匂い

水分活性

第1話

会社からの帰り道。

今日も疲れて、トボトボと歩く。


ここ数日、ついてない。財布を忘れたり、会議に使う資料を作り忘れていて後輩に助けてもらったり、雨の日だというのに電車に傘を忘れて買うはめになったり。極め付けは、彼氏と喧嘩をして一週間ほど口を聞いていない。会社で顔を会わせる度に気まずいので、仕事が終わると早々に席を立つようにしていた。


ふわっとカレーの匂いがしてきた。夕食刻の住宅街は、いろいろな家から美味しそうな匂いがしている。空腹のサツキにとっては、誘惑の宝庫である。大きく息を吸い込む。いい匂いだ。今夜はカレーにしよう。夕食のメインが決まった。


そういえば、奴との喧嘩の原因はカレーだった。玉ねぎの形を残すか残さないかという、些細なところから始まって、ハッキリしない態度にイラつき、最終的に言わなくてもいいような事を言ってしまった気がする。


だんだんと気分が落ち込み、カレーの気分ではなくなってきた。いっそ、違うメニューにするか。

次の曲がり角までで、嗅いだ匂いのメニューにしよう。


ふわっと、今度は焼き魚の匂いがしてきた。焼き魚か…去年の秋に奴の家に秋刀魚を食べに行ったなぁ。スーパーで買って、ただ焼いただけのはずなのに、何故あんなに美味しかったのだろう。塩加減が丁度良く、脂ののった秋刀魚は皮目がパリッとしていて美味しかった。コツを聞いたら、愛情☆などととぼけられた。まだ付き合う前だったはずなのに、普段からそういうこと言うもんだから付き合ってからもあまり本気にしていなかった。思えばあの頃から好かれていたのだろうか。いつも軽く言ってくるから本気なのか分からない。そういうところも含めて好きなわけだが、こっちが真剣に話しているのに、きちんと聞いているのかと…。


いろいろ考えていたら、いつの間にか家の前に着いていた。結局、夕食の献立は決まらなかった。それさえも、奴のせいのような気がして、腹が立ってきた。くそう。あいつは今頃美味しい夕食(何かは分からないけど)食べてんだろうな。何で毎回、私が振り回されなきゃならないんだ。むかつく。電凸でもして、水挿してやろうか。


その場の勢いで、奴へ電話した。コール音が鳴るか鳴らないかで奴が電話に出た。


「ーっもひもし!!ハヤトです!!」

「え、はやっ。」

(しかも噛んでるし)

「どうしたの?!何かあった?!」

「や…べつに…」


何やら焦った声だ。急いでいるのだろうか。かけない方が良かったか。声を聞くとだんだんと怒りが収束してきた。


「かけない方が良かった?」

「えっ何で!?」

「なんか…急いでるみたいだし…用とかあったなら電話切るよ。」

「待て待て待て待て!!!待って!!俺、この後用事なし!!急いでない!!サツキから電話かかってきて嬉しくて!!」

「……ナニソレ」


仮にも喧嘩中だぞ。嬉しいとかあるか。

そういえば久々にちゃんと声を聞いた気がする。会社で顔を合わせはするが会話はなかった。サツキの方から一方的に無視していたのだ。そう思うと、緊張してきた。そうか、会話は久々か。


「…俺、この間は言い過ぎだよな。ごめん。サツキが真剣に話してたのに…」

「……。」


言いすぎたのは私の方だ。ハヤトは黙って聞いているか、時々口を挟もうとしていたが、サツキが捲したてるものだから何も言えないで口を開けるだけ…というような喧嘩だった。つまり、サツキが一方的に怒っていた。


「ねぇ、…会える?」

「え!?」

「なに、その反応。会いたくないの?」

「会いたいです!!いや、怒ってるサツキさんしか最近見てないから、久々に普通のサツキさんに会いたいです!!」

「おう、なめとんのかコラ。ツラ貸せやオラ。」

「スンマセン!!今から向かいますから機嫌直して!!」


せっかく勇気を出したのにまた茶化された。奴はちゃんと、私が怒った理由を分かっているのか。

それはそうと腹がへった。そう言えばハヤトに電話したのも腹いせだ。このまま腹がへった状態でハヤトに会うと、また前の繰り返しになりそうだ。何かあるもので作ろう。何か材料あったっけ?


結局、家にあるものが冷凍しておいたご飯と鶏肉と玉ねぎで、卵も何個かあったのでオムライスになった。オムライスといえば、ハヤトが好きなものの一つだ。なんだかこれでは謝るためにセッティングしたみたいだ。あ、でももう夕食食べた後かもしれない。作らなくていいか…。いや、やっぱり2人分作ってハヤトが食べてたら明日のご飯にしよう。


ちょうど作り終わった時、玄関のチャイムが鳴った。部屋に入って来たハヤトはオムライスを見てニヤニヤしている。


「なにニヤニヤしてんの。」

「いや〜やっぱりサツキさんのオムライスの匂いだったと思って。」

「は?」

「アパート着いたらなんかいい匂いするからさ。しかも玉ねぎとケチャップとバターの匂い。オムライスかなとか思ってたら、サツキさんが浮かんで。」


なぜそこで私なのか。そんでなぜ玉ねぎケチャップバターでオムライスが出てくるの。ずっとニヤニヤして突っ立っているハヤトに痺れを切らしてサツキはオムライスを食べ始めた。


「あれ!?!?サ、サツキさん??俺の分は???」

「知らん。台所見ろ。」

「あー!!あったー!!ありがとう!!!」


ウッキウキでオムライスを食べ始めたので、その子供っぽさがおかしくて笑った。今度は玉ねぎケチャップバターの匂いでハヤトを思い出すんだろう。それはちょっと幸せだなと思うサツキだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

匂い 水分活性 @nagare_4696

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ