【X=3】関数の話
【Y=1】函により変化を促されました
「残念ながら、私はそこまで面白いとは思えませんでした」
「ええー。俺はけっこう楽しめたんですけど……」
「特にあの終わり方は納得できません。多少はご都合主義だったとしても、創作ならばこそハッピーエンドを目指すべきではないでしょうか」
「いやいや、あの切ないラストがまた印象深くて良いんじゃないですか」
今日は3回目のデートということで、とある映画を観に来た。
本格ミュージカルの恋愛映画という触れ込みで宣伝されていたこの作品は、Mさんのチョイスだ。
正直に言うと俺はミュージカルが苦手なので、あまり気乗りはしなかった。
しかし、開始数分で物語に引き込まれ、今やもうミュージカルのメロディをつい口ずさんでしまいそうになっている。
夢と仕事と恋愛とで揺れる男女の物語を、随所に挟まれた歌や踊りが上手く盛り上げる素晴らしい作品だった。
でも、Mさんとは評価が分かれてしまったらしい。
エンディングでは二人は結ばれずに終わる。俺としては、その終わり方に切なさを感じ、こっそりと涙ぐんでしまっていたほどだが、Mさんは納得できなかったようで、いまコーヒーを飲みながらこうして議論を交わしている。
「では、確認しましょう。まず、終盤まで二人は好意を寄せ合っていましたよね。少なくとも、私にはそう見受けられましたが違いますか?」
「ええっと、そうですね。いろいろ困難を乗り越えて、夢も叶えられましたしね」
「そうです。二人とも順風満帆だったはずです。このままハッピーエンドを迎えるのかと思いきや、いきなり数年が経って、なんの伏線もなく別の人と結婚していた。ここに合理性がありません」
「いや、まあ、たしかにそうかもですけど……」
Mさんは本当に納得がいかないらしい。俺とは違い、当初から期待して観に来たというのもあるかもしれないが、こんなに感情的になるのも珍しい。
「……なんで笑っているのですか?」
Mさんが不機嫌そうに言う。
しまった。いつもと違うMさんがなんだか微笑ましくて、顔がにやけてしまっていた。
「あ、えっと、そんなに映画が好きだとは知りませんでした」
「いえ、別にそういうわけではありませんが」
「え? 映画にこだわりがあって、批評しているわけじゃないんですか?」
「特にこだわりは持っていません」
どういうことだろう。
数学以外のことでこんなに熱く語るなんて、よほど映画が好きなのかと思っていたが違うのか。
「……たしかに、少し冷静さに欠いていたようです。失礼しました」
いつもの淡々とした喋り方でMさんは言い、コーヒーを口に含む。
「あ、でも、わかりますよ。映画って、のめり込んじゃいますもんね。没入感っていうか、感情移入っていうか、映画館から出てきてしばらくはフワフワするっていうか。レンタルして家で見ても、こうはならないんですよね」
そんな俺の言葉を聞いたMさんは、急に黙り込んでしまった。
フォローをしたつもりだったが、なにか変なことを言ってしまっただろうか。
数秒間の沈黙のあと、Mさんは顔を上げ、ぽつりと呟く。
「……まさに関数ですね」
「え?
「いえ、ここは映画館というハコだけに、“
妙に自信たっぷりとMさんが言うが、俺には意味がわからない。
「あの……それは、どういう?」
Mさんは、くいっとコーヒーを飲み干し、俺の質問に答えた。
「あなたが今おっしゃったように、映画館で鑑賞をしたあとは、しばらく通常とは異なる状態になります。実際、私も今回この映画館という
これはもしかして、また始まったのだろうか。
「これは、まさに関数的なものです」
この店は混んできたので、場所を変えた方がいいかもしれない。
そんなことを思いながらも、楽しみにしている自分がいた。
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※
この2つ、全く同じ意味らしいよ。
昔は“函数”って漢字を使っていて、いまは“関数”の方を使うんだって。
年配の数学者はいまでも“函数”って書くこともあるみたい。
この“函”って漢字は、包み込むとか、箱とか、そういう意味らしい。
Mさんは今回、映画館っていう建造物を
Mさん、たまにこういう数学ギャグみたいなのを挟んでくるんだよね。
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