第69話 Subject:不必要なまでにリスクを回避したいならコストを負担しろよ To:でっかい不動産会社のある社員さん

 結局のところ家賃保証会社の管理(回収)担当者の仕事は『(滞納した家賃を)払ってもらうか、(部屋を)出て行ってもらうか』のそれだけ、それだけだ。


 これまで何度も契約者が死亡した話を書いた。

 延滞客が死亡した。遺族は不明。役所が葬儀をした。

 或いは遺族がいたから連絡しても『縁を切った、関係ない』と言われる。『家財道具? 好きにしてくれ』──ソウデスカワカリマシタ、家財道具は撤去し処分。終了。仕事を一つクリア。スムーズな通常業務。素晴らしい。


 面倒な延滞客に対しては『よくぞ死んでれた』──倫理観を外して書くなら、そう思う。


 ではこれが正解かといえば、違う。倫理的な事を言っているわけではない。


 契約者(わかりやすく、入居者とイコールとする)が死亡した。単身世帯のため家財道具を片付ける人間がいない。遺族はどこかにはいるだろうが、関与しないししたがらない。または高齢のためできないようだ、よくわからないが……だから家賃保証会社が撤去し処分する。通常の作業。

 正解かと言われると、違う。

 本当に法的に厳密な『正しい』ルートを辿るなら、違う。『相続人』から処分を同意する明確な書面をもらうとか、『縁を切った、知らない』と言われるなら明渡訴訟を提起する必要がある。

 遺族全員が相続放棄しているのなら裁判所に『相続財産管理人』の選任を申立て、彼或いは彼女に対して明渡を求める必要がある。

 

 別のパターンを書く。


 契約者は4カ月の延滞。賃貸借契約は解除されている。もう1カ月は部屋に出入りしている様子もない。水道メーターも動いていない。

 警察官立会いで室内を確認する。名目は安否確認。

 部屋には生活に必要なものは殆ど無い。布団と、冷蔵庫だけが残されていた。それだけだ。『夜逃げだね』──警察官が笑う。ソウデスネ。後は家財道具は撤去し処分。通常業務。

 よくぞ夜逃げしてくれた。


 もちろんこれも法的に厳密に『正しい』ルートとは、違う。入居者が住んでいてもいなくても、明渡訴訟を提起せねばならない。現代の民事法では『原則的に』自力救済を禁止している。

 モノを盗まれたからといって、泥棒の家に忍び込んで取り返してはいけない。

 契約者が家賃を払わないから鍵を勝手に交換して出入りできないようにする。してはいけません。

 司法手続きを経ねばならない。


 では契約者が死亡したパターンに戻る。


 あなたが大家だったとする。不動産会社に管理を任せていないし家賃保証会社との契約も無い。どうしよう。

 入居者が死亡して、遺族に連絡を取ったが『知らない、縁を切った。もう連絡してくるな』と言われた。

 或いはそもそも連絡がつかない。遺体を発見した警察へ、家財道具があるから遺族に連絡がほしいと伝えてくれとお願いする。『伝えはするが連絡してくるかはわかりませんよ』──入居者は生活保護、単身世帯だ。

 法的にはともかく『心情的な』遺族なんていないよな……あなたはそう思うだろう。誰だってそう思う。遺産なんてあったらそりゃあ部屋にも来るだろうし。遺産なんてあるわけがない。家賃4万円の賃貸アパートだ。生活保護なんだぜ。


 大家たるあなたは、遺族に対して明渡訴訟なんてするか? 私だったら、しない。明渡訴訟にもカネがかかる。強制執行するとなれば荷物量次第だが、1Kの部屋で30万円以上かかる事もザラだ。その費用をあなたは負担するのか?


 これを読んでいるあなたがどういう方かはわからない。

 

 一般的には入居者が死亡すれば、遺族が片付けにやってくる。離れた場所に住んでいても、だ。家賃が未払いなら清算し、家財道具は片付けて、部屋を明渡す。

 私はこれまで何度も『入居者が死んだ。保証会社が撤去し終了、通常業務』と書いた。しかしそれは私が担当する仕事の『通常』であって、全体からすればごく少数だ。

 あえて『普通は』と書くが、普通は遺族が部屋を片付ける。相続する財産があろうと無かろうと、義務があろうと無かろうと。

 私には独身のきょうだいがいるが、もしも死んでしまったら部屋を片付けに行くし、未払いの家賃が発生しているのなら払う。私がしなくても両親がそうするだろう。

 

 改めて質問するが、あなたが大家だったら、遺族とやらへ明渡訴訟をするか?


 私だったら、しない。無駄だからだ。

 家賃保証会社もほぼ同様のルールで動いている。

 賃貸借契約書や家賃保証会社との契約書に何と書いてあろうが、自力救済は原則禁止だ。それでも。


 明確に遺族が所有権を主張しているのなら、撤去も処分もするわけがない。

 入居者が延滞をどれだけしていても、部屋の占有を続けているのなら、撤去なんてしない。彼或いは彼女が出かけたスキに部屋に入って家財道具を外に放り出すなんて、昔はともかくイマドキしない。それをやって大問題になった不動産会社がかつてあった。(今も存続しているが)


 そんな愚は『普通』、犯さない。


 では悪質な遺族や『夜逃げした延滞客』が、家主や不動産会社や家賃保証会社が撤去した後に、『何で勝手に荷物を撤去したんだ』『処分したモノの中に、高価な宝石があった』と損害賠償を請求してきたらどうするのか。


 明らかに『こんなもん撤去して部屋の明渡完了で良いだろう』と思うものをそうした。明らかに『(撤去した物を)処分してもいいだろう』と思うものをそうした。そしたら損害賠償請求された。


 だったら法廷で答弁すればいいのである。何でそんな事をしたのかを理由を述べればいいのだ。

 例えば、延滞が何カ月あって、部屋の出入りもありませんでした。家財道具といっても布団くらいで……。

 例えば、遺族とは連絡が取れず、取れても『知らない』といわれて、当然に部屋の出入りも無く……。

 例えば、家賃保証会社が賃借人と交わしている契約書には『室内の動産を撤去する場合もありますよ』と明記されていまして……。


 改めて書くが『明らかに家財道具を撤去しても、処分しても問題がない』と思うものだけを、そうするのだ。

 豪華絢爛な家具があり、遺産もたくさんありそう。或いは、夜逃げしたように見えるけど家具は一式揃っていていつ帰ってきてもおかしくない──そんなものは話が別だ。


 どう考えても撤去・処分しても問題がなさそうなものを『自力』でそうした。そうしたら損害賠償請求された。だったら何でそうしたか答弁すればいいのだ。


 個人家主はどうだか知らない。個人の自由だ。


 家賃保証会社が扱う数で、一々法的に『正しい』手順なんて、踏めるわけがない──とまでは言わないが、『意味が無い』。

 

 私は今まで何件の撤去や処分を行ったかわからない。100や200ではない。一件の文句も言われた事がない。苦情が入った同僚はいるが、損害賠償請求まで行ったケースは『ゼロではない』程度だ。まさしく『万に一つ』である。


 普通の感性の持ち主が状況を見れば『どう考えても問題がない』からだ。裁判所で『こういう状況なので家財道具は撤去しました』と言えるからだ。

 もちろん、それが認められるかわからない。全面的には認められないだろう。

 前述したように、家賃保証会社が賃借人・賃貸人と交わしている契約書の約款には普通『家賃保証会社が室内の動産を撤去できますよ』という条項が含まれている。含まれてはいるが、自力救済と言われればその通りともいえるから。滞納して家賃保証会社が負担した債務を〇〇円免除しろという判決になるかもしれない──それで良いじゃないか。


 何せ、相手の言い分が100%認められる筈がない──くらいには状況が整っているからこそ、撤去もするし処分もした。その通りになっただけだ。


 繰り返すが、豪華絢爛な家具があり、遺産もたくさんありそう。或いは、夜逃げしたように見えるけどいつ帰ってきてもおかしくない──そんなものは話が別だ。撤去や処分なんてするわけがない。


 まず、遺産が沢山ありそうなものは遺族がやってくる。賃貸物件に住んでいて、家財道具を片付けに誰もやってこないのだ。遺産なんてあるわけがない。

 夜逃げしたように見えるけどいつ帰ってきてもおかしくないものなら明渡訴訟をする。

 

 仮に明渡訴訟を10件行ったとしよう。強制執行費用含めて平均で50万円かかるとする。この金額とて相当に低く見積もっている。

 法律事務所と契約している家賃保証会社ですら、この額ではおさまらない可能性がある。特に強制執行費用に関しては家財道具の量次第なので、部屋の中を見ていない限りは事前に読めないのだ。

 法律事務所にとって『イチゲンさん』な個人家主ならもっとかかるだろう。強制執行したとしても、『荷物は保管ね』──と執行官が判断するならその費用も必要だ。


 その低い見積もりでも10件で500万円(そして強制執行が終わり次の入居者を見つけるまでは、家賃収入も入らない)。


 翻って10件を『自力』で撤去し処分したとしよう。100万円その費用にかかった。仮にそのうち一件が500万円の損害賠償請求の訴えを起こしてきたとする。

 満額認められれば、全件を明渡訴訟~強制執行した場合と比べて100万円の損失だ。(この場合、部屋は新たに貸し出せるので、うまく入居者が見つかれば家賃収入は入るが)

 

 500万円の損害賠償請求を起こされて、それが満額認められるようなケース。それを『撤去しよう』なんて状況が、ちょっと私には想像できない。

 500万円満額認められるようなケースなら、普通は『正しく』明渡訴訟をする。まあ、私の知人が働いている昭和の遺物のような家賃保証会社ならもっとアグレッシブだが、それでもトータルでは損はしないという判断で動いている。


 つまり、トータルで損はしないから家賃保証会社は撤去もするし処分もする。法廷である程度、大抵の方にはご納得いただける『言い分』があるからそうしているのだ。マトモな家賃保証会社なら、そうだ。


 そこで本題。『Subject』だ。ある不動産会社。若い社員がいる。若いと言っても30代だが。


 状況。契約者は30代の男性。延滞は5カ月あり、既に1カ月以上部屋の出入りもない。当然、ガス・水道メーターの変動はない。警察を呼んで室内確認をした。家財道具は確かにあるが、衣類や靴、TVは無い。洗濯機はある。ドアポストの中に鍵があった。ゴミは大量に部屋にある。


 モノはあるといえばあるが、生活感がない。何せTVがなくなっている。どこかに転居したと判断する。


「会社に戻って判断を仰ぎはしますが、まぁ撤去して、それで明渡は完了ですね」──私は伝えた。


「いや、これで撤去って、裁判しないんですか」


「鍵も置いてあるんですよ。TVもないし。部屋の出入りも1カ月以上は無い。明渡したと見做すべきでは?」


「鍵が置いてあるだけって、それだけで。いや、そんな事って」──彼は、バカにしたような笑いを私に向けた。


 うるせえよ。その裁判費用は誰が出すのか? 家賃保証会社だろう。

 家賃保証会社からキックバックも貰っといて、それでもこの程度のリスクは負いたくないか?

 黙れ──胸中で呟く。

 裁判したいならアンタの会社が勝手にやれ──言葉をかみ殺す。訴訟にかかった期間の家賃は保証しない、それでもいいなら勝手にやれよ──殺した言葉を呑みこむ。

 

 数度、問答をした後に私は彼の上司に電話をかけた。『ああ、撤去ですね。任せます』──その結果を彼に告げる。


「じゃあ(撤去を)進めてください。でもワタシではなく『上司』と進めてください」


 アンタ、市役所にでも転職しろよ。少なくともどんなバカとでも付き合わなきゃならない不動産会社には向いてねえよ。


 かつて『シティズ裁判』というものがあった。2006年に最高裁でいわゆる『シティズ判決』が下された。今日『みなし弁済』でサーチすればまず第一にヒットする判決なのではないか。Wikipediaの『グレーゾーン』の項目にも掲載されている。

 大抵『グレーゾーン金利──利息制限法上限と出資法上限間の金利──が否定された』という説明がされる。『みなし弁済(グレーゾーン金利での弁済を貸金業者が受ける事)は成立しなくなった』などと付け加える事もある。


 もしこれを今初めて目にする方がいたら、ちょっと当時の状況を見誤るかもしれない。2006年に最高裁判決なのだから、当然その前に地裁・高裁の判断はある。グレーゾーン金利を否定する判決はそれ以前に他にもあった。


 少なくとも2002年にもなれば、法廷でみなし弁済(=グレーゾーン金利)を認めてもらうのは、相当に困難だった。


 まず第一に『貸付・返済の都度、必要事項を記載した書面を直ちに交付しているか』──この条件を完全にクリアできるサラ金は殆どなかったのではないか?

 銀行振込で返済を受ければ、必要事項を満たした領収書は顧客に『直ちに』交付はされない。郵送で送ってもダメという判断が下されていたのだ。


 ATMでの返済・貸付にしても、必要事項を満たした書面交付は困難だった。

 自社のATMだけでの返済・貸付ならなんとかできた業者が、もしかしたらあったかもしれない。しかし銀行ATMで顧客がキャッシングをしてしまえばもちろん必要事項を満たした書面など交付されない。他社のATMには必要事項を全て印字し交付する機能など用意されていないからだ。

 つまり『シティズ判決』以前でも、法廷でみなし弁済(=グレーゾーン金利)を認めてもらうなら、『毎回対面で返済・貸付』しているような場合くらいしか難しかったのではないか。


 2000年頃ですら、ある簡裁ではみなし弁済を主張する訴状は受け付けてくれないケースがあった。


 それでも、もしも受け付けてくれるなら、主張する事はできた。『ウチは出資法の金利で商売してます』──主張したければ、すれば良かった。望む判決は得られないだろうが。


 もちろん法廷の外では、貸金業法改正までグレーゾーン金利での貸付も返済も行われてはいたけれども。


 私は家賃保証会社の管理(回収)担当者だが、その前は消費者金融の管理(回収)担当者だった。小さなサラ金と、大手と。消費者金融で10年くらい働いた。

 小さなサラ金で働いている頃、ある上司は『いつか判例集に載るような裁判がやってみたい』と口にしていた。

 彼は勝ち負けを度外視して、そう言っていた。もちろん本当に高裁、ましてや最高裁まで行くならサラ金の社員の出る幕などない。それでも、私も同意していた。


 結論や勝ち負けなど正直、会社員の私にはどうでもいい。私が自腹を切るわけではない。全く、嫌になるほど程度の低い会社員だ。それでも当時や、現在の私もそう思っている。

 良くも悪くも画期となる判決に、殆ど無責任な会社員という立場で立ち会えたのなら、光栄だと思う。


 これからの少子高齢化社会。そして広がり続ける格差社会。


 孤独死も増えるし貧困も拡大する。残された家財道具を『普通の感性の人が容認するレベルの状況で』撤去して処分する──そして裁判になる。良いじゃないかと思う。


 個人家主が、死亡した入居者の相続人へ毎度々々訴訟する? 不動産会社が夜逃げした人間全員を訴訟する?

 家賃保証会社が夜逃げした人間全員へ、死亡した入居者の相続人へ必ず訴訟する? 

 これがどれだけの非効率か。時間の無駄か。裁判所というリソースの無駄遣いか。


 そして強制執行までの間、未払いの家賃──『賃料相当損害金』は膨らみ続けるのだ。夜逃げした人間はいつかはそのツケを払わねばならないかもしれない。

 一体誰がハッピーになるのだ?


 それでもやれと?


 損害賠償請求されるなら家財道具を撤去し処分した家賃保証会社が被告になる。それで良いじゃないか。


 でっかい不動産会社のある社員さんよ。

 アンタのご立派な会社は、キッチリ『下請け』の家賃保証会社からキックバックも貰ってるんだ。せめて下らない非効率に家賃保証会社を、いや私を巻き込まないでくれ。

 もしかして私がそう思うのも、バカにしたように笑うのかい? そりゃあんまりだろう?

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