晩夏──⑧
『人間は全身を甲殻のような鎧で覆っていて何歳なのか、男か女かもはっきりしない』
『銃らしきものを持っている気配はない』
『いまのところ攻撃的な素振りを見せていないため、入国をはぐらかして時間を稼いでいる』
『市長に知られたら事態がややこしくなるから内密のうちにカルマールさんに収めてもらいたい』
道すがら、メッセンジャーはそう説明した。
リィラ・カルマールは考え深げに指先であごをさすったあと、
「まあいい、あたしがいこう。ところでシスター・エコはこれからどうする?」
「えっと、わたしは……」
エコたちがティータイムを楽しんでいたカフェから東ゲートまでは徒歩で一時間ほど距離があった。エコの足で往復すると、教会へ帰るころには太陽が完全に山あいへ隠れて銀色の星が空に君臨し、闇夜がマリアヴェルを支配してしまうだろう。帰り道は月蛍に照らしてもらわなければなるまい。
それを覚悟したうえで、エコはいった。
「わたしもついていっていいですか? 久々に人間の姿を見てみたくて」
リィラとメッセンジャーは驚いた顔をしたものの、断る理由はないらしく了承してくれた。
東地区の入国ゲートへと向かうあいだ、リィラは伝言役のオスのケダモノを質問責めにした。どんな人間なのか。おおよその身長と所属組織、甲殻に印などはなかったか。言葉に訛りはあったかなどなど、その人物の特徴を掘り下げていくリィラの手際の良さは、エコが関心するほどだった。
人間がマリアヴェルを訪れることなど、メーチェの件以降、皆無である。
なにせ現市長の人間嫌いは度を越しており、場合によってはマリアヴェルへ近づく人間は警告なしに命を狙われるほどだ。よって人間たちは虎の尾を踏まぬよう、マリアヴェルから足を遠のかせているのが実情である。そんな危険地帯の街へ、人間がいったいなんの用事なのだろう。
夜間は灯りに乏しく空を飛行するのは危険であるため、リィラは東地区の住宅地を小走りで移動していた。エコにぴたりとついてくるあたり、彼女は脚力にも自信があるらしかった。
東ゲートは背の高い二本の監視塔に挟まれた鉄製の門であった。周辺は鉄柵で囲まれており、小型~中型サイズのケダモノの侵入を阻んでいる。人間たちが暮らしていたときに建てられた遺産のひとつだ。鉄門は風雨に晒されて赤茶色に錆びているものの、強度は申し分なく堅牢な盾として外敵から街を守っている。
煌々と夜を彩る銀色の月に照らされた東ゲートにたくさんのケダモノが集って円陣を組み、やいのやいのと声を荒げていた。円陣の中央にはひとりの人間が立ちすくみ、なにやら身振り手振りでボディランゲージを試みているようだった。
奇妙な出で立ちをした男だった。身長は165cmのエコとほぼ同じで、しわのない金属製の真っ黒いスーツを痩身の身体にまとっている。服の袖には腕時計のようなものが装着されており、平たい画面から青白い光を投げかけている。薄手のブーツも金属で製造されているらしく、服も手袋も月明かりを反射して黒光りしていた。が、なにより彼の風貌を異様たらしめているのはマスクである。頭部をすっぽりと覆い隠すヘルメットのようなものをかぶっていて、眼球のあるあたりに凹凸のあるレンズが備え付けられている。彼が顔を左右に動かすたびレンズが小さく動いているのを確認できた。彼のスーツの胸元には紋章のようなものがついているようだったが、エコにはそれがなんなのかわからなかった。
道案内をしてくれたメッセンジャーは、その混沌の渦の中央を指差して肩をすくめた。
「あれでさぁ。帰れっつっても話をききゃしねぇ」
「ふうん」
気のない返事をしたリィラがそばにいた牛男の肩を借りてそのうえに飛び乗り、人混みをかき分けていった。エコもその後ろに寄り添い、人間のほうへと近づいていく。
円陣の中心へたどり着く寸前に、野太い声が空気を震わせた。
「だぁかぁらぁ、人間はこの街には入国できないっつってんだよ。オーケー? 言葉わかる? それとも食べられなくちゃわからないか?」
様々な種族のケダモノが織りなす円陣の中央で、ノコギリ状の牙が生えた丸太のような胴体を持つ六メートル級のミミズ──ランドワームが地中から顔を出し、マスクの男を恫喝していた。ミミズはどうやら東ゲートの門番らしい。子供なら泣き出してしまいそうな迫力だった。
が、マスクの男は巨大ミミズの威嚇を軽くあしらい、両手を水平に掲げて「まぁまぁ」とでもいうように手のひらをパタパタさせていた。
「いやぁ、あなたがたの主張はよぉくわかるんですよ。上の許諾がないと、下のケダモノは融通をきかせるわけにはいかないんだよね。そのあたり、ぼくもお気持ちわかりますよ。ただね、ぼくは入国したいんじゃないの。ちょこっと話をうかがいたいだけなんですよ。いわゆる聞き込みってやつでしてねぇ。いや、もちろん入国させてもらえるんなら助かるんですけどね。だからとりあえず責任者のかたを……」
そういいかけたマスク男の頭に、突如としてミミズが齧りつこうとした。マスクの飄々とした語り口にあっけなくキレてしまったらしい。
マスク男が避ける余地も与えず、ミミズは石さえ粉々にする臼歯をむき出しにして、男の頭部どころか胸元までを飲み込んでしまった。エコが目を逸らす余裕も、リィラが「このバカ」と叫ぶヒマさえなかった。
ミミズのあごが強引に閉じられ、ゴリリボキッというカルシウムが砕ける重低音が響いた。ランドワームは口の中で土をすり潰すために臼歯が発達しており、その顎力は岩をも容易に砕いてしまう。知能や理性こそおぼつかないものの、ランドワームはマリアヴェルを守る戦力、および労働力として重宝されているのだ。
そのランドワームが絶叫をあげてマスク男を口から放り出したのは、彼をたったのひと噛みした直後だった。ワームは大口を開けて泣き声をあげながら、口から白乳色のごついものを吐き出した。
臼歯のかけらだった。
「歯が、歯があああぁぁぁ。あああああっ」
痛覚が集中している歯茎から紫色の血を垂れ流してのたうち回る巨大ミミズを尻目に、マスク男は頭を軽く振ってから「よっこらしょ」といいつつ立ち上がった。
「あっちゃー、参ったね。よだれまみれになったじゃないの。官給品だから汚されたり凹まされたりしたら困るんだけどなぁ。これできみも懲りたでしょ。いきなりひとに噛みついたりしちゃいけませんよ」
マスク男は途方に暮れた様子でランドワームの醜態を見守りつつ、アーマーに覆われた指を振り振り説教をした。
ランドワームがぐっと体勢を起こしてマスク男を濁った怒りに燃える瞳で見下ろした。
「歯のかたきぃぃぃぃっ」
ヤケクソになったのかランドワームが巨体を鞭のようにしならせて胴体を真横に仰け反らせ、反動を利用して長い胴体をぶつけてマスク男をふっ飛ばそうとしてきた。人間の三倍はあろうかという巨躯が風を切って振り回される。巻き添えにならないよう野次馬のケダモノは一斉に後ずさった。
体重三百キロを超えるヘビー級の攻撃を前にマスク男は、
「まいったなぁもう」
と呆れたようにつぶやくと、平然とした様子でランドワームのほうへ向けて地を蹴った。足の裏にバネが仕込まれているとしか思えない、常識はずれの跳躍力であった。
ランドワームの頭部がマスク男を叩きのめすより先に、彼はミミズの胴体のすぐそばへと着地した。ミミズは頭部こそ凄まじい遠心力で振り回されているものの、身体を支えている胴体は大地を踏みしめる必要があるため動かすことができない。
「きみ、頭以外の胴体は柔らかいでしょ? だめだよ~弱点を自分からぶつけたりしてきちゃ」
男の言葉どおり、ミミズ目に類するランドワームは地中を掘り進むために頭部こそ硬質化されているものの、肝心の胴体はとてもやわらかく脆い。
マスク男は、ランドワームの柔らかな砂色の胴体をぽんと叩いた。労をねぎらうように、拍子抜けするほど軽い力で。
空気が弾けるような音が、男性の手のひらから響いたのはそのときだった。その場にいたほとんどのケダモノはなにが起きたのか理解できなかっただろうが、視力のいいエコは彼の手とワームの肉体が接触したところから青白い火花が飛び散る様子をはっきりと目撃できた。
六メートル級のランドワームが「ぐえっ」という身体を踏み潰されるようなおぞましい声をあげ、恐ろしい地響きを立てて崩折れた。巨大な軟体を土に横たえ、彼はビクビクと痙攣したまま失神していた。
あまりにもあっけなかったせいで、ほとんどのケダモノはとっくに勝敗が決したことすら理解できなかった。手袋をはめた手をぱんぱんと叩きつつ、マスク男はケダモノたちのほうを振り仰いだ。
「そして皮膚呼吸するケダモノは体表が湿っているから電流が流れやすい、と。さて、見てわかるとおり、いまのは正当防衛だからね。これ以上難癖つけられても困るし、お互いにこれ以上干渉するのはなしってことにできないかな。ぼくもこの場は引き下がるからさ」
と男が宣言するも、そのセリフは色めき立つケダモノたちの歓声にかき消された。やれ殺せだの食っちまえだの品のない言葉が飛び交い、各々の言葉に触発されて場の空気がさらに険悪なものへとヒートアップしていく。
腕や足を振り上げるケダモノたちのなかから、のっそりと姿を現したものがいた。ランドワームとともに東ゲートを守ってきた三名の仲間である。
「く、くっくっく……ランドワームが敗れたか」
「ややや、やつは門番四天王のなかでも最弱」
「我ら門番の面汚しよ……」
好き放題に抜かしながら自称四天王どもは肩をそろえてマスク男の前に立ちはだかった。全身を漆黒の影に包まれた粘体状のケダモノと、魚面の大男、そして全身を茶色い体毛で覆われた野獣の三名を前にしても、中肉中背のマスク男は一向に動揺する気配はない。ただ「勘弁してよぉもう」とうんざりしたように肩を落とすばかりだった。
一触即発だった。自称四天王たちは脅しで現れたわけではないし、実力が伴わなければ門番として務まるはずもない。なにより面子を潰されかけているせいでこれ以上マスク男の存在を許すわけにもいかなかった。対して謎の男性は野次馬のケダモノたちに囲まれているせいで逃走するタイミングを逸してしまっていた。彼の右手が太もものソケットへと伸ばされていく。
あわや殺しあいが始まるかという瀬戸際で、唐突に大地が揺れた。コップの水が音を立てる程度の微々たる振動であったが、緊張に支配されたその場の全員には、地中でなにか巨大なものが蠢いていることがわかった。マスク男がこっそりと後ずさり、自称四天王から距離を取りはじめた。彼は本当にケダモノたちと戦うつもりなどないらしい。
湿った轟音とともに地中から顔を覗かせたのは、およそ十メートルの長さの木の根であった。それはタコの触手のごとくうねうねと自在に茶色い幹をくねらせて、マスク男のケダモノたちとのあいだに割り込んできた。根の動きは緩慢であるものの、体積が異常に大きい。これを叩きつけられでもしたら大抵のケダモノならぺしゃんこになってしまうだろう。
だれもが息を飲んだ。ミミズやモグラならケダモノたちの援軍であることに疑いはなかっただろうが、なんだこの根っこは。
若い女性の声が東ゲートに響いた。
「みなさん、ちょっと落ち着きましょうっ」
だれもがそちらを振り向くと、うねるケダモノの波をおしくらまんじゅうしながらかき分けてきた修道服の単眼シスターが、手を振り振りしつつ騒ぎの中心へとたどり着くところだった。その場にいた半数は「最強の助っ人がきた」と喜び、残る半数は「面倒なやつがきた」と感じたに違いない。人間とケダモノのハーフである彼女がどちらの味方をするのか、だれにも想像がつかなかった。
その背後から、牛男の肩に乗ったリィラが悠々と現れた。彼女は牛男の肩を蹴ると、飛翼を翻してふわりと地に降り立った。
来た、地区長だ──と誰かが叫んだ。
ようやくお出ました地区長の姿を見るなり、東地区のオスどもはますます白熱していった。口笛を鳴らし、腹をぽんぽこと叩きつつ、自分たちの女王を持ち上げ始めた。マスク男もリィラの存在に気づいたらしく、闇色のアイシールド越しに彼女を観察しているようだった。
矢面に立たされたリィラは、大声で啖呵を切った。
「あたしの手下を可愛がってくれたじゃないか。きみの望みどおり、この地区の長がきたよ」
わっと拍手が巻き起こる。ボルテージが上がる場の空気とは裏腹に、リィラの脳は死に物狂いで現状を把握しようとしていた。
ランドワームはケダモノのなかでもかなり強いほうだ。だから東ゲートの門番という仕事を命じられていたのだ。
それをあの男は、手のひらを振れさせただけで気絶させてしまうのか。おそらくあのアーマーに秘密があるのだろうけれど、機械工学に弱い彼女らの知識では見破れようはずもなかった。
この男は何者なのか。
彼の目的もわからなければ、力量も測れない。
ケダモノたちの期待が込められた純朴な瞳がリィラを見つめている。
正体不明の来訪者を前に、丈の長いスカートに隠れた両足をガックガクに震えさせながら、リィラは余裕げにほくそ笑んだ。
「カルマールさぁん! そんな人間、さくっと追い出してやってくださいよー!」
といらぬ声援を飛ばす男どもを涙目で睨みつける彼女の隣にエコはそっと寄り添い、やや大きめの声を発した。
「人間のかたですね」
その途端、周囲の男連中がしんと静まり返った。エコの強さに関しては東地区で知らぬものはいない。
エコから言葉をかけられたマスク男の反応は意外なものだった。安堵したかのようにポンと両手のひらを叩くと、おだやかな声音でエコに頭を下げてきたのだ。
「はぁ~、あなたが地区長かい。いやぁ 若い娘さんなのに驚いたもんだ。これ以上迷惑をかけるつもりはないから引き下がろうと思ってたところなんだけど、もしかして粘ってラッキーだったかな。あ、心配しないで。このミミズさん、気絶してるだけだから。触ったところをヤケドしてるかもしれないけど。しかしいやー困ったね。まさかここまで頑なに入国を拒まれるとは予想外だったもんで」
「あ、いえ。わたしはただの付き添いで、地区長はこちらの女性です」
といってエコがリィラを指し示すと、
「えっ。彼女、サキュバスでしょ。サキュバスなのにケダモノシティの地区長……はぁ~、ますますすごいな。この四年でマリアヴェルの情勢はどう変化したのかねぇ」
そういうと彼はおもむろに頭部を覆っていた黒い兜に手をかけたが、マスクを外すことなく手を引っ込める。
「本当はマスクを取って挨拶したいんだけど、このままで失礼しますね。このマスクとアーマーは、この街ではぼくの命綱だからね。さっきみたいな不意打ちをまともに食らったら死んじゃうから」
「かまわないよ。それはともかく」
とリィラが仕切りなおす。
「この街のルールは知っているね。人間は何人たりとも足を踏み込んではならない……そう、そこの門番たちも説明したはずよ。だれであろうと、どんな理由があろうと、人間はマリアヴェルに立ち入ってはならないの。そのルールに従わない場合、この場にいる全員が腕ずくできみを国外追放しなければならなくなる。まさかこの数のケダモノを相手に無傷で帰れるなんて思ってはいないでしょ? つまり、きみはこの場で回れ右をしてお家へ帰る以外にできることはないのさ。これがあたしの言い分。じゃあ、きみの主張をきこうか。ここまでのことをしでかしたからには、そちらにも都合ってものがあるんだろう?」
共通の議題をテーブルに乗せて突きつけ合うことで、相手の正体と目的を見極めようというリィラの算段である。流れによっては誰もが納得できる折衷案をはじき出すこともできるかもしれない。
マスク男は値踏みをするかのようにリィラの反応をうかがうと、
「ありがたい、地区長さんが話の通じるケダモノで助かるよ。ああ、でも一応いっておくと、ぼくはきみたち全員相手でも負けることはないと思うんだ。だってさ」
マスク男の両足の太ももを覆うアーマーが機械的な音を立てて口を開けた。彼は開口部から顔を覗かせた銀色の光沢を放つ金属製の突端を持ち上げると、その人工物をケダモノたちにさらしてみせた。
小型のマシンガンだった。
それを見たケダモノたちは一斉に血の気を引かせた。一瞬にして十匹以上のケダモノを抹殺できる恐るべき銃器を前にして、気の弱いメスは悲鳴をあげて脱兎のごとく逃げ出していく。門番のひとりが「退避ーっ」と叫んで野次馬たちをまとめて掴んで後方へと移動させていく。
大きく広がったケダモノたちの輪のなかに、マスク男とリィラ・カルマールとエコ・ランチェスターだけが取り残された。エコは生まれて始めて見る銃器にあっけにとられるばかりだった。
エコとリィラが逃走を図ろうとはしなかったのはまったく対極の理由にあった。エコは銃器の危険性を知らなさすぎただけで、リィラは銃器の恐ろしさをいやというほど熟知していたからだ。もしこのマスクの男が暴力で事態を収めるつもりであったなら、最初から銃を突き付けていたはずだとリィラは察した。大量殺戮のための凶器は、かえって彼女に冷静さを招いた。
交渉の場が設けられてから過剰なまでの武力を提示してきたということは「こっちはこれくらい強いんだからね。こちらの主張を無体にすると相応のしっぺ返しが待っているんだからね」という意思表示だろう。
ありがたい。これでケダモノたちの面子を潰すことなく、堂々と譲歩しやすくなったというわけだ。
リィラはあえてふんぞり返った。
「まるでロボコップじゃないか。物々しいったらないね」
「ありゃ、地区長さんはずいぶん古い映画を知ってるなぁ」
「人間社会で暮らしていたこともあるのよ。あたしはきみに感謝すべきかな。それを部下たちに使わないでいてくれたことを」
「無闇矢鱈と発砲するわけにもいかなくてさ。弾薬にも限りがあるし、なによりあとで報告書にまとめるさいに面倒に……って、こんな話はどうでもいいんだ。お嬢さんはぼくをロボコップっていったけど、半分は正解。申し遅れたけれど、ぼくはゴーリー警部補。EU警察の調査員です」
そういうと彼は左腕に備え付けられたガラス製ディスプレイを操作した。ディスプレイにはすぐさまEU警察のエンブレムが表示された。ついでに彼は胸元から重々しい手帳を取り出し、開示してみせた。
EU警察とは、エコたちの暮らすマリアヴェルを含めた周辺諸国の治安を守る警察機構である。
マリアヴェルではすでに人間たちが組織するEU警察は解体されてしまったものの、各地区それぞれ数十匹のケダモノから構成される自警団(ポリス)は残存している。それがいまのところ警察としての役割を果たし、街の平和を守っている。わかりやすくいえば正義の味方というわけだ。
EU警察の人間なら危険人物ということはあるまい。エコはほっと胸をなでおろした。
「ゴーリーさんは、警察のかただったんですか……」
「うん。もう何度も説明したんだけど、ぼくとしてはきみたちと事を構えるつもりはまったく、これっぽっちもないんだ。ただ探しものがしたいだけでさ。こんな子を探してるんだけど、どこかで見たりしなかったかな」
といい、ゴーリーは一枚の写真を提示してきた。
死体さながらに顔色が悪く、生まれてから汚いものと醜いものしか見てこなかったような陰鬱な眼差しを持つ、不潔な茶色い髪とボロボロな衣服をまとった十二歳くらいの少女。
メーチェの写真だった。
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