第31話 転生したら多重債務になって部屋も追い出される直前の困窮状態だった件(ケーススタディ)

消費者金融で働いている頃、どうにも不思議なお客様達がいた。


消費者金融で新規に契約する際には、信用情報機関へ信用情報を照会する。

新規顧客の獲得(新規顧客への貸付)は消費者金融の最大の目標だから、なるべく契約したい。


ただ、あまりに信用情報がキレイ(何の情報もない)のも、不安だ。

私が一番最初に働いたのは普通5~7社目あたりに借りにくるサラ金。


そんな会社に借りにくる客の信用情報が真っ白など、常識で考えてありえない。

何らかの手段で氏名、生年月日を変更または虚偽申告している可能性が大だ。


尤も、それは不思議ではない。

そういう人間は、いるに決まっているからだ。



その後、私は大手消費者金融に転職した。

そこは借入の1社目に選ばれる事もある会社だった。


銀行から最初に借入するだろうと思うのは間違いだ。

申込みから審査、カード発行までスピーディに対応する消費者金融からまず第一に借入する人はそれなりに存在する。


契約当初の限度額は顧客の勤務先などの属性次第。他社の借入が複数あり非正規雇用の場合は、最初は限度額10万円から発行する事もある。

そして一回でも返済があれば──もちろん信用情報を再度照会した上で──即30~50万円へキャッシング枠を広げる事を考える。


延滞客からの回収も大切だが、貸付件数・貸付金額もそれ以上に重視されるからだ。


新規の受付で例えば他社1社から20万円程度の借金だけがあるお客は多々、いた。悪くない状態である。


私が不思議だったのは、彼ら彼女らの一部だ。


契約した時に信用情報機関に照会している。信販会社、消費者金融会社の利用は確認している。20万円程度だ。


それが2ヶ月後に弁護士から債務整理を開始する受任通知が送られてくる。後に20社以上から計500万以上の借入があると判明する。


または、一度返済したのでキャッシング枠を増額するために信用情報を照会してみると他社からの借入、物販での利用が400万円近くに増えている。



1~2ヶ月で300~400万の「返すアテが無い借りた金」を、あなたは使う事ができるだろうか?



私は、彼ら「1~2ヶ月で借金が何百万にも膨らむ若いお客」が不思議で仕方なかった。


パチンコにどれだけ通っても、1~2ヶ月でそんな額は負けないと思う。勝つ事だってあるだろう。

風俗店にもそんなに通えるものでもないだろう。体力がもたない。

キャバクラで散財するといっても、身の丈にそもそもあってないのだから限度があるだろう。それに、キャバクラで呑んでも翌日には虚しくならないか?

イメルダ夫人でもあるまいし、洋服なんてそんなに買えるものでもないと思うのだ。体は一つしかない。

ローンならともかくキャッシングで車を買う程に愚かでもなかろう。さすがに。



何に金を使ったのか、本当によくわからない。


いや、使い道はあったとしても、返せなくなるのが自明なのだから怖くないのだろうか?


長期的に多重債務者になるのは、理解できる。

短期間で多重債務者になる理由が、私にはわからないのだ。


もちろんなりたければいつでもなれる。

毎日風俗店にいって、パチンコをして、洋服をたくさん買って、キャバクラで飲んでシャンパンでもいれれば1~2ヶ月後には私もどこへ出ても通用する立派な多重債務者だ。


ただ、怖くてできないだけだ。私だけでなく大抵の人がそうだろう。


多重債務者になる方法は、ある。簡単だ。カネを無闇矢鱈に使えば良いだけだ。

するしないは別にして、誰でも思いつく。


ただ、本当にそんな事できるのか? と不思議に思うのだ。

本当に、本当は、何にカネを使ったのか、経験者の方は教えていただけないだろうか。



それでは逆に、多重債務から再起する方法ならどうだろう。


書店に行けば「転生したら~○○○」という異世界転生モノの本がたくさん並んでいる。


そのひそみに倣うわけでもないが「転生したら多重債務になって部屋も追い出される直前の困窮状態だった件」というケーススタディをしてみよう。

とはいえ本当に異世界の話を書いても仕方ない。魔法で土を黄金へ錬成しましょうなんて解では無意味に過ぎる。

転生というより、朝起きたら極貧状態だった、という設定ではじめよう。



少なくとも、少なくとも「カードを作るなら○○カード」なんてアフィリエイトサイトよりは役に立てば良いなと思うのである。


誰も彼も転落する可能性はある。


借金に追われ督促を受け続けると、正常な精神状態ではたぶんなくなる。


であれば事前に再起の方法は知っておいた方が良い。



私はずっと督促の仕事をしている。消費者金融で、今は家賃保証会社で。

「間違えて○○カードへ振り込んでしまいました」という客はかなり多い。

確認すると、本当に間違えて振り込んでいるのだ。何万ものカネをだ。


あなたは、何万ものカネの振込先を間違えた事があるだろうか?


私は、無い。

そんなもの間違うか?


鈴木大介氏というルポライターがいる。「最貧困女子」などの著書がある方だ。


「貧困で督促などのストレスを脳へ与えられ続ければ、脳に障害を負った状態と同じになる」というような意見があり、少し納得した。


単にカネの事で頭が一杯々々だから何もかも片手落ちになるのかもしれないが、それだけではないとも思うのだ。



では、考えうる、そして実在する最低状況を考えよう。


男性。中年。無職。友人ゼロ。親類縁者とは疎遠。

貯金ゼロ。借金はキャッシング・物販合わせて400万。低学歴。職歴は非正規雇用のみ。

家賃延滞4ヶ月。明渡訴訟をいつ提起されてもおかしくない状態。全治2ヶ月の怪我があるので今すぐには働けない。

ライフラインはガス・電気は停止。水道は使用できる。


これくらい揃えば満貫どころか倍満。いや、三倍満くらいにはなるだろう。



朝起きたらあなたがこの状態だったらどうするか?


もちろん、スマホを見れば無数の着信履歴。読みきれない数のSMSが届いている。

どちらも督促だ。


ポストを覗けば通知書の山。財布には1000円札が一枚だけ。


インターホンが鳴る。怖くて出れない。


鳴り止んだ後にこっそりとドアを開ける。ドアの金具には剥がれたテープ。ドアを開けるとねじ切れるように貼られていた。

ドアの開閉を監視されている。



朝起きたらこの状態。さて、どうしよう。



どうしようというが、机上での解は簡単である。落ち着いて、落ち着いて。


借金。

法テラスへ連絡し相談の予約をする。


督促の電話をその間に受けたら、債務整理の相談に行く、そして必ず連絡すると誠実に話そう。


喧嘩腰はダメだよ。「あとは弁護士と話してくれ」とだけ言って電話を切る延滞客は多い。

「何様だ。オマエはハリウッドスターか」と馬鹿にされている事を忘れてはいけない。敵を増やしてはいけない。



生活費、住居、食事。

最寄りの福祉課で生活保護の申請をする。家賃が未納で住めない状況を説明し、申請と転居の希望を伝える。部屋の契約解除通知が送られてきているのならば、必ず持参しよう。

福祉課職員が上司に転居の了解を得る際の材料になる。


現時点で生活保護で、家賃を他の事に使ったのでもなければ、大抵は申請は通るだろう。転居費用が出る可能性も高い。


食費すらもない状態だ。その事も必ず福祉課へ伝えよう。少額だが福祉課からすぐにカネを出してもらえたり、現物で食品がもらえる事もある。少なくとも飢え死にしない方法は教えてくれる。教えてくれないなら後述もするが支援団体やNPO法人へ相談する。

必ず福祉課職員の名刺をもらうか氏名は記録しておこう。



更に食事。

フードバンクから貰う方法もある。群馬にすらあるのだから大抵の場所にある。

いきなり直接行っても食糧をもらえない、役所の紹介状が必要なフードバンクもある。福祉課の職員に相談してみる事。


郵送まではしてくれないかもしれないが、フードバンクへ取りに行けば数週間分の食事はタダでもらえる。


市役所の職員がまったく保護費の申請を認めないような場合は、NPO法人や支援団体に相談して再チャレンジだ。


ヤクザはダメだが、左巻きの連中を使っても良い。こういう時には役に立つ。

ただし、わけのわからない活動にオルグされそうになっても絶対に参加しない事だけは気をつけよう。人生を棒に振る事になる。



更に住居。

2週間程度で生活保護の申請はおりる。

同時に部屋探しもしておく。不動産会社には生活保護である点も伝える。それでも良いという物件を案内してもらえる。


すでに明渡訴訟の判決が出ており、もし万が一転居先を探す間に強制執行が執行されたら?

福祉課にシェルターに入れてもらえるよう頼もう。


転居に関して、引越し費用・保証料・保険料・物件契約に必要な額は、書類をそろえれば福祉課から出してもらえる。


家賃分も含めて生活保護費が支給された場合、その時点で支給されたものは今住んでいる物件のものだ。

ただし滞納分の家賃も債務整理の対象に含めるのが通常だとは思う。

担当弁護士・司法書士、福祉課職員に支払い方を相談しよう。

絶対に、家賃として支給された保護費は他の事に流用してはならない。


生活保護の支給が決定し、転居も認められればなるべく早く引っ越ししよう。

そして怪我を直す。


しかし、独身男性の場合は生活保護に安住してはいけない。

怪我や病気が治らないなら話は別だが、健康体なら例え割に合わなくても働き先を探す事をおすすめする。


往々にして男性の場合は本当に、精神が、腐っていく。

本当に、腐っていくのだ。


女性の場合は案外自然に仕事を探す。シングルマザーなら働くことはできなくても結構マトモに生活をしていたりする。

ただ、健康な独身男性が生活保護を受給し続けるのは、マズい。

何の統計もないが、経験則で言える。


なぜか態度が尊大になっていく。尊くも大きくもないのに、だ。


ここまで書いたが、一つ一つの解決に向けて福祉制度や支援団体を頼る事が大切だと思う。

借金や家賃未納等の問題を放置しない事。


現在の日本は、誰もが飢え死にやホームレスにならないで済む制度を維持できている。

たとえ生活保護等の福祉制度にどれだけの不備があっても、どれだけの問題点が指摘されていても、頼るべき機関や組織を間違えなければ飢え死にはしない。


それがいつまで続くのかはわからない。ただ、まだ現在はその制度を維持できている。


これはとてもありがたい事だ。


ありがたい事だが、30年後もそうであるとは思えない。30年後に今の福祉制度がより良くなっているとは思えない。もっと悲惨なものになっているように思う。


飢え死にしない方法、ホームレスにはならない方法を今回書いた。

それは書ける。


だが、幸せになる方法はまったくわからない。


誰か私に教えてくれ。

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