第24話 昏い趣味と、困窮した家庭の娘は可愛い娘が多くないか?という話

現在の中高生の中に「ヤンキー」というカテゴリーがあるのか、私は知らない。

もちろん米国籍の生徒という意味ではない。

所謂不良を称してのヤンキーの事だ。


私の世代ではたくさんいた。

私は地方都市の出身だし、そういう時代でもあった。


当時私が通っていた学校では、どちらかといえば可愛い女の子にヤンキーが多かったという印象がある。


もちろん全てがそうではない事は承知しており、偏見をもっているわけでもないと言い訳もした上で書くが、家庭環境があまり良くない娘が多かったように記憶している。


本当に偏見に満ちたヒドい文章だ。

家庭環境や経済状態がどうだろうと真面目な少年少女はたくさんいる。

それでも、私の記憶に微かに残る可愛いヤンキー少女は、あまり家庭環境が良くなかったり、経済状態が良くない子が多かったように思う。



201*年。初夏。東京都W市。賃料14万。契約者 男性D。45歳。

妻、娘2人の4人で生活。

駅からも遠ければ都心までも普通電車で1時間はかかる戸建物件。

駐車場もついており、新築だが、私なら住みたいとも買いたいとも思わない。


お世辞にも便利な立地でもないが、それでも買えば4000万は軽く超えるのが東京の戸建価格。当然賃料も高い。

延滞は3ヶ月目を迎えていた。



世の中にたくさんの家賃保証会社がある。

正確な会社数を私は知らないが、社員に防刃チョッキと防刃手袋を着用させて客先へ訪問させているのはたぶん1社だけではないかと思う。


そんなに危険な所なら、そもそも訪問させる事が問題ではないのか? と思うのだが──警察や自衛隊じゃあるまいし、家賃保証会社の業務であればコストを度外視するなら客と対面は一切せずに解決する方法はあるのだから──ともあれ私の働いている会社は防刃チョッキなんて着せない会社でよかった。



しかし危険が全くないというわけではない。


私はサラ金で働いていた頃も含めてほぼ危険な目にあった事は無いが、それでも1度だけ、警察を呼んだ経験がある。


Dの仕事はいまもってよくわからない。東京都心のアクセサリー関係の会社との事だが、いつ電話しても誰も出ない。ホームページがあるわけでもない。

年収は1000万と申込書に書いてあったが、所得証明を取得しているわけでもないので実際は不明だ。

しかし1年程度は14万の家賃を遅れながらも払っていたのだから、それなりの収入があったのは確かだろう。

所有する車も、高級車とまではいえないものの良い値段のする外車だった。

平日昼間に自宅に駐車しているのだから電車で仕事に行っているのだろう。

であれば車が必要であってもそんなに高いものを買う必要はない。

見栄を張るタイプなのが理解できた。


延滞発生。3週間程遅れて支払う。延滞解消後またすぐ延滞発生。

このサイクルの時は電話にも出ていた。給料が遅れているからと、毎月25日あたりに支払ってきていた。

しかし2ヶ月分の延滞をする頃になると電話にも出なくなった。

私の担当範囲でも特に遠方だったのであまり行きたくはないのだが、訪問して驚いた。


出てきたのは中学生くらいの女の子。肩まで伸びた細い黒髪が印象的だった。ちょっと、驚くくらいの美少女。

そこらのアイドルを圧倒する可憐さだったと、誇張なく断言できる。



この経験は何度もある。

延滞客の家に訪問すると、それなりの確率で娘が美少女なのだ。


いや、これはもちろんあくまで私の場合、というのは理解している。

延滞(困窮)した家庭の娘は美少女である、などという方程式は絶対に成立するわけがない。

ただ、なぜか私の場合、この偶然が続く。

こういう偶然は他にもある。何故か私の担当する地域ではやたらと客が死亡する。

嬉しくもない偶然。だが──私の担当客はよく死ぬと、同僚は笑って口にする。


ともあれ、客の娘が美少女だからといって何が変わるわけでもない、態度に出すわけもない。

相手にとって私は得体のしれない男性である。

TVドラマのサラ金でもあるまいし、子供相手には延滞の話すらしない。


単に契約者宛の通知と名刺を渡して、両親の帰宅時間を質問し、帰るだけだ。

ほとんどの場合、帰宅時間はわからないと言われるが。そういう教育なのだろう。


3ヶ月目分延滞が溜まる頃には、その美少女と会う事もなくなった。

1階も2階もシャッターが常に閉じられており、水道メーターは動いているが、ガスや電気は停止している。

洗濯物が干されてもいない。およそ家族が生活している状況ではない。


そもそも、契約者の妻は、一体どこに行ったのだ。娘が出てきたことはあっても、妻の声を聞いた事もない。



夕暮れ時にそんな事を考えながら、ドアの金具部分にテープを貼る。物件への出入り──ドアの開閉──を確認するためだ。


それから敷地と建物を白紙に描く。

描くといっても、上空から見たと仮定して2次元的に大体の形が分かれば良いだけである。

建物は四角。それを囲む敷地も四角で、駐車場の位置も長方形を書くだけ。


賃料が高いので明渡訴訟を3ヶ月目で提起する事は決めていたし上司の許可も得ていた。

訴訟の資料として建物や敷地の図面が必要なのだ。


図面といっても上述したように簡単なものである。

マンションやアパートの場合はさらに簡単で、フロア全体で部屋がどこにあるかを示せればそれでいい。部屋の形なんてよくわからない事も多いが、単なる長方形で特に問題はない。

マンションやアパートの場合、専有する部屋の場所まで間違っていたらさすがに問題だが、それほど細かい図面は必要ないのだ。


こんなもの2分もかからない──念のため建物の外観も撮影する。

そこで、ドアが空いた。インターホンを3度鳴らしても出てこなかったのに、だ。


何をしているのか、と凄んできた。社名を苗字を名乗り挨拶する。今までどうしてたのか?と質問に質問を返す。

訴訟が準備されていると付け加えて。


「来月までまて」


それだけ言って車に乗り込もうとするので、根拠を質問すると──近づき胸ぐらをつかんできた。

そして軽く膝蹴りを加えて──「うるさいんだよ」


膝蹴りは全く軽いものだ。ダメージというのは一切ない。すぐに離れて、私は警察へ電話した。


客との交渉の際には常にレコーダーで録音している。

膝蹴りをされた、と一応口に出して録音する。


後から考えれば私も蹴り返せば良かったと思わなくもないのだが、私は絶対に自制してしまう人間なのだ。これは良い事なのか悪い事なのか、よくわからない。


警察に住所を伝えていると、再度近づいてきて私のつま先を軽く踏みつけてきた。


「警察呼ぶなら呼べよ」


うるせえよ、呼んでるだろ。


日本の警察は優秀である。15分くらいでパトカーがやってきた。

2人の警察官が私とDそれぞれに聴取を始める。


「コイツ、キチガイなんだよ! わけのわからない事ばっかり言ってやがる! 俺は何もしてない! コイツのアタマがおかしいんだよ!」

Dが警察官相手に怒鳴っているのを横目になぜ私がここにいるのか、状況を説明する。


「暴力を振るわれました。録音はしています。膝蹴りをされました」

本当に軽い膝蹴りなので、ダメージなどは一切無い事は言わない。


私は被害届を出して起訴して欲しいと言い張ったので、警察に行く事になった。そこで調書を取られた。

Dに関しては、全面的に否認を続けて、自宅前で事情を聞かれただけである。


会社からは起訴してほしいと言い続ける事を指示された。

当然で、警察沙汰でこちらが被害者であれば、仕事の交渉としてこれ以上有利な立場はないからだ。


ただ、録音は警察官にも聞いてもらったが、明確に暴行の音が入っているわけでもない。

私自身にそれまで経験がなかったからなのだが、もっともっと明確に明白に「膝蹴りをされた」とか「痛い」という点を強調しておけば少しは違ったかもしれない。

私のレコーダーの記録は、あまり証拠にはならないなと自分でも思った。


22時を過ぎる頃、警察からの質問や調書作成が終わった。

私を担当した警察官は私の目をまっすぐに見つめて、言った。

「あなたの悔しい気持ちはわかります。ただ、起訴されるどうかはわかりません」


結論から言えば、起訴になんてならなかった。

2ヶ月経っても検察で判断中と担当刑事にいわれた頃には、もうどうでも良くなって、それ以来進展を聞いてもいない。


その2ヶ月の間に仕事としてのDの件も解決していた。


Dと会った4日後に、契約者の妻と名乗る女性から電話が入った。

緊急連絡先が妻の親であり、契約者が妻から連絡をもらえるよう以前頼んでおいたからだ。


えらく気の強い口調で3点をにした。

・すでに娘と共に部屋は出ている。

・契約者とは離婚した。

・部屋にある荷物等で自分や娘のものはない。あとは知らない。


いまどこに住んでいるのか尋ねると、知り合いの男性宅に身を寄せているという。知り合いの男性の家、ねえ。


明渡訴訟が提起され、当然妻も被告に名を連ねる事になると説明すると嫌だという。

それなら、部屋を出て行っていると書面でも書いてください、住所教えてくれたら送りますからと伝えると、あっさりと教えてくれた。

東京都 L市のマンション。


別に特別な書面などなく、単にすでに部屋を出て行っていると書いたFAXをもらっても良かったし、そもそもそんなもの書いたところで一応被告には名前は連ねる。

彼らの言葉を信用する方が土台無理なのだ。


だが確かに男性の家に身を寄せているのは事実なのだろう。美少女を連れて。

知り合いの男性……ねえ。


ちなみに出て行ったと書いた書面が欲しかったのは、もしもDが行方不明になった場合、部屋の残置物を撤去処分しやすくするためだ。



明渡訴訟(戸建てなので対象は土地・建物)は提起した。当然被告には妻も含めて。しかし判決は出なかった。

弁護士へ資料を送付した1ヶ月半後には物件への出入りがなくなったのだ。車もなくなっていた。

それから10日程経過した後も出入りはなく、警察を呼んで安否確認の名目で入室した。


室内は殆ど物はなく、夜逃げである事は明白だった。

本当に、伽藍とした部屋だった。ゴミしかない。


車は売ったと考えてもいいが、家財道具はどうしたのだ?


そんな疑問は物件内の残置物を撤去し、保証契約を終了させ、訴訟を取り下げた後も残った。


賃料が賃料だけに、延滞額は高額だ。

家庭が荒れていたのか壁に穴なども空いていたため、敷金は原状回復費用に充てられて当社の債権へ充当される事はなかった。


保証終了後の督促を行う部署は、当然高額な債権を優先して追跡する。


私はたまに記録を見る──201*年から3年以上経過しているのに、Dの住民票は異動していない。


普通、就職の際には住民票の提出を求められないだろうか?

Dが働いていた会社は、たぶん存在しない。入居当時はしたかもしれないが、3ヶ月分の延滞が発生する頃には消滅しているか、存在してもロクな収入が得られる状況ではなかったと思う。

であればどこかに転職をしなければならないと思うが、住民票が異動されていないのだ。

これは何を意味するのだろうか?

マトモな生活をしていないという事ではないのか?


繰り返すが、どこかへ家財道具を運び出しているのだ。

他の仕事で通りかかったので、契約者の妻が住んでいると主張したマンションを見たことがある。

とても戸建ての家財道具を運び込めるような広さの部屋があるマンションではない。


Dがどこかに、運び出したのだ。売ったとしても、まさか全て売れるわけでもない筈だ。残った家財道具は少なすぎる。しかし住民票は異動していない。

何処に運び出した?


たぶん、借金がたくさんあり、各社からの追跡をかわすため住民票を異動できないという事情もあるのだと思う。

そうでもなければ夜逃げした物件に住民票を置き続ける理由がない。


時々、債権を請求する部署の記録を見る。昏い趣味。


そして昏く笑う。ざまあみろ、オマエはマトモな生活は送れていない。


これからも死ぬまで、マトモな生活を送らないでくれよ。昏く笑う。


ザマアミロ。ザマアミロ。



ただ、こんな思考は明らかに自身の幸福を遠ざけると思う。嫌な事はさっさと忘れるべきだし、他人の不幸を願っても幸せにはなれない。


私はこれをここに書く事で、こんな昏い趣味をやめる事ができそうだ。


私は幸福へ近づけるだろうか。近づけている事を願う。

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