第3話 撮影旅行 日帰り編


 とあるバイト終わりの時間帯。

 帰り支度を終え店を出ようとした時、店内にいた翔子さんに

「今週末のバイト休みだよね?その日はヒマ?」

 と声を掛けられた。

 実は、次の土日はマスターの所用でお店自体が休みなのだ。

「あ、はい。特に予定は無いので、ヒマだったらカメラ持ってふらっ散歩でもしようかと思ってました」

「おっ、じゃあ丁度いいね!良かったら何処か一泊で撮影旅行でも行っちゃう!?」

「むむ、ちょっと興味ありますね・・・。ちなみにどこへ行くんです?」

「それは今から決めるのじゃよ、フフフ」

 なんとも翔子さんらしい行き当たりばったりである。

「瑞稀ちゃんは何処か行きたいところないの?」

「そうですねえ・・・山とか海とか、自然な風景や神社仏閣なんかも良いなあって思いますけど」

「なかなか渋いねぇ・・・」

 そういいながら翔子さんは何処がいいか考えているようだ。

「うーむ、近場で神社仏閣と言えば伊勢神宮や京都、奈良あたりがベタだけど、いっそ逆方向に行けば文化財とか一箇所に集めてる明治園って所も在るし、その辺りなら一泊しないでも余裕でいけるし、写真も結構撮れるね」

「そうですねぇ、一泊となると予算がきびしいですし・・・」

「じゃあ、さっき言った伊勢方面、京都奈良方面、愛知方面で絞ろうか」

「ちょっとネットでどんな場所か軽く調べてみますね」

 といってスマホで検索してみる。

 京都、奈良方面は伏見稲荷をはじめ神社仏閣も多いし、竹林なんかも雰囲気が良さそうだけど、頻繁に車移動することになりそう。

 伊勢神宮はおかげ横丁や、内宮、外宮と見所も多いけど、やはり人が多い。

 翔子さんの言ってた愛知県の明治園は、人は多そうだけれど、多種多様な建物等があって色々撮れそうだ。

「明治園の雰囲気、良いですねえ」

「じゃあそこにしよっか」

 施設内の屋台で売ってるコロッケが美味しそうだったって理由もあるけれど、それは内緒で。

「写真を撮りに遠出するのって初めてなんですけど、どういうものを準備していったほうが良いんですか?」

「ん~・・・。行く場所にも寄るけれど、今回は三脚据える事もないだろうし、取敢えず手持ちの18-140mmのズーム一本と、40mmマクロで何とかなると思うよ」

「私、レンズはまだその二本しか持ってませんしね(汗」

「高校生で、そんなタケノコのようにレンズが生えてきてたら逆に怖いよ」

 と翔子さんに笑われた。

「まあでも、動き易い格好でいった方が良いよ。ガチ撮りしだすと膝ついて撮ったりするのは当たり前になってくるし」

「じゃあ、ジーンズとかラフな格好で良いですかね?」

「充分充分。あとカメラバッグは仕方ないとして、他にバッグとか持ってると邪魔になるからウエストポーチとか、私の場合、小物やペットボトル入れるのにダンプポーチ使ってるね」

「ダンプポーチ?」

「サバイバルゲームやミリタリーグッズとして売ってるんだけど、巻いて畳めるし、ベルトを通してぶら下げれるし、結構便利なのよ。A○azonとかで安く売ってるよ。ホラ、こういうの」

 と言ってスマホで検索したものを見せてくれる。

「あ、なるほど。思ってたより容量大きそう・・・って2000円くらいで買えるんですね」

 ちゃんとしたカメラ用品で買うとバッグとかポーチって結構高いので、こういう流用で安く済むのは凄く助かる。

 何より入り口を絞ることが出来るので入れたものを不用意に落とすことはなさそう。

「まともにカメラ用ばかり買って使ってたら、財布の中身がもたないからね~」

「そうですよねぇ。普通に便利そうだから、注文しちゃいますね」

 ポチっとな。

「じゃ、土曜の8時半にここで待ち合わせね。車は私が出すから」

「わかりました、遅れないように目覚まし早めにセットしておきますね」

 オッケーよろしくー的なノリで打ち合わせを切り上げようとしたら、ソレを聞いてたマスターが

「バッテリーの充電、忘れないようにな」

 と、一言。

「はい、ではお疲れ様でした!」

「ん、お疲れさん」

 挨拶を済ませ帰宅し、最近充電した覚えがあったので、言われなければ見ることもなかったであろうカメラのバッテリー残量を見てみると、三分の二に減っていた。

 カメラのバッテリーって一目盛り減ると、そこからの減り方が早く感じるのは私だけだろうか?

 マスターは流石だなあと思いつつ、忘れないうちに充電しておく。

 初めての撮影旅行だし、週末が楽しみ。


 -撮影旅行当日。

 バイト先の前まで行くと、翔子さんが車に自分の荷物を積み込んでいた。

「おはようございます。」

「おっはよー」

「その車、翔子さんのですか?」

「そだよー。なんで?」

「いや、翔子さんの車だともっと可愛い系の車を想像してたんで」

 なにせ目の前にある車は、軽ワゴンどころか、軽バンだ。

「あっはっは、カメラにお金掛かるのに車まで贅沢は言えないよ。要は荷物や機材が載って、中で寝れればいいのだよ」

 完全に実用性重視だった。

 でも実際はその通りなのだろう。

 カメラやレンズ、三脚や機材の上位モデルを揃えていくとなると、本当に車が買える値段になってしまうのだ。

 一眼レフを始めて色々調べていくうちに「一眼レフは敷居が高い」って言う人達の中にはこういう予算的な意味合いの場合もあるのだろうと思った。

 かといって絶対揃えなければならないというわけでもないし、あくまで趣味の領域ならカメラ機材に拘るのは自己満足という部分も大きいとも思う。

 まあ、私はまだ手が届く範囲で楽しんで勉強しようと思う。

 などと準備をしつつ考えていると、お店は休みだと言うのに源さんがやってきた。

「おーう、おはようさん。翔子ちゃん、言われてたブツ持ってきたぜぇ」

「おっはよー源さん!ナイスタイミング!」

 そんな挨拶や会話をやり取りしつつ、源さんは翔子さんに一機のカメラボディを渡す。

「あの、それは・・・?」

「あーコレな、後継機買って下取りに出そうかと思ってたヤツなんだが、翔子ちゃんが欲しいって言うんでな、知り合い価格で譲るんだよ」

「あれ?でも、翔子さん、かなり良い機種持ってましたよね?」

「うん、でもアレはAPS-C機で、こっちはフルサイズ機だから」

 なんか聞いたことがある。カメラのセンサーの部分のサイズ、フィルムカメラでいうフィルムのサイズの違いらしい。

「APS-Cの利点も多いんだけど、純正レンズのラインナップとかみてるとやっぱりフルサイズの方が多くてね、使いたいと思うレンズもフルサイズ用が多いからさ、手を出しちゃったのよ」

「フルサイズ用をAPS-Cで使うとどうなるんです?」

「簡単に言うと1.5倍の大きさで写るよ」

「その辺りは順を追って理解しねぇとややこしいんだが、まあ単純に言えばそういうこったな」

 と、翔子さんと源さんは言う。こういうのは自分で調べるのも面白いものだから、あとで調べてみよう。

「っと、邪魔してちゃいけねぇな、渡すもん渡したし俺ぁ帰るわ」

「うん、ありがとね源さん」

「おう、充電もしておいたからすぐ使えるぜ、じゃあの」

「またね~」

 と翔子さん共々、手を振り見送る。

「さて、出発しますか!」

 車に乗り込み、いざ目的地へ。


 -翔子さんは意気揚々と車を走らせる。

 考えてみたら、家族以外とこういう風に遠出するのは初めてだ。

 道すがらのコンビニで買ったアイスを堪能しつつ、知り合いと目的地へ向かうのは旅行と言うよりも、ちょっとした遠足のような気分になる。

「それにしても、私が目的地を決めちゃったようなものですけど、良かったんですか?」

「ん?なんで?」

「いや、他に撮りたいものとかあったのなら申し訳ないですし」

「大丈夫大丈夫。撮りたいものがあったらソレを撮りに行こうって誘うし、撮るものが決まっていなくてもさ、その場所で被写体探して、どう撮ればいいかを考えるのも良い練習になるんだよ」

 なるほど。

 そういう考え方もあるんだなあ、と感心していると

「まあ、写真撮りたいけど何撮るかあんま思いつかなかったから、リクエスト聞いたって部分もあるんだけどね~」

 アハハ、と翔子さんは笑っている。

「でも、さっき言ってたように、被写体を決めて向かう撮影旅行もいいですけど、全く決めずに行く撮影旅行も面白そうですね」

「そだね~。数日休みが取れる時があったら行ってみよっか」

「是非、お願いします」

 その後も今後の予定とか、そんな大それたものじゃないけれど、どういう所に行きたいとか、写真の画作りや題材について話が盛り上がり、目的地まではあっという間だった。


 -開園時間が若干過ぎたくらいだというのに、明治園の駐車場には観光施設だということもあり、割と遠い地域のナンバーの車や、観光バスが既に停まっている。

 この様子だと、お昼頃に来ていたのでは駐車場が満車になっていたのではないだろうか。

 ともあれ、入場門に割と近い位置に駐車できたのでラッキーだったと思う。

 しかし、よく晴れた日なのはいいけれど、日差しがジリジリと肌に痛い。

 風があるだけマシとはいえ、これは注意していないと熱中症になりそうだと思い、来る途中のコンビニで買っておいたスポーツ飲料のペットボトルをダンプポーチに突っ込む。

 ふと見れば、翔子さんも同じように飲み物をダンプポーチに突っ込んでいた。

 翔子さんはレンズ用のポーチが一つ着いたベルトにカメラ用のホルスターを着け、いつも愛用しているカメラを装着している。

 そして今朝、源さんから購入したボディに、見慣れない大きな単焦点レンズを着け、速写ストラップで肩掛けしている。

 速写ストラップとは、ワンタッチで伸縮させることが出来るストラップだ。

「・・・重装備ですね」

「いや、いつもならレンズをもう一本持ってたり、ストロボも用意したりするから、まだマシなほうだよ」

「うへぇ」

「まぁ、今回は本体も二台だしねえ」

 二人して用意を済ませ、入場料を支払い入園する。大人料金と高校生料金が別になっていたので、幾分かお得だった。

 園内に入った瞬間から、すでに撮影したくなるような雰囲気。階段の作りや、その位置から見える景観でもすごく画になりそうだ。

 とはいえ、折角ここまで来たのだから色々周り巡ってみなければ勿体無い。

 階段を降り、5つの区画に区切られた園内の一つ、5丁目に入る。

 明治園と言う名前の通り、建物一つ一つがとてもノスタルジックだし、どれもが文化財だったり貴重な資料だったりするから驚きだ。

 レンガ造りの建築物や、昔ながらの木造の建築物を撮りつつ散策していると

「よし、ここいらで自由行動にしよっか」

 と翔子さんが言った。

「え、ここ広いから収拾つかなくなるんじゃ・・」

「大丈夫、自由行動にしたところで結局は似たような場所で撮ってるだろうから」

 まあ非常時は携帯あるし、と。

「じゃあ、好きに周ってきますね」

「ではまた会おう!」

 と、敬礼して去っていく翔子さん。軍人か。

 気を取り直して、雰囲気の好きな建物の写真を撮っていく。

 外から撮ってみたり、中に入ってみたり、一箇所だけでも撮影しながらだと時間が経つのが早い。

 この時期だと木々の葉も瑞々しい緑色をしているので、レンガ造りの外壁と色が良く映えて雰囲気ある画になる。

 私のレンズで18mmだと広角の部類に入るので、建物相手にもしゃがんでアオリで撮ると大きさが強調されて面白い。

 ただ、建物全景を撮っているだけではなく、何か物語性を感じさせるような面白さのある画を撮りたいと思ってしまい、それならばいっそと、レンズを40mmマクロに交換した。

 マクロって言うと接写に使うレンズなんて考えがちだけど、実際は普段使いでも優秀なんだと最近気付いたんだよね。

 まして40mmだと目で見た被写体の大きさと、ファインダーを覗いて見た被写体の大きさがかなり近いから、写真の構図をイメージしやすいのだ。

 超広角とか、慣れるまで結構扱い難しいよね・・・。

 それからというもの、全景を撮るのではなく、積極的に屋内に入ったりして、敢えて外の明るさに露出を合わせて、シルエットを強調して撮ってみたり、自分なりに実験や工夫をしつつ撮影した。

 どれだけマトモに使える写真が取れているかは、実際のところカメラ本体のディスプレイでは小さすぎてわかりにくいけれど、フィルムカメラではないのだから、どんどん枚数撮って練習するスタンスなのだ。

 ふと、今何時だろうと腕時計を確認してみると、いつの間にか11時をまわっていた。

 まだ5丁目の区画に居るのに、半分まわった段階で1時間半近く経過している。

 単に観光で来ただけなら余裕を持って全部周れるのだろうけれど、撮影しながらだとかなり時間的に厳しいなこれ・・・。しかも広い。

 それだけ時間が経っていたのと、お昼前ということもあり、結構お腹が空いてきたので、楽しみにしていたコロッケを食べに行く。

 撮影しながら周っていたら丁度いい具合の所に売店があって、自然と歩く速度が上がってしまった。

「挽肉と馬鈴薯のコロツケと海老のコロツ得ケを一つずつ下さい」

 お昼前に食べ過ぎだとは重々承知ではあるのだけれど、この小腹の空き様では抗いがたいものがある。

 個別に包まれたコロッケを二つ受け取り、近くのテーブル席に座る。

 歩き回っていただけあって、ちょっと疲れた脚に椅子が嬉しい。

 さて、コロッケはどっちがどの具なのか見た目でわかり辛い為、何も考えず包み紙を開いた方から頂く。挽肉と馬鈴薯だった。

 衣はサクっと揚がっており、中はホクホクとしていながらもシットリ感もあり、味付けも馬鈴薯や挽肉の味が表に出てくる塩梅で美味しい。

 一つ目のコロッケに舌鼓を打ち、食べ終わった頃、気づいたら翔子さんが同じようにコロッケを買っていた。

 だいぶ前から発見されていたらしく、同じテーブル席に座り

「ね、やっぱり考えることは一緒でしょ?」

 と笑いながらコロッケを包みから取り出す。

 私も海老コロッケに着手する。

 こちらは所謂、蟹クリームコロッケの海老版というのが一番わかりやすいかもしれない。サクッとした衣の中にトロリとした海老の風味のあるクリームが詰まっており美味しい。

 どうやら翔子さんも同じものを買ったらしく、既に二つ目を食べている。

 コロッケを食べ終え、持参した飲み物でのどを潤すと翔子さんが

「何か良いの撮れた?」

 と聞いてきた。

「そうですねぇ・・・。実は18-140mmの18mm側で撮ってた写真よりも40mマクロで撮ってた写真の方がしっくりくるんですよね・・・」

「18mmだとフルサイズ換算で27mmかぁ。大体28mmと同じくらいの画角だけど、私も28mmの画角は苦手かな」

「だもんで標準マクロで撮ってたら凄く撮りやすくて、交換してからずっと使っちゃってます」

「うーん、じゃあこのレンズ貸してあげるよ」

 と渡されたのは、16-80mmだった。

「これなら広角側でフルサイズ換算24mmだし、私は使いやすかったよ」

「へぇ・・・じゃあお借りします。でもこれ、使ってみて欲しくなるパターンでは・・・」

「まぁ、欲しくなるだろうけど、おいそれと買える金額じゃないと思うよ~フフフ」

 うわぁ、翔子さんすっごい笑顔だ。

「コレいくら位するんですか?」

「多分実売価格でも10万円切るくらいかな」

「・・・お金貯めないとですね」

 額を聞いて驚いたので、借りたのはいいけどまだ着けないでおこう。

「取敢えず、もうすぐお昼だし移動しながら何食べるか考えよっか」

 私はコロッケ二つでそこそこ空腹は満たされたけど、翔子さんは結構食べるから物足らないのだろう。


 -私は軽めにホットドッグ、翔子さんはカツカレーで昼食を済ませ、午後からも撮影を続ける。

 因みにホットドッグが軽めかどうか疑問ではあるけど、メニュー的にこれが一番量が少ないと思ったのだ。

 実際は結構大きめで完食が大変だったけれど、食べ物は残してはいけません。

 この明治園、SLが走っていたり、当時の工業機械が動体展示されていたり、建物だけでなく見所が多い。

 見所が多いということは被写体も多いということで、一つの被写体に対し構図や光の具合を考えて撮っていると時間がいくらあっても足りない。

 特に、古い工業機械と窓から入る光、それが反射する使い込まれた光沢の宿る金属の肌にマクロレンズの相性がとても映える。

 敢えて露出をアンダー気味、いわゆるローキーで撮ると、まるでちょっとしたポスターの写真のようだ。

 まぁ、自画自賛にも程があるけどね。

 しかしこれでは完全に、今日だけでは周りきれないなぁ。

 なにせまだ5区画ある中の2区画分しか動けてないのだ。そのくせ既に14時になろうとしている。

「うぐぐ・・・、圧倒的・・・!圧倒的時間不足・・・!」

 すると何故か私よりいつも後ろから来る翔子さんが追いついてきて

「これは何度かリベンジで来たいねえ」

 と、どうやら同じことを思っていたようで

「そうですね、まだ見てないけど興味ある部分も多いですし」

「まぁ、何度か来る楽しみがあっていいんじゃない?」

 と、ポジティブな考えで応えてくれた。

 実際コレだけの展示物や施設である、無理に一日で周ってじっくり見ないのも勿体無いし、実際そういう意味でリピーターは居るのだろうと思う。

「帰る時間もあるし、そろそろ来た道戻り始めようか」

「そうですね、戻りながら見過ごしたところ探そうかな」

 2区画と言えどそれなりに距離があるので、入り口のほうへ向かって戻り始める。

 そんな中、外観は撮ったけど中には入ってなかった教会の裏口に辿り着いた。

 教会には無縁だったので中の様子は本などで知ったイメージしか持っていないわけで。

 わざわざ正面の入り口にまわることもせず、そのまま裏口から入ることにする。

 暗い通路を抜け見えてきたのは、礼拝者の座る為のベンチに射し込む、ステンドグラスの鮮やかな光だった。

 それだけでも綺麗だったのだけれど、周囲を見回すと、右にはステンドグラスからの光が注がれた祭壇、左には入り口の扉の上に円く大きなステンドグラス。

 暗い屋内に色とりどりの光が映える。

「うわぁ・・・」

 それ以外言葉が出なかった。

 多分、今日一番の感嘆だろう。

 きっと今日のような晴天で、太陽の光が射しこむ方向的に、今しか撮れないような状態だろうと思い、暗い中ISO感度を上げ、敢えてフラッシュは使わずに撮影する。

 40mmマクロでは、ひたすら手振れとの戦いだ。

 ただ、どうしても40mmの画角ではなく広く撮ったほうが画になる状況があって

 、翔子さんから借りた16-80mmがあることを思い出し早速交換する。

 このレンズは4段分の手振れ補正もついているらしいので、こういう暗所では心強いだろう。

 早速ファインダー内に祭壇を入れ、16mm側で構図を決め撮影しようと、シャッターボタンを半押しにした瞬間に4段分の手振れ補正が効き、ピタっと振れが収まりその威力を痛感する。

 ただ、それ以上に驚いたのは、ファインダーを通して見えるステンドグラスから射し込む光の色が、40mmマクロよりも鮮やかなのだ。

 このメーカー純正のAPS-Cレンズの中では唯一このレンズしか施されていないコーティングのおかげなのか、レンズの材質なのかはわからないけれど、レンズの違いでこれほど差が出るとは思わなかった。

 実際にシャッターを切り、ディスプレイで確認すると手振れ補正のおかげで振れは無い。

 これならもうちょっとISO感度を下げても大丈夫だろう。ISOは出来るだけ低くして撮りたいのだ。

 ISO感度は上げすぎるとデジタルノイズが混じるためだ。

 シャッタースピードを確認しつつISO感度を下げ、何度か撮影する。

 16mmの1.5倍、いわゆるフルサイズ換算で言う24mmの画角が私には非常に扱いやすい。

 正直、この16mmと、私の18mmの2mmと言う焦点距離のレンズの画角の差でこれほど使いやすさが変わるとは。

 人によっては18mmの方が使いやすいって言う人もいるのだろうけどね。

 撮れた祭壇の写真は、外から入る色とりどりの光が、まるで何かが降りてきそうな程に神秘的な雰囲気を作り出しており、自分で撮ったとは思えない出来映えになっており、パイプオルガンの演奏が聞こえてくるようだ。

 そういえば夢中になって撮っていたけれど、翔子さんはどうしたのだろうと思い探してみると、やはり少し離れた場所でカメラを構えて居る。

 ただし、よく見ると源さんから譲ってもらっていたカメラに、見慣れない大きな口径のレンズを着けて。

 何を撮っているのか気にはなったけど、後から見せてもらえばいいし、私は自分なりに目一杯撮ろうと思い、その後も光線の具合が変わるまでシャッターを切り続けた。


 -駐車場に戻ると時間は既に16時になっていた。

 戻る時間を考慮しても、1時間と少し、教会の中で撮影していたようだ。

 使える写真がどれだけ撮れているかは家に帰って、ちゃんとPCで確認してみないとわからないけれど、多分ここで撮った枚数の三分の一程は教会の中だろう。

「いやあ、結構歩いたねぇ」

「ですねぇ」

 荷物を車に載せ、車内で飲み物を頂きつつ一息。

「なんか良いの撮れました?」

 コロッケを食べてるときに聞かれたお返しにと言わんばかりに聞いてみる。

「撮れたよ~。レンズの画角に慣れるまでちょっと掛かったけど」

「その大きいレンズですよね。何mmなんです?」

「105mm F1.4だよ」

「105mmって中望遠ですよね、ていうか明るいレンズ・・・」

 私が持っている一番明るいレンズでもF2.8だ。

「いやぁ、ポートレートレンズとして評判高いんだけどさ、実際サービスセンターで試写したらどうしても欲しくなっちゃってね」

 といって、撮った写真を見せてくれる。

「って、被写体に私、多いですね・・・。」

「そりゃポートレートの練習ですから~」

 どおりで、始終近寄ってこなかったわけだ。しかし・・・

「ボケの具合のおかげで凄く立体的に見えますね」

「そうなのよ。ピント位置からなだらかにボケていって、背景なんかはとろけるようなボケ味で、撮ってて色々試したくなる楽しいレンズなんだよ、重いけどね」

 このレンズすごい。単純な感想だけど素直にそう思った。

 でもソレ以上に、如何に移動したり、色んな体勢で撮影しているかが見ただけでわかるくらい、同じ被写体でも様々な撮り方がされている。

 人物写真というとカメラ目線や狙ったポーズを撮りがちだけど、翔子さんの撮った人物は一切そういうことが無く、自然体ばかりだ。

 別にカメラ目線が悪いとか、モデルさんにポーズを取ってもらうのが悪いという意味は全く無いのだけれど。

 ただ私はこういう自然体の人物写真が作品として好きだ。

「ほんと、美味しそうにコロッケ食べてるねぇ」

「撮られてるの気付かなかったのは不覚でした・・・」

 食いしん坊みたいで恥ずかしい。

「さってーと、帰ろっか」

「そですね。なんだかんだで遅くなっちゃいましたし」

 園内とはいえ結構な距離を歩いていたようで、足の裏が痛い。

 カメラ関係以外にも、長時間歩いても楽な靴とか買ったほうが良いなあ。

 遠出して長時間撮影していなければ、こういう改善策も見つからなかっただろうし、それだけでも儲けものだと思う。


 -帰宅後。

 早速カメラから写真のデータをPCへ移し、大きな画面でチェックする。

 やはりカメラのディスプレイで確認するよりも粗が目立つ。

 大きな画面で確認をしてわかるレベルの手ブレが、特に暗所での写真でそこそこ見受けられる。

 教会内での写真も例に漏れず、手ブレしているのもある。手ブレしていなかったら露出がアンダーだったりとかなり悩ましい。

 そういえば帰りの車の中で、翔子さんがRAW現像の話をしていたなと思い出し、早速メーカー純正のRAW現像ソフトをダウンロードする。

 もっと機能の多いソフトもあるのだけど、有料なので、無料のメーカー純正ソフトで試してみるのだ。

 どんなものか試してからじゃないと、一万円以上するソフトなんて怖くて買えません・・・。

 インストールも終わり実際に起動し、試してみる。

 手振れのない、しかし露出アンダーなのが勿体無いと言う写真をピックアップし、現像してみる。

 取敢えず白飛び、黒つぶれを出来るだけ無くすようにダイナミックレンジを広げれば、見違えるほど変わることもあるって言っていたので、その手法を試してみる。

 やってみると面白いほど写真が息を吹き返す。

 黒潰れしていた工業機械の写真は、使い込み磨り減って滑らかになった金属の地肌が浮かび上がり、カメラ内現像とは違う表情を見せる。

 祭壇に至っては、ファンタジー作品に出てくるような、荘厳な雰囲気と神秘性を醸し出している。まるでラスボスとかが出てきそうだ。

 RAW現像に頼ってばかりではダメだと思うけれども、使えなさそうな写真を救出したり、もっと自分なりの表現をしたい時には活用するべきだと思った。

 納得いくまでRAW現像を何枚もしていたら、気づけば日が変わる時刻になっていたので、すっかり忘れていたお風呂へ入る。

 ぬるくなっていたお湯を追い炊きしつつ体を洗い、肩までゆっくり浸かる。

 カメラをぶら下げていた肩や首と歩きつかれた脚に、程よく熱いお湯が染入る様で気持ちいい。

 湯船に浸かって今日やったことを思い返しながらふくらはぎをマッサージする。

 あまりに気持ちよく眠気に襲われたので、これはマズイと浴槽から出る。

 服を着て、歯磨きも済ませ、あとは寝るだけと早々にベッドに入る。

 すると時間もかからず睡魔に襲われ、それに逆らうこともせずに目を閉じた。


 -後日、バイト先にて。

「瑞稀ちゃん、こないだのデートはどうだったよ?」

 と源さんがニヤニヤしながら聞いてきた。すごく勘違いされそう。

「デート!?」

 ほら、香川さんが勘違いしてる。しかも妙に慌ててるし。

「楽しかったですよ。自分なりに良い写真も撮れましたし、コロッケも美味しかったし」

 と言いながらスマホに転送してあった写真を源さんに見てもらう。

「RAW現像もしてみました」

「ほう、良いじゃねぇか。単に撮ってるだけじゃなくて、作品にしたいってのが伝わってくるわな」

「へぇ、どれどれ」

 マスターもスマホの画面を覗く。

「教会のもいいけど、この古い機械の写真、これまた渋いじゃない」

 マスターにも好評だ。やったね。

「ちょっと!?瑞稀ちゃん!?相手誰!?」

 香川さんはさらにエスカレートしている。

「はーい!瑞稀ちゃんの彼氏でーっす!」

 と翔子さんが元気満々で言う。

「まあ、そういうことです」

 香川さんのポカーンとした顔、ちょっと面白い。

「源さん・・・だましたな・・・」

「だましてなんかねぇよ。からかっただけだ」

 そんなやり取りで笑いが起こっている。

「まぁまぁ、そんな香川君には、この瑞稀ちゃんの写真たちを」

「え?まじ?くれるの?」

「一枚300円」

 いや、売るのかよ。

「わかった。全部一枚ずつくれ」

 いや、買うのかよ。

 そんな取引を横目に源さんが、

「鶴ちゃん、いっぺんここにいるメンバーでな?どっか撮影に行こうぜ」

「ん、あぁいいっすねぇ」

 マスターも乗り気である。

「じゃあ、行きたいところを各自考えておくように」

 なんか勝手に話が進んでるけれど、面白そうだからまあいいか。

 どのみち翔子さんと話していたことでもあるし、行き先をリクエスト出来るようにリサーチしておこう。

 思えば、きっと最初の予算ですんなりカメラが買えていればバイトすることもなかっただろうし、同じ趣味を持った世代の違う人と、ここまで絡む事も無かっただろう。

 最初の出会いには本当に感謝せざるを得ないなとつくづく思う。

 もちろん同世代の友人と遊ぶのも楽しい。ただ、同じ趣味で繋がった色んな世代の人と時間を共有していると、同世代だけでは知り得なかった知識や価値観を手に入れることが出来るので、この出会いの価値は計り知れない。

 この気の良いカメラ仲間達とこれからどんな景色が見ることが出来るのか、それが楽しみで胸が躍る。


「あ、翔子さん、私の写真で商売しないでくださいね。香川さんも釣られて買わないでください」

「「え~」」

 え~じゃないよ、まったく。

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JK日常カメラ紀行 うきのん @ukinonn

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