謀反の計画

 田村弟の門には客を迎えるために篝火が焚かれ、家人が接待のため忙しく動いていた。空に星が輝く頃になると秋の虫たちが騒ぎ始め、昼間の残暑は消えた。吹いてくる風が肌寒くさえある。

 続々と集まってきた仲麻呂派の人は、田村弟の大広間に案内された。広間は多くの火皿が置かれ昼間のように明るいが、広い部屋も二十人以上集まると狭く感じられ、火皿の熱と人いきれで暑くなってきた。ときおり火皿に飛び込む虫が、ジリジリと音を立てて焼かれたが、宴会に出される料理の匂いが漂ってきて、急な知らせに驚いて集まった人々の心をほぐしてくれ、世間話に花が咲いた。

 仲麻呂が紺色の平服を着て上座に着くと、塩焼王が代表して挨拶した。

 仲麻呂が挨拶に対する返事もそこそこに、昼間の朝議の内容を説明し、孝謙や永手たちの目的を解説すると、全員の顔が引きつった。

 宴会前の浮ついた雰囲気は飛び去り、誰も言葉を出すことができない。庭から鈴虫や松虫の鳴き声が入ってくるが、虫の音を楽しむ余裕はない。火皿の灯がゆれると、人の影が大きく動いた。

「大師様はいかがなされるおつもりか」

 塩焼王の問いに仲麻呂は薄ら笑いを浮かべた。

「畿内から一国当たり二十名の兵を動員することは先に話した。私は中務省に出向き、畿内五カ国に、近江、丹波、播磨を加え、動員数も二百名に書き換えさせた。兵の数は千六百になる」

 集まっていた者たちからは「おお」というどよめきが起きた。

「都を囲む諸国の兵を一手に握ることができた。永手や太上天皇を間違いなく押さえ込める」

 一同の顔がほころび、「勝てるぞ」という声が部屋に満ちる。

「船王殿には、永手や太上天皇を糾弾し、公卿百官は我々に従えという詔を作っていただきたい」

 船王は力強く肯いた。

「池田王殿は河内から兵を、和気王殿は山口王殿と一緒に、兵糧と飼い葉の手配を、訓儒麻呂は天皇の側に控えて天皇をお守りせよ。塩焼王殿は宮中の警護、真先と古薩は兵を率いて法華寺に向かう……」

 仲麻呂は集めた者たちに役割を与えていった。

「和気王殿はいかがなされた」

「本当に我らは太上天皇様を相手に勝てようか」

「弱気は禁物。我らには淳仁天皇、池田王殿はじめ多数の皇族、そして敵に倍する兵がある。どこに負ける要因があるのか」

 和気王は力なく肯いた。

「大師様は法華寺や永手殿を兵で囲んでいかがされるつもりか」

「太上天皇に手荒なまねをするつもりはない。小墾田宮にお連れしたうえで、厳重に警護する。道鏡や真備など太上天皇の取り巻き連中はすべて殺す。北家に火を付け、混乱に乗じて永手や八束も殺す。」

「永手殿や八束殿を殺してしまうのですか」

 尋ねてきた和気王の声は震えていた。

「生かしておけば、奴らは何度でも我々を襲おうとする。天皇様のために宮中に溜まった悪心は取り除かなければならない。和気王殿は心配しすぎだ。私に反対する者をすべて片付けた上で、天皇から詔を出してもらうから我らは罪に問われない。和気王殿には事が終わった後に参議として台閣に上っていただく。他の者にも昇叙任官を約束しよう」

 集まっていた者たちは一斉に声を上げた。

「大師殿はいつ決行なさるのか」

「良き日について、大津大浦おおつのおおうらに占わせてある」

 一同は仲麻呂の視線を追い、部屋の角にいた大津大浦を見た。

「十五日。満月の日が吉と出ています。大師様の志は必ず成就します」

「十五日というとあと半月しかありません。兵は間に合うのでしょうか。溜め池の人足との兼ね合いは」

「国司たちに催促すれば十分間に合う」

 池田王がパチパチと拍手すると、船王や塩焼王など集まっていた者全員が拍手をして、部屋は大きな歓声で包まれた。

 仲麻呂は両手を広げて、拍手を押さえる。

「前祝いに酒と肴を用意させた。飲んでいってくれ」

 仲麻呂の言葉に、下女たちが膳を運んできた。干物を焼いた香ばしい臭いが部屋の中に広がる。焼き魚、焼き鳥、野菜の煮物、漬け物が運ばれてきた。炊き込みご飯の中には黄色の栗がおいしそうな顔を覗かせている。上質の酒は匂いだけで気持ちを良くしてくれた。

 塩焼王が「乾杯」と発声し、全員が杯を飲み干して拍手した。部屋は酒の匂いと、人々の笑い声で満ちてゆく。

 広間から見る庭は、漆喰の闇に包まれていた。

 今日は新月。空は星で満ちている。半月経って、夜空に満月が昇る日が、孝謙や永手の最期の日だ。

 白い酒が注がれた土器を口に近づけると、勝利の味がした。人々の歓声も虫の音も耳に心地よく響いた。

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