第2話「求める者たち」

第1幕「夢と現」

 すべすべとしているのに、張りつく感触。


 ひんやりとしているのに、べとつく感触。


 良いか悪いかで言えば、気持ちよい感触。


 それは、左上腕から指先まで包みこむように伝わってきている。いや、手の甲にだけは、サワサワとくすぐられるかのような別の刺激。しっとりとした、柔らかいブラシにでも押しつけられているかのようだ。


 夢現ながらも詠多朗は、その感触を不思議に思う。なんだろうと確認するために、少し動かそうとするも、左腕が持ちあがることはない。ただ、ピクリとも動かぬわけではない。クッションに挟まれたように、かるい弾力が返ってくる。


 はて、と脳の奥で考える。されど重い瞼はなかなか開かず、意識もまだはっきりとしない。いやはや、布団から出るなんて考えたくもない。掛け布団のなんと愛しいことか。なにしろ昨夜は、ベッドに入るのが遅かった。読み始めた小説が面白かったのだ。


 ちなみにその小説のタイトルは、【共生のイブ】という。ホラージャンルとなっているが、内容的には詠多朗の大好物である現代ファンタジーに近い。見た目は美少女だが、人間ではない「イブ」と名付けられた謎の生き物が、生きるために主人公の体液を妖艶に求めてくる話である。


 次々に発生するイベントにドキドキもしたが、さらにドキドキとさせられたのが、ほのかなエロチシズムだ。思春期真っ盛りの詠多朗には非常に魅惑的だった。

 美少女から、無条件に求められ、無防備にそのしなやかな身体を預けられ、無節操な欲望を許される。その存在は、世の男たちにとり。性的マジョリティーな男性諸君ならば、我慢することなど不可能だろう。そも、我慢する理由があるだろうか。いや、ない。あるわけがない。


 だがしかし、【共生のイブ】の主人公は、もっとも濃厚な男の体液をイブに渡すことを拒絶する。愚かだ。愚かすぎる。なぜ受けいれないのか。

 もちろん、理由はある。大好きな女性に操をたてるためだ。なるほど、守りたい心もあるのだろう。しかし、よいではないか、よいではないか。イブは男を魅了する力をもつ。ならばその魅了に従うことは、主人公のせいではないだろう。


 そう。こういう一線を越えないラノベは、他にたくさんある。多くの美少女に囲まれ、その愛情を一身に受け、複数同時相手OKのハーレム感あふれる状態でも、必死に我慢する聖者のような主人公。それは修行を積んだ僧侶でも、なかなかたどり着けない境地のはず。


 詠多朗は、いつもその気持ちが理解できない。その手の主人公は、ほぼ若くて思春期真っ盛りで、頭がアダルトな桃色吐息でいっぱいになっているはずだ。その状態で相手がOKなのだから我慢できるわけがない。否、我慢など相手に失礼。むしろ、男から襲うぐらいの甲斐性がなくてどうする。


 無論、かく言う詠多朗自身もそうするだろう。

 学校では、勉強のできる優等生で学級委員長、学年代表を務め、風紀的な乱れとはまったく無縁のような顔をして生活をしているが、頭の中では普通に思春期だ。恋人だって欲しいし、人には言えないようなイチャコラとただれた生活をしてみたい。そんなリビドーはたっぷりで、妄想が暴走して理想の未来を独り物語ってしまうぐらい煮えたぎっている。


 今だって、この腕に張りつく感触が女性の裸体ならばと思わずにはいられない。もちろん、本当に同年代の女性の肌を味わったことはないので、どのような感じなのかわからない。しかし、この感触は悪くない。きっとこんな感じのはずだ。ほら、そう信じれば、美少女がしがみついている気がしてきたではないか。


 夢か現かの境目で、そんな奇妙なことを考えながら、詠多朗はまた腕を動かした。今度は、少し強めに。


「あんっ……」


 すると、耳元へ息と共に届く艶やかな声。同時に、まるで動きを引き留めようとするように、感触が密着した。


「……――えっ!?」


 ここに至って、詠多朗の重たかった瞼が一気に動く。

 左を向くとそこには誰かの顔。


「ほわっ!?」


 思わず奇妙な声をあげて、勢いよく上半身を持ちあげる。

 一緒にめくれる掛け布団。

 そして見えたのは、小さく丸まった身体。紛うことなき女体。琥珀の裸体。

 それは正に夢のような現。すなわち先ほどのは正夢だった。


「あふっ……ああ、おはようございます、ご主人様……ふわぁ~……」


 あくびとともにそう言いながら、まるで見せつけるように上半身を斜めに起こす。

 顔を見る。大きな双眸と艶々としたピンクの唇には覚えがある。でも、とっさに誰だか混乱して思いだせない。そのため視線は自然に下に流れていく。


 首はスラリとしながらも、細すぎずにしっかりとしている。前にだされた琥珀の上腕。その上に白い肩が浮きあがる。そこから琥珀と白の境界線が、首元で半円を描いて鎖骨の上を走っていた。


 鎖骨から下には、ほのかに赤味かかった白い肌。それはごく自然に前に膨らみ、きれいな曲線を2つ描いている。その張りのある膨らみは、実に魅惑的だ。上から水を垂らせば、きっと抵抗もなくスルリと流れ、何やら期待で尖っている朱い先端から正面へ放物線を描くのではないだろうか。膨らみは「巨」と頭につけるほどではないが、十分にに立派。むしろ、「美」と頭につけたい形をしていた。


 その下の白い肌も素晴らしく引き締まり、無駄な肉などなさそうに見えるが、けしてしなやかさを失っていない。特に腰回りは美しい。そしてさらに下は、太股にほぼ隠れているも、覗くのは黒き陰。


 ああ、わかったと詠多朗は悟る。自分の左腕は、目の前の彼女に抱きつかれていたのだ。そして手の甲に当たっていた、しっとりとした柔らかなブラシで、サワサワとくすぐられるような感覚は黒き陰の部分だったのだ。詠多朗が未だ、本物を触るどころか見たことさえもない異性の秘密。いや、確かに幼い頃に、母親や妹と風呂を共にしたことがあるので「見たことがない」は言いすぎかもしれないが、それとこれとは意味が違う。


「あ、あのぉ……ご主人様」


「えっ? ご主人様って……」


「ボクの体は確かにもうご主人様のだから、隅から隅まで見てもらってもいいんだけどさ……その、まだボク、その……奴隷初心者だから、そんなにジロジロみられるとさ、ちょっと恥ずかしい……かな?」


 そう言いながら、俯いて身もだえするように自分を抱く彼女。

 その姿と声で思いだす。


「あっ、ごめん……って、どうしてここに君がいるのですか、【流水 落花】さん!?」


「もう、落花と呼び捨てでいいよ。ご主人様」


「いや、ご主人様って……え? どういうことです!? なんで貴方が、僕の部屋で、全裸状態で、ベッドの中に潜りこんでいるんです!?」


「え? 奴隷って、そういうもんじゃないの?」


「それってどんな奴隷を想定しているのです!? というか、どうして僕の家を知って――」


「――もう! うるさいわね、詠多朗」


「いや、でも、師匠――って、なんで師匠!?」


 興奮しすぎて、目の前から目が離せずにいた詠多朗は、自分の右側にもう1人寝ていたことに気がつかなかった。しかも、まだ幼い、されど色気のある真っ白な肢体を露わにしていたのだ。


「まだ眠いのよ、わたし」


 そう言いながらリディも上半身を起こす。

 その控えめな胸元は、なにもつけていない。むろん、不可思議にまとわりつく湯気や、謎の光や、前にたれて動かない不自然な長髪で隠れたりはしていない。正に露わ。犯罪的光景。


「しっしっしっ……師匠まで、どーして裸で僕のベッドにいるんです!?」


「ああ。詠多朗が慌てるのが見られそうで楽しかったからよ」


「身をはったドッキリですね! こんなことしてはいけません!」


「あら、そう?」


「当たり前です! 僕は若いんですよ! 2人ともなにを考えているんですか!? 我慢できなかったらどうするんです!?」


「え? ボクは別に襲われる覚悟だったし」


「――そっ、そんなこと言ってはいけません! いいですか、【流水 落花】さん!」


「――詠多朗?」


「ボクは貴方をですね――」


「――詠多朗!」


「――なんです、師匠!?」


「貴方、説教するわりに、わたしたちをガン見しすぎじゃない?」


「…………」


「…………」


「……思春期なんです、許してください」


 やはり、内なる欲望には逆らえない、素直な詠多朗であった。




「ご主人様、見たいならボク、もっと見られてもいいよ? がんばる!」


「――萌え死ぬから、やめてください!」






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※登場作品情報

(本作品は、下記作者様より登場作品の掲載許可をいただいております)

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●作品名:【共生のイブ】

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554521

・作者:秋田川緑 氏

・ジャンル:ホラー

・情報記載日:2018/03/20

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