その5:つつじ寿司
汚名を返上する(挽回するのは名誉だと教えてもらった。あたしはどっちでも良いって思う!)ためにあたしが明科さんを連れてきたのはこちら、つつじ寿司! 時刻は既に十三時半。明科さんはたか村を出る前からずっと不機嫌な顔をしてる。お腹がすくと不機嫌になる子なのかもしれないし、あたしがまたご飯を食べられないかもしれない店に連れてきたと思って怪しいって思ってるのかもしれない。……たぶん後ろが正解。だって明科さんはコンビニの前を通る度に言ったのだった。
「広丘さん広丘さん」
「なになに明科さん?」
「コンビニに寄ろう。コンビニメシは身体に悪いのかもしれないけど、もう四の五の言ってる場合じゃないと思う。ってか、マジでお腹すいたから!」
明科さんのお腹はもうきゅるきゅるなんてレベルの鳴り方をしない。ぎゅるぎゅる言ってる。「餓死寸前って感じ!」って思ったら言ってた。「誰のせいだ!? ぶち転がすしかない!!」明科さんはたぶんベランダに買っておいてあるって言ってたバールみたいなやつ(みたいなやつってホントなに?)を持ってるイメージをしてるっぽく、それをあたしに向けて何度も振るってみせる。「デュクシ!デュクシ!」と思ってたらチョップされた。効果音と全然噛み合ってない! あたしはガーン……ってなった。顔に何本も縦線が書かれてるマンガっぽいやつだった。
ともあれ、つつじ寿司なのだ。
あたしは午後の授業をサボった時によくこの寿司屋にやって来る。
つつじ寿司……回転寿司業界8位のこのチェーンは、恐らく世間一般ではそれほど回転寿司屋として認知されていない。というのも、やはり回転寿司といったら業界1位の『なみ寿司』というイメージが根強いからだろう。あいつはインターチェンジの近くとか国道沿いとか手堅い立地に必ず出店してくる憎きやつだ。業界3位の『らっぱ寿司』も憎い。全品108円だかなんだか知らないが、そういうプライドが無いやつがあたしは大嫌いなのだ。庶民の味方だかなんだか知らないが、あたしは寿司屋なら寿司屋らしいプライドを持つべきだと思っている。……まぁ、あたしは『らっぱ寿司』にも行くが。十皿くらい食べるが。まぁ、悪くはないんじゃないのかな、知らないが。……だが、『つつじ寿司』は違う。料金設定は一皿100円から、上は500円まで。まぁ、まちまちだ。だが、『つつじ寿司』のウリはなんといってもそのネタの鮮度! 市場で買い付けた新鮮な魚を生きたままトラックで輸送! それを店舗で捌く! 捌かれたネタは特許も取得してる専用の握りマシーンで、一秒間に一握りという職人顔負けの速度でどんどん握られる! 握られる! 徹底される鮮度管理! レーンを規定時間回ってしまった哀れな寿司は、こちらも特許を取得している専用機械によって順次レーンから外されていく! だが、『つつじ寿司』の強みはそれだけじゃない。……サイドメニューの豊富さと、その質だ。あたしはここでいつもチキンナゲットとイチゴパフェを食べる。寿司をほったらかして食べる。あたしはいつも思ってる。(つつじ寿司さんや……、あんたはもっと寿司屋としてのプライドを持つべきなんじゃないかい……?)って。でも、寿司を食べないあたしがそんなことを言うことはできない。だが、あたしは授業をサボってここに来た。寿司屋にあるまじき美味しさを誇る、チキンナゲットとイチゴパフェを食べに……。
というような話を道中したら、明科さんは何とも言えない味のある表情であたしを見ていた。あたしはそれを見ないことにした。
「というわけでね、お寿司を食べていきましょうね~」
あたしたちはカウンターの席に座って、レーンを眺める。
「お寿司、みんな透明で灰色なんだけど……」
明科さんが言う通り、昼時ちょい過ぎくらいのレーンには結構豊富に寿司が回っているが、当然やら当然、それはあたしたちが触れられない透明で灰色だ。
だが、あたしは気にしない。あたしは優雅な手付きで湯飲みを二つ手に取り、それにお茶の粉をパパッて入れて蛇口からお湯を注ぐ。片方を明科さんに渡せば、明科さんはズズイっとお茶を飲む。「空っぽの胃に熱いお茶はマジでキく」とか言ってる。そんな明科さんを尻目に、あたしは狭いレーンの天井らへんに付けられた機械を操作する。
ピピピッ、ピッ。
小気味良い音を立ててタッチパネルのそれを操作して、あとは待つ。
「明科さん、もしかしてあたしが何も考えないでここに来たって思ってない?」
あたしは得意げに言う。
「広丘さんが何かを考えているって発想が私には無い」
ガーン……。
「だっておかしくない!? ここがどれだけスゴイ寿司屋か力説してるかと思ったら、チキンナゲットとイチゴパフェしか食べないとか言って話を締める子の話なんか私には信じられない! ハッキリ言おう! 広丘さん、あんたの言ってること徹頭徹尾おかしい!!」
ガーン…………。
「だいたい私はメシなんか食べられれば何でも良いよ! 三食コンビニ弁当だって余裕だね! 唐揚げ、焼肉、唐揚げで過ごせるね! 最悪、味が付いててお腹に溜まれば何でも良いとすら思うね! ウィダー、カロリーメイト、ウィダーでもいけるね! 私は完全栄養食の登場を待ち侘びている! 食事は煩わしいものだとさえ思っているのだ!」
明科さんの声が、それなりに広い店の中に響く。
あたしはぷるぷると震える。
そんなのって……、そんなのって!
「そんなのって許せない! 食事は全然煩わしくない! だって、あたしは美味しいもの食べてる時が一番しあわせだもん! あたしは美味しいもの食べてたい! 完全栄養食なんて甘えだよ! だってそれ楽しくないもん! 全然文化的? じゃないもん!」
ボソボソッ……。
明科さんはなんかボソボソ言う。
「え!? なに!?!? 全然聞こえないんだけど!?!?」
ボソボソボソボソッ……。
「聞こえないんですけど!?!?」
「……寿司屋でチキンナゲットとイチゴパフェしか食べない子に言われたくない」
「ガ、ガーン……」
あたしのやってたことそんなに変かな……。あたしはだんだんこの店に来たのが不安になってくる。確かに、その時会計してくれた店員のひとたちめっちゃ変な顔でレジ打ってたけど……。
ピンポーン。
そんな言い合いをしてたら、あたしたちの前にやってくる注文した時専用の台に乗ってやってくるお皿たち。
五枚くらい頼んだお寿司。
その全部が全部、あたしたちが触れる透明で灰色じゃない、普通のお寿司たち!
あたしはそれをパパパッて取る。専用の台たちがレーンを流れていく。あたしはあたしたちの前に並べたお皿を一瞥して、大きくため息を吐いて、明科さんを見る。
「うわぁ、そんな芸術的なドヤ顔初めて見た……」
あたしはこの顔をするために、つつじ寿司くんだりまでやって来たのだ! 「どうだビビったか!わーはっはっは!」あたしは思ってることが言葉になってしまう残念な体質だから、前半を言わずに後半だけ言ってしまってまた明科さんにアホの子を見る目で見られた。いや、あたしのドヤ顔でビビらせるって意味じゃ無いよ!? って今更言っても遅い雰囲気だった。
「え、でもどうしてこのお寿司は普通のお寿司なの?」
明科さんは改めてびっくりしたって感じに言う。
「さぁ。どうしてだろ」
カツオの握りに醤油を垂らしながら答えれば、明科さんはギョッとした顔であたしを見る。
「えっテキトーなの!?」
「え、テキトーじゃないけど」
「えっテキトーじゃないのにそんなテキトーな答えなの!?」
「え、うん」
明科さんは釈然としないと言った顔でしげしげと目の前のネギトロ巻きを眺めてる。
「なんか」あたしはカツオの握りを箸で持ち上げながら言う。「ちょっと考えてみたんだけど、直接お店のひとが料理とか商品に触って出してこない店なら大丈夫かなって」言って、カツオの握りを頬張る。もぐもぐ。別にそこまで鮮度を大事にしてるかのかぁ? って感じの、普通のカツオだった。まぁ、内陸県だしね。
「え、でも、レーン流れてるお寿司だって」あたしはすかさずレーンが隠れてる場所を指さす。「え、なに?」窓の向こうを指さす。「え、あそこにいる透明人間が関係あるの?」
「たぶん、あそこにいるバイトが鮮度悪くなってるお皿を下げてるんだと思う」
「え、特許を取得してる専用機械が規定時間うんちゃらってさっき言ってたじゃん」
「都会の方のお店はね」
「えー…………」
「まだ全店導入じゃないみたいだよ。この前なんかの番組でやってた。『これから地方店にも導入していく方針です』って社長? が言ってたもん。まぁまぁそんなことより」あたしは明科さんが熱心に見つめるネギトロ巻きのお皿をずいって明科さんの前に差し出す。「食べられるんだからお寿司食べよう! やっぱりね、コンビニメシだけじゃあたしはダメだと思う! 確かにちょっとここまで焦らしておいてって感じはするかもだけど、でももっとちゃんとしたもの食べないとダメだよ絶対! 若いのにねぇ!」
醤油差しもずいって差し出す。明科さんはやっぱり釈然としない顔のまま、醤油を垂らしてネギトロ巻きを頬張った。もぐもぐ。「別に、言うほど鮮度って感じでも無くない?」まぁ、そうですよねー、内陸県ですからねー。
あたしたちはそれからお寿司をたらふく食べて、チキンナゲットも食べて、そしたら明科さんは「え、このチキンナゲット美味っ」って一人でひょいぱくひょいぱく食べちゃって、イチゴパフェも頼んだら「えっ、イチゴパフェ美味すぎひん!?」とか言ってめっちゃ勢い良く食べ終えてもう一つ頼んでた。「完全栄養食うんたら」ってあたしがボソボソ言えば、明科さんは一瞬パフェを掻き込む手を止めて、聞いてないフリをすることにしたらしく、そのままかちゃかちゃパフェを掻き込んでた。明科さんも大概テキトーだった。
「いやー食った食った」
もうぎゅるぎゅる言わなくなったお腹をさすさすブラウスの上から撫でながら、明科さんは満足そうな声で言う。
「食べたね食べたねぇ」
あたしも同じ感じだ。つつじ寿司でこんなに食べたのは初めてだった。
「にしても釈然としないなぁ」
明科さんは熱々のお茶を飲みながら言う。
「でも食べられなかったら困るのはあたしたちだよ?」
「うん。そうなんだけど、仕組みがこうもあやふやだとやっぱり釈然としない。なんて言うか……」
「なんて言うか?」
「うん、私たちに都合が良すぎると思う。だってコンビニの商品だって店員が並べてるワケじゃん。……ん? でもなんかあのコンビニ変だったな。あんなに完璧に商品がピシッて陳列されてるのって変じゃない?」
「そうだったっけ」あたしは全然覚えてない。
「うん。なんだろうなぁ……私たちの認識とかそういうのに影響されてるのかな……」
ぶつぶつと明科さんはしばらく考えてたけど、あたしは難しそうな顔する明科さんも面白いなぁって思ったけど、そしたら明科さんはパッて普通の顔になった。「考えるのめんどくさくなった」考えるのがめんどくさくなったようだった。だよね、考えるのめんどくさいよね。
「まぁいっか~。私たちだけしかいない状況がそもそもおかしいんだし」
「そうだよそうだよ! お寿司食べれて良かったじゃん!?」
「広丘さんは単純でかわいいね~。おっ? 広丘さん、髪に何か付いてるよ?」
「え、どこどこ?」ってあたしは自分の髪を触ろうとして、「動かないで」って明科さんにピシッて言われて上げようとした手をサッて下ろす。
「へい彼女。髪に、チキンナゲットが付いてるぜ」
あたしの髪をふわって触ったはずの明科さんの手には、もうすっかり冷めてるチキンナゲットが一つ握られていた。
「えっ」あたしの脳みそは完全にフリーズする。
明科さんはそのチキンナゲットをカリッてキザみたいに囓って、もぐもぐしながらフフッて笑って、残りをパクパク食べてしまった。「えっ」
「広丘さんおもしろいね、ちょっとした手品だよ」
「おもしろくない」あたしは言う「全然おもしろくない!!」
「絶対おもしろい!」
「絶対おもしろくない!!」
あたしたちはしばらく言い合って、あたしたちしかいないこの店でげらげら笑った。
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