ep2




「お兄ちゃん!」


俺は自室でヘッドフォンをつけて音楽を聴きながら勉強していた。その時にノック無しに部屋のドアを荒々しく開け、ヘッドフォン越しにも聞こえてくるような声量で妹は叫んできた。

しかし、ウザいのでここは一度聞こえないふりをする。勉強に集中してんだこっちは。


「無視すんなバカっ!」


妹は無理やりヘッドフォンを取り上げ、怒鳴りあげてきた。

なんでいつも俺に対してだけ怒ってるんですかねぇ。面倒くさいから相手にしないのに……

なーっんて思っている俺の気も知らずに妹は要件を伝えてきた。


「明日、帰ってくんな」


……え、、、

それは、なんですかね?縁切るから出て行けという事ですかね?俺別に家族と仲悪いわけじやわないのに…点


「友達も…連れてくるから」


そこで俺はふと思い出した。カレンダーを見ると二月の十二日だった。

なるほど、そして明日は十三日。バレンタイン前日かぁ。

男子高生としては最も落ち着きのなくなる日であり、女子をチラチラ見てしまうイベントだ。チョコを貰わなかったら落ち込んでモテない同盟出来上がるし、貰ったら貰ったで同盟に妬まれてしまう。わけわからん。


「ふ〜〜んなるほど」


俺はニヤニヤしながら妹を見る。


「さては意中の男子でもできたかぁ?料理できないお前がチョコ作りなぁ〜」


普段料理というかキッチンで立たない妹がバレンタイン前にチョコ作りとか想像したくないが。悲惨な事になりそうで。


「うっ…うっさい!だまれ!チョコじゃない!いいから明日は帰ってくんな!そのままくたばれ!」


お、おぉ。ツンの強すぎる妹はマジ求めてないっす。しかし、友達も連れてくるって言っていたな。俺に見て欲しくないということは、


「それに、お兄ちゃんに帰って欲しくないのはその、……友達の希望だから」


そういうことか。

その友達というのは妹の幼馴染&親友であり、こんな俺なんかの彼女になってくれた方であろう。

その彼女は昔からの俺のことを『お兄さん』と慕ってくれていて、どちらかというともう一人の妹って感じだったんだが……

去年の十二月に告白されて約2ヶ月……あの時の彼女はすごく輝いて見えて可愛かった。妹だと思っていたそれまでから一変して一人の女性と見えてしまった。

ということで、手作りチョコを当日まで見せたくないから俺の退散を希望したのだろう。


「わかったよ。まぁ明日適当に暇つぶして……七時くらいにはかえるわ」

「ん。そうして。じゃっ私風呂入ってくるから、覗くなよ?ぜったいだぞ変態」

「それは覗きにこいということか?」


面白いから、からかっておこう。


「————っ!!バッカ兄!死ね!」


バタン!!とドアを強く締めて出ていく妹。

あー。やっぱ常にキレてるのは俺のせいか。





——その夜、寝る前に俺は彼女と少し電話で会話をしてた。


「あははは。……っと、そろそろ寝ないとな。明日も学校だからね」

『あっはい。お兄さん、今日も楽しかったです。』

「おぉ。ありがとう」

『はい。ではまた明日です♪』


おやすみ……とお互いに挨拶をして電話を切ろうとした。


『あっあの!お兄さん!』


その時彼女は少し控えめに声を張って俺を呼び止めた。


『あの……妹ちゃんに聞いてるかもですけど、明日は寄り道してかえってきてくださいね』

「あー、そのことね。了解。んじゃまた明日ね。楽しみにしてるよ明後日」

『はい♪頑張りますね』

「お、おう」


その楽しげな声にちょっと照れてしまいテンパってしまう。まだまだ初々しいものだな。


『では……改めておやすみなさい』

「おやすみなさい」


ピッ


改めて挨拶して電話を切る。明日、明後日が楽しみだ。俺はそわそわして少し興奮してしまったのかなかなか寝付けなかった。





——翌日、俺は学校帰り友達とゲームセンターで軽く暇潰しをしていた。

家の前に着いたのは6時50分。丁度いい感じに寄り道できたであろう時間だな。


そこでふと思った。彼女はともかく妹の方はキッチンに立つことがないが本当に大丈夫か……と。一応母親が付いているとは思うが。

……しかし家が妙に騒がしくないか?なんかガシャガシャ聞こえるような……


……ッ!!


俺は嫌な予感がして、急いで玄関のドアを開けて靴を荒々しく脱ぎ散らかし、リビングに急いだ。そこに広がっていた光景は———


机の上に型に入った黒く、丸い何か、


キッチンは白い粉で覆われていて、


電子レンジは黒い煙が上がっていた。


「っ…うっ…ひぐっ…お兄…さん…」


涙目になった彼女とダークマターと化した物を隠す妹の姿があった。



「——じゃぁ母さんが突然残業で帰ってこれなくなったから自分たちでどうにかしようと頑張った結果がこれか……」


俺は取りあえず洗い物をしながら何があったのか事情を聞いていた。

しかしこれは相当ひどいな。料理はしたことないらしいがそれほどとは予想外だった。


「うっ……すみません……お兄さん」

「……」


彼女は申し訳なさそうに誤り、妹は俯いて何も喋らなかった。


「ま、まぁ努力したんだよな。結構酷いけど……、う、うん!よく頑張ったな」


俺もどう言葉をかけてあげたらいいかわからなくなる。


「それに、なんとか形のあるものができてるじゃないか。どれ、ちょっと味見してみようか」

「お兄さん!ダメです!それは失敗……」


俺はなんとか残ってるクッキー?のようなものをすこしかじってみる。

舌触りはすごくボロボロでどこを味わっても苦味が襲いかかってくる。


「ヴッ、あ、あぁ」


なんとも言えない……苦さだ。


「お兄さん!無理して食べないでくださいよ。ほら吐いてください、マズイでしょう」

「あ、あぁ。これはマズイよ。失敗したんだろ?でもせっかく頑張ったんだ。その努力を無駄にしたくないんだよ。」

「でもっ…!お兄さんが食べる必要ないですよ!」


彼女は涙目になりながら止めようとしてくれる。本当に優しい娘で俺も泣きそうだよ。


「君は今日一度失敗しただろ?ということは次は同じ失敗をしないということ。だから俺は次の機会に期待するよ。次はどう変わったのかわかるために俺はこの味を覚えないといけないから。それほど俺は君を応援して頑張ってほしいだけなんだ」

「っ!!……お兄さん!!」


瞳から涙が溢れて零れそうな彼女は俺に抱きついてきた。その体は俺よりも遥かに小さく、でも去年の十二月の頃とはまた違う抱き心地だった。


「ありがとう…ございます。そう言ってもらって嬉しいです」

「う、うん。もう、そんなになく必要ないのに」


彼女の瞳からは涙が溢れ落ちていた。


「いえ…それほど嬉しいんです……。」


そう言って彼女は顔を上げ、改まったように言葉を続ける。


「そういえば、お兄さんにはまだ私がお兄さんを好きになったきっかけの事を話してませんでしたね」

「そういえば、そうだね」

「……結構、昔の話になるんですけど、小学生の時に一度妹ちゃんと大ゲンカしたことがあったんです。それで私は酷いことを言って、もう仲直りできないかもしれない、もう遊べないかもしれないってとっても後悔していたんです。その時に、お兄さんは私に『正直に謝って仲直りしようよ』って言ってくれたんです。でも私はまた喧嘩するのが怖い、傷つけるのが怖いって言ったらお兄さん『一度そう言って後悔したんだろ?だったらもう同じ事はしないよ。君なら大丈夫だ』って言ってくれました。そして私の頭を撫でてくれたんです。そう、今と同じように。」


あっ……と今の状況を見ると彼女の言ったことと同じだった。


「そう、だったんだね」


正直、何気無しにかけた言葉だったのはあまり覚えてはいなかった。しかし彼女にとってはその時の俺がすごく愛おしく見えてたのだろう。


「はい。それからの私はずっとお兄さんの事を追いかけてしまってました、目で追っていました、いつも会いたいと思うようになりました。私もその時好きになっていたと気づいたのは告白するちょっと前でしたけど。それに私、あの時から一度も喧嘩しなかったんですよ?お兄さんの言う通りでした」


「……なんか、恥ずかしいような嬉しいような。複雑だけど話してくれてよかったよ。また、君のことを知れてよかった」


「はい!だからまたお兄さんの言葉を信じますっ!今日は失敗しましたけど、次は美味しいもの作ってみせます!そしていつかは、私のお菓子や料理が一番って言わせてみせます!覚悟していてくださいね♪」


「あぁ、楽しみだ。本当、君が彼女でよかった。」


「はい♪私もです♪」


「好きだ!」


「私も大、大、大好きですお兄さん♪」


と俺たちは愛を確かめ合ってまた、抱きついた。


これから先何年も、何十年も人生はある。


それを彼女となら何があっても大丈夫だろう。


その事実を確かめて俺は彼女を一生離さない事を心に刻んだ。










「私のことを忘れんな!バカ!アホ!ノロケ!クソリア充兄がぁぁぁぁぁ!!!!!」


早速家族に亀裂が生まれそうになった。


おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

La Saint-Valentin〜恋人たちの宴〜 セイヤ。 @daks0008

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ