処分の詔

 奈良麻呂の謀反が発覚してから一ヶ月後、取り調べが終わったことを受けて、孝謙天皇は公卿百官と畿内の村長むらおさ以上の官人を平城宮に集めた。

 照りつける太陽に体が焼かれるが、朝堂院中庭に整列した人々は一言も発することなく立っていた。奈良麻呂の謀反は都だけではなく、畿内にも知れ渡っている。多くの人間が捕らえられて拷問を受けていることも噂になっていて、集められた人々、特に普段は呼びつけられることがない村長は戦々恐々としていた。

 仲麻呂は孝謙天皇を先導して、大極殿の門に立った。

 中庭の全ての人々が、仲麻呂の前に跪いて頭を下げる。

 仲麻呂は抱え持っていた詔書を高麗福信こまのふくしんに渡した。

 福信は詔書を掲げて受け取ると大声を上げた。

明神あきつかみと御宇大八洲国おおやしまくにしろしめす天皇すめらみこと様のお言葉を親王、諸王、諸臣、百官、天下あめのしたの公民は皆承れ」

 福信の太い声が中庭に響き渡る。

「悪逆なやつこである黄文王、道祖王、橘奈良麻呂、大伴古麻呂らは、高天原たかまがはらの神が定められた高御座たかみくらを奪い取ろうと企てた。奴らは、逆党どもを率い、藤原内相を殺し、天皇と皇太子を廃し、皇太后のみかどから駅鈴と玉璽を盗み、右大臣藤原豊成をして天下に号令をかけさしめ、黄文、道祖、塩焼、安宿の四王の中から一人を選んで、天皇に立てようとしたのである。しかし、天神あまつかみは、山背王、巨勢堺麻呂、上道斐太都らをして、奈良麻呂たちの企てを密奏せしめ、事は明らかとなり、陰謀に加わった者どもは罪に服することになった。橘奈良麻呂の謀反は天神地祇の怒りに触れ、事を起こす前に潰えたのだ。

 奈良麻呂たちの陰謀を国法に照らせば死罪に当たるが、慈悲の心をもって刑を一等軽くし、姓名を変えて遠流おんるに処することにした。黄文王は久奈多夫礼くなたぶれ(たぶらかす者)、道祖王は麻度比まどい(迷っている者)、賀茂角足を乃呂志のろし(のろま)と改名する。また、大伴古麻呂、多治比犢養ら関係した者に下賜していた氏姓を召しあげる。

 天地あめつちの神々、代々の天皇の大御霊おおみたまが、汚い奴どもをお嫌いになり、盧舎那仏るしやなぶつ、観世音菩薩、梵天、帝釈天、四天王たちのお力によって、悪逆な企ては潰えたのである。

 皇室と国家に尽くす者には惜しみなく褒賞を与えるが、人々を害し惑わし、国家をないがしろにする者には裁きを下す。公卿百官から民に至るまで、悪い企ては必ず罰せられることを知り、今後も清く明るい心をもって朝廷に仕えよ」

 福信の朗読が終わると中庭の人々は平伏した。天皇は百官の反応を見ることなく、大極殿に入ってしまった。あわてて仲麻呂も孝謙天皇に続く。

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