第3話 休憩中ですがお賃金は入りますか

 唐突ではあるが、最大限に俺は俺を誉め、自慢に聞こえて構わないくらいにはその長所を羅列する。


 実家から通うには少し距離のある地元の国立大学に合格して以後そこそこ真面目に通い、講義のないときには同じ市内の大型スーパーのアルバイトのシフトに出来るだけ入る。特に遅刻や欠勤もない。


 頂いたお賃金は、大学のすぐ傍にあるアパートでの独り暮らしの維持費と、気を遣うことにやぶさかではない服装全般の購入や美容院での散髪などに使った。頭頂部が多少つんつんする程度には短めの髪型を維持していたので美容院への出入りは頻繁ではあったが、無駄遣いという程ではないはずだ。


 元々体格が良く背は高かった。昔から今まで本格的な運動部に入った経験はなかったが、適度に体を動かしてさえいれば勝手に筋肉がついて、健康そうな色に肌が焼けていた。

 そのせいで明るい色に染髪したら顔の肌の色のほうがカラーした髪よりも濃くなってしまい、バイト先であるスーパー6階・生活日用品売り場の課長には、笑いながら「輩っぽーい」とからかわれてしまったが、普段のまともな勤務態度のおかげか特に身なりに関する注意は受けなかった。


 力仕事は得意であるため、商品である液体洗剤やシャンプーなどの詰まったダンボールは軽々運べたし、人見知りをしない性質のせいかレジで品物の袋詰めをしながら客と談笑するのも、バイト仲間と近況や簡単な愚痴などの語らいをするのも楽しめこそすれ苦痛ではなかった。


 話の詳細に突っ込んで介入して欲しい様子が垣間見えれば、俺のほうから話題の深いところに立ち入ることもあった。

 友人ができるまでのごく自然なやり取りであると思う。親しみを感じる人間に相対するときは等しくなぞる流れであったし、年齢も性別も特に区別の条件にはならないことが大半であった。


 気心の知れた男友達の提案で、ときどきはこの年代らしく合コンのような集まりに呼ばれもしたが、特に相手方の女性集団に評判が悪かったという実感も伝聞もなく、ほんのたまには個人的に仲良くしましょうという連絡を貰ったりもしたが、実際SNSやらで繋がるなり直接カフェだかなんだかで喋ってみても、ひとたび時間が過ぎてみれば仲の良い友人がまた1人増えただけだったりした。


 稀にではあるがそういった類いの異性に恋愛関係としての交際開始を仄めかされる場面にも出くわす。そんなときは丁重にお断りしていた。


 誰とも交際をしたくないという強い信念があるわけではない。

 お断りしたというよりも相手の新鮮な内面や、意見や趣味の合う部分への興味、ときには個性的で趣のある容姿がいかにして作られたのかなどへの好奇心が勝ってしまい、それら全部を正直に話しているうちに、相手も気付けば笑い出していて、円満で有意義な話し合いであったなあといった心の通い合いに終始するのであった。

「了解~、仲良しの友達でいよ! これからもよろしくね」

 こうしてまた1人、もっと深く分かり合えそうな友人が増えていく。


 長々語ってみたが、自分は健康な体を持ったまあまあ清潔感のある勤勉な若者で、殊更に男女を分け隔てることもなく沢山の友人と決して浅くはない交流を望む害のない人間である、とまとめられるのではないか。

 これらを長所として、自己を肯定するには充分ではあるまいか?


 それが、そうでもなかったようである。


 バイト先のスーパー3階・エスニック雑貨店の「姫」に、いつぞや交換していたLINEでその日の夕方の休憩時間を確認され、その頃合い「姫」側は勤務中であるが滅多にお客が来ることもない時間帯で、シフトに入っているのは自分1人で自由が利くから店に顔を出しに来て、と通知を受けた。


 休憩時間内に担当フロア外の店舗に出向くことは許可されていて、必要な買い物を休憩中に済ませる従業員も多かったので特別目立つ行動というわけでもなかった。

 用事があるなら終業後にその辺のファーストフード店にでも立ち寄れば良いのではないかとも考えたが、わざわざ2人で話す機会を設けることも今までになかったし、敢えての指定ならば事情もあるのだろうと指示に従うことにした。


 他の男性バイトであれば心が湧き立つ場面かもしれない。非常に簡単な話、彼女は異性に人気があった。


 客観的に言って姫には姫と呼ばれるに値するだけの可愛らしさ、美しさがある。長めのふんわりした髪も、アラビアン童話の美女の挿し絵として描写されていそうなやや褐色気味の肌も、ときどききらりと光る大きな黒目も、過度な手入れは感じさせないながらミステリアスな整いを携えていた。服装も派手ではないが仕事上みずからの働く雑貨店の商品を取り入れつつ、自分に似合う瑞々しい全体像にまとめ上げている。


 また、お喋りな印象ではないが愛想は悪くなく、口を開く適度な頻度は話し相手の男性に内面をもっと知りたいとの欲を抱かせる「未知のものへの魅力」を湛えていて、そのせいで頻繁に姫の存在を脳裏に描かせてしまうことも無理はないのだろうと思えた。


「休憩入りまーす」と同僚にいつも通りのフレーズを告げ、従業員専用の階段で自分の持ち場の6階から3階に下りた。


 姫の城であるエスニック雑貨店は、スーパーの中にあるにしては異色の存在感を放つ店で、狭い通路に対して多めに見えるインテリア小物や服飾雑貨が並べられている。

 直球ど真ん中な原色、煩いくらいの模様、また蛍光色の花があるとしたらそのドライフラワーはこんな色ではないかというような派手さと渇きを同時に思わせる色とりどりの品々で溢れ返っていた。


 森にでも分け入ってるんじゃないんだからさ、と少しの面倒を感じつつも自分の大きな体躯で商品を倒さないよう注意しながら、最奥にあるレジに1人で立つ「姫」のところまで向かう。

「来てくれてありがとう」

 端的なお出迎えの言葉だ。愛嬌がないわけでもなく自然な調子で淡々としているのは日頃の姫の佇まいであり見慣れたものだった。


「帰るときって、いつも王子と一緒でしょ。自転車でぱっといなくなっちゃうし」

「王子」という名前、いや本来彼は香田という姓なのであるが、それでも彼の名前が姫の口から紡がれると、俺でさえどきっとする。


 直接王子から聞かされたことはなかったが、王子が姫のことをニックネームとしての「姫」とさえ呼べないくらいに意識し心臓の音を波立たせていることを、俺は友人として否が応にも悟らされてしまっている。

 王子の側も俺には勘付かれていると知っていて話す機会を設けないのであろう。俺達は親しいとはいえ、恋愛相手になることを願う共通の知人との現在の進捗や、今後の展望を話し合うようなタイプの間柄ではない。


「それでね、あんまりいつもちゃんと話せないから、仕事中に呼んじゃったんだけど」

 自分が思い人に面と向かって名前を呼ばれたわけでもないのにあわあわとしていたら、あっという間に追い討ちをかけられた。


「私と付き合って欲しいんです。中町くんに」

 中町、それは俺の名前である。


 三津谷さん、俺は冗談ありきのあだ名としてしかあなたを「姫」と呼ばないし、「姫」としての思い入れがないからそう呼べるんだよ。

 三津谷さんが本当のお姫様のように素敵に見えて近くを通るだけで生命が揺れてしまうから、決して「姫」と呼べない人間も俺のすぐ近くにいるのにね。


 返す言葉も忘れたまま、人からの好意が嬉しく思えない自分に気付いて、魂が曇ったように感じていた。

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