第23話 性風俗産業に生活防衛機能はあるか?

「毎日毎日エロい事ばっかり考えてると、アタマが変になるんですよ」


若い女性に面と向かってこんなセリフを言われる事はそうは無い。

「毎日毎日エロい事ばっかり考えているのか……」──と、相手がお客でなければ興奮もするかもしれないが、今の私の頭は仕事用。


「そういうものなんですね……」──とだけ返答する。



年齢は26歳。細身とはいえないが、肉感的と表現もできるスタイル。

表情は冴えないし美形とまでは言い難いが、十分に男の関心を引く顔立ちだと思う。

メイクをしていない今ですらそうなのだから、仕事用にメイクアップすれば尚更だろう。


東京都 L区。O駅。女性R。16時。

東京都でも屈指の乗降客数を誇るO駅前で、滞納している1ヶ月分家賃の半額を受け取る。

これからデリヘルに出勤だという。


性風俗に従事しているのは知っていた。

この年代の人間にありがちな、とにかく電話に出ず、SMSでばかり連絡してくる。

面倒くさい。


Rは、精神的に危機に瀕している事を自認していた。メンタルクリニックにも通っていて──面と向かって会うとそうは見えないが──感情が異常に浮み込む事が多いという内容のメッセージを、以前もらっていた。



家賃は75000円。東京23区の中でも賃料帯は下から数えた方が早いD区の物件。

75000円という金額は、高くはないが、安くもない額。

オートロックで1K、外観はキレイだが中身はペラペラなマンション。


私は絶対住まないと決めているマンションのシリーズだ。



入居開始から3ヶ月目で最初に延滞を発生させた。今は入居から6ヶ月目だ。

遅れながらも1ヶ月に1度は払うため、2ヶ月分の延滞になる事はなかった。

しかし今月はついに、半額しか払えなくなった。


ただ来月は1.5ヶ月分は必ず払えるそうだ。理由はマンガの原稿料が入るから。


──マンガ!?


私はマンガが大好きだ。さすがにテンションがあがる。原稿料が入るのならプロなのだろう。

一体何のマンガなのだ?──エロ漫画だと回答された。


私はマンガが大好きだが、成人マンガまではカバーしてない事を残念に思った。

もしも成人マンガのマニアだったら──「まさかあの……○○先生!」と感激する機会を得られたかもしれないのに。無知とは悲しい事である。


再度頭を仕事用に切り替える。

私はマンガが大好きだが原稿料とかの相場がわかるわけではない。

出版不況はマンガにも及んでいるとは聞くし、少なくとも売れっ子とは思えなかったので──原稿料というもので本当に払えるのか? と尋ねる。


エロ漫画に関しては、描けば原稿料は入るという。掲載もほぼ確実にしてもらえる、との事だ。それは凄い事なんじゃないかと思ったが、よくわからない。


掲載誌は、聞いた事もない雑誌。



今までは、デリヘルの仕事、エロ漫画の仕事の二本立てで生活をしていたのだ。

そこで冒頭のセリフが出た──「毎日毎日エロい事ばっかり考えてると、アタマが変になるんですよ」


今回家賃を満額払えなかったのは、毎日毎日エロい事ばかり考えるとアタマが変になる──だからその生活を変えるため、普通のマンガを描くために、デリヘルの仕事を抑えていたからだとの事だった。

エロ漫画を描く事は本意ではなく、売れるから、好きではないが稼ぐ為だけに描いていると言う。デリヘルはやはり同じく、食う為だ。


デリヘルの仕事を抑え、普通のマンガを描く時間が増え──「エロい事を考える」頻度が減ったので精神が落ち着いたとRは言った。


「普通のマンガ」──ファンタジーとの事だ──を描くという目標へ向かっている事と直結しているかはともかく、私にもRの精神は安定して見えた。


デリヘルに出勤していく背中を見ながら、そう私は思ったのだ。


彼女にとってエロ漫画もデリヘルも食うための手段でしかなく、それはココロを摩耗させるもののようだ。

だが今は、普通のマンガを描くという目標が出来た。

だから私と直接会ってカネを渡すという心境にもなったのだと思う。以前の精神状態では不可能だった様子なのだ。ここ2週間は電話にも出るようになった。


私は、Rはとても良い方向に進んでいると思った。



性風俗産業に従事する女性も様々だろう。単に食うためとか、それしか仕事がないというネガティブな理由でなく、カネを短期間で稼ぐためとか、純粋にスリリングな副業としてとか、好きでしている人もいるのだとは思う。


ただ、性風俗産業の問題は──これは性風俗産業が悪いという事ではなく──完全にその仕事に不向きではあっても、そこでしか働けない人が存在する事なのじゃないかと思う。

薄給、激務のブラック企業は沢山ある。

ただそこはブラックであるが故に、辞めても他に、似たような薄給でもいいなら、仕事はあると思う。


しかし性風俗産業はそうではない。あれ程に勤務時間の自由度が効いて、他の店にも移りやすく、場合によれば寮も用意されている仕事はそうは無いだろう。


Rは長く働くつもりがないので寮には入らないといっていたが、それでも入りたければ入れるのだ。


こんな仕事はそうは無いように思う。


ただ、メリットもあるのだろうが、同じくデメリットも、あると思う。


デリヘルで働いて家賃を払う女性は多い。


フルタイムで働いていても家賃が払えない男性や中年女性が、休日に派遣のバイトをする事も多い。

派遣の仕事も中抜きなど様々な問題があるのだろうがこの場合は、緊急に日銭を稼ぐという生活防衛機能の役割を果たしているとも思うのだ。


ただ、家賃が払えないから性風俗産業で働く女性の多くは、どう見ても精神が摩耗していっているように思う。それは、生活防衛機能を果たしているとは言えないだろう。

ココロがぶっ壊れたら話にならない。


それは彼女にとって性風俗の仕事が向いてないという事なのか、誰もがそうなってしまうのか──私は男だし、性風俗産業で働いた事もないので、わからない。


ただ、性風俗産業で働かざるを得ない人は、いる。


以前キャバクラで働く人々が不当な扱いを受けないよう組合を作るというニュースを観た。

このユニオンには問題が多々あるそうだが、組合を作るという発想そのものが悪いとは思わない。


性風俗産業で働かねばならない人々も同じく沢山いるのだから、精神が摩耗されないように、もう少し何とかならんかと思う。



Rの精神状態は良化していたのは確かだ。ただ金銭的には、家賃の半額しか払えなかった事からも、悪化しているのだ。

デリヘルの出勤回数を減らしているのだから当然だ。


来月原稿料が入るとはいえ、少なくとも現時点では悪化している。


短期的に経済的良化を目指すなら、エロマンガを描いてデリヘルの出勤回数を増やせば良い。しかしそれではやはり、精神が摩耗する。


どうすればいいのだろう?


たぶん性風俗産業は日本から絶対無くならない。


日本の国力が衰えれば衰える程、少なくとも外国人相手の性風俗産業は盛んになると私は確信している。


無くならないのだから──組合という回答が正解なのかは知らないが、生活防衛としての一つの手段となるよう、何か良い方法はないのかと思う。


皆さんは性風俗産業が生活防衛の場となる事に反対だろうか?

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