第6幕「おっぱいと死臭」

「ちょっ!」


 詠多朗が驚いている間に、真理のスカートがスルリと床に落ちた。


「――おっと……」


 露わになる白百合色の肌はきめ細かく、白いシャツとソックスの間に絶対領域を構築している。ワイシャツの合わせ目の間から覗く白い布は、ただの絶対領域には存在し得ない物だ。

 彼女は皺になる前に足をヒョイヒョイとあげてスカートを取りあげる。ヒラヒラと覗く下着から、詠多朗は目が離せなくなる。気のせいか、妙に食いこみがきわどく感じる。あそこまで食いこませては、きちんとした手入れも必要なはず。これは正確に把握しておかなければならない。これは研究の一環であると、真顔で眼鏡の位置をクイッとなおす。


「……ん? あ、すまん。気心知れた詠多朗相手と言えど、さすがに少し恥ずかしいな。後ろを向いててくれ」


「あっ、はいっ! 申し訳ない!」


 慌てて詠多朗は背中を向ける。


「ふむ。すまんな。双子の弟の前で着替えたりするのになれているものだから、感覚が狂っているのかもしれぬ。まあ、弟の場合は性別がどうのという感じではないのだがな……」


「は、はあ……」


 というか、この年で弟と一緒に着替えているのか?

 というか、性別がどうのという感じではないって?

 というか、なぜここて脱ぐ?

 というか、なぜ急に自分の周りに平気で肌を露出する女性が多くなった?


 詠多朗の思考が右往左往し始める。そしてその混乱をさらに加速させるのが、背後でシュルリシュルリと聞こえる衣擦れの音。今、ネクタイをとったのか。シャツを脱いだのか。まさか靴下まで脱いだのか。詠多朗のたくましい想像力を刺激して止まない。次々と展開される脱衣シーンは男の浪漫。ああ、どうせならよく見せてほしい。事細かく描写させてほしい。詠多朗はひきつったポーカーフェイスを浮かべながらも、すべてを捨てて振りむいてしまおうかと本気で悩む。

 この2日間で、すっかり目の色が変わって肌色になり、頭の中が桃色である。


――カシャッ


「――!?」


 だが、そんな暴走気味の妄想が、想像外の音で遮られる。

 それは女性の着替えには不釣り合いな金属音。その後もカシャカシャという音が続く。金属のベルトでもつけているのかと思うが、それにしては少しおかしい。そんなにベルトがたくさんあるわけもなく、それに金属がそこまでぶつかり合うわけがない。

 まさか道具を使ったプレイでも始める気かと、半分の不安と半分の期待。


「うむ。よいぞ。すみずみまで私をよく見るがいい!」


 下手すれば変態のセリフにも聞こえなくはないが、詠多朗は喉を鳴らしてからゆっくりと振りむく。むろん、そこに輝く裸体を心のどこかで期待して。

 だが、見えたものは、ある意味で道具を使ったプレイであった。


「ビッ……ビキニアーマー!?」


 黒髪を飾るのは、銀の羽根飾りがついたヘアーバンドのような冠。

 その下には、カラーコンタクトを入れているのか、エメラルドグリーンの明眸が輝いている。


 問題は、さらにその下。首も肩もそして胸元も素肌。脚と同じ白百合色の肌が輝いていた。その肩の下には、やはり生肌の膨らみがしっかりと見えてしまっている。本体のラインからはみ出す左右の球体は、これがなんとも素晴らしい。中央で深き谷間を形成しているのだ。その谷間の深さは、バナナぐらいならかるく埋まってしまうであろう。そう考え、詠多朗は「なぜバナナ!?」と己にツッコミを入れる。


 そのバナナを挟める谷間を作る山を1/3カップぐらい隠すのは、赤い金属のブラジャー。否、バストアーマーだ。それは渋めのメタルレッドの光沢で非常に艶々としている。ベルトは茶色の革だろうか。鋲のような物までしっかりとつけられていて、とても安いおもちゃには見えない。立派に巨大で艶やかな肉を支えている。しかし、逆に言えば胸部の2/3は見えているわけである。

 詠多朗は考える。水着もそうだが、どこまで胸部は供覧を許可されるのだろうか。先端さえ隠せばいいのだろうか。ならば胸部とは先端局部のことを言うのだろうか。いやはや謎多きことだが、それを考えるのもまた一興。そんなことを改めて一考させられる魅力が、そのバストアーマーにはあった。


 目線を下げると、キュッとウェストがくびれている。真ん中を飾るさいたい跡のくぼみがなぜか妙に色っぽい。たかがくぼみ、されどくぼみ、美女のくぼみは魅力の一部だ。


 さらに続くのは、きわどい赤い金属のパンティ。否、ヒップアーマーだ。やはりメタルレッドの輝きに彩られ、両サイドなどはやはり革で作られている。そして股間へのラインがきわどい。本当にきわどい。凄まじくきわどい。背後もすごい。一般に安産型といわれそうな大き目のお尻が、半分ほど見えてしまっている。

 詠多朗はいつも考える。水着もそうだが、どこまで臀部は……と、そこまで考えて虚しいのでやめる。そんな情報よりも、今は情欲のが問題だ。


 ちなみに、手首と足首にもやはりメタルレッドのベルトのようなパーツがついていた。


「どうだね? 本当はショルダーアーマーやガントレットも作りたかったのだが、時間がなくてね」


「どう……言われましても、いろいろとすごいです」


 言葉の意味はそのままで、真に「いろいろとすごい」。忙しいはずなのに、家族にも見つからず、コスプレの衣装をここまで自分で作ったということも驚きだったが、なによりもその扇情的な服装自体に驚きを隠せない。


 ここは学校の中である。他の誰かに見られたらどうするつもりだろうか。確かに、この時間の生徒会室に人は来ないだろう。それに生徒会室は大事な書類もあるため鍵もかけられる。物語士カタリストとしての会話をすることはわかっていたので、今もしっかりと鍵はかけてある。もう少し遅くなれば、先生が鍵を持って見回りに来るが、それまで勝手に入れるものはいないはずだ。

 だから、他の人に見られる危険性は低い。だが、逆に言えばこの個室は密室で秘密の蜜月を過ごすのに適している。わずかなスリルと背徳で、若い2人が盛りあがれる要素のおまけつきだ。これは下手すれば、女性からの合図だと思われても仕方がないシチュエーションではないか。OK! Come! そう言われていると男が勘違いしても責めることはできないはずだ。


「うむ。随分と熱心に見ているな、詠多朗……」


「え? あ、いや、その、凄い作りこみだなと……」


「フフフ。すごいだろう? オリジナルのバトルユニフォームだ。実は詠多朗の分も用意してきた!」


 真理は足元の紙袋から、何やら黒い布を取りだした。そして、それを広げると、黒いロングコートだとわかる。やたらに鋭角的な襟。あまり意味のなさそうなベルトが3本、横に走るようつけられている。そしてフレアタイプのアウトラインが非常に引き締まって見えていた。


(……ちょっとカッコイイぞ……)


 口には出さない。口には出さないが、詠多朗の奥に眠っている中二心にわずかに熱が宿る。


「これ、どこで買ってきたんですか?」


「いや、これも私が作った」


「会長が作ったんですか!? 本当にすごいですね!」


「フフフ。なかなかであろう? 採寸してあるから、サイズもピッタリだぞ」


「……採寸された覚えはないのですが?」


「細かいことは良いではないか。というわけで、これを着てバトルしよう!」


「いや、ですから、会長――」


「――待て。さっきからまた会長に戻っているではないか。私のことは、シンリィと呼べと……」


「いや、さすがにその呼び方で慣れてしまうと、人前でつい出たときに困るので……。では、せめて『真理さん』でどうですか?」


「――まっ……まりさん……。ま、まあ……いい……かな? いいかも? うん……」


 ほのかに顔を赤らめ、片手を口元にあて、もぞもぞと下半身をよじらせる真理。白磁のボディの上に飾られたメタルレッドが、ぷるんとゆれる。

 そんなビキニアーマー美女の恥じらいの姿は、詠多朗の下半身もよじらせる。これはすごい武器だ。こんな姿で物語りバトルされては、どんな物語も寝物語だ。頭ではなく下半身に集中力が向いてしまう。最後は色香で撲殺され敗北確実だろう。

 この姿での戦闘を考えると戦慄する。危険が危なくリスキーだ。そう詠多朗の中で、警告音がJアラートもびっくりの大音響で鳴り響く。


「……詠多朗、顔が真っ赤だな?」


「い、いえ、これは……」


 眼鏡の下で爛々とさせてしまった瞳を慌てて隠すように視線をそらそうとする。……が、詠多朗の双眸のサイティングが、少し前かがみになった彼女の胸から離れない。まるで自分の意志とは関係なく、体が操られているような感覚だ。その谷間はブラックホールか?


「ふむ……。大丈夫か? おっぱい、揉む?」


「――ブッ!」


 とんでもない言葉とともに、両手でサイドから持ち上げられる胸。その掌は、全体の半分も支えていない。そんな大迫力の胸が、美少女の言葉とともに前へ差しだされているのだ。

 詠多朗はあまりのショックにポーカーフェイスのまま、興奮しすぎて鼻血どころか全身から血が噴き出しそうになる。


「フフフ。なんてな。……ネットでなんか流行っていた言葉らしいぞ」


 悪戯っぽく笑ってから、両腰に手を当てる真理。

 そんな彼女から、やっと詠多朗は視線を外せる。


「や、やめてください。心臓が止まるかと……」


 胸を揉んでいいと言われて、ふと詠多朗は今朝のことを思いだす。いったい、自分に何が起きたのか。もてたことなどなかった自分が、急にこんなことになるとさすがに動揺する。

 そう言えば、帰ったら落花が待っている。彼女に対するモヤモヤした気持ちをごまかそうとしていたのに、これではよりモヤモヤがたまってしまうではないか。相手の胸を揉むより、自分の気を揉んでしまう。


「詠多朗なら……バトルしてくれれば、本当に揉んでもいいぞ?」


「だっ、大丈夫です。まにあって・・・・・います」


「まにあって……だと?」


「あ、いえ……」


 脳裏に落花のことがあった為だろう。妙なことを口走ってしまう。


「今のは言葉のあやで……」


「…………」


 訝しげな目の色を真理から向けられるが、これ以上は余計なことを言わない方がいいだろう。詠多朗はそう考えて、いつものポーカーフェイスで黒縁眼鏡をクイッとあげてごまかす。


「まあ、いい。……ともかく、バトルがしたいのだ。こうなれば、あのずっと使いたくないと、もっていたエンディングでかまわん。奴隷にするとかいうエンディングがあっただろう? もう奴隷にでもなんでもなってやるから、バトルしよう!」


「落ち着いてください、会……真理さん。奴隷になってどうするんですか。それにあのエンディングはもうありませんよ」


「えっ!? ない……って、使ったのか、あれを!」


 今日の真理は、本当に表情がコロコロ変わる。心底驚いたのか、鳩が豆鉄砲でも喰らったように彼女は、緑の目をまん丸くしている。そしてそのまま詠多朗に迫りよる。


「君はあれを……あんなに使いたくないと言っていたではないか! いったい誰に使ったのだ!?」


「そ、それは企業秘密ということで……」


「……私にも言えないのか?」


「ま、まあ、ほら。真理さんとは、強敵ともですから。秘密もありますよ」


強敵とも……か」


 なぜかうなだれる真理。それはバトルができないと言われた時よりも、詠多朗には寂しそうに見えた。しかし、彼には理由もわからなければ、かける言葉も持ちあわせていない。

 しかたなく、詠多朗は自分の用件で話題転換を謀る。


「あの、ところで真理さん。物語士カタリストの情報屋とコネクションがあると言っていましたよね」


「……ん? ああ……」


 うつむいたまま、彼女は答えた。その表情は黒髪に隠れて、詠多朗にうかがうことはできない。仕方なく、そのまま彼は話を続ける。


「えーっと、紹介してくれませんか? 連絡を取りたいのですが……」


「……わかった。後で連絡する」


「ありがとうございます。……あ、そうだ! お礼というわけではないですが、信用できるバトル相手を紹介しますよ。練習プラクティスもできる相手です」


「……それは男か?」


「いえ。変な男などではないですよ。同年代の女性ですから、安心してください」


「安心……か……」


「……? と、ともかく、ちょっと僕は用事があるので、今日はこの辺で失礼します」


「……ああ……」


 詠多朗はどこか気まずい空気を感じながら、そそくさと生徒会室を後にした。




   §




 彼だけだった。

 自分の妄想話を聞いても、馬鹿にしたり、嘲笑ったり、無視したりしなかったのは。

 やれやれという様子は見せても、結局はつきあってくれた。

 妄想話を「僕たちには必要な能力」だと褒めてくれた。

 だから、彼と遊ぶのは好きだった。

 真剣なバトルより、むしろ彼と遊ぶのが好きだった。

 本当は情報屋を使えば、対戦相手を見つけることもできたのだ。

 しかし、そんな必要はなかった。

 彼がいればよかった。

 彼だけが、素の自分を受け入れてくれる相手パートナーだった。


 彼がいなくなったら……そう考えると怖い。

 冷たい眼で見られて、無視されて、孤立するのはもう嫌だった。


 始まりは、男らしくないといじめられていた弟を助けるため、ヒーローになりたいと思ったことだった。

 しかし、いつしか自分自身がヒーローというものに憧れて、いつのまにか自分がヒーローである、そう思いこんでいた。

 それも病的に。

 孤立していた弟を助けようとしていたのに、気がつけばミイラ取りがミイラになっていた。


 高校になって、自分を変えた。

 でも、なにか違った。

 変わった自分は、自分じゃなかった。

 結局、今まで演じていた中二病のキャラクターではなく、普通の学生生活をするキャラクターを演じていただけに過ぎなかった。


 抱いてしまった違和感。

 距離を感じる景色の俯瞰。

 それは自分の物語の未完。


 このまま何も得られない自分の芝居。

 それをまるで観客のような気持ちで見て終わるのか。

 そう思っていた。


 ――だが。


 そこに現れたのが、運命を変えるカード。

 初めて手にいれた主人公ユウトが語るのは、「理想ウソ」と「理想ねがい」の物語。

 なんて今の自分にピッタリなんだろう。

 これはきっと、自分のための物語。


 そして、彼との出会い。

 彼はすべてを受けとめてくれる、現実の主人公ヒーロー


 やっと自分の物語が動きだした。

 毎日が、本当に楽しくなってきた。

 これからもっと楽しくなる、そう思っていた。


 それなのに?


 それなのに、見える他の相手ヒロインの影。


 だめ……。


 それはだめ……。


 独りはだめ。


 だから、もし……。


 だから、もし、彼が離れるぐらいなら……。




 独りきり。

 真っ赤に染まった生徒会室。

 真理はそこで、エンディングカードを1枚とりだす。

 それを無表情で、そっと撫でる。

 そこから漂う仄かな死臭に、彼女は顔を歪めるのであった。






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※召喚主人公情報

(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)

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●吉野 ユウト

・作品名:蒼眼の魔道士ワーロック

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/4852201425154893854

・作者:神島大和 氏

・ジャンル:現代ファンタジー

・★:319(2018/04/06)

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