第1話 出会い

 「高いなあ・・・」

 この春、高校一年になった私、遠野 瑞稀は今、家電量販店で人生15年目にして初めての挫折を味わっている。

 中学三年間、本を買う以外に何に使うわけでもなかったお小遣いを毎月貯めて、手持ちのお年玉の残りと合わせて4万円を握り締め、意気揚々とお店に来たのだけれど、一番安い機種でも全然手が出なかったのだ。

 この間まで趣味らしい趣味は読書しか無かった私が、家電量販店で買おうと思い立ったものはカメラだった。

 コンパクトなデジタルカメラなら買える機種も幾分かあるのだけれど、私が欲しいと思って買いに来たのは所謂、一眼レフカメラだったのだ。

「お小遣い貯めるにしても、当分買えないなあ・・・」

 なるほど・・・、高校生で一眼レフカメラを持ってる人が少ない理由がよくわかりました。

 とりあえず、いくら眺めていても欲しい気持ちが高まるだけで、買えないことには変わりようがないので、落ち込みつつも店を後にした。

 私が住んでいる町はさほど大きくも無く、都会から見れば中途半端に発展した田舎なので、電化製品とかを買うのは近所の家電量販店というのが当たり前になっていた。

 周囲にカメラが趣味の人が居るわけでもなかったから、そもそも他に思いつくお店が無かったわけなんだけど。

 消沈した気分のまま、家に向かって歩いていると、しばしば利用する本の中古屋さんが目に入った。

「・・・あ、そうか。練習からスタートなんだから、別に中古のカメラでも良いんじゃないかな?」

 そう気づいた私は早速スマートフォンで近所で中古カメラを扱ってるお店があるか検索する。

 高校入学と同時にスマートフォンを新調してもらったばかりだから、両親にお小遣いの前借とかを頼むのは気が引けるんだよね。

「カメラ、中古販売、越科和こしかわ町、っと」

 検索をタップする。・・・ヒットした。 ・・・一件。

 一件・・・さすが田舎・・・。

「Photo's cafe TSURUTA・・・? え、喫茶店?」

 中古のカメラの販売を検索して、ヒットしたのが喫茶店だから戸惑いを隠せない。

 とはいっても他にこの町にカメラの中古屋さんがあるわけでもないし、場所的には歩いて15分位の所なので、とりあえずダメ元で行ってみよう。

 家電量販店から橋を渡り商店街の方へ歩く。

 この間までは通学でよく使っていた道だ。

 途中大通りに出たところを左に曲がり、<越科和商店街>と書かれた看板を目印に右へ曲がり、最近では滅多に行くことがない商店街へ入る。

 十年程前近くに大型スーパーマーケットが出来た影響で、この商店街も今では閑散としている。

 とはいえ、お米屋さんや酒屋さんは重い品物の配達もやってるから、スーパーには無いサービスで重宝され、成り立っているのだと思う。

 あとは商店街にもある喫茶店。

 そういえば最近は喫茶店が割にブームらしい。

 喫茶店のチェーン店も多くなっているし、そういうお店は初めてでも入りやすい。

 チェーン店ではない、個人経営の喫茶店というと、長年の常連客が憩いの場にして集まってるイメージが強い。

 でも、そういう個人の喫茶店って、初めて入ったときに常連さんたちから無意識に振り向いて見られるのが何とも苦手なんだよね。家族旅行で休憩で入った喫茶店でもそうだったし。

 などと微妙な出来事を思い出していたら、目的の喫茶店に着いていたわけで。

 <Photo's cafe TSURUTA> の看板と、よくあるコーヒーメーカーの看板。建物自体はそんなに目立ったものではなく、正直言うと地味。

 いや、個人的にこの地味さは結構好きだけど。

 ただ、他と違うのは、入り口付近のガラスケースに何枚もの写真が飾られているのと、<カメラ新品、中古扱います>の文字。

 期待より不安の方が大きいけれど、周りにカメラに詳しい人が居るわけじゃないし、相談だけでもしてみよう。

 ドアを開けるとチリンチリンとドアベルが鳴る。

 それと同時に数人居た常連客らしき人たちの視線がこちらに向く。

 これが苦手なんですよね・・・。

「いらっしゃい」

 マスターであろう人が、こっちこっちと手招きしてくれるのでカウンター席に腰掛ける。

 店内はさほど広くも無く、テーブル席が3卓にカウンター席が5席ほど。

 薄い茶系の色の壁紙や洋風の窓に、白いカーテン。

 イメージとしては、割と良くある地元の喫茶店。や、その通りなんだけど。

「こんなところにお嬢ちゃんみたいな若い子が来るなんて、珍しいこともあるもんだねえ」

 と、テーブル席に集まってた常連っぽい人たちの中で一番お歳を召してそうな、ムラなく綺麗に色の抜けた白髪の方がニコニコしながら話しかけてきた。

「こんなところって、まあ僕もそうは思うけど余計すよ」

 と、マスターも笑っている。

 この雰囲気、思っていたより意外とアットホームな感じで結構好きかもしれない。

「で、ご注文は?」

「あ、いえ、その・・・、お茶をしにきたわけではなくてですね・・・」

 そういうとマスターはちょっと不思議そうな顔をした。

 それはそうだ、喫茶店にお茶をしにきたわけではないんだから。

「えっと、ここで中古のカメラを扱ってるとネットでみて、どんなのがあるのかなとか、相談にのってもらおうかな、なんて思ってまして・・・」

「ああ、なるほどね」

 どうやら納得してもらえた様子。

「鶴ちゃん、取り敢えずコーヒーでも淹れてやってくれや。春っていってもまだ外は寒いしな」

 と、さっきの白髪のお客さんが一枚の券を差し出しながら言う。

「あいよ。源さんの奢りだってさ」

 と、マスターが「よくあることだから」と言って支度を始めた。

「え、頂いちゃっていいんですか…?」

「いいのいいの。年寄りが好きでやってんだから。若者がそんな事を遠慮しちゃあいけない。」

 ガハハと笑う白髪のおじさん。

「ありがとうございます」

「それよりも、ワシは源田信彦っていうんだがな、お嬢ちゃんの名前はなんていうんだい?」

「あ、遠野瑞稀っていいます」

「失礼ながら歳は?」

「15歳です。高校一年になったばかりです」

「はい、おまたせ」

 と、ホットコーヒーが置かれる。

「こっちはおまけな」

「あ、ありがとうございます」

 バニラアイスも出してもらった。なんかサービスしてもらってばかりだなぁ。

「僕は見ての通り、ここの店主で鶴田武夫っていうんだ。よろしくな」

「普段、若い子なんて殆ど来ねぇし、女子高生となると華があっていいねぇ」

「源さんデレデレですやん」

「い、いや私、他の娘達より地味だと思うんですけど・・・」

「ワシみたいな年寄りにはな、瑞稀ちゃんみたいな娘のほうが親近感湧くんだよ」

「それより遠野さん?」

「あ、瑞稀でいいです。友達にも名前のほうで呼ばれてるので」

「じゃあ瑞稀ちゃん、さっきの中古のカメラの話なんだけど」

 そうだった。すっかり流れにのってて本題を忘れるところだった。

「ウチの中古のカメラってさ、一眼レフやレンズくらいしか扱ってないんだわ。それに今だと正直、コンデジでなくても、スマホのカメラでも充分綺麗に撮れるんだけど、どういうのを探しにきたんだい?」

「一眼レフが欲しくて探しにきたんですけど、新品は予算オーバーしてて・・・。でもまずは早く練習したいから中古でも良いかなって思って」

「その予算は?」

「4万円は持ってきたんですけど、リサーチ不足でした・・・」

 うぐぐ、とうな垂れる。

「だから中古の相場も良くわからなくて・・・」

「まあ一眼レフだと新品は高いし、中古も物によっては高くなってしまうしな。高校生だとローン組めるわけでもないし、親御さんに簡単に出してもらえるような額でもないしなあ。ただなぁ・・・」

 と、マスターは申し訳なさそうに

「今、中古レンズならあるけど、中古ボディは在庫が無いんだよ」

 ガーン。

 想定はしてたけど堪えるなあ・・・。

「てか、なんでそんなに一眼レフに拘ってんだい?」

 と、源さんに聞かれた。

「・・・私って、今まで趣味って読書くらいしかなかったんです。ただ、その分、小説や漫画、画集や資料、とにかく何でもかんでも読んでたんです。」

 事実、図書館などに行ったりすると閉館まで居ることはザラなのだ。

 そのまま帰りに本屋に立ち寄ることも少なくない。

「そんな中で、海外の絶景的な雑誌を読んでて、読者投稿の写真がすごく綺麗で・・・それだけじゃなくて何て言うか幻想的で空間の広がりを感じて、プロじゃなくても頑張ればこういうのが撮れるんだってわかったら、自分でも撮ってみたくなったんです。で、投稿者コメントに使用機材が書いてあったから調べてみたら一眼レフのカメラだったんです」

「へぇ、どんな写真なんだろう」

 マスターが興味深々だ。

「あ、いつもカバンに入れて持ち歩いてるので、見てみますか?」

「見せて見せて」

 カバンからその雑誌を取り出し、付箋してあるページを開いてマスターに渡す。

 写真は南米ボリビアのウユニ塩湖という所で撮られたもので、普段は塩が砂のように一面に広がった乾いた湖らしい。

 世界で一番平らなところと呼ばれるこのウユニ塩湖は、雨季になると雨水が一面に薄く冠水し、風がなければ鏡のように周囲のものを写し出すことで有名のようだ。天空の鏡と呼ばれている。

 どちらが上下かわからないほど星空と天の川が水鏡に写りこみ、その中に椅子に座りながら天の川を見上げている人が、一人シルエットで小さく写っているのが目を引いた。

 投稿者の名前には「伏見 翔子」と書いてある。

 その写真のページをみたマスターが目を点にしている。調べてみたら割とみんな撮っている感じの写真だから、珍しいわけでもないと思うんだけど。

「源さんも見てみなよ」

 マスターが源さんに本を渡す。

 源さんも目を通して同じような反応をする。どゆこと。

「なるほどね。写真をやりたくなった理由はわかったよ。ただちょっと意地悪な言い方をすればコレ、一眼レフじゃなくても工夫次第で撮れるけど、それでも一眼レフがいい?」

「むしろ一眼レフしか考えてないですね」

「何故?」

「・・・まじめにカメラやってる方に怒られるかもしれないですけど・・・格好いいじゃないですか。こういう写真を一眼レフで撮ってる姿を想像するだけでも」

「上出来だぁ」

 源さんは笑いながら続ける

「ちゃんと練習して勉強して上手くなる、その気がありゃあ後は、やる気を保つ為の理由が必要だ。格好いいってのは充分やる気出るわな」

「で、ですよね。でもまだ肝心のカメラが買えてないから・・・、アルバイト始めてお金貯めるかしないとですね」

「ん?アルバイトするの?」

 マスターが反応する。

「流石にお小遣い貯めて買うにしてもかなり時間かかりそうですし、いっそアルバイトで貯めた方がいいかなって思ったんで。」

「ふーむ・・・」

 マスターが何か考えている。

「時給900円」

 いきなりそんなことを言い出す。

「それでいいならウチでバイトする?」

「おっ、久々の看板娘かい!」

 源さんのテンションが上がる。

「学校が終わってからの20時までと、土日は12時から20時まで。学業優先でシフトは言ってくれれば休みも融通利かせるよ。どうだい?」

 どうだい、と言われてもアルバイトをしたこと自体無いので判断のしようが無い。

 ただ、休みも融通してくれて、学業優先というのはありがたい。

「なんかすごい高対偶な気がするけど良いんでしょうか?」

「瑞稀ちゃん目当てで来るお客から搾り取るから平気平気」

 とマスターは笑っている。

 悩んだところで、どの道アルバイトは探すわけだし。

「じゃあ・・・お願いしていいでしょうか?」

「ん、明日から来れる?」

「大丈夫です」

「んじゃ決まりな」

 なんか、トントン拍子でアルバイトが決まっちゃったけど、雰囲気いい場所って分かってるからこれで良かったと思う。

「あとは、中古のカメラのことなんだけど・・・」

 とマスターが言いかけたとき

「たっだいまぁっ!たけちゃん!ご飯っ!」

 と女の人が勢いよくドアを開け入ってきた。

 そのままいつもの事のようにカウンター席に座る。

「ちょっと待ってな」

 私に言ったのか、女の人に言ったのか。マスターも来るのが分かってたかの如く、メニューも聞かずに用意し始める。

 お店に入ってきた時の勢いは何処へやら、当の本人は座った後、電池が切れたように動かずカウンター席で突っ伏している。

 海外の人ではないだろうけど、色素の薄い癖っ気のある茶色の髪で、肩に届かないくらいまで短くカットしてある。まだ肌寒いのに、ホットパンツにタイツという組み合わせは中々活発的に見える。

 そこそこ容量のありそうな肩下げバッグも持ってるし、どこかに出掛けていた帰りなのだろうか。

 ってあんまジロジロ見るのも失礼だよね。自分もそういうのが嫌なはずなのについ観察してしまうのは悪い癖だと思う。

「おーい、出来たぞー」

 マスターが出したのはオーソドックなオムライスだ。

 ・・・量以外は。

 男の人の二人前くらいの量はありそうなオムライスに、軽く焦げ目がつくくらいに揚げたスライスガーリックがふりかけてある。

 ニンニクって食欲そそるし美味しいけど、食べた後が気になっちゃうんだよなあ。

 ガバッっと起きて

「いっただっきまっす!」

 とものすごい勢いで食べ始める。

 そんな勢いに呆気に取られつつ、この量を食べてもこんなにスタイルがいいのはうらやましいと思ってしまった。

「ごちです!おいしゅうございました!」

 早っ!数分で平らげちゃったよ。

「もうちょい味わって食いやがれよ」

「充分味わったし~、ニンニクカリッカリでいい感じでしたぞ」

 と、お冷を飲み干す。

 そんなやり取りを見ていたらふと目が合った。

「おやぁ、見ない顔だね~。こんなところに女の子なんて珍しい~」

「お前が言うなよ・・・、お茶しに来たんじゃなくてカメラ探しにきたんだってさ」

「おお!今流行のカメラ女子だね!」

「・・・まぁいいや」

 マスターは何か言いたげだけど、話を続けた。

「まあ丁度いいところに帰ってきたわ。翔子、お前こないだ出たカメラ触ってみたいって言ってたよな?」

「まぁデモ機があるならいじくりまわしてみたいけど、上位機種持ってるし買わないよ?」

「おう、丁度訳ありでデモ機にしようとしてるのがあるんだg」

「触る」

 何か言い切る前に即答してるし。

「ちょっと持ってくるわ」

 そういってマスターが店の置くへ取りに行った。

「・・・ふーん。なるほどねぇ」

 女の人は何かに気づいたのかニヤニヤしながらこっちを見てる。

「な、なんでしょう?」

「そのうちわかるよ~」

 うぐぐ、はぐらかされた・・・。

「ほらよ、コイツ」

「よーし!開封の儀だ~!」

 テキパキと開封する。

 中には分厚い説明書や充電器やコードなどの付属品、そしてカメラ本体とセットのレンズ。

 最近出たばかりみたいに言ってたけど、さっき家電量販店では見かけなかったなあ。

 あと、見てたやつより一回り大きいし、何て言うか強そう?

「バッテリーはお前さんのと一緒だから、自前の使ってくれ」

「はいはーい」

 すると彼女はさっきの肩掛けバッグの中から小物入れを取り出し、<Ⅰ>と書いてあるキャップが付いたバッテリーを取り出す。

 それを慣れた手つきでカメラ本体に入れる。

「あ、レンズも自分の使った方がいいよね?」

「そうしてくれると助かる。」

 すると次は大きめのレンズをバッグから取り出しカメラに装着する。

「準備完了〜、さてこの子はどんな感じの子かな〜」

 何やらダイヤルやボタンを操作し始める。

 シャッターボタン押せば良いってものじゃ無いのか。

「へぇ〜、丸窓ファインダーに慣れると角窓はアレだけどファインダー自体は見易いねえ。AF点も多いし、前型より見た目は簡素化されたけど中身は良いね」

 カシャン、カシャン。

 シャッター音が聞こえた。

「あーやっぱ私、このメーカーのシャッター音が好きだなあ。」

 シャッター音で好き嫌いあるんですか。すごい世界だ。

「肝心の撮れ方は…っと、上位機種とセンサーも画像処理も一緒だからやっぱり色の出し方とかもよく似てるね」

 と言いながらマスターに返却する。

「どう思う?」

 マスターが彼女に問いかける。

 どうも何も、さっき言ってたのが感想なんじゃないのかな?

「良いんじゃないかなあ?最初は難しいだろうけど、勉強する気があるならどの道コレ位は欲しくなってくるだろうしね~。」

「だよなぁ。よし」

 そう言ってマスターはこっちを向き

「ホラ、瑞稀ちゃん。中古のカメラが出てきたぞ」

 と、デモ機にしたカメラを差し出してくる。

 は?

「え?えええええ!?」

「いやホラ、カメラ欲しいんでしょ?」

「それはそうなんですけど、それ新品じゃないですか!それにデモ機って」

「電源入れたし、シャッター切ったしデモ機にしたからもう中古だよ」

 マスターハ、スゴイ、イイエガオ、ダ。

「ち、因みに、お幾らなんですか?」

「レンズキットだし中古で10万くらいかな?」

「買えませんよ!半分もお金持ってませんって!」

「え?たけちゃんどうすんの?私、買わないよ?」

 彼女もそう言ってる。

「瑞稀ちゃん、ウチでバイトするんだから、毎月のバイト代から5000円ずつ天引きで良いよ。」

「おっ!バイトするんだ?看板娘だね!」

「いやいや、それじゃ迷惑かけちゃいますから…」

 などとやり取りしていると、事の成り行きを見守っていた源さんが

「鶴ちゃんはカメラの商売の方は趣味でやってるだけだから気にすんな。払わなくて良いってわけじゃ無いし、前借みたいなもんだ」

 と背中を押すようなことを言う。

「どうせ買うつもりだったんだろ?別にいいじゃないか」

 マスターも後に続く。

「むむむむむ・・・」

 今までこういう風な買い方したことないから気が引けるけど、ローンとかこういう感じなのかな・・・。

 でも、いずれは買うつもりだし、結果的には変わらないし、わからない事があればここで聞けるし・・・。

「わ、わかりました・・・。買わせていただきます!」

「よし、決まりな」

「とりあえず、持ってる分だけ払ってもいいですか?」

「いや、全部天引きで良いから、そのお金使うならこっちの中古のレンズを安くしてあげるから買っておきな」

 と言ってマスターは一本のレンズを取り出してきた。

「フルサイズ換算で60mmの、と言ってもよくわからんだろうが、40mmのマクロレンズだ。カメラとセットになってるレンズとコイツ一本で、しばらくは事足りるとおもうぞ」

「えっと、お値段は?」

「15000円、と言いたいところだが、初カメラ祝いってことで10000円にしとくよ」

「じゃあ、それも買わせていただきます」

 代金を支払ってると、例の女の人が話しかけてくる。

 そういえば、名前まだ聞いてなかったな。

「初カメラって、なんでまたいきなり一眼レフなの?」

 やっぱり聞かれるよね。

「実はですね・・・」

 マスターや源さんに話した内容を女の人にも話し、きっかけになった写真を見せる。

「・・・ぷっ、くくっあはっはははははは」

 一瞬呆気にとられた顔をしたかと思うと、次の瞬間盛大に笑い出した。

「そ、そんなにおかしいですか?」

 私は少しムッとしつつ尋ね。

「あーいやゴメンゴメン、この写真と名前見たらついねー」

 と女の人は息を調えてこう言う

「自己紹介もまだだったね。私、伏見 翔子って言うんだ。よろしくっ!」

「え」

 写真と撮影者の名前と目の前の伏見 翔子と名乗る女の人を、何度か視点を行ったりきたりさせて理解しようとしていると

「それ撮ったの私」

 ニヒヒと、笑いながら言う。

「えええええええ」

「いやあ、若い子がカメラ始めるきっかけにしたのが自分の写真を見てだなんて光栄だね!」

 ただでさえ今日は色々あったのに、ここに来てまさかの展開で未だ若干混乱している。

「そういえば私、まだ名前聞いてなかったね。お名前は?」

「あっ、申し遅れました、遠野 瑞稀です!よろしくおねがいします!」

「うんうん、よろしくねー」

 その後も話は尽きず、この喫茶店はマスターが家としても兼用してる事、翔子さんはこの喫茶店兼家の空いてる部屋に三食付きで間借りさせてもらってる事、他にはカメラの操作や基礎知識、マナーなどを教えてもらったり、その辺りの話題になるとテーブル席に着いて居た源さん以外の他2人の常連さん、洋服の仕立て屋を営んでいる仲谷 徹三さんと、会社員の香川 玲二さんも加わりカメラ談義に花を咲かせた。

 今まで趣味らしい趣味が無かった私には、同じ趣味の人が集まると、時間も忘れてこれほどまでに饒舌に語り合えるものなのかと、とても新鮮だった。

 いつの間にか日が暮れていて、それを知ったのは、お母さんからの電話だった。

 午前中にカメラを買いに出かけて行ったきり、日が暮れても帰って来ないから心配になったとの事。ごめんなさい。

 流石に夕飯の時間も近いので、お礼を言って今日のところは帰ることにする。

 帰り際に翔子さんが

「今度どっか写真撮りにいこーねー」

 と声をかけてくれた。

 何処かも決まって無いことだけど、既に私はワクワクしている。

 今日のところは、家で色々試し撮りしてみよう。

 それに明日からは初めてのアルバイトだ。

 新しく始める事がいきなり増えすぎて、でもそれが全部楽しみで、今夜はなかなか眠れそうもなさそうです。


 ・・・でも翔子さん、写真から想像してたよりノリが軽いね・・・。

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