火を起こします


「あはは! マナブ、火は魔法書がないと起こせないんだよ!」

「……起こせないんだよー」


 俺の提案を聞いて愉快そうに転げる少女たちを見て、心の中でガッツポーズを取る。

 子供に物を教えるときは難しくちゃダメだ。大人なら言えば頭で理解できるが、子供の好奇心は話が終わるまで待ってちゃくれない。そのためには彼ら彼女らが常に関心を持てている状況を作るのが必要なのだ。


「そんなことないぞー? でも俺一人じゃ難しいから、リリとカラにも手伝ってほしいな」

「仕方ないなー、マナブは」

「……ないなー」


 役割を与える、自分でやってみる。これらも意味がある。

 自分が必要とされる満足感。仕事を完遂しようとする義務感。それに生の体験というものは印象に残るし、本に書かれた文字を読むよりも実際に目の前で起こっている方がわかりやすい。


 俺は改めてテーブルの上に並んだ材料たちを見る

 ・まっすぐな木の棒×2

 ・植物のツタ×1.5m程度

 ・先の尖った石×1

 ・少しデコボコした大きめの石×1

 ・木の板×1

 ・こぶし大の太さの枝×1

 ・麻(樹木の外皮内の柔らかい繊維)適量

 これで1人分。三人使うので3セット用意した。

 木の板だけは少し高かったが、ゴーンさんに頼んで買ってきてもらった。

 高いと言っても火炎の魔法書よりはかなり安いのだが。


「まずは燃やすためのまきをたくさん集めてきてくれるかな?」

「はーい!」

「……はーい」


 リリちゃんとカラちゃんは元気に走り出していった。


「マナブさん、なんだか真面目にやってくれてるみたいだから、少し見守らせてもらうわね」

「はい! よろしくお願いします」


 ステラさんはアンジーさんと一緒にバルコニーのイスに腰掛けている。

 体験型の授業で子供たちが楽しそうに笑う姿は、保護者の方にも人気がある。生徒あっての授業、保護者あっての生徒だ。今後のためには、ステラさんを失望させるわけにもいかない。


「これでいいかー?」

「……いいかー?」

「うん、ありがとう」


 スカートに木の枝をたくさん詰めてきた生徒たちにお礼を言い、さっそく準備に取り掛かる。


「じゃあまずは、この辺の草を丸くむしろう。燃え広がってしまったら危ないからね」

「はーい!」

「……はーい」


 火を扱う場合は安全性に気をつけなければならない。たき火の周りの引火しそうなものは取り除いておく。

 二人が夢中で草をむしっている間に、俺は井戸から水を汲む。万が一のための消火用だ。


「あらあら、普段からそれぐらい一生懸命に草むしりしてくれれば助かるのに」


 二人の様子を見ながら笑うステラさんの隣で、俺は続いて木材と格闘する。


 まず一本の木の棒の上下にツタを巻き付け、弓のように固定する。ピンと張らせるのではなく、少したわませるぐらいにするのがポイントだ。


 デコボコの石をの代わりにして、弓にしなかった方の棒を八角柱に整える。さらに両端は丸くしておく。


 そして尖った石で拳大の太さの枝に、八角柱の棒が収まる程度のくぼみを掘る。

 同様に木の板の端から指一本程度の所にも軽く溝をつけ、その溝から開くように板の側面をV字に削る。


 弓のたわんだ部分を八角柱を巻き付けてやれば、『弓切り式火起こし器』の完成だ。

 本来は八角柱の先に少し硬い材質の芯をつけてやるのだが、まあこれでも十分使える。加工に必要な工具がないので難しいというのが本音だ。


「終わったー!」

「……たー」


 どうやら草むしりも終わったらしい。


「次はたき火のために薪を積もうか」

「たき火だなんてお金持ちみたいだな!」

「……ぜいたく」


 火炎の魔法書が高価なので、料理などではないたき火は貴族の道楽といった認識をされている。気持ち的には『どうだ明るくなったろう?』みたいなものだろうか。


「誰のたき火が一番燃えるか競争しよう! 一番になった人には美味しいものが待ってるぞー」

「マジか! やるやる!」

「……やるー」


 競争心を煽ってやると、二人はいそいそと薪を組む。

 リリちゃんは大きな薪をドサドサ重ね、カラちゃんは積み木でもやるように細い枝を組み立てていく。たき火ひとつでも性格は出るものだ。


「何をしてるんだ……?」

「あっ! パパおかえりー!」

「……おかえり」


 作業が終わる頃には、ステラさんの旦那さん、つまりは二人のお父さんであるゴーンさんも帰ってきた。

 筋肉モリモリでスキンヘッド、さらには立派なヒゲをたくわえた強面のナイスミドルだが、中身は寡黙かもくで優しい、娘大好きパパさんである。


 ゴーンさんは村で作っている野菜を町まで売りに行くのが仕事であり、毎日朝早くに出て日が暮れる前に帰ってくる。光魔法も漏れなく高価なので、夜道を歩くのは危険以外の何物でもない。


「マナブさんがね、魔法書を使わずに火を起こすんですって」

「ほう。まるで夢物語だな」


 魔法の方が夢物語だと言いたいが、こっちではこれが常識なのだ。

 暗くなる前に火を点けたいので、急いで火起こし器を二人に配る。


「なんだこれ? 弓みたいだなー」

「……かっこいい」


 不思議そうに眺める彼女らに、器具の説明をする。


「これは『弓切り式火起こし器』っていうんだ」

「ユミキリシキ?」

「そう。これをこうやって……」


 落ち葉の上に置いた板の溝に、八角柱の先を当て、反対側を拳大の枝で抑える。

 俺がやっているのを二人も真似してくれている。


「ここからは大事だから俺が先にやるのを見ていてくれな。まず足で板が動かないように抑えてから、火起こし器全体に体重をかけて……」


 キュルル……キュルル……


 固定した状態で弓を前後に引いてやると、引っかくような音がする。

 八角柱には弦が巻き付いているので、弓を動かすと連動して回転するのだ。板と八角柱をこすり続けると、だんだんと音が変わる。


 シュル……シュル……


 木が削れておがくずになり、摩擦によって温度が高まり続けると……。


「煙が出てきた!」


 モクモクと煙が上がり赤く光るのが見え始めたら、落ち葉の上に溜まった燃えたおがくずを急いで麻で包む。


「ここからは危ないから絶対二人はやっちゃだめだぞ」


 注意してから麻に空気を吹き込むと、発火点に達したところでボン! と一気に燃え上がる。


「本当に魔法無しで火が……」


 キャーキャーとはしゃぐ子供たちよりも、ステラさん夫婦の方が驚きを隠せないようであった。

 俺も初めて魔法を見たときはそんな顔をしていたので気持ちはわかる。大人になってから突然常識を覆されるのは、なかなか受け入れられないものだ。


 あとは薪に燃え移ればたき火の完成。

 学校のグラウンドで体験学習として一度実践しておいた経験が役立った。


「私もやる! 私もやる!」

「……わたしも!」


 我先にと火を起こそうとする二人にコツを教えていると、火の明かりと賑やかな声につられて村人たちが集まってきた。


 はじめはたき火を疑問に思っていた彼らも、村の中でも年少であるリリちゃんたちが火を起こしたのを見てどよめく。


「そんな……何で突然火が」

「マジックでも見せられているのかしら」

「教えているのはステラさんの所に来た若者か?」


 まもなく日が落ちる頃、3つのたき火を背にして俺の異世界初の授業が始まろうとしていた。

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教師の俺は異世界でも理科を教えます にとろげん @nitrogen1105

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