最終話

「……と、いう訳で土属性は、確かに見た目こそ地味ですが汎用性は他の属性の追随を許しません。パーティに一人、土属性を入れておいて損は無いでしょう」


 魔術学園の冒険者コースでの授業で、生徒達は真剣に話を聞いている。


「せんせー! 土属性の奴って落とし穴とか使ってくるんですけど、ああいうのって卑怯じゃないんですかー?」


 一人の生徒が手を挙げてそんな事を聞いてくる。


「正々堂々戦う……なんてのは、決闘とか公式の場で戦う場合くらいです。魔物相手に卑怯だなんだって文句を言った所で通じますか? 通じませんよね? 命のやり取りをするのに卑怯というのは関係ありません。正々堂々とやった結果、負けたのでは意味が無いです。勝てば官軍……という言葉がありますが、最終的に勝った者が正義なのです。分かりましたか?」


 俺の言葉に、生徒はなるほどと納得したように頷く。

 と、そこへ授業終了を知らせるチャイムが鳴る。


「と、授業は此処まで。また明日お会いしましょう」


 俺のその言葉に、生徒達は元気よく挨拶をする。

 資料を纏めると、俺は教室を後にする。

 今日はもう俺が受け持っている授業は無いので帰宅するだけだ。


「アルバ先生、どうです? 今日」


 俺の姿を見かけた他の教師が話しかけて来て、クイッと手を動かして酒を飲む動作をする。

 今日、飲みに行かないか? と誘ってきてるのだろう。


「すみません、帰ったら家族の相手しなきゃいけないんですよ。なにせ、遊べ遊べうるさくてですね」


 俺は、折角誘ってくれた相手に対し、申し訳なさそうにして謝る。


「ああ、いえ。家族の方が大事ですからね、気にしないでください。では、奥さん達とお子さん達によろしく伝えておいてください」


 教師は、手をパタパタと振りながらそう言うと頭を下げて、その場から去る。

 俺ことアルバ・フォンテシウム・ランバートは、現在生まれ育った王都にある魔術学園で教師をしている。

 と言っても、正式な教師ではなく冒険者コースの雇われ教師だ。

 俺が学生だった頃にエスペーロがやってたのと一緒だな。

 学園長に頼まれて、教師として働いているのだ。

 まあ……事情があって冒険者は続けられなくなったからな。

 一応、周辺の魔物退治の依頼なんかは受けているが、基本遠くまでは行かない。

 行ったとしても、一週間ほどで帰ってくる。


「おーい! 土属性の奴、誰でも良いからあそこの補修頼む―!」


「了解でーす!」


「おい! 今日もあそこ行こうぜ!」


「分かった! 一時間後に集合な!」


 帰宅途中、街中からは様々な声が聞こえてくる。

 此処には……かつてのように土属性を露骨に蔑むような風潮は無い。

 ――約十年前、世界は未曽有の危機に襲われていた。

 邪神復活を目論むとある組織により、主要国家や都市が同時に魔物達に襲われたのだ。

 そして、その親玉を倒したのが土属性という事で、世間の評価が一変した。

 人間は、得てして英雄譚が好きなものだ。

 そういう話を聞けば、当然土属性を扱う英雄の物語を作ってくれるだろう。

 今では、あちこちで色々脚色された演劇や本などが出回っている。


 ……まあ、その英雄って俺なんだけどな!

 実際は、上手く行かなくて自棄になったワイズマンをぶっ飛ばしただけなんだが、いつの間にか色々脚色されてしまっていた。

 曰く、女の子と見紛う麗しい正義感溢れる青年が、邪神をも改心させ世界に平和をもたらした……なんてな。

 誰が女の子か! とツッコみたかったが、土属性の地位が図らずも向上したので、強く出れなかったのだ。

 

 なんて事を思い出していたら、我が家に辿り着く。

 

「ただいまぐえっ⁉」


 扉を開けると、三つの小さな影と一つのデカい影が俺に突撃してくる。

 毎日の事とはいえ、やはり四つの衝撃はキツイ。


「「「おかえりー! ぱぱー!」」」


「遊べー!」


 小さな影達は、無邪気に笑いながら異口同音で叫び、デカい影が遊べアピールをしてくる。

  金髪の勝気そうな女の子に、緑髪の活発そうな男の子、それにやや黒みがかった赤毛の女の子。

 そして……、


「おい、アグナ。お前はデカいんだからもう少し自重しろって言ってんだろ! 衝撃がでけーんだよ!」


「だぁってー、お前が居なくて暇だったんだもんよー」


 見た目は大人、精神は子供なアグナは、不満そうにぶうたれる。

 一見、おっぱいがでかい美人だが、中身は非常に残念である。

 まあ、あれだ。隠す必要も無いのでバラシてしまうが、邪神アグナキアである。

 ワイズマンの一件以降、何故か懐かれたのだ。

 そして、いつの間にか俺達の家に居ついて、すっかり家族の一員になってしまっている。


「おかえり、アルバー」


「お帰りなさいませ、アルバ」


「ただいま、アルディ、フラム」


 子供達の相手をしていると、アルディとフラムがやってくる。


「ほらほら、リュカ、オルバ、アルディナ。お父さんが困っているでしょう? アルディさんと遊んでいらっしゃい」


「うぇ⁉ また私? さっきまで一緒に遊んでたんだけど……」


 フラムの言葉に、アルディが怪訝な表情をする。

 確かに、良く見てみれば衣服が少し乱れていた。


「アルディねーちゃん、あそぼー!」


「「あそぼー!」」


「……えーい、こうなったらとことん遊んでやるから覚悟するんだね!」


「「「わーい!」」」


 子供達に駆け寄られ、アルディは半ばやけくそにそう叫ぶ。


「いつも悪いな、アルディ」


「良いって事よ。私はほら、子供が出来ないからさ、その分皆の子供と遊べて嬉しいよ」

 

 アルディは、ポリポリと頬を掻きながらそう言う。


「さ、あっち行って遊ぶぞー」


 アルディはそう言うと、子供達を連れて奥へと引っ込んでいく。

 さり気なくアグナも一緒について行ってるのが、凄くシュールだ。

 今のアグナの姿を見れば、誰も邪神だなんて気づかないだろう。


「アルバさん、今日もお疲れ様でした」


「まあ、毎日生徒の相手するのも大変だけど楽しいよ。敬語がかなりめんどいけど」


「ふふ、アルバさんらしいですわ」


 俺の言葉に、フラムはクスクスとおかしそうに笑う。

 すっかり大人になったフラムの雰囲気に思わずドキリとする。

 結婚してから何年も経つのに、いまだにフラムにはドキドキしっぱなしだ。


「……お腹、大分大きくなってきたな」


「ええ、時折お腹を蹴ってくるんですよ」


 フラムは、大きくなった腹をさすりながら優しく言う。


「……そういえば、ジャスティナさんとフォレさん。今夜帰ってくるそうですわ」


 フラムは、思い出したようにそう言う。


「ああ、じゃあ大型の魔物の討伐上手く行ったのか。今夜は久しぶりに家族が揃うな」


 ジャスティナとフォレは現在も冒険者として活動をしている。

 ジャスティナは、呪いが解けて以前のような強靭な身体能力は失ったが、それでも他の者よりは強かった。

 二人共、出産経験ある癖にそれを感じさせない程アグレッシブである。

 ちなみに、先程の子供達はフラム、フォレ、ジャスティナとのそれぞれの子供だ。

 

 ……はい。すみません、三人と結婚してます。

 違うんだよ! 最初はフラムだけと決めてたんだけどね? フォレの力押しに耐えれなかったていうか……ジャスティナに関しては……はい、言い訳しません。

 いつの間にか、三人の事が好きになってました。

 元々、フラムは重婚を認めていたし、フォレやジャスティナも特に何も言わなかったので、三人仲良く結婚しました……。

 ……それで、実を言いますとアルディとも結婚してます。

 いやね? アルディが自分だけ仲間外れでズルいとか言うからさ? 

 アルディは、子供こそ出来ないがそれでも他の子供達と非常に仲良くやってくれている。

 ごめんなさい、節操なしでごめんなさい。

 

「そうそう。スターディさんとカルネージさんの間にも子供が出来たらしいですわ」


「お、そうなのか! じゃあ、何か祝いの品送らないとな」


 俺は、フラムのナイスな話題転換に乗っかる。

 違うよ? 都合が悪くなったわけじゃないよ?

 こほん! 此処で他の奴らがどうなったかを教えよう。

 

 先程の事から分かるように、スターディとカルネージは結婚した。

 ヤツフサは、自分の隊の……なんてったっけ、あのウサギのねーちゃんと結婚したらしい。

 今では、王国軍最強夫婦として絶賛活躍中だ。

 タマ姉は……もう開き直って独身街道驀進中で各地を回っている。

 時折、王国を尋ねては土産と一緒に愚痴を置いていく。

 ……誰か貰ってあげればいいのに。

 ノブナガは、ヤマトで統治を頑張っている。

 聖女様ことキリエは、一度聖女になったのだから、これからも聖女として過ごすのだそうだ。

 元々、邪神にもそれ程関心があった訳では無く、あくまでジャスティナについて行くのが楽しそうだったからと、非常に迷惑な理由を聞かせてもらった。

 リーベは……知らん。あの変態の事はどうでも良い!

 リスパルミオ……リズは、エレメア達と今も旅を続けている。

 今はどこで何をしているのやら。

 アヤメさんは、邪神から呪いを解くと言われた時断ってきた。

 此処に居るアグナは改心していたが、他の邪神の欠片まで同じとは限らないから、このまま見守っていきたいとの事だった。

 ていうのは建前で、単純に面白おかしくこのままダラダラ過ごしたいとこの前暴露していた。 


 そして……エスペーロなのだが……。


「アルバくううううん! 遊びに来たよぉ!」


 突如、扉が開かれ変態が現れる。

 邪神の呪いは、魔人化した人物にも適応されるようで、エスペーロもすっかり元の人間に戻っていた。


「また来たな、変態!」


「ああ、背が伸びてすっかり男らしくなったアルバ君になじられるのも素敵だ!」


 俺の言葉に、エスペーロは恍惚の表情を浮かべる。

 エスペーロの言う通り、あれからどういう訳か身長がぐんぐん伸びて百七十を超えた。

 顔つきもだんだん男らしくなっていき、今では女の子に間違えられなくなったのだ。

 

「エスペーロさん、貴方はお呼びでないので、さっさとお帰り願えますか?」


 フラムも、エスペーロは歓迎してないのか敵意剥き出しの笑顔でそう言う。

 エスペーロは、何度突き放しても、こうやって何度も訪ねてくるのだ。


「あ、変態のおじさんだ!」


「わーい、変態の人―!」


 子供達がエスペーロに気が付くと、我先にとエスペーロの元へ向かう。

 ……そう。ひじょーに認めたくは無いのだが、何故か子供達はエスペーロがお気に入りだ。


「ああ……アルバ君の子供達に好かれて……俺は……俺は、とっても幸せだ!」


 エスペーロは、こちらがドン引きするくらいの恍惚な表情を浮かべる。


「ただい……うげ、またエスペーロ来てるのかい?」


「貴様、来るなと何度言えば分かる!」


 そこへ、フォレとジャスティナが帰ってくる。

 エスペーロを見るなり嫌な表情を浮かべるが。


「おかえり、二人共。ちょっと、エスペーロを追い出すから手伝って」


「任せてよ」


「心得た」


「酷くない⁉ ねえ、フラム、君からも何か言ってよ!」


「……私、腕を斬りおとされたのまだ許してませんから」


 フラムに助けを求めるエスペーロだが、笑顔でばっさりとそう言われ何も言えなくなってしまう。

 そして、いつものように始まるエスペーロ掃討戦。

 生意気にも抵抗するエスペーロを応援する子供達。

 

 そんないつもの騒がしい日常を見て、俺は思わず笑みがこぼれる。


「どうかしたんですの?」


 笑みを浮かべる俺を見て、フラムは不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。

 目の前では、フォレからキャメルクラッチを喰らってエスペーロがタップしている光景が広がっている。


「……いや、平和だなぁって思ってね」


「これが平和に見えるんですの?」


 エスペーロを見ながらフラムが答える。

 はは、相変わらず手厳しいな。まぁ、俺もエスペーロは嫌いだけどな。

 あいつ、最近ガチで俺の貞操狙ってくんだよ。怖すぎるわ。


「まあでも……確かに平和と言えば平和ですわね」


 俺とフラムは顔を見合わせると、お互いに笑い合う。


「……なぁ、フラム」


「なんですの?」


「大好きだよ、これからもずっと。勿論、エスペーロ以外の皆も好きだけどね」


 俺の言葉に一瞬キョトンとするフラムだが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。


「私もですわ」


 世間から蔑まれていた土魔法がもたらしてくれた合縁奇縁。

 最初こそ、どうして土属性に……と嘆いていたが、今ではとても感謝している。

 そんな土魔法に感謝の気持ちを込めてこう言いたい。


 ――土魔法に栄光を!

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土魔法に栄光を! 已己巳己 @Karasuma_Torimaru

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