【X=2】無限の話
【Y=1】無限と呼ぶのが適切かどうか
「社会人になってから図書館に来たのって、初めてかもしれません」
入館ゲートを通りながら、Mさんが言う。
「この雰囲気、久しぶりです」
「図書館って独特の空気がありますよね。ゆっくり本を読みたいときとか、たまに来るんですよ」
ここは会社と自宅のちょうど中間くらいにある大きめの公共図書館。
デートの行き先としては、あまりにも健全な場所だ。
先週末はMさんの行きつけの喫茶店に出かけたので、次は俺の好きな場所に行こうとMさんからの提案があった。
俺としては特に行きたい場所があるわけではなかったが、Mさんが「こういうのは順番です」と言って譲らなかったため、なんとなく思い付いたこの図書館を挙げることにした。
「それにしても大きいですね」
高い天井をきょろきょろと見上げながらMさんが感嘆の声を上げる。
思っていたより喜んでくれているので、意外と悪くない選択だったのかもしれない。
「ここのカフェは本を持ち込めるんで、気になる本をいくつか見繕って、そこでご飯にしましょ」
「賛成です。ただ……一つ問題が」
Mさんが小さな声で申し訳なさそうに言う。
どうしたのだろう。
「私、あまり図書館を使ったことがなくて……どこにどんな本があるのか、よくわからなくて……」
意外だ。どちらかというと読書家のイメージがあったのだが。
「でも大学の図書館とほとんど同じですよ。もちろん蔵書の傾向は違いますけど」
「大学生の頃は……学科の図書室で数学の本しか読まなかったので……」
なるほど。そういうことか。
「オッケーです! じゃ、端末の使い方から伝授しましょう」
・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・
Mさんに検索の方法を教え(実際には教えるまでもなく、端末を見せた段階で全て理解していたが)、目当ての本のコーナーに向かう。
「この数字が、本の場所を示してるんですね」
本棚に書かれた番号を指差しながらMさんが言う。
「そうです。これって
「そうだったんですね。でも、新しい分野が発生したときなどはどうするんですか?」
さすがMさん、良い質問だ。
「そういうときは分類法を少し変えて対応するんですよ。だいたい十年くらいで改訂があるみたいです。最近だと情報系の分野が細かく分かれてきたので、そういうのを増やしたり、ジャンルの位置を変えたり」
「なるほど……。恥ずかしながら、まったく知りませんでした」
数学はあまり大きな変化が無いので知らなくても当然だと思う。
が、こうやって恥ずかしがるMさんが可愛いので、それは言わずにおくことにする。
「……新しい分野でなくとも、本はどんどん出版されますよね。これまであまり深く考えたことはなかったのですが、図書館や書店の方は大変なんですね」
「ですねー。国立国会図書館はさらに大変ですよ。出版された本が全部納められるんで」
「え? 全部?」
「です。出版されたものは、どんなものであれ1冊納めなければならないって法律があるんですよ」
「へえ。それは大変……」
もちろんエッチな本も対象となっているんですよ、と喉元まで出かかったが、その言葉はさすがに飲み込んだ。
代わりに無難な話題を選ぶ。
「でも、今後は電子化をしていくにしろ、本は無限に出版され続けますからね。管理もどんどん大変になるんでしょうね」
「無限……?」
俺の何気ない言葉にMさんが反応する。
「それは聞き捨てなりません」
「え?」
彼女の目がキラリと光ったように見えた。
「たしかに本はどんどん増え続けるでしょう。ですが、それを無限と呼ぶのが適切かどうかは、全くの別問題です」
「え?」
俺はまた何かのスイッチを押してしまったようだ。
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