第22話 君は誰かと縁を切った事があるか?

2012年、弁護士の宇都宮健児氏が都知事選に立候補した。


「コイツにだけは投票すんなよ」──年配の社員が言った。

家賃保証会社の回収担当者によく居る、働いていた消費者金融が倒産して転職してきた人間だ。


宇都宮健児の名を耳にして、感慨深いものがあった。


詳細は省くが、彼は所謂グレーゾーン金利が撤廃された改正貸金業法の成立に尽力した一人だという。

確かにたくさんのTVにも出演していた。


過払い金返還請求という言葉を聞いた事が無い人は稀だと思う。

TVでもラジオでも、たくさんのCMが流れている。今でもだ。



サラ金業界の人間にとって問題だったのは改正貸金業法の成立ではない。金利の引き下げにしても、例えば出資法の上限金利の引き下げであれば過去何度も行われている。

(私がサラ金で働き始めた頃ですら、39.785%の遅延利息を取る事もあったのだ)


そんな事があっても貸金業者は増え続けた。そして働いていた人間にとってもグレーゾーン金利──出資法上限と利息制限法上限の狭間──が、どう考えてもおかしなものである事は認識していた。


問題だったのは、これに先立つ最高裁判決から乱発され始めた過払い金返還請求──過去に遡及して返還を認めるという無茶だ。

それが多くの消費者金融・信販会社の命脈を絶った。



この返還請求が認められる事自体、財産権の侵害ではないかとも言われる。

(消費者金融・信販会社が過去支払った法人税が返ってくるわけでもない)


が、宇都宮健児氏やその他たくさんの弁護士、司法書士は債務者や過去債務者だった者を煽りに煽った。今でも煽り続けている。


大量の訴訟が提起されそして、それは認められて多くの消費者金融が破綻した。


確かに宇都宮健児らは多くの多重債務者を救ったかもしれない。

ただ多くの消費者金融・信販会社で働く社員を失業させ、その家族を困窮させたのも一方の事実だ。


私は彼らを非難しているのではない。

私は社会正義の実現より自己一身の利益を優先する人間の方に理解や共感ができる。


であれば、彼らがビジネスとして過払い金返還請求に邁進したのは、それはそうだろうとは思うのだ。


もちろん彼らはビジネスとして貸金業者の財産を接収したいんです、なんて事は言わない。社会正義の実現のような綺麗事を口にする。


私は、過払い金返還請求訴訟にも仕事として対応した。

だからただ、過払い金返還請求に対応した被告側(サラ金側)の会社員として率直に──「過去の債務まで遡及して返還させるという事が本当に認められるべきなのか?」という疑問だけは記録しておきたいのだ。


それは、消費者金融・信販会社で働く多くの社員を失業させ、その家族を困窮させても実現せねばならなかった正義なのだろうか?


これは人によって答えが別れるものだと思う。


ただ唯一間違いないのは、サラ金やクレジット会社から、弁護士や司法書士へ莫大な資産が移転されたという事だろう。彼らはとても儲かった。



ともあれ、過払い金返還請求の多発がきっかけとなり、多くの消費者金融・信販会社が破綻し、多くのリストラが行われた。


沢山の人が貸金業の仕事と縁が切れた。私もその一人なのだとは思う。




東京都K市。名前はL。性別は女性。78歳。単身世帯。生活保護者。

2年ぶりの延滞。


高齢者の延滞が唐突に発生すると、生死を疑うのは家賃保証会社ではありがちだと思う。


電話をかけるが全くでない。1週間ほどして、そろそろ訪問をせねばならんかと考えながら車を運転している最中、社内にいたアルバイトより連絡が入った。


緊急連絡先の息子へ電話をしていたのだが、彼から連絡があったというのだ。


2点の報告を受ける。


・契約者は先月死亡した。

・緊急連絡先である息子は契約者Lとは縁を切っている。


すぐに不動産管理会社へ連絡する。何も知らないという。家主も同様だ。

生活保護なのだから、K市福祉課へも連絡した。

担当者は「生死も含めて一切回答できない」との答えだ。


いや、死んでたら、部屋片付ける必要あるんですよ。死んでるか生きてるかわからないとこちらも動けないでしょう? 生きてるなら単なる延滞なのだから別に良いんですよ、と説明するが回答に変化はない。


役所はいいよな。仕事でどんな無駄、ロスが発生しても良いんだろうけどさ、こっちはそうはいかないんだよと胸中で毒づく。


さて、それならばまずは住民票を取得する。


さすがに明確に死亡を確認しないと部屋に入るなどできない。


結果からいえば、確かに亡くなっていた。


改めて、緊急連絡先の息子へ電話する。

ここで後悔──縁を切っているという情報を過大に解釈して連絡を控えていたのだ。

もっと早く電話すれば良かった。


聞けば確かに、彼も彼の兄弟も母親とは縁を切っていると明確に断言する。


しかし、Lは病院で死亡している。彼は病院へ荷物の引き取りに行っているのだ。警察とも話をしていて、警察官同行でLの部屋にも入ったそうだ。

報告では「縁を切っている」というから音信不通くらいに考えていた。


彼は鍵ももっている。


郵送するよう依頼するが、ルーズそうなのでそれを待たずに大家から鍵を借りて家財道具の撤去を行う事にした。



緊急連絡先である息子は母親であるLと縁を切っていると再三言い放つ。

それでも、1年ほど前にカネがないと泣きつかれ、冷蔵庫と洗濯機は買ってやった、それはすでに搬出して売り払ったらしい。他にも兄弟がいるが、同様にLとは縁を切っているという。


残った家財道具に関しては関知しない、好きにしてくれ、全く関与しないと、Lの息子は笑いながら言った。



大阪府O市。名前はR。男性。36歳。生活保護者。家賃30000円。


延滞が続いていたが、やっと解消した。

「次からは遅れず支払えます」


生活保護費から家賃と、延滞した分を捻出し支払っていた。

確かに延滞は解消した。来月からは家賃扶助として支給される分だけを支払えば良いのだ。


うつ病で失業し、その3ヶ月後に生活保護の受給開始。延滞が3ヶ月分溜まっていたが、保護費を切り詰め家賃の延滞を解消させた。それは見上げたものだとは思う。

生活保護者は大抵、受給日から数日でカネを使い果たす。生活保護を受給する独身男性は特にその傾向が強いというのが経験則だ。パチンコ、酒、安い風俗。8万円程度の生活扶助(住宅扶助とは別)だって、数日間なら遊べる。



30代なら親も健在なのだが、Rと連絡が取れなかった時に父親に電話した──縁を切っている、二度とRの事で電話してくるなと怒鳴られた。これは、ありがちではある。ありがちではあるのだが、2つのパターンがある。


実は頻繁に連絡をしあっていて隠している。または本当に縁を切っている。


生活保護受給が決定する前にRと会って話したが、どうやら本当に縁を切られているそうだ。理由は、度重なる借金を肩代わりしてもらった結果だ。どうにも更生せず、現在はうつ病を患い、食費も底をついた。そして生活保護を申請したという。



以前、消費者金融で働いていた時、延滞が発生して2ヶ月目になっても連絡の取れない契約者がいた。どうしようかと思案し、父親の家へ訪問した。

払ってくれというつもりではなかった。昨夜電話をすると、詳しく話を聞きたいといわれたので訪問したのだ。職場の近所だったから。


私が働いている会社に対しては30万円の借入があった。しかし、たぶん他社にもある。それを父親に伝える。


「どうすればいいと思う?」


「弊社には30万と利息だけですが、他にもたぶんあるでしょう」


「いくらくらい?」


「申し訳ありませんが他社の分は私にはわかりません。もしかしたら弊社の分だけかもしれません……まあ、失礼ながらその可能性は少ないとは思いますが」


実際、借入の際に信用情報を取得するが、その時に金銭の借入は他社に20万円あっただけだった。

少なくとも当社でカードを作った際には、多重債務者とまでいえる段階ではない。

(とはいえ、そういう人が委任した弁護士から1ヶ月後に、17社800万円借入があり破産申立しますと通知が来る事は、多々ある。どうやって借りたんだ、何に使ったんだ、と思う)


「自己破産させた方が良いんじゃないですか?全体額はともかく、払えないのは事実でしょうし」


「けど、あんたの会社だけだったら30万だけなんだろう?30万で破産なんて…それは、何のために生まれてきたんだって話だろう」───父親は涙声で言った。感情が高ぶりやすい人間なのか?と思った。

そして胸中で苦笑した。そうだな、あなたの息子は何のために生まれてきたんだろうな。


それは、誰も彼もたぶん同じだ。何のために生まれてきたのか。誰も知らない。


この父親は即日30万と利息を用意して支払った。息子に二度とカネを貸さないでくれと懇願して。


別に、破産までしなくても債務整理の方法は他にもある。

ただ、この債務者の場合はまだ借金ビギナーだったようだ。だから父親もすぐに支払った。


たぶん、いや必ず、いずれこの父親も息子を見放す時がくる。

父親から支払いを受けてお礼を言いながら、そう思った。

いずれ、この父親と債務者──息子の縁は切れる。




あなたは「俺は○○とは縁を切った」と人に伝えた事があろうだろうか?

私は無い。


いや、縁が切れている人はもちろんいる。もう二度と会う事がないだろうと思える人はそれなりにいる。


喧嘩に近い別れ方をした相手も、昔いた。


しかし、だからといって「彼らと縁を切ってます」など、他人に宣する事はまずない。


なぜなら、わざわざそんな事を言う機会がない。

○○さんとは会う?──と、仮に二度と会う事がない相手の事を質問されても──「いやあ、全然会ってないですね」くらいだろう、回答は。


縁を切るなんて、そうそう使う言葉ではない。


当たり前だが離婚を別にすれば、縁を切るとは、単なるレトリックであって正式な手続きがあるわけではない。


単なる感情の発露ではあるのだが、それでも縁を切る相手など、そうそう見つかるモノでもない。


その相手が母親だったり息子だったりする事は──私の仕事ではよく聞くが──稀だろう。


母親や息子と縁を切る瞬間。その瞬間はいつなのだろう?


それがいつであっても、ロクなものではない。

だが往々にして縁を切る側より切られる側に問題があるようには見える。これは私の仕事のせいなのかもしれないが、そう見える。


息子から、親から、縁を切ったと宣言される生き方でも、幸せにはなれるのだろうか。


なれるのならば、それは悪くないように思える。


ただ巨万の富でも手にしているなら話は別だが、そうでないなら、どうみても幸せになれるとは、思えないが。

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