行信の厭魅事件

 仲麻呂の報告に孝謙天皇が慌てて聞き返してきた。

「大僧都の行信や、太上天皇だいじようてんのう様の信任が厚い宇佐八幡の神職が呪いの儀式とは穏やかではありません。いったいどのような儀式を行い、誰を呪っていたのですか」

 行信や多麻呂が何を呪っていたかは定かではないが、理由など後から荷車にいっぱい積むことができる。行信は法隆寺東院の建立を機に諸兄と親しくしている。大神も東大寺大仏造立のときから橘諸兄と親交を結んでいる。行信や大神を梃子にして諸兄を追い落とすことができれば良いのだ。

「薬師寺に勤めております、六男の刷雄から報告がありましたので、石川殿に紫微中台の兵を率いて急行してもらいました」

 年足は総白髪の頭を下げた。

 石川年足は伝統氏族蘇我氏の氏上であり、仲麻呂より一回り年上である。従五位下に叙位されたのが四十歳と遅かったが、出雲守在任中に聖武天皇から善政を褒賞されるなど行政能力が高く評価されていた。

 年足の父親の石足と仲麻呂の父親の武智麻呂が従兄弟として親しい間柄であったことから二人は自然と近くなり、仲麻呂の昇進にあわせるように年足も出世してきた。仲麻呂が紫微令(長官)に就任した際には、紫微大弼しびだいひつ(次官)に就任、参議にも任じられて台閣に席を持つまでになっていた。年足は仲麻呂にとって腹心の部下であるだけではなく、頼りになる兄でもある。

「藤原様の命を受けて薬師寺に駆けつけたのですが、薬師寺は広く、現場に踏み込んだときには、呪い使われていたと思われる人形ひとがたや木簡が燃やされており、誰にどのような呪いを掛けていたのかは分かりませんでした。これが燃え残っていた人形です」

 年足が、手に持っていた包みを広げると、焦げた木の匂いが漂った。取り出した人形は板を削って作ってある。しかし、下半分が燃えてなくなっているうえに、残りの部分も表面が焼け焦げていて、何が書いてあったかは判読できそうにない。

「大神多麻呂と大神杜女については?」

「私が薬師寺に入ったときに、行信と一緒にいました。三名共に厭魅については否認していますが、取り調べのために左衛士府さえじふに拘束しています。行信と大神は以前から親交があります。踏み込んだときも行信と一緒にいたことから、呪いの儀式で共謀していたことは確かです」

 孝謙天皇は年足から渡された木片を、いろいろな角度から眺めていた。

「いったい呪いとは? 誰に何を呪うのでしょうか」

「呪うとするならば、太上天皇様と孝謙天皇様でしょう」

 仲麻呂の言葉に、孝謙天皇は木片を見る手を休め、光明皇太后と顔を見合わせた。

「お父様の具合が優れないのは呪いのせいですか」

「ご心配は無用です。石川殿の報告を受け、当家の陰陽師である大津大浦に、呪いを打ち消すまじないをさせています」

 孝謙天皇はきつい目をして仲麻呂を見つめてきた。

「私やお父様を呪うことは八虐の罪に当たり許されません」

「ごもっともです。三人には厳しい処罰が必要です。ただ、身分の低い三人だけで呪いの儀式を行うとは考えられません。行信らは橘卿父子とも法隆寺東院建立を通じて親交があります」

「橘卿が厭魅事件に関係していると? 長年にわたって台閣の長を務めている橘卿が何故にお父様や私を呪うというのでしょうか」

「橘卿の息子である奈良麻呂ならまろは太上天皇様が難波で大病を患われたときにおかしな動きをしていたという噂があります」

「おかしな動きとは?」

 孝謙天皇の問いに年足が答えようとしたときに、光明皇太后が割り込んできた。

「橘卿は、瘡病かさのやまい(天然痘)が大流行したときから、太上天皇様のために身を粉にして働いています。広嗣の乱のときも、宮を恭仁京に遷したときも、大仏造立でも太上天皇様の御心をかなえるように働いてくれました。また、行信は大僧都として、私たちに仏法を説いてくれています。人品卑しからず、見識と知性に裏付けられた説法はわかりやすく、太上天皇様に二心があるようには思われません。大神と宇佐八幡神社は、太上天皇様が熱心に進めてこられた大仏造立に、わざわざ九州から上京して助けてくれました。太上天皇様の信任が厚い者たちが本当に呪いの儀式を行ったのでしょうか」

「人には表に出さない顔があります。行信に魔がさしたとも、野心が強い大神多麻呂が行信をそそのかしたとも考えられます。いずれにせよ焼けた人形が証拠としてありますので、真偽を明らかにせねばなりません。捕らえてある三人を取り調べるお許しをいただきたいのですが」

「私は、行信や大神が悪心を抱いているとは思いません。太上天皇様の信任が厚い者たちを取り調べることは御宸襟を悩ませることになり、ご病状に障りが出ます。行信らには良く言い聞かせて解き放ってください」

「皇太后様のおっしゃることは分かりますが、焼けた人形という動かない証拠があります。天皇様がおっしゃるように、皇室を呪うことは八虐の罪に当たります。穏便に済ますことは……」

 仲麻呂は光明皇太后に見つめられて何も言えなくなった。

 皇太后様は昔から事を荒立てず穏便に済まそうとされる方だ。奈良麻呂が行信と大神を使って呪いの儀式を行ったことにし、奈良麻呂に連座する形で親である諸兄を失脚させようと企てたが考えが浅かった。行信たちを拷問し自白させてから奏上すれば良かった。

 皇太后様はだめでも、若い天皇ならば口車に乗せることができる。

 仲麻呂は焼けた人形をいじっている孝謙天皇を見た。

「お母様。私も藤原卿と同じ意見です。橘卿が行信らを使って太上天皇様を呪ったとは思いませんが、証拠の人形があるので行信らが儀式を行っていたことは明らかです。八虐の罪を許すことはできません」

「天皇と藤原卿、石川卿もよくお聞きなさい。政とは天下を治めることであり、罪人を作ることではありません。行信も大神も根っからの悪人でないのですから、許し改心させることが大切です。いたずらに事を大げさにすることなく収めましょう」

「皇太后様のお言葉ですが、証拠としての人形があることは、捕縛に向かった者たちの口から噂になっています。行信らを説諭ですますわけにはいきません」

「私も、藤原卿が言うように、人形の件が噂として広まっているようであれば何らかの処分が必要だと思います」

 光明皇太后は深呼吸し、しばらく考えてから口を開いた。

「行信は大僧都を解任、大神多麻呂と杜女は豊前国の本社ほんやしろに戻ってもらいましょう」

「ですがお母様……」

「孝謙も行信大僧都の人となりを信じなさい」

 年足が「畏れながら」と言上する。

「行信と大神が厭魅を行っていたことは明らかであります。皇太后様のご温情で罪一等を免じるのであれば、流罪が相当です。行信は薬師寺僧ですので下野国薬師寺へ、大神多麻呂は種子島、杜女は日向国あたりへ配流するのが適切かと存じます」

 皇太后はもう一度目を閉じ、しばらく考えた。

「石川卿の言葉には一理あります。三人に反省を促す意味でも、卿の言うとおり流罪にしましょう」

「ですがお母様……」

「賞罰は公正に行わねばなりませんが、いたずらに罪人つみびとを増やしてはなりません」

 孝謙は不満そうな表情ながらも頭を下げ、仲麻呂は橘諸兄に対する追及を言い出せなくなってしまった。

 仲麻呂と年足は深く頭を下げて二人の前を辞した。

 廊下に出ると空は茜色になっていた。晴れて雲一つないが、暖かい日の光はすでになく、冷たい冬の風が体を冷やしてきた。ねぐらへ帰る烏が仲麻呂をあざけるように鳴いて北の空を飛んで行く。

「橘様については不発でしたな」

「石川殿には私の目的が分かっていたのですか」

「藤原様より一回りも年を取っていて海千山千であれば、行信を捕縛せよとの命を受けたときに、察するものがありました。行信や大神から自白を取ってから、天皇様に奏上すれば良かった。自分の落ち度です。お許しください。橘様については佐味宮守さみのみやもりという小者からおもしろい話を聞いています」

「最初から腹を割って、石川殿に相談すれば良かった。さっそく佐味某の話を聞かせて下さい」

 山登りは始まったばかりだ。一回や二回の失敗であきらめていては頂上を目指すことはできない。例え失敗しても、失敗を乗り越えたら必ず成功すると考えている者、最後まで諦めなかった者が成功するのだ。転んで泥だらけになっても、息が切れて目がかすんでも、自分は頂点を目指す。自分には藤原の血筋と、漢籍の能力、そして石川殿という知恵袋がある。あきらめなければ頂上に立つことができる。

 仲麻呂は沈みかけの太陽に目を射られ、思わず左手で庇を作った。

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