後編 なってやる。極悪人に。

 埠頭ふとうへ行き粉の取引をするため、車に揺られている。すっかり夜になった外の景色を見ながら考える。僕はまだ現実が受け入れきれていない。

 今までの人生は絶対に、絶対にホンモノだと思っていたのに。初恋に胸を焦がしたあの感覚も、友情に震えたあの感覚も、全部ゲームだったのか。僕のお母さんもお父さんも、妹の百合ゆりも、みんなみんなゲームのキャラクターだったのだ。


 ゲームを終えて僕が戻ったのは極悪人。名前も極悪悪蔵ごくあくあくぞうだし。粉の取引するし。多分人でも殺してるかも。最悪。あのリーゼント男になる方がまだ良かったかも。ただ、生きていくには今まで通りの極悪悪蔵でいなきゃ。あれ、生きる気になってる?


 そうしている間に埠頭にたどり着いた。大きな倉庫が3つ並んでいて、1番奥のあたりに僕たちの車と似た、黒塗りの車が三台並んでいた。


「あれがZLです。ブツはこちらのスーツケースと交換です。何かあれば私たちが駆け付けますので。」


 助手席にいた強面サングラスは後ろへ身を乗り出し、なぜかヒソヒソと僕にそういった。どうやら僕が直接受け渡しをするらしい。聞いてないぞ。


 そうは言えども仕方ない。僕はやけに重いスーツケースを片手に中央の倉庫前まで歩いていった。先ほど強面こわもてサングラス男が言っていた「射殺」という単語が頭をよぎった。


 少しすると、アラブの石油王風の見た目の男が歩いてきた。やけに真剣な顔をして、ふうふうと荒い息遣いだ。少し怯えているようにも見える。極悪悪蔵は悪い人界隈でも恐れられているのかもしれなかった。僕が「ちょうだい」みたいな手をすると、石油王はブンブンと首を振りこう言った。


「合言葉は。」


 え、合言葉? 何を確かめるんだ? スーツケースの中身が本物かどうかは確かめさせてあげるよ? あ、この人たちとは面識がないのか? この取引話を盗み聞きしていた他の組が、極悪悪蔵のフリをして粉をもらうのを恐れているのか。なるほど〜かなり慎重を期して……。


「撃て!」


 ドンッドン!


 僕が黙っていたのは5秒くらいだったけれど、車から出た石油王の仲間は容赦なく僕に弾丸を浴びせた。僕は銃が見えた途端にひらりと身を交わしたと思えば、倉庫の厚い扉を拳骨で開け、物陰へと身を隠した。そして隠していた拳銃の安全装置を解除した。


 僕はその間何も考えていなかった。銃弾を避けようとも、倉庫へ一旦身を隠そうとも。これは極悪悪蔵の本能のようなものなのだろう。悪逆非道な行いを繰り返しながらも決して殺されることがなかったのは、彼に抜群のサバイバル能力が備わっていたからなのだ。


「おー! さすが組長です〜! あいつら最近図に乗りすぎなんすよね〜! やっちまいましょう! 俺もしたかったんすよ! あいつらとの全面戦争!」


 気づけばリーゼント男も強面サングラスも応戦している。二人ともおちゃらけたコンビだと思っていたが、銃弾が飛び交う中ここまで冷静でいられるところをみると、これまでにもかなりの死線をくぐり抜けてきたことが僕にもわかる。


 僕は極悪悪蔵の本能に任せることにした。倉庫への銃撃が弱まった隙に乗じ、かなり遠くにいた二人の男の頭を撃ち抜いた。明らかに拳銃で狙える距離ではなかったが、寸分の狂いなく撃ち抜いていた。


 はやくも二人を撃ち抜かれた石油王は車で逃走を図ろうとしている。極悪悪蔵はやはり恐れられている。長期的な戦闘になれば勝つことは難しいとの判断だろうか。


「逃すかよー! どうせお前影武者だろうけどなー! 逃がさないー!」


 リーゼント男は調子に乗って車を追いかけ始めた。ひとまず犠牲は0人か。これからZLという組織との戦争が始まるらしいけれど、生きていくにはやるしかない。なってやる。極悪人に。


 僕は念入りに安全を確認してから車の方へ戻った。強面サングラスが助手席にいる。


「開けてよー。」


 僕がそういうと、強面サングラスは驚いた表情で車を降りてきた。なんだ、死んだと思ってたのか……?


「動くな。こいつがどうなってもいいのか!」


 強面サングラスの見る方向には、石油王の仲間であろう男に拳銃を突きつけられたリーゼント男がいた。リーゼント男は脂汗を浮かべていたが、次第にニヤニヤとしてきて、喋り始めた。


「へへ、バカやりました、へへ。 でも、いいんですよ。俺ごとこいつの頭吹き飛ばしてください、組長。 こいつは俺を人質に金をもらうつもりでしょうけど、そんなことさせやしませんよ。組長に拾ってもらって、本当に良かったです。今日でおしまいだけど、組長は絶対天下取れますよ。このバカが保証します。へへ。」


 極悪悪蔵はリーゼント男ごと撃ち抜こうとした。しかし、僕がそれを止めた。僕はリーゼント男を殺したくなかった。できることなら、生かしたい。一緒にいたい。


 僕は身をかがめ素早く敵に近づくと、リーゼント男を右手の拳骨で吹っ飛ばし、敵の男から引き剥がした。それと同時に左手の拳銃で敵の頭を……。


「組長! 危ない!!」


 ドンッドン!


 敵の男は倒れた。同時に僕も。僕は左胸に弾丸を喰らっていた。ドクドクと大量の血が流れ出す感覚があった。僕の生命力がどんどんと流れ出す。頭が朦朧として吐き気がする。視界がどんどんと狭まっていって、呼吸をしようにも血を吐いてしまってできない。今度こそ僕は、本当に死ぬんだ。 もうやり直しはきかない。これは現実なんだから。さようなら、さようなら。僕のじんせ…い……。





「ああ? ゲーム終わんのだいぶ早かったな! メーン!!」


(おわり)

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