第3幕「落花と凉子」
【
彼女は、夢で黒い魔女と出会った。なぜ魔女だとわかったのかと言えば、黒いフレアドレスに、黒い三角の大きな帽子をかぶった魔女然とした姿だったから。そして自ら【
しかし、顔はよく覚えていない。顔で覚えているのは、その艶やかなピンクの唇が、落花の運命を告げる様子だけ。それだけはしっかりと記憶に残っていた。
――こんばんは。あなたの余命は、あと1年です。
それは自然に、まるで交わされる挨拶の一部のように、さらりと告げられた。
そして奇妙ながら夢の中の落花は、それを事実として受けいれた。疑うことなど欠片もしなかった。それが真実であると、なぜか
――運命を変えたいですか? 自分の物語の結末を自分で決めたいですか?
魔女の問いに「否」と答えるはずもなかった。「応」と答えるに決まっていた。
――なら、物語りなさい。自分の望むエンディングカードを手にいれなさい。
そして夢の中の魔女は、
その後、彼女は見知らぬ
しかし5度目の戦いの時に、それはきた。手元にあるのは相手の死を確定するエンディングカードばかり。そのエンディングを躊躇ったために、彼女は敗北への道筋を物語ってしまったのだ。
その時の相手が、ひとつ年上の【吉田 凉子】だった。物静かなきれいな長い黒髪の日本人形のような美女であった。
彼女は落花の不自然な物語に気がついて、戦いの最中に話しかけてきた。そして互いにいいエンディングを迎えようと提案してくれたのだ。
それが、落花と凉子の関係の始まりだった。
――ねえ。これからもわたしたち、協力しあわない?
戦いが終わったあとも、凉子は優しい笑顔で手をさしのべてくれた。だから、落花は迷わずその手をとった。
2人はこまめに連絡をとり、情報交換し、たまに練習を一緒におこなうようになった。そして落花にとり凉子は、恩人ということだけではなく、大切な友人、憧れの対象、そして心強い同志となっていた。
同志――すなわち、凉子もまた余命が少なく、本来と違うエンディングを得ようとしていたのだ。
(……なのに、なんであんなことに!)
3日前に凉子と会ったとき、落花は彼女から警告された。「この辺りで質の悪そうな
そして翌日、「ケンカを売られた。あのエロオヤジはわたしが倒すから、あなたは安心して」と携帯電話にメッセージがきた。
しかしその後、夜になっても彼女から連絡がなかったし、こちらから連絡をとることもできなかった。
やっと連絡がとれたのは、翌日。すでに凉子が、最悪の結果に終わった後だった。彼女は負けたのであろう。落花という友人は覚えていたが、「
そして、彼女はさらに語ったのだ。
――わたし、ご主人様のペットになったの。だから、もう貴方と友達は続けられない。すべてをご主人様に捧げるの。だって毎日、ご主人様の前で○○を○○して、それに舌で○○を○○させてもらうんだから。
凉子から聞かされた「ご主人様」との関係は、耳を覆いたくなるような卑猥な内容だった。卑猥で淫猥で陰鬱だった。落花が、
そしてなによりショックだったのは、知らない、知りたくない彼女がそこにいたことだった。知らない男との情事を嬉しそうに、幸せそうに語る彼女など本当の彼女ではない。
その
彼女の未来を奪ったその
ダメだダメだダメだ。そんなものはあってはダメだ。
(許さない……許さない……許さない……許さない……許さない……)
だから今日、落花は凉子を家から尾行していた。彼女が話そうとしない「ご主人様」の正体をつきとめて
むろん、使うのは最悪のエンディングカード。結果、凉子は悲しむかもしれない。大事な男を失って、幸せな時間を失って、その原因となった落花を恨むかもしれない。
(でも、そんな嘘の幸せなんて不幸だ!)
身勝手かもしれないと考えた。短い余命を本人が幸せだと感じられるならそれでもいいじゃないかと少しだけ思った。
が、やはり違う。彼女の人生が騙りであっていいはずがない。
でも……。
そんなことを悩みながら追っていた所為だろうか。ふとした瞬間に、繁華街の人混みの中で、愚かにも凉子を見失ってしまったのだ。
落花は慌てて捜した。
走る。捜す。
走る。捜す。
走る。捜す。
……そしてやっと、十字路の右道から来る凉子を見つけた瞬間だった。
同時に、正面の道から1人の
女子中学生にまで手をだす外道。これはまちがいない。きっとこの先で、凉子と待ち合わせしていたのだ。このあと、3人でケダモノ的大人の遊びをするに違いない。
ならばすぐに止めなればと、まだ遠かった【本田 詠多朗】に走りよって語りあいを挑んだわけである。
(だから、負けるわけにはいかない! ターンは奪われたけど、どこかで物語を奪い返す!)
相手の出方を待ちながら、落花は1枚のエンディングカードをつまむように握る。
それに書いてある内容は【愛しい人の身代わりとして磔の刑に処せられた】というバッドエンディング。なんと、この主人公におあつらえ向きの結末だろうかと、彼女はにんまりと笑う。
なにしろレアランク3の【田原 いろは】には、
1つ目は、【守りの小刀】。10
2つ目は、【香りの魔法:オレンジポマンダー】。10
そして3つ目は、【覚醒:淑女開花】。20
(なんとか王様の醜い顔を見て、罰として妾として結婚を迫られて、淑女になるしかないことにして、途中でこの外道
そう言えば、そろそろタイムアップになるはずだ。
落花は、ニヤリと詠多朗の顔を見つめた。
しかし、詠多朗はそのタイミングを計っていたように黒縁眼鏡をクイッとあげる。
「――悪い魔女がかけた魔法は、『王様の顔を偶然見てしまうという』悪戯の呪文だった」
「えっ!?」
驚愕。
ポーカーフェイスを気取らなければならない戦いだというのに、思わず落花は声をもらしてしまった。
なにしろ詠多朗の語りは、落花の予想外だった。思っていたことと違っていた。
それはつまり、逆に言えば落花の予定通りで、思った通りになってしまったということだった。
意味がわからない。
(ど、どういうつもり!? こちらの流れにのってくるの!?)
「それはとても強い魔法で、王様に会えば必ず発動してしまう」
そこで【とても強い】というカードが出される。
それは落花のストーリーのダメ押しとしか思えなかった。
しかし。
「しかし、王様は自分の顔を見た者を必ず死刑にしてしまうだろう。ああ、なんという悲劇。いろはの死刑は決まったも同然だった!」
「――なっ!」
思わず落花は、また声をあげてしまう。
そうか、しまった。先手を打たれたと気がつく。「死刑」ではなく、妾にするために淑女にならなくてはならないのだ。このままでは、いろはが死刑にされてしまう。主人公と作者は一心同体。すなわち、その途端に落花も死刑になってしまう。それはゲームオーバーを意味する。
(なんとかターンを奪って……使えそうなカード……【家】【囚われた】【言い争う】【巨人】【妖精】【勇ましい】【戦う】【変装】【盗まれた】……ええっと……【巨人】が襲ってくるけど、いろはが【戦って】活躍して恩赦……って、そんなキャラじゃないし!)
「さて、その頃。いろはがいた街から、1人の少年が彼女のことを追ってきていた」
(そうだ! とりあえず【囚われた】【妖精】を助けて、その妖精に【変装】させてもらって【家】に帰ると……え? 少年!? なに!?)
もう完全にポーカーフェイスを忘れた落花に、黒縁眼鏡の奥の挑戦的な瞳が向けられた。
出されたカードは、【街】【追跡】。
そして――
「その少年は――主人公召喚!」
「こっ、ここで!?」
――詠多朗の手から1枚の主人公カードが投げいれられた。
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※召喚主人公情報
(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)
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●田原 いろは
・作品名:和桜国のレディ
・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054884300618
・作者:冬村蜜柑 氏
・ジャンル:恋愛
・★:140(2018/02/23)
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