【Y=5】君の言うことは証明できない

 がカギになる。

 Mさんはそんな言葉を残し、用紙の余白にさらに書き足した。


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文X:「xはxである」 

文G:『「文X」は証明できない』

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「“メタ数学”で使われる文脈のなかには、このような文Gも存在します。自己言及をさせて、さらにその証明は不可能だと発言するものです」


「あれ? 『xはx』であるって、『自分は自分である』ってことですよね」


 こんな雰囲気のことを前にどこかで聞いたことがある。

 つい最近聞いた気がするんだが……。


「もう少し正確に言うと、『xはx自身を集合に持つ』ですね」


 Mさんの言葉に引きずられ、思い出す。


「あ。それ、“まるごとセット”だ!」


 これ、図書館での話を聞いたときに考えたやつと似ている。


「えっと……つまり文Xっていうのは……『図書館xは“図書館xまるごとセット”を持っている』って感じですか。その図書館の責任者の発言みたいなイメージで」


 Mさんは少し考えたあと、感心したように言う。


「面白いですね。そうなると……集合x、もとい図書館xの収集方針は、xの条件に当てはまるかどうか、になりますね」


 一度整理するために、もう一度さっきの例を思い返す。

 具体例で考えないと、混乱してしまいそうだ。

 ああ、そうだ。こういうのをっていうんだっけか。


 ええと、さっきはxのところに『○○は奇数ではない』ってのが入ってたんだよな。

 だから、xは“奇数ではない”ものを集める方針の図書館みたいなものだ。

 で、“その奇数ではない図書館”の“まるごとセット”を考えてみる。

 当然だけど、それは奇数ではない。だから、その図書館の中に納められる。

 で、真偽はどうあれ、その図書館長Xにこう言わせる。『ウチは、自分のとこの“まるごとセット”を持ってるよ』と。今回の図書館xの場合、その発言は論理的には正しいから“真”だ。

 そして、最後にGという人が現れて、図書館長Xに向かってこう言うんだ。『君の発言は証明できないよ』。今回の場合は、さっき証明できたから(たぶん)、Gの発言は“偽”になるのかな。


 ここまでは、なんとか付いていけている。

 そのことを示すため、Mさんに向けてゆっくりとうなずく。


「では、いいですか」


 Mさんもゆっくりとうなずいて、噛み締めるように言う。


「ここでXの中に文Gを代入してみます。すると、この真偽はどうなるか、わかりますか?」


「ちょ、ちょっと待ってください」


「はい。じっくり考えてみてください」


 きっと、ここが正念場だ。

 脳をフル回転させる。


 俺はオセロの盤上を一度全部片付け、石を一つ手に持ちながら、ゆっくりと思考を進ませる。


「えーと、この石は図書館aの館長Aです。で、『図書館aは“図書館aまるごとセット”を持ってるよ』って言わせる。ええと、この発言は、とりあえずしんだとしましょう」


 “白”の面を上にして、用紙の空いたスペースに石を置く。


「で、俺がこの図書館長に対して『君の言うことは証明できないよ』って言う」


 Mさんは何も言わず、俺にペンを手渡してくれた。

 俺も黙って受け取り、用紙の余白に今考えていることを書き出す。

 どこに行き着くのかわからない思考を、そのまま文字にしていく。

 なんだろう、不思議な感覚だ。


「で、同じように、いろんな館長に『ウチは自分の“まるごとセット”を持ってるよ』って言わせて、俺は全員に『君の言うことは証明できないよ』って言って回る。館長Bが言っていることは、とりあえず“”にしておきます」


 俺は“黒”の面を上にして、もう一つ石を置く。

 なんだか奇妙なことを言っている気がするけれど、間違ってはいない気がする。


「俺自身が『文G』なわけです。あらゆる図書館の館長に『自分のところの“まるごとセット”を持っているよ』って言わせながら、全員に対して『君の言うことは証明できない』と言って回る嫌なヤツです。あ、だから、俺自身の図書館には『君の言うことは証明できない』が“しん”だった場合の“図書館まるごとセット”が納められてるんでしょうね。戦利品みたいな感じで」


 Mさんが少しだけ笑ったような気がした。


「そうやって、いろんな館長に言って回っていたら、ついに自分の番が来た感じ。『俺の言うことは証明できないよ』って」


 そこまで言ったところで、余白に書いたものを一度見直してみる。


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○館長A「図書館aは“図書館aまるごとセット”を持っている」

 館長G👉『館長Aの発言は証明できない』 

  

●館長B「図書館bは“図書館bまるごとセット”を持っている」

 館長G👉『館長Bの発言は証明できない』 

         ・

         ・

         ・

 館長G「図書館gは“図書館gまるごとセット”を持っている」

 館長G👉『館長Gの発言は証明できない』   

 ———————————————————————————————


「これが、Xに文Gを代入するってことで……合ってますか?」


 Mさんは黙ったまま、用紙を見ながら大きくうなずいた。

 

「えっと……で、『俺の言うことは証明できないよ』が、しんか」


 慎重に考える。


「もし、しんだとすれば、『俺の言うことは証明できない』が正しいから……“図書館gまるごとセット”は戦利品的に図書館gに納められている。だから館長である俺が言う『自分のところの“まるごとセット”を持っている』って発言は正しい。……でも、証明はできない」


 自分が正しいことはわかっているのに、証明はできない。

 まるで、俺自身みたいだ。

 いや、仮定では館長Gはたしかに俺なんだけども。


「ああ、そっか。これだ!」


 ここでヒルベルトが目指したの話と繋がった。


「で、次に、もしの場合だと、『俺の言うことは証明できない』って指摘は間違ってるわけで……戦利品はもらえないから、“図書館gまるごとセット”は図書館gに納められていない」


 なんとなく、この先がどうなるのか、見えた気がした。


「でも、『俺の言うことは証明できる』ってことだから、『自分のところの“まるごとセット”を持っている』って発言を証明できるってことなんだけど……図書館gは持ってない。だから証明できない。矛盾です!」


「ご名答です」


 Mさんが感心して言う。


「数式を使わず、言葉で不完全性定理を理解したのは私も初めてです」


 Mさんは俺にそんな難しいことをさせたのか。


「先ほどの命題が、“しん”であればに。“”あればに。つまり、その二者択一を迫られるわけです」


 なんだか嫌な二択だ。


「それが、不完全性定理ですか?」


「いえ、さらに追い討ちをかけられて、もっと大変なことになります」


 そう言ってMさんは俺からペンを奪い、楽しそうに笑った。


 これは気のせいじゃなく、間違いなく、笑った。

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