第2話 マクロとメイドとうんちくと。

 アルバイトを始め、念願のカメラも手に入れ、今までとは違う日常に出会ったあの日から、早くも二週間が過ぎようとしている。

 学校生活や、始めたばかりのアルバイトで、日々の時間の流れが目まぐるしい。

 かといってそれが嫌という訳でもなく、むしろ新鮮で、充実した日々を過ごせていると思う。

 忙しくなったから折角買ったカメラを使うヒマが無いのでは、と思われるかもしれないけれど、実際のところは朝の散歩を日課にしてカメラを持ち歩くようになったので、今まで以上に健康的だと思うし写真も少なからず撮っている。猫とか。

 町内にある普通科高校に通っているので通学時間が短い分、朝の時間を有効活用できる訳。電車通学とかだったら無理なんだろうけどね。

 週末に私が相手にしてくれなくなったと、お父さんは嘆いていたけど、アルバイトがあるから仕方ないし、私の勉強の一環だと思って大目に見て欲しい。ていうかもうちょっと娘離れしようよ…。

 ともあれ今日は日曜日、土曜日と同様にアルバイトをフルに入る日だけど、マスターから昨日の時点で

「明日は常連さんだけのイベントやるから、ちょっと早めに出て来て。お昼ご飯出すからさ」

 と言われているので、いつもより早めに喫茶店へ向かう。

 不定期に行われるというこのイベントは、常連のお客さんにも協力してもらいポートレート、所謂人物写真の練習をさせてもらうというものらしい。

 ポーズ等を要求する事なく自然体を撮る練習なので、撮られる側の人には負担は少ない他、お礼として自家製のスイーツを一つ進呈しているそうだ。

 マスターの作るスイーツは結構評判が良くて、カメラには興味の無い一般の常連さんも、それが目当てで来店されることも多い。

 もちろん撮られるのが嫌と言う人は撮影しないけど、殆どのお客さんはスイーツ一品無料に惹かれて協力して頂けるみたい。

 撮る側の条件は逆に厳しく、SNS等やコンテストには出さない、場合によってはイベント後にデータを削除する等、一般の方に気を遣っている。

 それでもモデルを雇って撮影練習するよりは遥かに手軽なので、撮影側の参加者にも好評らしい。

 あと私も面白いなと思ったのが、撮影した写真をレジ前のPCで見れるようにしてあって、モデルに協力して頂いたお客さんにどの写真が好きか投票してもらったり、要望があればその方が写っている写真データを進呈しているそうだ。

 なのでこのイベントは、一般のお客さんとカメラ好きのお客さん、双方の利点の一致で成り立っているのだ。

 手が空いていれば私も撮影に参加して良いそうなので、カメラはちゃんと持ってきている。抜かりはない。

 そんなこんなでお店に着いてみると、イベントなのと天気が良いのもあってか、パラソルとテーブルがすでに用意されていて、オープンテラスが出来上がっている。

 こういう準備を手伝って欲しくて早めに出てと頼まれたのだと思っていたのだけど、何か別の理由があるのだろうか。

 試作スイーツの試食とかだったら良いなあ。

 そんな淡い期待を抱きつつ店に入る。

「おはようございます」

「あれ?おはよう、早めに出てきてとは言ったけど、えらく早いね」

「初めての事なんで、気になって早く出てきちゃいました」

 マスターがそういうのも仕方ない。なにせまだ午前10時なのだ。

「まだ例の物は到着してないんだが…まあそのうち来るか」

 などと独り言を言っている。

 例の物って何だろう。何やら嫌な予感がしないでもない。

「ま、ちょうど良いや、瑞稀ちゃん、翔子の部屋にこれ持ってって」

 と言って目玉焼き、ウィンナー、サラダのワンプレートと焼きたてのトーストをトレイに載せ、水筒とカップ二つをトートバッグに入れ渡された。水筒の中身はホットコーヒーだろう。

「まだ寝てたら叩き起こしてくれな、昼からアイツにも手伝って貰うから」

「はーい」

 という事なので、翔子さんの部屋へ向かう。

 翔子さんの間借りしてる部屋は、カウンター奥から住居スペースに入ってすぐの階段を上がり、三部屋ある一番奥の一室だ。

 真ん中の一室は軽い物置がわりになっていて、残りの一室がマスターの部屋だそうだ。

 間に物置として空き部屋を一室作ってあるのは、きっとマスターなりの配慮だろうと思う。

 おはようございまーす。翔子さん起きてますかー?」

 ドア越しに声を掛けてみたけど返事はない。きっとまだ寝てますね。

 トレイ片手にドアノブに手を掛ける。

 マスターを信用しきっているのか不用心なだけなのか、いつ来ても鍵はかかっていない。

「お邪魔しますー」

 部屋に入る。

 翔子さんの性格からは意外に思われるかもしれないけれど、結構片付いている。

 部屋の中には洋服ダンス、ベッドにテーブル、パソコンとプリンターなどが置いてある作業机。

 ただ何よりスペースを取ってて目を引くのが、カメラやレンズが入った大きな防湿庫と、その横にある三脚などに機材だ。あまり女子らしい部屋ではないと思う。

「翔子さーん、朝ごはん持ってきましたよー、起きてくださーい」

 そう言うとベッドの上でモゾモゾ動き出す。

 起きるのを待つ間テーブルにトレイを置き、一緒に渡されたトートバッグからカップとコーヒーの入った水筒を出し、自分の分を淹れる。

 すると後ろのベッドの方からドスンと音がした。これは落ちましたね。

「目、覚めました?」

 と振り返ると、すごく(´・ω・`)って顔してる。かわいい。

「おはよう、瑞稀ちゃん(´・ω・`)」

「おはようございます。朝ごはん持ってきたんで食べちゃって下さいね」

「あい(´・ω・`)」

 翔子さんの分のコーヒーもカップに注ぐ。

「今何時?」

「10時過ぎですね」

「んー?えらく来るの早いね。どしたの?」

 マスターから何も聞いてないのかな?

「なんか今日お昼からイベントするらしくて、早めに来てねって言われてたんですよ」

「…あー」

 これ絶対忘れてたパターンだ。

「それなら早く用意しちゃわないとね。いただきます」

 そう言って起き抜けにもかかわらず、モリモリ勢いよく食べ始める。

 いつも思うけど、こんなにいっぱい食べるのにスタイル良いから本当羨ましい。

 スタイル良い人って、どこにエネルギーを消費してるんだろう。

「ごちそうさま」

 と言って、もう食後のコーヒーを飲んでいる。

「さて、今日はどんなイベントになるのかなー」

 そう言って、どのレンズを使おうかと、防湿庫から出してくる。

「私、今回が初めてで勝手がわからないんですよね…」

「取り敢えずカメラ買った時のキットレンズで充分だよー、慣れてきたなら単焦点も使うと面白いけどね」

「一応、一緒に買った40mmマクロは持ってきました、まだ使った事無いんですけどね」

「そっかぁ、じゃあ後で一度使い比べてみなよ、世界観変わるよー」

 と言いながら翔子さんは、今回使うレンズが決まったようでカメラのレンズ交換を始めた。

 その時ふと目に入り気になった事があったのでついでに聞いてみた。

「翔子さんのカメラ、ストラップがネックタイプじゃ無いんですね。普段どうやって持ち歩いてるんですか?」

「ああ、私はハンドストラップとホルスター使って撮ってるんだよん」

 そう言って、レンズ交換の終わったカメラを渡してくる。

「ほら、一回構えてみ?」

 自分のより若干大きく、重量も存在感もあるカメラだけど、ストラップに手を通して構えてみると、ハンドストラップがサポートしてくれているからか、思ったより軽く感じる。

「あ、コレ楽で良いですね」

「でしょ?まあ落下の事考えると安心感はネックストラップの方が高いけどねー」

「うーん、見た目かわいいのがあって革製のネックストラップ買っちゃったんですよねえ…」

 付属品のストラップを使わずに、オシャレなのをと思い探して気に入った革製のストラップなのだ。

 素材が革なだけにそこそこ良いお値段もしたし、ハンドストラップもすごく気になるけど、今またストラップを買うのもなあ…。

「まあこういうのはある意味消耗品だし、使い込んでからまたチョイスすれば良いんだよ」

 などとアドバイスをもらっていたら部屋のドアがノックされた。

「おーい、起きたかー?」

 ドア向こうからマスターの声がする。

「バイト用の制服出来上がってきたからきてみてくれ」

「はいはーい、今行くよー」

 と、翔子さんがドアを開けに行こうと立ち上がるが、私はそれを

「あ、私が行きますから」

 と慌てて制止し、ドアを開けに行く。だって翔子さん、Tシャツにパンツだけなんだもん。本当不用心なのか警戒心が無いのか…。

「はい、これ二人分あるから、着替えて降りてきて。あとサイズの直しがあったら言ってくれな。」

 というか、いつの間にサイズ測ったんだろう…?

「わかりました」

 私は二人分の制服が入った袋を受け取り

「じゃあ下で待ってるわ」

 とマスターは去って行く。

 どんな制服だろう。可愛いのだと良いなあ。

 翔子さんと二人でワクワクしながら取り出してみた。

「え」

 確かに可愛いけどコレは…。


 -…しばらくして。


 着替え終わった私は住居スペースから店内に入るドアを開ける。

「マ、マスター。私にはこの服可愛すぎて似合わないと思いますよぉ…」

 いわゆるメイド服。黒白ではなく、濃い茶色のロングスカートにブラウスやエプロン、ソックスは薄いベージュと配色は私の好みだしご丁寧に靴まで用意されてたんだけど、問題はお腹と腰を絞るやたらと胸元を強調するデザインで、スタイルに自信がない私にはかなり恥ずかしい。

 でもマスターは振り返って私を上から下まで見て

「いやいや、凄く良いじゃない。サイズもイメージもピッタリだよ。流石徹ちゃん」

 するといつの間にか来店してた仲谷さんが、満足気に頷いている。

 なるほど、仲谷さんは仕立て屋だったっけ。ということはコレも仲谷さんのデザインなのか…。

「じゃーん!翔子ちゃん登場〜!」

 と、着替え終わった翔子さんは私と違い、ノリノリで店に入ってくる。

「どう?どう?たけちゃん似合う?」

「スタイル的にすっげー男の受けは良さそうだけど、お前のそのノリだと新鮮味は無ぇよな…」

「えー…」

 すっごい(´・ω・`)な顏してるよ。


 -


 昨日言われてた通り、お昼に賄いでハヤシライスとサラダを出してもらい、ちょっと早い昼食。つい1時間ほど前に朝ごはんを食べたばかりなのに、翔子さんは私と同じ量を平らげていた。

 どんだけ入るの。

 食事を済ませ、正午からシフト通り仕事に入る。

 常連さんと言えば既に仲谷さんはテーブル席に座ってカメラ弄ったり、試写したりしているし、割とよく見かける一般のお客さんも居る。

 そんな中、店のドアが開く。時間丁度に来たのは源田さんだった。

「いらっしゃいませ!」

「おー、瑞稀ちゃん。こんにちわ。それバイトの制服かい?いいじゃない」

 といって定位置ともいえるテーブル席に着く。すでに場所取りのように仲谷さんが座っていたテーブルの一席だ。

「いやあ、私が着ても着せられてる感が半端ないですけどね・・・。あ、いつものでいいですか?」

「おう。いつもので。しかしまあそんな謙遜するもんじゃねぇ。よく似合ってんよ」

「そうですかね・・・」

 苦笑い。自信ないからなあ

「ま、そのうちわかるさ。」

 言いつつ持参したカメラの取り出す。

 源田さんはいつもフィルムカメラなんだけど、今日はデジタルの機種のようだ。

 見た目はアナログな操作ダイヤルが上面の軍艦部(というらしい)にいくつか付いており、パッと見た感じだけだとフィルムカメラと見間違える。

 実際は背面に液晶画面があるのですぐわかったんだけど。

「はい、ホットサンドと、ホットコーヒーです」

 源田さんはウチの店で昼食をとることが多い。

「ありがとさん」

 仲谷さんと同じように、カメラの試写などを始めていたけど、手を止めて先に食事を済ませる。

 チリンチリン、また誰か来店されたようだ。

「いらっしゃいませ~」

 翔子さんが対応しているようだ。振り向いて見てみると香川さんだった。

「あれ?翔子ちゃん、今日は手伝い?」

「そそ、小遣い稼ぎー」

 ニヒヒと笑いながら言ってる。

「いつものところに源さん立ち居るからね~」

 この対応である。

 香川さんが席に着いたのを見計らって注文を受けに行く。

「いらっしゃいませ、ご注文いかがされますか?」

 と香川さんを見ると何やら顔が赤い。

「どうされたんです?」

「あ、いや、とりあえずアイスコーヒーとクラブサンドで」

 んん?

「アイスコーヒーとクラブサンドですね。少々お待ちください」

 よくわからないけど、注文を聞いたのでカウンター席のほうへ戻りマスターに伝えていると

「ちょっとちょっと、なんすかアレ。制服の瑞稀ちゃんヤバくないっすか?めっちゃ可愛いんですけど」

「何言ってんだよかがやん。瑞稀ちゃんは何着たって可愛いだろうが」

 かがやんは香川さんの愛称だ。

「自慢の孫みたいな言い方だな源さん」

「あの服って仲谷さんのオーダーメイドっすか?」

「せやで(ドヤ顔)」

「かがやん、手ぇ出すんじゃねぇぜ?」

「完全に孫やな」

 などという会話が聞こえてきて、今までこういう反応されたことが無かったので素直に嬉しい反面、結構恥ずかしい。

 挙動が落ち着かない香川さんに注文の品をお届けし、来店客の波が収まった頃合で私もカメラを持って、天気が良いのでオープンテラスの方から撮ろうと思い外へ出る。

 陽射しがとても暖かい季節になってきた。暑いというわけでもなく、過ごし易い程よい暖かさだ。

 こちらでは女性客二人がモンブランやティラミスに舌鼓を打ちくつろいでいる。

 もう片方のパラソルの卓を間に挟んで前ボケの効果を狙い、背景に店の壁を入れ、お客さん二人を真ん中よりちょっと右側に寄せて、ズームリングを広角側に回し、卓の高さにレンズを持ってきて一枚撮影した。

 お客さんも慣れたもので、レンズを向けられても意識する事なくお茶を愉しんでいる。

 次にズームリングを望遠側に回し、楽しそうにお喋りをしている二人を三分割構図を意識し、アップ気味に一枚ずつ撮る。

 ただ単に思うように撮るのでは無く、基本を押さえて撮ると、あとから見ても良いと思える写真になってる事が多い。

 カメラを買って数日後に言われたのが「見ていて疲れない、飽きない写真を撮る練習をする事」だ。

 その為の練習方法として

 1、水平がわかる物が構図内に有るなら、きっちり水平を出すこと。

 2、被写体をどう見せるか考える事

 3、取り敢えず三分割構図を覚える事

 4、カメラのシーンモードやフルオートに頼りきらないこと。出来れば絞り優先モード、シャッタースピード優先モードを使うと良い。

 5、露出の意味を時間を掛けてでも理解すること。

 と書かれたメモを渡されて、実際に応用して撮ってみたら、何気無しに撮っていた写真とは別物になってビックリした。

 その時は、三分割構図と水平を意識しただけだったのに、その二つだけでコレほど変わるのかと、基本がいかに大事かが理解出来たのだ。

 実際に見てて疲れる写真には水平が出てない事が多いしね。

 店内では他の人が撮影しているけれど、光量の落ちる屋内でよくフラッシュ無しの手持ちで撮れるなぁって思う。

 シャッタースピードを速くすれば暗い写真になるし、キリっとした描写にしたくて絞るとさらに暗くなる、ISO感度を上げれば明るくなるけれど、その分デジタルではノイズが多くなる。

 そうなってくるとシャッタースピードを限界まで遅くして、理想に近い絞りにし、ISO感度は出来るだけノイズが少なくなる所の設定で、後は手振れ補正機能を使って撮影するのだけれど、源さんに至っては手振れ補正機能が無い状態で撮っている。

 脇を締めるように構え、呼吸を止めてレリーズを押す、やってることがもうスナイパーだよね。

 私も店内で数枚試してみたけど、撮れた写真を確認してみるとやっぱりブレが出ている。難しいなあ。

 その後もチラホラと来店されるお客さんの対応をしていると、マスターに休憩を勧められたので手を休めることにした。

 休憩時の賄いにアイスコーヒーとティラミスを出して貰った。これ食べたかったからすごく嬉しい。

 翔子さんも隣に座って休憩を始め

「良いの撮れた?」

 と聞いてきた。

「テラスで撮ったのは中々良い感じだと思うんですけど、室内は暗くてうまく撮れませんでした…」

「そういう時は気分を切り替えて、マクロレンズで人じゃなく動かない物を撮ると面白いよー」

 そっか、物撮りなら被写体ブレは無いから、純粋に手ブレとの戦いになるだけなんだ。

「試してみます!」

 そうアドバイスを貰ったので、二本しか持ってない交換レンズの片割れである40mmマクロに付け替えてみる。

 今までは人や動物、風景を撮ることばかりだったので、今回が初めてのマクロなのだ。

 ズームレンズとは違って焦点距離が固定なので、自分から近寄ったり離れたりしないといけないけれど、その分描写力や開放F値が明るいなどのメリットもある。

 因みに開放F値っていうのは、そのレンズの一番明るい絞りの値の事で、数字が小さいほど光を取り入れる量が多いという事。このマクロレンズだとF2.8だ。

 まずは目の前にあるコーヒカップなど、カウンター席にある物を撮ってみる。

 明るいマクロレンズに換えたとはいえ、手ブレ補正も付いてないけど、絞りを開放しても結構キリッと写ってくれるのでシャッタースピードを速く出来るから撮りやすい。

 とはいえ、ちゃんと構えたりしないとブレやすい事に変わりはないんだけど。

 カウンターで撮ってて自然とやってたけど、肘を突いて一脚代わりに撮ると結構ブレが抑えられてた。後で聞いた話、マクロではよく使う方法らしい。

 それより驚いたのが、マクロレンズで撮った写真のボケ方だ。

 絞り全開で被写体に目一杯寄って撮ると、被写体自体でもピントが合ってる場所と合ってない場所の差が凄い。

 きっちり絞って撮ったら被写体はキリッと写って背景はズームレンズよりも大きくボケてくれる。

 店内の照明や反射した光が、綺麗に丸になって写り込み、ちょっとしたイルミネーションみたい。

「どうだね、瑞稀君や」

 ふっふーんと、何故か偉い人の様な口調で翔子さんが聞いてくる。

「正直言ってズームと単焦点でこんなに違うとは思ってなかったです。ズームレンズがあるのにわざわざ単焦点レンズ使う理由がわかった気がしますよ」

「レンズ交換すると全然違うものが撮れるからねー」

「そうですね。ちょっと他のレンズにも興味が湧いてきました(笑)」

「これでまた一人レンズ沼に足を踏み入れる犠牲者が…」

 ニヤニヤしながら怖い事言ってるよこの人…。


 -


 休憩の後も同じように仕事をこなしつつ、時間があれば色々撮った。

 夕方になってお客さんも随分減ったので、他の人が撮った写真も見せてもらう。

 源さんや香川さん、仲谷さんはこまめにレジ前のパソコンに写真を保存してて、お客さんの中にも気に入ったデータを貰って行く人が居たほど。

 どれも自然体で、作ったような仕草や表情では無い写真で、特に源さんの撮った写真は光の入れ方や影の使い方のレベルが違うと思った。

 さらに一番感動したのは、いつの間にか撮られていた私の写真。

 写っていたのは私とは思えないような表情を浮かべた、仕事をこなすメイドさんだった。

 この服も自分には似合わない、馬子にも衣装だと思っていたのに、写真の中の私は何も違和感が無い。それどころか似合ってすらいるように見える。

 窓から入る光が逆光になり、影も強調されているからか、ただのポートレートでは無く、絵画の様に仕上がっていた。

 香川さんも結構私を撮っていてくれたみたいだけど、やたらバストアップが多い気がするのは何故だろう?

「私が私じゃ無いみたいですねこの写真」

「そりゃ元が良いんだから撮り方工夫すりゃ更によくなるわな」

 なんて源さんは言ってくれる。

「女性のお客さん中にもこの瑞稀ちゃんが写ってるの欲しいって貰ってった人が居たよ」

 マスターまでそんな事を言ってくる。恥ずかしい…。

「でもなんで香川さんは私のアップばっかりなんですかね?」

 疑問に思ってたので聞いてみる。

「そこはまあ、本人に聞いてやってくれや。なあ、かがやん?」

「あー…、うん、まあ、ちょっと新鮮すぎて他に目が向かなかったんで…」

 モゴモゴと香川さんは答える。

「もっとお客さんも撮ってあげてくださいよ」

「俺は瑞稀ちゃんが撮りたかったの!」

 と言って、しまったという感じで香川さんは固まってしまった。

 マスターはニヤニヤしている。

 仲谷さんはニヤニヤしている。

 翔子さんはモグモグしている。

 源さんは指をコキコキ鳴らしている。


 …香川さんは逃げ出した!


 …しかし逃げきれなかった!


「お前ぇは中学生か」

 源さんに捕まった。

「だって好みな女子高生がドストライクな格好してんですよ!?撮りたいじゃないっすか!」

「「「「わかる」」」」

 みんなハモってる。

 男性陣はわかるけど、何故に翔子さんまで。

「あの、よくわからないですけど、撮って貰ったり似合うって言ってもらえるのは嬉しいんで別に逃げなくても」

 あんまりなので香川さんをフォローしておかないと!

「要は香川さんはメイド服が好きなんですよね!」

 …あれ?なんでみんな固まってるの?

「ああ…瑞稀ちゃんは自分のそういう事に関しては疎い子だったか…」

 とマスター。

「こりゃあ時間かかるぜ、かがやんよぉ」

 源さんもそんなこと言ってる。

「香川君、玉☆砕」

 翔子さんはいつものノリだ。

 当の香川さんは放心状態。

 よく考えると、何気に酷いこと言われてない?私。


 -


 お風呂も済ませベッドの上で、撮って貰った写真をみて悦に浸る。

 背景や服装、光の加減と撮る人の腕で、私みたいな被写体でも別人のように写っているのが何か嬉しい。

 帰宅した時にお母さんに見せたら

「あんた普段地味な格好ばっかりしてるけど、こういう可愛いの着たらそこそこモテるんじゃない?」

 って言われた。そうかなぁ?

 可愛いって言われるのは嬉しいし、モテるのはきっとまんざらでも無いんだろうけど、それでも今はカメラが楽しくて、そういう類の話は今のところあまり興味ないなあ…。

 自分が被写体でも、こういう作品って言えるような写真を撮ってもらったのは初めてだし、どう撮ったらこうなるのかという点でも興味深い。

 きっとこれは基本を押さえた上で、長年の培ってきたノウハウが成せる業なんだろうな。私ももっと勉強しないと。

 自分の撮った写真を見比べてみたり、撮ってもらった写真を見て、これはこういう風に撮ったのかな?絞りはいくつくらいなんだろう?そんなことを色々考えていたら睡魔が襲ってきた。すごく眠い。

 今日はいつもと違うことが色々あったから疲れたのだろう。

 耐え切れずにまどろみの中へ意識が落ちていく。

 そういうときに限って母に言われた

「こういう可愛いの着たらそこそこモテるんじゃない?」

 という言葉が脳裏をよぎる。

 そんな奇特な人が居たら良いね。睡魔で薄れていく意識の中そう思った。

 そういや香川さんが「女子高生がドストライクな格好」云々って言ってたなあ。

 ・・・あれ?なんか私、意味間違って受け取ったのかな?・・・まぁいいや・・・。

 睡魔に負けたのかその辺りから記憶が無い。


 -


 気づいたら朝でした。

 寝てしまう前に何かに気付いた気がするけど思い出せない。

 こういう時は思い出そうとしても無理なことが多いし、取り敢えず朝の支度をしよう。

 外に出て、朝の澄んだ空気を吸って目を覚ます。

 うん、雲はあれども良い天気。

 日課にしている朝の散歩に出かける。もちろんカメラも一緒。

 いつも同じコースを歩いていても、少しずつ季節は変わり、表情も刻々と変わってゆく。普段は気付かない微妙な違いだけど、全く同じ瞬間なんて無いのだ。

 それを毎朝好きなように切り取る。

 そしていつも思う。


 カメラは「とっても」面白いってね。


 ・・・オアトガヨロシイヨウデ(´・ω・`)

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