【Y=7】濃度を変える唯一の方法です

 の“濃度”は同じではない。

 Mさんはそう言った。


「あ、じゃあ二次元と三次元で違うとか?」


 なんとなく思い付いたことを、とりあえず口に出してみる。

 平面のと立体のだったら、同じでも立体の方が多そうだ。


「残念ながら、次元が異なっても“濃度”は同じです」


「ええ……。じゃあ、他になにがあるんだろう……。わかんないです」


 ギブアップした俺を見て、Mさんはあっさりと答えを言う。


です。それが濃度を変える唯一の方法なのです」


「組み合わせ? それってどういう?」


「ある集合の部分集合を要素として持つ集合を作ります。これを“べき集合”と言うのですが——」


「あー、えっと、すみません、もう一回いいですか」


 説明の途中で言葉を挟むのはためらわれたが、このままだと完全に置いてけぼりをくらいそうだったので、一旦止まってもらう。

 集合という言葉が乱発されて、頭が混乱してしまった。


「そうですね……。では、これも図書館の本に例えてみましょう。ここの図書館をAとします。いくつもの本が集められて作られた集合です。図書館Aの“要素”は、この図書館が持っている本です」


 Mさんは簡単な言葉に置き換えながら説明をしてくれる。

 うん、これならわかる。


「そして、この図書館Aが持っている本のなかでパッケージを作ったとします」


 そう言いながら、Mさんは立ち上がり、すぐそばの本棚から数冊を取り出した。


「たとえば、これらの本は『私が今ランダムに選んだもの』というようなくくりですが、このようなを全て考え、それらをパッケージとして作ります」


 考えられる全てのが、それぞれ一冊のセット本として作られる。

 きっと途方もない数になるであろうパッケージをイメージする。


「それらのパッケージも本であることに変わりはありません。なので、たくさん作られたパッケージを別の図書館Bに並べたとします」


 ええと。この図書館Aに所蔵している本のあらゆる組み合わせを考える。

 その組み合わせをセットにして一つ一つ本にして、図書館Bに配架する、と。

 うん、なんとなくのイメージはできた。


「この図書館Bを、図書館Aの“べき集合”と呼びます」


 なるほど。で新しく集合を作る、という意味がなんとなくつかめた気がする。


「そして、大事なのはここからです。実際の図書館には有限の本しか置かれていませんが、図書館Aはの本を持っていると考えます」


 の本を所蔵する図書館。本好きにとってはまさに夢のような所だろう。


「すると、面白いことが起きます。“べき集合”である図書館Bは、図書館Aよりも“濃度”が大きいのです」


「……んん? ええと、つまり、一冊ずつペアを作っても、図書館Bの方が余るってことですよね」


「そういうことです。“対角線論法”という手法で証明されます」


 そう言ってMさんは俺の持つメモ用紙で作られた三角形の対角線を指差した。

 これ以上は頭がパンクしそうになるので、どうやって証明するのかまでは聞かずにおこう。


「さらに面白いのが、の“べき集合”を作ったとき、その集合はの“濃度”と同じだということです。つまり、の“濃度”はよりも大きいということです」


「ほぇー」


 あまりの情報量に、つい変な声が出てしまった。

 実数という全ての数は、自然数の“べき集合”と同じ“濃度”を持つ。

 次元では越えられなかった壁を、は越えていく。

 不思議な感覚だ。 


「あれ? 実数も集合の一つですよね。なら、を考えて“べき集合”を作ることもできますよね。そしたら、さらに“濃度”は大きくなるってことですか?」


「そう。その通りです。そうやってに広がっていくのです。それが、無限集合論です」


 Mさんが弾んだ声で答える。

 に広がっていく、なんて想像することもできない。

 でも、数学はそんなものですら扱うのか。


 頭を整えるために、図書館の例でもう一度考えてみる。

 無限の本を持つ図書館がある。その本をいろんなパターンで組み合わせてパッケージにする。それらも全て本として、別の図書館に納められる。

 空想のなかでそんな無限に広がる図書館を思い描いていると、一つの疑問が浮かんだ。


「あの……ふと思ったんですけど、国立国会図書館みたいな集合って作れるんですかね」


 国立国会図書館には全ての図書が納められる。

 パッケージとして作られたセット本も一冊の本だとするのなら、理屈の上ではその本も国立国会図書館には納められることになる。


「国立国会図書館みたいな集合を考えたときって、理論上はありとあらゆる本を持ってるはずじゃないですか。でも、数学だとその“べき集合”を作ると、国立国会図書館よりも大きな集合ができちゃうわけですよね。なんか、おかしくないです?」


 Mさんが驚いた顔をしてこちらを見る。


「……よく、そこに気付きましたね。それがまさに“カントールのパラドクス”です」


 なんと。

 俺は偶然にも、宝庫にあるパラドクスの一つを探し当ててしまったらしい。

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