2月12日の夢
たまき
青い夢
鉄パイプと細い非常階段に飾られ、赤錆に彩られた鉄塔は、低い低い声で夜もすがら歌い続ける。彼の本当の役割は何なのか、それを今も果たせているのか、何も分からなかったけれど、彼は確かに生きていた。かつては山のふもとから続いていたはずの道が木々と草花で隠されて、跡形もなくなっても、まだ。
どうしてここで休むことに決めたのだっけ。多分、木の根元で枯葉にまみれて眠るより、文明の匂いのする機械の上で、くだらないお喋りに夜を明かすほうが、幾らか安心だと思ったからだ。それでも、非常階段を上った先、鍵のかかっていない扉を開けて中に入らなかったのは、真っ暗な室内が怖かったからだ。
木陰よりは、廃墟のほうがまし。暗闇より、夜のほうが怖くない。間を取った挙句に、野晒しで凍えることになってちゃあ世話はない。でも、寒すぎて死んだりはしないよ。そう言って彼女と頷きあって、ここに座り込んだのだった。
すぐ隣で白い息を吐いている彼女は、同じ学校の生徒だった。何も起こらなければ、卒業までに一回話していたか、話さなかったか。でも、コートの裾からのぞく紺色のプリーツスカートが、私のものと同じだったから。どうしてあんな勇気が出たのか今でもわからないけれど、とにかく私は彼女の手を掴んだのだ。
塔の上から見下ろしても、一体どこまでが山で、どこからが町なのやら。以前―――ずっと昔にこの山の上から見たときは、たくさんの灯りで眩しいくらいだったのに、今は真っ暗だ。いや、時折ずっと向こうのほう、おそらく町の中で、何かが輝く。でもそれは、あの退屈な、ほっとするような街灯りじゃない。赤く、大きくにじんでいく、胸をざわつかせるような光だ。
今朝、目を覚ましたのは、たった十数時間前のはずなのに、まるで何か月も昔のことみたいに遠い思い出になってしまった。大変なことがあったのだ。とても大変なことがあって……、これ以上は考えたくない。一つだけわかるのは、今日が終わって日が昇ったら、また一年みたいな一日が始まるんだろう、ってこと。なんだ、もう一日過ぎてしまったのか、なんて後悔するような毎日は、ずっと向こうのほうへ押し流されてしまったってこと。
「ねえ、見て」
風に紛れてしまいそうな声で、彼女が呟く。赤くて細い指先が、空の一点を指さす。とうに日の落ちた空には、引きちぎったみたいな形の雲が幾つも浮かんでいた。その隙間からのぞく夜空は、目に染みるような藍色で、いたるところに星が瞬いている。輝く星々を縫うように、一筋の線が空を走った。はっとして隣りを見ると、彼女が得意げに笑う。
「流れ星」
「うん、流れ星」
言っている最中にも、また一つ星が流れる。あちらこちらで、次々と、光る砂粒が滑っていく。天蓋はさらに輝きを増して、雲間から青い光を投げかける。
「流星雨だ」
「うん、流星雨だね」
鉄塔は歌う。星は流れる。
2月12日の夢 たまき @Schellen
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