出会い
ガキだったよなー。「待ってた」「会いたい」「好き」、たったそれだけが面と向かって言えなくてさ。32歳の今だったら言えるのに。
17歳には17歳の恋愛があってさ、大人には大人の感情があるのかも。
オレは、テーブルの上に置かれた表札を見た。そしてプレートを裏返した。
32歳の今、文字として伝える言葉。
プレートの下の隅にメッセージを書いた。
”君を求めてやまない”
小さなフラウは巨大なゲージの中で小首を傾げる。
「おいで。案内するから」
ゲージの入り口を開けた。出てきた子犬のフラウはフローリングの床の上をとてとてと歩く。
「ここがリビング。ソファーの上は行儀がよくなったらOKだからな」
言い聞かせても、子犬のフラウはオレをじーっと見ているだけ。反応なし。
「キッチン。ゴミ箱は漁(あさ)るなよ」
オレ、料理しねーから、キッチンなんて使わねーだろーなー。ビールの缶濯ぐだけかも。
「お菓子や骨は、届かないとこに仕舞うからな」
フラウはオレの言葉に飽きたのか、パントリーの中へ入って行く。
「おーい、こっちこっち。ほら、ここはフラウのスペース。ケージの外にいるときは、ちゃんとここでしろよ」
オレはフラウを呼んで、トイレの近くに用意された、フラウ用のトイレを指差す。
「お風呂、こっちの外は、ゴミ処理機。アンダースタン?」
あ、またパントリーの方へ行っちゃったよ。
「次は2階な」
パントリーで散策するフラウを抱き上げ、階段を上っていく。
「こっちが資料室。ここは立ち入り禁止。こっちがベッドルーム」
オレはベッドルームのドアを開け、2人掛けのソファに腰を下ろした。フラウを膝に乗せる。
温(あ)ったか。
大型犬のコリーの子供だけあって、既に柴犬サイズ。それでも体のバランスは子犬で、顔が丸くて足が太い。ふわふわもこもこのフラウを抱きしめていると、脳裏に17歳のときの鮮烈な日々が駆け抜けた。
それは喉の奥をきつく締め、鼻の奥をツンとさせる。
まだ日本に慣れてなくて、ちょっと精神的に不安定になってんのかな。
膝の上のフラウがタレた目でオレを見つめる。
ちゅっ
あまりに愛らしくて思わずキス。フラウの体を撫でると、温かくて、確かにここに存在していた。
「フラウ」
子犬を見つめて話しかける。
「こんなふうにキスできたらな」
思わずつ呟いてしまう。
「抱きしめたいな」
そっとフラウを自分の両腕で包む。
「……抱きたい」
目頭が熱くなる。爆音、一瞬オレンジ色になった湖畔。次の瞬間、何事もなかったかのように静まり返った夜空。
ベッドを見ようとふと顔を上げた時、オレは固まった。
「フラウっ」
ベッドより1メートルほど手前、オレの目と鼻の先に、赤に近いピンク色の服を着たフラウが立っていた。
その服は手袋のように体に張り付いて、遺伝子レベルで作られた抜群のスタイルを惜しげもなく披露している。胸の部分は大きく開いて、美脚は太ももの辺りから透けて見える。
「フラウ、プライベート空間へは約束の時間に来いって言ってるだろ」
抜き打ちで来られたら困るって。諸事情があるじゃん。
服と同じように赤い顔をしたフラウ。
「私を知ってるの? 大和?」
え?
「うん。知ってる。よく知ってるよ」
分かった。間違えたんだ。1回だけうっかりをやらかしたって聞いたことがある。
「ホノグラフのテストをしてて……場所は合ってるんだね。ここが二ホンのヨコハマ?」
「うん。横浜市」
きっとフラウは、初めてオレに会ったんだ。
戸惑う表情が可愛過ぎ。
きっとまだ、恋って気持ちを知らないフラウ。
「統一通貨ゲルの小笠原大和、さん……」
子犬のフラウはオレの膝の上で小さな尻尾を千切れんばかりに振っている。
フラウの服は、さっきより薄いピンク色に変わっている。
オレはフラウを見つめて微笑んだ。
「かわいいピンク色だね。すごく。似合う」
その瞬間、服は深紅に染まった。フラウの顔も真っ赤。
「フラウ、17歳のオレにはまだ会ってない?」
「今、初めてホノグラフを送ることができたの。エネルギーが足りないから、あと少ししか」
「この先、フラウは17歳のオレに会う」
「17歳?」
あ。17歳のオレが、フラウのこんなセクシーな姿見たら、鼻血噴くって。
そーじゃん。思い出した。あざみ野駅に立ってるんだ。この姿じゃヤバいって。
「うん。頼むから、制服着て、会いに行ってやって」
終わり
言い出しかねて I Can't Get Started summer_afternoon @summer_afternoon
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