【Y=2】変化には法則があるはずです

って……表計算ソフトエクセルで使うアレのことですか?」


「理屈は同じですね。なにかを入力することで、別のなにかが出力されるものですから」


 そう言いながら、Mさんはカバンからボールペンを取り出し、映画の半券の裏に何かを書き始めた。


———————————————————————————————

   X:観る前の状態

   Y:観た後の状態


        ——

   X → |映画| → Y

        ——

   Y=映画(X)

———————————————————————————————


「大まかに説明をすると、このような形式です」


「下の( )かっこの中にXが入っているのは?」


 この書き方、高校生の頃に教科書でも見た気がする。

 

「“数値X”を“映画”というに入力すると“数値Y”が出力される、ということを数学ではこのように書く決まりになっているだけです」


 そういえば表計算ソフトでも( )かっこって使うよな。

 そういう意味だったのか。


「XもYも“変数へんすう”、つまり状況によって変化するものです」


 Mさんは、XとYを交互にペンで指しながら言う。


「ですが、それらの変化には一定の法則があるはずです。それを“関数”と呼ぶのです」


 ペンを両手でつまみながらMさんが続ける。


「未知の関数であれば、多くの入力値Xと出力値Yを観察し、それがどのような関数であるのかを分析する。逆に、既知の関数であれば、新しいXを入力して、出力値Yの展開が広がらないかを確認する」


 一息置いて、Mさんは締めくくった。


「これが数学や物理の方法です」


「なる……ほど」


 Mさんの話を消化するために、じっくり考える。

 そして、考えたことをゆっくりと言葉にしていく。

 

「えっと……未知の関数、つまり面白いかどうかわからない映画なら、いろんな人に観てもらって、どういう変化が起こるか、どういう感想を持ったかを聞いて、どんな映画なのかを予測する」


 Mさんは黙ってうなずく。


「そんで、逆に……既知の関数、もう面白いってわかっている映画なら、まだ観ていない人に勧めて、どんな感想を持つか期待してみる。そんな感じでしょか?」


「そうですね。今回の場合は、出力された値が私とあなたとで大きく異なっていたため、このに何かがあるのではないか、と私は仮定しています」


「なるほど……。あ、ちょっと待ってください」


 関数が未知の場合は、多くのXとYを観察する。

 それはつまり——。


「ほんとだ。これ見てください」


 スマホで検索した結果をMさんに見せる。

 検索したのは、映画の題名と『評判』という単語のみ。

 評価は面白いくらいに二極化されていた。


「こうやって評価がくっきり分かれる映画だったんですね。俺とMさんの感想が違ってたのも、まさにこれですね」


 俺としてはこれで解決をしたつもりだった。

 だがMさんは何かを考えたまま黙っている。


「あの……Mさん?」


「このについては、出力値に大きなブレがあるもの、ということで理解できました。ですが、もう一つ気になることがあります」


「気になること……?」


 Mさんは下あごに指を当てながら、自信なさげに言う。


「先ほども申し上げたように、私はそこまで映画に詳しいわけでも、なんらかのこだわりがあるわけでも、ありません。それなのに、なぜ私はこうも納得ができないのか」


 いや、そんなことを言われても。


「それはつまり入力値そのものである私自身に変化が……それを確認をするには……とはいえ関数自体の信頼性も……」


 Mさんがぶつぶつと小さく呟く。

 しばらくそっとしてあげたかったが、ちょうど昼時ということもあり店内が混んできた。

 外を見ると、入店待ちをしている人達もいる。

 コーヒーを飲み干して、それなりに時間も経っているし、そろそろ出た方がいい。


「Mさん。じゃあ、違うハコに行ってみましょう」


「……違うはこ、ですか?」


「そうです。入力するXがどう変わったのかわからないなら、違うに入れて確かめてみるんですよ」


「なるほど。それは一理あります」


「ということで、カラオケなんてどうでしょ?」


 実は前から一度、Mさんとカラオケに行ってみたかった。

 声も綺麗だし、歌も上手い気がする。

 もしかしたら嫌がるかもしれないが、駄目元で提案してみた。


「いいですね! 行きましょう! 誰かと行くのは久しぶりです」


 意外なことに、Mさんはかなり乗り気だった。

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