魔女は一人になれない

文月文人

魔女は一人になれない

「これが……?」


 栄養液に満たされたポッドに触れると、中で眠っている少年の足先がぴくりと動いたような気がした。

 ロボットが丁寧な口調で告げる。


「適正診断の結果、この少年こそ、魔女様に相応しいでしょう」

「機械の言うことなんて、信じられるの?」


「はい。我々は常に正しい事を魔女の皆様にお答えします。嘘偽りがなく、公正で事実です」

 抗菌素材の床、壁、天井。

 無菌の空気に包まれたこの部屋には人が一人入るサイズのポッドがいくつも並んでいる。どれもこれも男や女、または動物だったりとする中、選ばれたのは頬が瘦せこけ、身体中がボロボロの男の子だった。


「これが本当に役に立つのかしら」


 魔女には適格な生贄だとしても、相応しいかどうかと言われるとわからない。こんな瘦せっぽっちの男が魔女の隣で歩いていたら周囲に笑われてしまうのではないか? 

 そう思うと、ロボットの診断は納得ができない。


「一つ聞きたいのだけど」

「はい?」

「どうして、こんなものを造ったの? わざわざ貧相にして血色悪くして、それに足の筋力まで低下させるように遺伝子を操作したのはなぜ?」


 目の前にいるロボットは少し考えるために、青いランプを点滅させた。すぐに返答が返ってくる。


「ここを利用してくださる魔女様は、様々なご要望があるのです。例えば今シティで流行っているインスタントソバがあるじゃないですか、あれをただ永遠に作らせる人形がほしいとしたら足なんて必要ですか? 作らせるには器用な腕先があれば十分なんです。そういう魔女様もいらっしゃいます。貴方の場合はどこにも行かず、傍にいてほしいと希望をしました。その結果が「これ」なのです」

「これ……」


 魔女はじっと少年を見上げ、彼は一体この中で何を考えているのかを想像した。


「ご不満でしたら第二希望、第三希望の人形をご案内しますよ」

「いえ、結構。この子にするわ」

「千エンです」

「……安い」

「所詮は使い捨てタイプですから」

「……」


 魔女は黙々と電子マネーで支払い、少年を引き取った。少年に着せるものはなく、仕方ないのでローブでくるんで運んだ。ほかの魔女の間でも役にも立てないだろう少年を買ったという噂が光の速さよりも速く伝わって、当然のように笑いものになった。

 しかし、魔女は生贄でも実験体でも、インスタントソバを作ってほしいわけでもなく孤独を拭いたかった。

 こんな眩しい街に魔女のいる場所は無い。しかし、電脳技術が発達した今でも魔女は存在し、街中を平然と歩いている。ロボットに助けられ、時にロボットをいじる魔女。ロボットと付き合いはじめ、ロボットに殺されてしまった魔女。トラブルに巻き込まれ、ロボットの一部になった魔女だっている。

 もう、この街に生きている人間なんていないんじゃないか。

 そう思うほど、この街は硬質な存在らであふれている。


「この子は柔らかい、暖かい。機械たちに作られたけれど、別に母親のお腹でじゃなくたっていいのよ。貴方が生まれて、ここにいてくれるならなんだって」


 魔女は街の隅にあるアパートに引っ越し、少年と暮らすことになった。使い捨てタイプの品質は、時折調整しないといけないため、魔女はまず科学知識を学び魔女として薬学を駆使して少年を延命させた。

 数年が経った。


「どうしてこんなことになったのかしら」


 買い取ってから一年目、少年は喋ることはなかった。代わりに身長が大きくなった。

 おかしい、成長を阻止する薬を作って投与したものの効果がなかった。

 二年目、少年が喋りだす。しかも何故か人の気を狂わせるような悪戯めいたことばかり言って魔女を困らせた。そしてさらに体格ががっしりとなって、筋肉がついた。

 おかしい。まったく薬の効果がない。

 三年目、足を引きずりつつも自由に動き回れるようになる。そして家事全般をこなせるようになった。身体も大きくなって、延命する必要もなく、薬いらずになった。


「おかしい」

「どうしました? そんなフクザツそうな顔をして」

「別に……」

「何か言いたそうな顔をしていますよ」

「……貴方、人造人間なのよね?」


 少年、いや青年となった彼は爽やかに頷く。この表情もロボットが操作して作られたものなのだろうか。


「ええ、そのはずですよ。胸のバーコード見てみますか?」


 と、突然シャツを脱ぎだそうとするので慌てて止めた。男の裸など二度と見たくない。


「何を今更恥ずかしがるのです? こうして屋根の下二人きりで暮らしている訳ですし、裸の一つや二つ。私をお世話してくれていた頃なんてもうあんなところやこんな」

「それ以上言わないで恥ずかしいから」

「意外とウブですね」

「だ、だって知らなかったんだもの! その男の人に、そういうのがついているなんて、その」

「ああ、ペ――」

「言わないでよっ!」


 魔女様御用達、人造人間売買サイトは閉鎖、いつの間にか倒産しており返品は出来ない。ゴミ処理場にもっていくにも街の外に出る必要があり、交通費は簡単に払えるものではない。

 捨てるか?

 いや……警察に見つかったらそれはそれで問題になる。

 色々悩んだ末、結局二人で暮らしている。青年は足を引きずりつつも、全く困った様子もなく、魔女は魔女で青年の過保護に呆れたため息を吐くしかなかった。


「下着の色、何がいいですか?」

「……え」

「貴方のじゃなくて、私のなんですけどね?」

「……はあ」

「貴方のだと思いました? まあ、確かに貴方の下着は私が買っていますけどね」

「だ、だって何着ても私からすれば全部一緒だもの……」


 いつも魔女がため息を吐いているのに、青年が珍しく深いため息を吐く。


「貴方本当に女ですか? もうちょっと洒落っ気というものを知るべきですよ」


 何故人造人間に言われなきゃならないのだ……と、思ったが返す言葉もなくうなだれる。


「あのですね、いくらなんでも家だからって服を裏返しにしたまま寝るとか靴下片っぽなくすとかありえません」

「はい……」

「毎日同じ服着てる魔女なんて聞いたことがないですよ?」

「は、はい……」

「パンツ裏返して寝るなんてほんと魔女以前に女性として最悪です」

「だって、めんどくさか」

「…………何か、言いました?」


 青年の笑みが恐ろしい。

 項垂れる頭に重りが乗っかったように、どんどん沈んでいく。


「ごめんなさい」

「今度服買いに行きましょう」

「え! 嫌! 外に出るなんて。いいじゃない、通販で買えば一分もせずに届く」

「引きこもりはいいことではありません、あなたこの半年全然外に出ていないでしょう。出ますよ」

「うう……」

「出 ま す よ」

「はい」


 青年に服を選んでもらい、髪もとかしてもらって外に出る。

 長年の夢だったせっかくの引きこもりライフは青年とこの眩しい街に消えていく。

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