第10話 最強者

消費者金融で働いていた頃、どうにも関わりたくないお客様方がいた。


たぶん日本で最も有名な広告代理店「**」。


大手消費者金融で働く前に私は、小さなサラ金で働いていた。

そこには**の社員なんてお客はいなかった。


大手の消費者金融で働くようになって、彼らに督促をするようになった。私は**の社員が嫌いだった。



勤務先情報がこの会社というだけで警戒した。


なにせ経験上、ここで働いている連中の誰も彼もが、本当に嫌なヤツだった。完全にイカれていた。どう贔屓目に見てもだ。


いきなり奇声をあげる。

どれだけ考えてもさっぱりわからない理由で、唐突に激昂する。

そしてひたすらプライドが高い。


こっちは単なる督促だよ。

別に強い言葉も失礼なセリフも言ってないだろう?私も仕事なんだ、それくらい心得てるさ。


そんなに興奮するなよ、まあ落ち着けよフレンド。

が、あちら様はただただ電話口で狂化している。そして私はあっけに取られている。


日本人同士の会話とはとても思えなかった。


この会社の連中や出身者がTVに出演し、したり顔で世間様にモノ申している事がある。


「まずあんたの同僚や元部下を矯正しろよ」と思ってしまう。



面倒臭い連中の梁山泊ともいえる会社、というのが当時の印象である。

とはいえ確かに年収の高さは相当なもの。

面倒臭いオッサンも、ネットで調べると大した仕事をされている。


使ってるカネも凄いと思った。


一応会社員である。それがよくもこんな額を使えるな、というレベルの人間もしばしばいた。

それを維持できる年収なのは羨ましいが、どいつもこいつもアタマがイカれていたので、この会社に所属する連中を私は好きにはなれなかった。



しかしそれは、消費者金融の頃の思い出話。

もう私が離れた業界の話。



今、私は恐怖している。



消費者金融で働いていた頃には想像もしていなかった職業の連中に。



延滞から半月。連絡がつかない。

東京都R区。20代前半。女性[W]。単身世帯。家賃85000円。

入居より3ヶ月目。月収──20万?

何の気無しに勤務先に電話する。「株式会社****」。


電話口に出た女性が答える。そんな名前の人間は弊社には在籍していないと思います。


消費者金融と家賃保証会社の審査の違いを一つあげるなら「勤務先への在籍確認をするかしないか」が、ある。

消費者金融は、社名を名乗るか名乗らないかはともかく、在籍確認は──「基本的には」──行う。



家賃保証会社は──「本当に」──行わない事がある。なぜか?


在籍確認を行ったことによって、部屋を借りたくないと言い出されては不動産仲介や管理会社が困るからだ。彼らは契約してもらってナンボの仕事なのだから。


家賃保証会社は保証は受けるし審査もするが、それでも契約締結の妨げになるような事はなるべくしない。

少なくとも家賃保証会社の営業サイドとしては、賃貸借契約締結=保証契約締結しないと数字にならない。


消費者金融は、顧客との間に誰も介在しないから審査も自己裁量で行えるという事もあるのだろう。

家賃保証会社は、商品を使ってもらう不動産の管理・仲介会社の妨げになるような事はできない部分がある。

とはいえこれも不動産会社と保証会社の力関係で変化するものではあるのだが。


更に、入居申込の時点では確かに在籍をしていたが、居住の審査が通った直後に退職するパターンも多い。


だから回収担当者としては、とかく信用できないし使い物にならないのが勤務先の情報なのである。



しかしこの女性の勤務先に関しては、なぜか頭にひっかかった。


私はどこかで聞いた事がある。


聞いた事があるぞ──と考えて、そうだ有名YouTuberが所属する会社だろうと思い至った。ニュースで観た記憶が残っていたからだ。


ヨシモトだのジャニーズだの、わかりやすい会社ではない。

そういう会社ならいくら私でも社員なのかタレントなのかもすぐに見当がつく。


だが、ああそうかYouTuberで有名な会社?


再度電話をかけ直す。女性の氏名を伝えて在籍しているかを質問する。社員にはいない。ただしYouTuberならわからないと。


もちろん、いくらなんでも本名もわからない相手のマネジメント契約などできない筈だ。だから調べればわかるのだろうが、得体のしれない電話の相手(私だ)に教えるわけもない。


では、契約者の氏名をGoogleに入力すると、確かに出てきた。

それなりに(たぶん)有名な美人YouTuberだった。

間違いなく、「****」所属のYouTuber。


便利なもので、彼女を追跡しているネットの住民がいろいろな書き込みもしていた。

彼女のYouTuberとしての月収は10万円程度だろうと記されていた。


それを信じるなら、何かバイトでもしているのだろう。

でなければ延滞するとはいえ、毎月85000円の家賃を払える筈がない。


私はYouTuberの実態をよく知らないが、誰でもそれだけで食べて行けるほど甘いモノでもなかろう、というのはなんとなくわかる。

だが動画をUpして10万ものカネを稼げるなら大したもんだと思うのは、私がオッサンだからだろうか? それとも、それくらい簡単に稼げるのか?

いずれにせよ私には関係のない話だ。


私はYouTuberの動画を見た事がほとんどない。

職場の若い子に、何気なくYouTuberのお客さんがいるんだ、と話してみた。


──知ってますか?今、「強制執行されてみた」みたいな動画もあるんですよ。


へえ、そんなのもあるのか、とは思ったが、よくよく考えれば恐怖であった。


「家賃保証会社の社員に督促されてみた」などの動画がUpされる可能性だってゼロではないだろう?



インターホンにはカメラもついている。それを撮影し、動画としてYouTubeにUpするなど容易いだろう。


私は督促で強い言葉は使わない。所詮は会社員。自分のカネでもないのに、強い言葉を使う連中を──それは督促を始めたばかりの若い子にも多いが──軽蔑している。


だから私の交渉を仮にUpされても、たぶん世間の人からの反感は大して買わないだろうな、という確信はある。


しかしそれでも、例えば私の月収が200万を越えているなら──ネットに実名をUpされるくらい仕方ないで割り切る。が、そんなにお給料もらってない。

人並みのカネしかもらってないのにUpされるのは嫌である。



Wが住むマンションのインターホンを押すたびに身構える。

カメラは当然ついている。

Wは常に、でてこない。電話で話したことすらない。全く出ない。SMSにも反応は無い。(SNSではない。念のため)

YouTubeには動画Upしているくせに。


Wには連絡が取れない。ただし毎月25日前後に支払いをしてくる。

バイトの給料日だろう。


Wには連絡が取れない。Twitterに四六時中自分の顔を投稿しているくせに。

俺はYouTubeでしかWの声を聞いた事がねえよ。


毎月毎月、これまで何度電話していると思ってるんだ?

たぶん、畏れ多くも天皇陛下ですら「そんなに電話を架けてくるならまあ仕方ない」といって応対してくれる回数を架けている。


Wは現在、延滞して翌月の25日前後に支払ってくるのが常だ。

だが、もし支払えなくなったら──「こんな督促受けてみました」「こんな督促のSMSが届きました」「延滞し続けたら内容証明が届きました」「訴訟されてみた」「執行官催告受けてみた」「強制執行されてみた」。


私はYouTubeの仕組みをよく知らないが、とにかく動画をUpしないと話にならない筈だ。

だったら、延滞してどうにも払えなくなったら、上記のような動画をUpしようとするのではないだろうか。

そこに映っているのはもしかしたら、私かもしれない。


それはとても恐ろしい。私はそんなにお給料をもらっていない。

そして何が恐ろしいと言って原状回復が不可能な事である。Upされたらハイおしまい、である。


私は恐怖している。YouTuber。


現時点で私の担当範囲に明々白々に「YouTuberでござい」と屹立するのはWだけである。

だが、誰だってなれるのだろう?私がこうして文章をUpしているように。


私に督促されてみました──そんな動画がupされないことを祈る。



これは皆が意識しているかはわからないが、現代の督促を業とする人間が等しく共有するべきだと思う。


あまり他人の幸せを祈る事もない私だ、それでも──W! 金持ちと結婚してくれ!



金持ちケンカせずという。そうすりゃ毎月延滞しないし、YouTubeで人を貶めるような事もしなくなるだろう?


頼むよW! さっさと誰か金持ちと結婚してくれ!



督促を業とする人間は人非人のように罵られる事がある。


我々も他人の幸せを祈ることは当然のあるのだ。だって単なるサラリーマンなのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る