第7幕「高校生小説家と魔法少女」

「ところで、。俺としては現状の説明がそろそろ欲しいのだが?」


 彼のその問いは、誰が見ても当然のものだっただろう。なぜなら彼ら2人は、立ち入りが禁じられているはずの40階建てビルの屋上にいたのだ。逢魔が刻おうまがときだが、もうこの季節になれば寒くはない。寒くはないが、彼としてはここに長くはいたくない。

 なにしろ彼の肩甲骨まで伸びた縛られた髪が、喜んだ犬の尻尾のように跳ね回っている。もちろん、本人が喜んでいるからかようなことになっている……ということではない。暴れ跳ね回っているのは、前髪もそして紺の学生服の裾も同じ状態である。バッタバタと激しい音と、耳元で吹きすさぶ音でまともに会話ができそうにない。建ち並ぶ建物の向こうへ沈んでいく残照は美しいことだけが、彼にとって救いだった。


「風景はよいが、風が強く体が冷えてしまう」


「なーに、年寄り臭いことを言ってるのさあ。まだ、ろくろうは高校2年生の若者じゃないか」


 そう応じたのは、真っ白なドレスを身にまとった少女だった。見る限り、10代前半。白人よりも白い肌は石灰石を思わせる。そのあまりの白さは、愛らしい見た目ながら、どこか人間離れしているように感じさせる。しかし、見た目でもっとも人間離れしているのは、別の部分だった。


「年寄り臭いとは心外だ。用心深いと言ってもらおうか。これで風邪をひいては、仕事にさしつかえるからな」


「もう。大袈裟だなぁ。なら、ディアが風だけとめてあげるよ」


 そう言うと、彼女のが瞬刻だけ光が灯る。

 とたん、風が凪いだ。それはまるで冗談のように無風。今まで暴れていた生き物が、唐突な死を迎えたかのように静かになる。だが、凪いだのは2人の周りだけだ。2人の周囲にだけ見えない壁ができたかのように、風が避けて通りぬけていた。


「まあ、ディアも風は嫌いだからね」


「おいおい。まさか、ハスターの黄衣おういに嬲られている気分になるからなどと言いだすのではあるまいな? クトゥルフネタは小説の中だけしてくれよ」


「それを録朗が言うのかい? ほんと、おもしろいな。……単に強い風でスカートがめくれそうになるのが嫌なだけさ。録朗にイヤラシー目で見られちゃうからね」


「失敬な。確かに興味はあるが、それは創作者としての興味だ。いやらしい気持ちなど……ほんのわずかしかない!」


「きゃははは! 録朗のそういうところ、好きだよ! ……ま、ちょっと座って話そう」


 彼女はビルの端まで行くと、なんと足を外側に放りだして座りこんだ。もともと進入禁止の場所であり、柵などという無粋な物は作成されていない。だから、そんなこともできてしまうのだが、普通の神経ならやらいだろう。地面は遙か彼方。落ちたらどうしようと考えるのが当たり前だ。

 ただ、ここに柵はなくとも、彼女には策がある。ここから彼女が落ちて死ぬなどありえない。そんな思考に時間を割くのも馬鹿らしい。考えるべきことは他にある。


「それで、ここに来た理由を述べてもらおうか? きっと胸躍る話なのであろう?」


 結局、録朗はディアの後ろに立ったまま話す。壁から足を垂らして座っても落ちないし、たとえ落ちてもディアが助けてくれるとわかっている。しかし、死ぬかもしれないというおそれれはなくとも、高いところが怖いという恐れはあるのだ。


「この街にね、物語士カタリストカードを作った魔女がいるんだよ」


「……なに? このカードは、ディアが作ったのではないのか?」


 録朗はウエストバックから、カードを取りだす。それは彼の平凡だった人生を非凡に変え、彼の飯の種までも生みだしてくれた宝物。そしてこの宝物をくれたのは、ディアであった。だから、てっきり彼女が作った物だと思っていたのだ。


「ざーんねんでしたぁ。違うよ。ディアには作れないかなぁ、こんなカード」


「そうなのか? 俺はディアはすごい魔術師であると思っていたのだが……」


「ディアは、もちろんすごい魔術師さ! いや、録朗風に言えば、魔法少女さ」


 夕日を背景に、彼女が後ろをふりむきながら、ニッコリと無邪気に笑う。その笑顔は、どう見てもまだ中学生ぐらいにしか見えない。とても人の何倍もの人生を歩んでいるようには感じさせなかった。


「でもね、ここにいるカードを作った魔術師……魔女はさぁ、ムカつくけどディアより上なんだよなぁ。3人の【禁忌存在アンタッチャブル】のうちの1人に数えられているからね。残念ながら、ディアはそこまでじゃないんだあ」


「アンタッチャブル? 触れてはいけない者たちということか?」


「そう。どんな組織も、彼らを刺激してはいけない。彼ら1人でもその気になれば、この世界を潰せちゃうからね。まあ、やらないだろうけどさ。せいぜい遊ぶぐらいかな? このカードみたいにね」


「……そこまでなのか。世界は本当に広いな」


「まあね。でもさ、確かに魔術師としては敵わないけど、なんとかして一度ぐらいギャフンと言わせてみたいわけさ」


「ギャフンとはずいぶんと古い表現だが、打ち負かしたいという気持ちは大いにわかる」


「だろ? そこでディアちゃんは考えたわけ。あいつが始めた、あいつのゲームに参加して、あいつをギャフンと言わせようって!」


「ギャフンか……」


「そう、ギャフン! あいつは多くのプレイヤーを参加させているけど、その中にあいつがお気に入りのプレイヤーがいてね。ぶっちゃけ、このカードはそいつのために作ったんじゃないかとディアは思ってんだけどねー」


「……なるほど、読めた。つまりその『あいつ』とやらが選んだプレイヤーをディアが選んだプレイヤーである俺が倒すことでギャフンと言わせたい企みだな?」


「ご名答だよ! さすがディアの物語士カタリスト有言ゆうげん 録朗】だ!」


「ふん。おだててもなにも出ないぞ。だいたいこの程度の先読み、小説家ならばできて当然」


「さすが売れっ子高校生小説家だよ!」


「ふっ。おだててもなにも出ない……が、悪い気はしない」


「きゃははは! だよねー」


「それはともかく、つまりここに来たのは、話の流れ的に宣戦布告ということか?」


「またまた正解!」


「……なるほど。いろいろと見えてきたな。俺たちをモデルにし、クトゥルフの味付けにした小説【A big “C”】を書いた時に、わざわざ似たような名前にさせたのも……」


「うん。ディアたちの存在をにおわすための挑発行為さ! あいつが気がついたかわらないけどね-。でも今日は、あいつのテリトリー内に入ってきてるし、ここで魔法もつかっているから、さすがに気がついたでしょ」


「……その理屈なら、別にこんなビルの上でなくてもいいのではないか?」


「でもさ、でもさ、こっちのが雰囲気あるでしょ!」


「……確かに。シーンの盛り上げに、雰囲気は重要だからな」


「さすが録朗! わかってくれると思ったよ。……ヘヘヘッ。楽しみだなぁ」


 無邪気に笑う少女。しかし、彼女は言い方を変えれば、自分を利用したと白状したような物だと録朗は気がつく。彼女は勝負のために、自分を巻きこんだのだ。

 ならば、それに怒るかと言えば、まさかである。怒るどころか、いかんともしがたい感謝の気持ちでいっぱいである。平凡で死にそうだった自分を活かしてくれた。利用されなければ、こんなイカした非日常は手に入らなかったのだ。

 ならば、感謝の気持ちを形にして返さねばならない。


「それで、その物語士カタリストの名前はわかっているのか?」


「うん。名前は【本田 詠多朗】。録朗とは比べものにならない、ネット小説をちょっとかじったぐらいの高校1年生だよ。もちろん、緑郎みたいなスーパーレアカードを持ったりもしていない。幸運度でも勝負ありさ!」


「幸運? ふん。そんなものに俺は頼りはせん! しかし、『朗』つながりとは、実にえにしを感じるじゃないか。物語の盛り上がりを感じさせる。これは興がのる」


 思わず口角が上がる。

 もちろん、相手を殺したいとか不幸にしたいとか思っているわけではない。ただ、自分の物語で相手――読者を翻弄できるのは、やはり小説家として喜びなのだ。可能ならば、夢と希望にあふれた物語で翻弄してやりたいと思っている。今なら、それができるエンディングカードももっている。相手の物語士カタリストとしての人生は終わるが、それを引き換えても十分に幸せなエンディングのはずだ。そしてそれにより、新作のストーリーもできあがるという一石二鳥の話である。


「そういうことなら、俺の筆を思う存分ふるおうではないか!」


「……ああ、でもさ、録朗」


「なんだ? 心懸こころがかりがあるのか?」


「うん。……明後日、カクヨム文庫の原稿の締め切りだけど間にあうの?」


「うぐっ! そ、そうであった! ……だが、今日の話でアイデアがまたできた! いける、今なら俺の筆は走りまくる! よし、すぐに戻って執筆するぞ、ディア! またヒットをとばして重版出来じゅうはんしゅったいといこうではないか!」


「きゃははは! ノリノリだねぇ。なら、まずはそっちの仕事を終わらせないとね。ガンバだよ、録朗……いや、高校生小説家【海野 しぃる】先生!」


「ああ。任せておけ!」






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※登場作品情報

(本作品は、下記作者様より登場作品の掲載許可をいただいております)

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●作品名:A Big “C”

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881009031

・作者:海野しぃる 氏

・ジャンル:現代ファンタジー

・情報記載日:2018/04/17

※「海野しぃる先生の本名が有言録朗である」ことと、「A Big “C”が有言録朗とディアをモデルにしている」ことは、本作の創作です。

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