人生体験ゲーム

カメラマン

前編 僕の名前は極悪悪蔵!?

 さようなら、さようなら。僕の短い人生。僕は17にして死ぬことを選びました。


 高校のみんなは僕を汚いもののように扱います。僕に話しかけに来る人はじゃんけんに負けた人だと相場が決まっています。僕が話しかける人は耳が聞こえなくなってしまいます。高校こそがすべてである僕にとって、この仕打ちは僕の生きる意欲をなくすことにあっさりとつながってしまいました。


 さあ、ビルの屋上から飛び降りた僕は、今まさに、冷たく硬いアスファルトと触れ合います。さようなら、さようなら。僕の短い人生。僕は17にして……。



 ***


「あんれえ!? ゲーム終わんの意外と早いっすね!」


 キーンと耳が痛い。ここは天国なのか。そうすると今の声が神さま? いや、そんなはずはない。だって今僕はゲーム機の前にいるのだから。


 すぐ隣には花柄のシャツに白いパンツを履いて、リーゼントの似合わない、はっきり言えば小物のような男がいた。どうやら僕は建物の中にいるようで、この人の他には、スーツにサングラスをかけた強面こわもての男が数人いた。


 部屋は学校の教室の半分ほどの広さで、内装は簡単に言えば悪いことをする人たちの事務所みたいな部屋だった。部屋の左右にかかる誰かの額縁写真。対面で並べられた高級皮のソファー。中央のガラステーブルにガラスの灰皿。そして、部屋の奥に置かれた豪勢な椅子と机。僕はその脇にあるゲーム機に座っている。ゲームセンターにあるレースゲームのような作りのものだった。


「こ、ここはどこ……。 僕は何を……あれ?」

「どうしたんですか〜組長〜。」


 リーゼントの似合わない男が、子犬のような目で僕を見ている。夢を見ているのだろうか。それにしてはあまりにも現実らしい。ほおをつねれば痛いし、ゲームの機体にある文章を読むこともできる。もしかして生まれ変わった?


「あらあら、気が動転なさっている。ぬふふ、どんな人生を歩んだんですかね〜、私もやりたいな!人生体験ゲーム!」


「人生体験ゲーム?」


「えー、忘れたんですかー? あのですね、1から説明しますよ? おほん……。まず、組長はこの日本に名をせる大悪党 極悪悪蔵ごくあくあくぞう様であります! 悪逆非道あくぎゃくひどう擬人化ぎじんかしたような素晴らしきお方で、東西南北悪行三昧とうざいなんぼくあくぎょうざんまい。ですがですが、そんな組長にはゲームがお好きというチャーミングな一面があったのです! アメリカ最新鋭の科学機構が人生体験ゲームを発明したとなったら黙っちゃいない! 世界で一台しか作れないであろうそれをお金の力で手に入れたのです! 半ば強引に! 人生体験ゲームとはその名の通り、他人の人生をまるで本物のように体験できるすんばらしきゲームなのですよ!! 組長は早速それで遊んでいたわけなのです!!」


 リーゼント男は体をクネクネさせながら説明した。なるほど。ウジウジ高校生だった僕の人生はゲームのストーリーだったってことか……。そんなアホな。これから僕は組長をやるのか。そんなアホな……。


「可愛い子とデートとかしました? 楽しそう〜JKとデートとかもできるわけですよねこれって。トレビア〜ン……。」


「黙れ小僧。調子に乗りすぎだ。組長のおめかけがなければ射殺していたぞ。」


「ひっ……。」


 横にいた強面サングラスがリーゼント男を叱りつけた。強面サングラスから放たれた射殺という単語は、どこか現実味を帯びたような恐怖があった。


「組長。もうじきZLと粉の取引です。お車を手配してあります。すぐにでも参りましょう。」


「え、あ、はあ……。」


 強面サングラスは出口へと歩き始めた。僕は後に続くように席を立った。いつもより景色が高い。僕の身長が高いのだ。190センチメートルは優に超えている感覚だった。体格もかなりいい。簡単に言えば、強そうだ。


「組長〜、なにをモタモタしてるんですか〜? はやく、はやく〜。」


 リーゼント男が背中をポンポンと叩いて僕を急かしてくる。粉の取引って完全に危ない薬じゃないか。そんなものを扱っている人たちは危ない人たちに違いないし、僕が組長として取引するなんて無理だってば……。


 薄暗いエレベーターを降りると黒スーツのサングラス男たちがたくさんいて、黒塗りのいかつい車までの道に肉壁を作って僕を守った。


 乗車すると、車のシートがとても柔らかくて気持ちいい。それに、なんだか新車のようないい匂いがする。少し座っただけで高級であることがわかるような感覚だった。いや、そんな呑気なことを考えてる場合じゃない。僕は今から粉の取引を……。はあ……なんでこんなことに……。

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