197話
「よく来たね、歓迎するよ」
部屋に入れば、ワイズマンがいやらしい笑み浮かべながら迎える。
部屋の中は広く、奥には何度か見た邪神像が鎮座していた。
「……なんで、俺だけを呼んだ?」
俺は気になっていた事を尋ねる。
ジャスティナならともかく、俺だけを呼ぶ理由が思い当らなかったからだ。
「それは、君に興味があったからだよ」
「え゛⁉ お前、そういう趣味だったの?」
ワイズマンの台詞を聞いて、ホモはもう勘弁とばかりに俺は自分の体を抱きしめながら後ずさりする。
「ち、違う! 君の知識だ知識!」
俺の言葉を聞いて、ワイズマンは慌てたように否定する。
「こほん! つまりだ。君は、私の知らない知識を多数所有しているというのは知っていたからね。知恵を冠する身としては、君の知識はまさに宝なのだよ」
ああ、なるほど。
確かに、知識欲満たしたい星人にとっては、俺の持つ地球の知識はさぞ魅力的なのだろう。
「もちろん、ジャスティナも……便宜上、『この世界』とでも言おうか。この世界にはない知識を持っているのは知っている。エスペーロの武器も、彼女のアドバイスを元に造ったからね」
ああ、確かにあの音叉の形した剣は地球の知識ないと思いつかんわな。
「ただまぁ……彼女は強すぎる。そして、非常に扱いにくい。その点、君なら土属性だから御しやすいと考えたのだよ」
「は! 知恵が聞いて呆れるな。土属性の有用性に気づかないなんてな」
ワイズマンの嫌味に対し、俺は鼻で笑いながら軽口で返す。
「勿論、土属性の汎用性の高さは知っているよ? だが、魔法とは言うが、特性は物理だ。炎などと違って、対策はいくらでもある」
「ほお? じゃあ、試してみるか?」
「落ち着きたまえ。私は、君と争う気は無いよ」
戦闘態勢を取る俺に対し、ワイズマンは手を振りながら言う。
「さっきも言ったように、私は君の知識が欲しい。どうだ? 私の仲間になるなら、世界の半分を君にやろう」
ワイズマンは、歪な笑みを浮かべながら、日本ではあまりに有名な台詞を吐く。
目の前に、『はい』と『いいえ』の選択肢が見えるようだ。
「そんなん……『いいえ』に決まってるだろうが、ボケナス」
俺は、ビッと中指を一本だけ立ててそう言い放つ。
世界の半分と言われても、正直俺にはピンと来ない。
土属性を世界に認めさせるという目標はあるが、イコール支配では無い。
しかも、武力で支配などそう長くもつはずもない。
盛者必衰、悪の栄えたためし無し!
「……残念だよ。出来れば、穏便に君を仲間に引き入れたかったんだがね」
俺の言葉を聞いて、ワイズマンはヤレヤレとわざとらしく首を横に振る。
「まあ、最悪……脳さえ残っていれば、知識は得られるからね。君を殺してからゆっくりと知識を得ることにしよう」
「中々えげつない事を言ってくれてるが、お前が俺に勝てんのか?」
ワイズマン自体は弱いので、俺が負ける要素は無い。
ただ、魔人化の例があるので警戒はしておく。
「ああ、戦うのは私じゃないよ。邪神アグナキア様さ」
「……邪神は、七つに分解されて……そうか。一つはお前達の手に渡ってるんだったな」
ギガの中にあった邪神の欠片がワイズマンの手の内にある事を思い出し、俺は内心舌打ちをする。
「その通りだよ。勿論、七つに分解されてるからその七分の一じゃ、邪神の元の力には遠く及ばない。だけどね、負の感情を集めれば、全盛期の力に近づけることはできるんだよ」
「そんなものどこで……まさか!」
俺は一つの考えが思い浮かび、思わず叫ぶ。
「そう、そのまさかだ。今まさに、世界中を巻き込んだ戦争がソレさ。私の目的は、街を支配する事じゃない。そんなのは、後でいくらでも出来るからね。本当の目的は、その戦争により引き起こされる負の感情さ」
そういう事か。
魔物が襲ってきても押し返せる実力者が居るとはいえ、一般人にとっては魔物が大量に押し寄せるというのは恐怖でしかない。
ワイズマンは、そう言った感情を何らかの方法で集めて邪神復活の糧にしたのだろう。
「そして……ついに、邪神を復活させるだけの量が揃ったのだ。私は知りたいのだよ、かの邪神がどれ程の力を持つかをね!」
「それだけの為に、これだけの事をしでかしたのかよ」
「勿論さ! 私の知識欲を満たすことは、他の何よりも優先される! その為に、何人死のうが私には関係ないさ!」
ワイズマンは、それが当たり前だという風に叫ぶ。
……こいつは、どうしようもないクズだな。
「さぁ、今こそ復活せよ……邪神アグナキア!」
ワイズマンが天を仰ぐようにして叫ぶと、奥にあった邪神像にひびが入り始める。
「……っ」
俺は、邪神が完全に復活する前に始末しようと
しかし、それはあと一歩の所で間に合わなかった。
邪神像が割れると、一人の女性が中から現れ、飛んできた槍を触れずにすべて弾く。
黒。それがその女性を見た印象だった。
身長百七十程。地面まで伸びる漆黒の長い髪。そして、同じく真っ黒なダボっとしたよく分からない服。
全身余すことなく、全てが黒かった。
肌の色は、どっちかというと色白だったが。
胸は……だぼっとした服の上からでも分かるくらい大きかった。
そして、普通に美人だった。
これで、とてつもない邪悪な魔力を放ってなかったら、見惚れてただろう。
とても七分の一とは思えない威圧感だ。
邪神は、まるで生まれたての雛のように辺りをキョロキョロと見回す。
「おお……! 成功だ! 邪神アグナキアよ、さぁその残虐性を解放し、世界を破壊と混沌で満たすんだ!」
ワイズマンは、邪神に近づくと嬉しそうにしながらそう命令する。
「いや」
「は?」
しかし、邪神から紡がれた言葉によって初めてワイズマンの表情が固まる。
「き、聞き間違いかな? アグナキアよ、今こそ世界を破壊し尽くすのだ!」
「い、や! って言ってんだよ。何で、俺様がそんな事しなきゃなんねーんだよ」
再度命令するワイズマンに対し、邪神は見た目に似合わない粗暴な口調で断る。
ああ、そういえば邪神ってこんな口調だったな。
「い、嫌ってそんな! お前は邪神だろう?」
「邪神だから、なんだよ。いやさ、確かに負の感情とか貰って復活させてもらったのには感謝するよ? だけど、だからって命令聞く義務はないよな?」
まあ、ワイズマンが勝手に甦らせただけだしな。
「そもそもさー、邪神だから世界滅ぼすとかもう古くね? 俺様としては、自由気ままに平穏に暮らす邪神様を目指したいわけだ。流石に何百年も封印されてれば、色々面倒にもなるって」
邪神は、衝撃的な事をツラツラと言っていく。
いや、確かに平和に暮らしたい邪神とか斬新だけどさー?
ワイズマン、固まってんじゃん。
「あー、アグナキア様?」
「アグたんで良いよ」
かるっ! 直接ではないにしろ、散々手こずらせてきた邪神様、めっちゃかるっ!
「アグナキア様は、もう暴れる気は無いんですか?」
邪神とはいえ神なので、俺は一応下手に出て話しかける。
ていうか、下手に機嫌損ねたら一瞬で吹き飛ばされかねない。
「……」
しかし、アグナキアは無言のままそっぽを向いてしまう。
「……アグたん」
「まあ、そうだな。昔の俺も若かったからなー、やんちゃして世界に迷惑を掛けたのは反省してるよホント」
俺が呼び方を変えると、アグナキアはあっさりとそう答える。
なんというか……うん。
少しばかりワイズマンに同情する。
「あ、じゃあ……前にアグナキア、じゃなかったアグたんを封印した人達に掛けた呪いって解くことが出来ます?」
これだけフランクなら、もしかしたら頼みを聞いてくれるかと思い、ダメ元で聞いてみる。
「あ、良いぞー。いやー、俺様もね、たかが人間なんかにーって思ってやけくそで呪い振りまいたけど、冷静になって考えると俺様が悪いしさ?」
あっさり引き受けてくれちゃったよ!
え? 何、この人本当に邪神?
「今、やった方が良いか?」
「あ、いや……今は立て込んでるから、落ち着いた頃にやってもらえると」
今、呪いを解かれたりしたらジャスティナとかがやばい事になってしまう。
「く……くはははははは!」
俺とアグナキアが会話をしていると、ワイズマンが突如笑い出す。
「くく、まさか邪神が改心してるとは私も予想外だったよ……。私の期待を裏切ってくれた奴には制裁だなぁ?」
その言葉が合図だったのか、突如城全体が揺れ始める。
「何をした!」
「くかかかか! もうすぐでこの城は爆発し、墜落する! 私の思い通りにならないものなど、全て消えてなくなればいいのだ!」
爆発⁉
くそ、またベタな事をしやがって。
「アグたん! この先に俺の仲間たちが居る! 一緒に逃げるぞ!」
「りょうかーい」
俺の言葉にアグナキアは、のんびりと答える。
目の前で復活するところを見たのに、どうしても邪神だと信じられない。
「逃がすかぁ!」
「うぉ⁉」
ワイズマンの声と共に、何かが伸びて来て俺の体を絡めとる。
奴の方を見れば、腕が毒々しい色をした触手に変化していた。
「くひゃ⁉ 貴様らは、一蓮托生だぁ」
よっぽど邪神の事がショックだったのか、ワイズマンは狂ったように笑っている。
「……アグたん、悪いけど先に行って俺の仲間達を……」
「おう、面倒そうだから此処は任せたぞ!」
俺が言い終わらない内に、アグナキアはさっさととんずらこいてしまう。
この思い切りの良さは、ある意味邪神かもしれない。
「……ふんっ!」
アグナキアが居なくなった後、俺は自身の体から石の棘を発生させて、触手の捕縛から逃れる。
ワイズマンは、自身を魔人化させたのか完全に異形となっていた。
「まったく、ちょっと予想外な事があったくらいで自棄になりやがって。これだから、変に頭の良い奴は……」
俺は、ワイズマンに対峙しながらため息を吐く。
あちこちで先程から爆発音が響き、揺れも酷くなっている。
しかし、此処でこいつを倒していかないとマズい。
「お前の馬鹿にした土属性の強さ、とくと味わえよ?」
崩れゆく城内の中、俺はワイズマンに向かっていくのだった。
◆
◆
「街も大分落ち着いてきましたわね」
天空城で、ワイズマン達と戦ってから一週間後。
魔物達との戦いが終わり、あちこちでは復興作業をしています。
あの時、いきなり城が揺れだした時は驚きましたわ。
セバスさん達をなんとか倒してアルバ様の所へ行こうとした所へ謎の揺れと爆発。
そして驚いたのが、アルバ様の所へ行こうとした時に奥から邪神と名乗る美人の女性がやって来たことですわね。
にわかには信じ難かったですが、その人の纏う魔力が只者ではないと語っていました。
最初は警戒した私達ですが、自分の事をアグたんと呼べというフランクっぷりに毒気を抜かれてしまいました。
アルバ様が危険だと知り、助けに行こうとしましたがアグナキアさん――邪神の方を呼ぶのは違和感がありますわね――に無理矢理連れられて気づけば地上。
かなりフランクとは言え、流石は邪神。全く抵抗が出来ませんでしたわ。
あの後、天空城は謎の発光と共に行方が知れません。
当然、アルバ様の行方も分かりませんわ。
「アルバ、どこ行ったのかなぁ」
私の隣では、心配そうな表情を浮かべたアルディさんが呟きます。
アルディさんに限りませんが、皆さん心配してらっしゃいます。
私も含めてですが、誰一人として生死の心配をしていないというのは流石ですわね。
「ふん、あいつは俺のライバルなんだ。そう簡単にくたばるはずがない。そろそろ何食わぬ顔して帰ってくる頃だろうよ」
「ブラブラ―さん」
「ブラハリーだ! なんだその、何かがぶら下がって揺れてそうな名前は!」
ああ、そうでしたわね。私としたことが、名前を間違えてしまいましたわ。
ブラハリーさん達は、別の街で魔物の掃討戦に参加されてたらしいのですが、アルバ様がクバサで行方不明になったと聞き、飛んで来られたんです。
ブラハリーさんは認めたがりませんが、間違いなくアルバ様の事大好きですわよね。
ちなみに、私達は今、クバサのお城の客室を宛がわれています。
クバサから移動してしまうと、アルバ様が私達を見つけられませんからね。
「まぁ、その……なんだ。アルバは必ず戻ってくるから、気を落とすな」
「……はい」
ふふ、ブラハリーさんったら私を慰めてくださってるんですね。
でも大丈夫。私は信じてますから、必ず帰ってくるって。
コンコン
そんな感じで雑談をしていると、ノックが聞こえてきます。
「はい」
お城の誰かが来たのだろうと思い、私は立ち上がると扉を開けます。
すると、そこにはボロボロな格好をしたある人物が立っており、私を見ると満面の笑みを浮かべます。
「ただいま」
その人物が喋ると私は、目に涙を浮かべながら精一杯の笑みを返して口を開きます。
「おかえりなさい」
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