魔女は一人になれない(バレンタインデー編)
バレンタイデーなどくだらないと思いつつネットショッピングを楽しんでいたリズはポテチチップスが入っている袋を開けた。
魔女と言えばリズ、と昔では騒がれていたのに今ではただの引きこもり娘だ。ひと昔前まで魔女は必要な存在だったはずなのだ、薬学に長け、動物にも詳しくある程度魔術を使って生活を豊かにしようと知恵を与えてきた。しかし、魔女の知恵より科学的な知識の方が人々は便利だと気づいた。
リズとしては、ラッキーだった。魔女としての役目を終えて、今ではのんびりポテトチップスを食べ、テレビも寝転びながら見る事が出来る。先代の魔女が見たら処刑レベルでのことが今では楽にできるのだ。
「本当に貴方、魔女なんですか?」
まるで口癖のようにぼやく青年は点けっぱなしのテレビを消した。ぶつんと消えてもヘッドフォンをつけたリズには聞えていない。
「聞いていますか? 今日、何の日か知ってます?」
「……」
ネットの海でショッピングをしていると口の中が何か恋しくなってポテトチップスを一枚、口に放り込む。コンソメとハバネロが混ざった期間限定品を箱買いして今ではデスクトップの真横に積んである。
青年はパソコンの電源を押した。ぶつんとまた音がした。さすがのリズも血相変えて青年の方を見る。
「ちょっと!?」
「はあ、ようやくこちらを見てくれましたか」
「シア……」
「はい」
青年――シアは満面の笑みを浮かべる。図体が大きいだけの人造人間が、どうして魔女の邪魔をするのか。
「あたしの邪魔をしないでよ! せっかくもう少しで競り落とせたと思ったのに!」
「ネットオークションですか? もうやめてくださいとあれだけ言ったのに」
「いいじゃない、あたしの勝手でしょ!」
シアは人造人間――であり、リズにとっての衣食住を全て管理する存在だ。そのために買ったのだが、実際は過保護というか、世話が過剰過ぎてリズの怠惰な性格に小言が止まらない人造人間になった。薬を駆使してある程度の調教をしてみたが、生意気にも効果が無いので諦めている。
「どうせロクでもない壺とかでしょう、部屋が物置部屋と化しているんでやめてくれませんかね」
「生意気! 壺じゃなくてレトロゲームよ、なかなか手に入らないから一緒に」
「一緒に?」
「……何でもない」
リズはベッドから起き上がり、床にあるカードゲームの束を蹴とばしながらシアの前を横切ろうとするとシアが呼び止めた。
「少しいいですか」
「なによ」
「これをどうぞ」
「なに?」
シアが笑いながら小箱を渡してくる、水色の箱に赤いリボン、見た事がない。リズは受け取りじろじろと観察してもこの中身は分からないし、そもそもいきなり渡されても彼の意図が全然分からなかった。
「……なにこれ?」
「今日が何の日か、知っていますか?」
「今プレイしているオンライゲームのイベントが始まる日?」
シアは肩を落とした。その勢いで眼鏡も落ちそうだった。
「貴方って人は本当に残念な人ですね」
「じ、人造人間の癖に生意気……」
「バレンタイデーですよ」
「……はい?」
思わず魂が抜けたような変な声が出た。
バレンタインデー?
「貴方が作ってくれると少しばかり期待した私が愚かだったな、と思いつつ私が作りました」
「な、何よそれ」
「感謝の気持ちです、開けてみてください」
リズはシアの表情を伺いながら箱を開けると、その中にはクッキーが入っていた。しかもこの匂いといい、形、どう見ても大好物のシンプルなクッキーである。
「これ! クッキーだわ! クッキー!」
「好物でしょう」
「うん! さすがあたしの人造人間、クッキーも再現できるのね」
「まあ、見よう見真似、昔を思い出しつつです。貴方が作ってくれたこともあったので、味は近いものだと思います」
リズは迷わずクッキーを齧った。あの味であることはすぐに分かって頬が緩み、思わず嬉しくなってクッキーを半分にしてシアに渡した。
「はい!」
「随分とご機嫌になりましたね」
「当然よ! クッキーだもの! 一緒に食べよ、シア!」
シアは半分のクッキーを手に、リズを見る。彼女は自分が作ったクッキーをもったいなさそうに少しずつ齧ってははまだ笑っていた。そんなことしなくてもまだあるのに、失敗した奴も含めて沢山ある。
ふと愛しいなあ、と思ってしまう。
「ほんと、ちょろい魔女ですね」
魔女は一人になれない 文月文人 @humiduki727
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