でまた駄々をこねる霜雪。水明は慣れたように「また今度やってもらえ」と人ごみをかき分けて進み始めた。


 朝日山神社には神楽殿がないため、いつも拝殿で神楽を舞うことになっている。そのため、入口側の壁に限り、特定の外し方でのみ外れる細工のされた板戸が建て付けられていた。そんないつもとは違い、中がよく見える拝殿の前にたどり着くと、ちょうど千春が出てきたところだった。

 千早を纏い、手には醇美である神楽鈴を握りしめている。普段の付喪神達に気を立てている姿とは一転、明鏡止水の境地のごとくその場に佇んでいる。


「これは……」

「またなんと……」


 紅蓮と白蓮の口から感嘆の声が漏れる。

「普段の様子からじゃ想像できないだろ、あの姿」

 隣に立つ水明が小声で双子蓮に話しかけた。紅蓮も白蓮も彼のその言葉に頷いて「とても美しいです」と呟いた。

 笙の音や龍笛などの音が厳かに鳴り響く。その音に合わせるように千春の手が、動いた。

 鈴を鳴らしながら静々と神楽舞を始める千春。祭りの喧騒も、その音に惹きつけられ、舞いを目にして自然と静かになっていった。




 千早を纏い、神楽鈴を手に、拝殿へと上がった千春は内心を表に出さないようにすることに必死だった。

 昼間に御神輿に担がれ村中を練り歩いた山神は、神社に戻った後に拝殿の御神体に坐しているはずなのだが、その御姿が見当たらないのだ。


(毎年のことだから。山神が遊びに出るのは毎年のことだから)


 三年前から神楽舞を務めさせてもらっているが、未だに最初から御神体にいたのを見たことがない。

 立ち位置に付くと袖で顔を覆い隠しながら、蹲る様に膝をつく。神楽舞の始まりを報せる笛の音と太鼓が響いた。

 千春の身体はすぐにそれに反応し、練習した通り、身体に叩き込んだ通りに動き始める。

 視界が高くなると、拝殿の前の人だかりが目に入る。その人々に混じるようにして、山神が串に刺して焼いたイカを片手に神楽舞を見物していた。

(貢物かしら? それとも屋台で貰ってきたのかしら?)

 真相はわかりようがないが、山神は山神なりにこの祭りを楽しんでくれているようだ。

 神楽舞が進んだ頃、ふいに山神が後ろに控えていた花蕊に串を預けた。

 身軽になった山神は拝殿で舞う千春に近づき、彼女の手の神楽鈴に吸い込まれるように消えた。

 すると、どうだろう。千春が鈴を鳴らす度、神の生命力溢れる気が、集まった人々へと降り注ぎ始めたのだ。それは、彼らの気枯れを祓い清め、満たしていく。


 ――音楽の終わりとともに、神楽舞は終わりを告げる。


 最後に大人しめな音で鈴が鳴ると、山神は鈴から抜けて御神体に戻って行き、千春も一礼をして社殿の裏へと戻っていく。

 付喪神達もそれを見て喧噪が戻りつつある境内を遮って千春の後を追った。

 姿を探すと、千春は千早姿のまま台所の卓に突っ伏しており、その傍で醇美が彼女のために水を用意しているところだった。


「千春、お疲れ様! 今年もとっても上手だったわよ! もう慣れっこってやつかしら? 年々上手くなってる、ってあたし思うの!」


「うるさい〜疲れた〜」

 霜雪への返しにも、いつもみたいな覇気がない。神楽を終えて緊張の糸が切れたのだろう。

「千春様、どうぞお水でも口にされ、ゆっくりお休みください」

 醇美が水の入った椀を千春に差し出すと、千春は「ありがとう」とお礼を告げて一気に水を飲み干した。

「千春、なにかお腹には入れた? まだならあたしが作るよ」

「お祭りなのよ! どうせなら屋台で何か買ってきましょうよ、高音! 二八蕎麦にお寿司に天麩羅てんぷら!」

「そこは譲りたくない!」

 霜雪の提案を胸を張って拒絶する高音。料理をしたい包丁とお祭りを楽しみたい子供らしいかざぐるまとでは話が平行線になると考えた千春は、疲労を押して割って入る。

「それじゃあ高音、軽く食べられるご飯作ってもらえる? 安心したらお腹空いちゃって。霜雪はべっこう飴とかなにかお菓子が売っていたら買ってきてくれない? 紅蓮と白蓮つれて。花蕊が戻ってきたら……明日のお八つにでも、みんなで食べましょう」

 頼まれた高音と霜雪は二つ返事で承諾すると、各々すぐに行動に移った。

 高音は光陰を伴って食材を確認しに行き、霜雪は水明と紅蓮・白蓮を連れて外へと繰り出していく。醇美は千春の傍に残って彼女を労った。

 高音と光陰は戻ってくると、すぐに調理台で調理を始める。千春が醇美と雑談をしながら待っていると、すぐにいい匂いが漂ってきた。

 ぐぅ、と千春のお腹が鳴る。ちょうど出来上がった鴨の肉団子のことり雑炊が、千春の前に差し出される。

「おいしそう〜! さすが高音」

「疲れた体には、お粥が喉を通るんじゃない?」

 千春はさっそく食前感謝を行うと、鴨肉と味噌の優しい匂いを堪能してから一口。鴨だしの効いた味噌汁がお米に絡み、口の中からすぅっと体内に浸透する。体の強張りが内側からほぐれていく感じがした。

 一息にことり雑炊を食べてしまうと、食後感謝を行って、千春はようやく一息つけた気分になる。

 その時になってようやく、霜雪たちが帰ってくる。今度は霜雪はしっかりと白蓮に肩車をしてもらっていた。


「千春、待たせたわね! 紅蓮と白蓮がもうあちこち気になっちゃって、たくさん寄り道しちゃったのよ。あ、二人を悪く思わないでね。初めて見るんだもの、仕方がないわっ! あたしもそうだったし。それでね、お団子とお饅頭と飴とお煎餅と……お菓子というお菓子は買ってきちゃったわ。だって、どれもとっても美味しそうだったんだもの! おかげで、あたしと水明と紅蓮と白蓮に分けてくれたお小遣い、全部使っちゃったの。千春、ありがとう!」


 白蓮から飛び降りた霜雪は合いの手を入れる隙間もなく一息に報告をし、買ってきたお菓子を抱えている水明から包みを一つ受け取って千春の前に差し出した。その目は、さあすぐにでも中身を見てと言わんばかりに輝いている。

「お使いありがとうね、霜雪。水明も三人のお守りありがとう」

「いやなに。慣れた」

 紅蓮と一緒に荷物を机の上に置きながら、水明は椅子を引き寄せ腰掛ける。

「紅蓮、白蓮。外はどうだった? 少しは変化するのにも慣れたかしら」

 最後に紅蓮と白蓮に声をかければ、双子蓮は興奮した様子で千春に報告をする。

「とても賑やかで、こちらも楽しくなってしまいました」

「私もです。外はとても人が多く賑やかいのですね」

「それならよかった。賑やかで惹かれても、普段は神社の外に無断で出たり、人を襲ったりしたらダメだからね」

 一応、釘を刺しておくと、紅蓮と白蓮は「承知しています」と頷いた。

 千春はようやく霜雪から受け取った包みを開封する。串に五つの団子が通された焼き団子が顔を出した。醤油の芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

「たくさん買ってきてくれたし、他のは明日以降のおやつに回して、今日はみんなでお団子を食べてゆっくりしましょう」


 付喪神達の色とりどりの声が元気に「はーい」と重なった。


(『朝日山神社の秋祭り』付喪神物語より)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝日山神社奇譚−付喪神物語− 瑞代あや @sengenzakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ