16撃 不測の野宿と予定された野営は天地ほどの差がある

1.


沖に南国情緒溢れる果実がたわわに実った密林が見える。


「うはー、良いですね。不思議と冒険の匂いがプンプンしますよぉ!」


先程までクジラのように潮を吹いて半死半生だったのが不思議な位元気に飛び跳ねるアリア。


「死んだばかりなんだから、はしゃぎ過ぎない方が良いんじゃないか?」


「未遂!今回は仮死状態で生還しました!鬼ぃ様は私の命の恩人です!!」


両手を組んでウルウルと目を潤ませる幼女。幾度となく死んでる彼女でも、九死に一生を得るのは嬉しいらしい。


「これに懲りたら海中に潜るクラーケンに飛びつくなんて無茶はやめるんだね。」


「アハ、食材に逃げられると身体が勝手に動いちゃって。」


食い意地で、何度も命を捨ててる人間は造りが違うようだ。餓死した経験は彼女に深い爪痕を残しているらしい。それが何度もとなると、無理のない話ではある。食い意地で落命した前科も申告より沢山あるように見えるのは、僕の気の所為ではなさそうだけど。

砂浜ばかりで草木の1つも生えてない小島にいるのは、アリアとモリで傷ついたクラーケンの脚先の欠片と僕のみ。船に同乗していた海賊は一人もいない。

流木に乗せたイカ足を日干しにしながら僕らは見事に遭難していた。


「夕陽が綺麗です。今、世界には私と鬼ぃ様二人っきりなんですね。」


「世界は、目に見える海の外にも広がってるから、現実逃避は程々にね?あと、体に負担がかからない程度に手を動かすように。」


うっとりと日が沈む様子を眺めるアリア。島内に流れ着いた乾燥流木をせっせと集め、彼女の手が届く範囲に投げてやる。海に瞳を奪われながらも慣れた様子で焚き火を組み上げるので心配は要らなそうだ。

夕日を背にした大海原の向こう岸には、子供の体力でもギリギリ行けそうな距離に密林が見える。日暮れ前に探索しておきたかったが、野生生物や、モンスターがどれだけいるかも未知数だ。

本調子ではないアリアを連れていくには少し遠い。今晩は外敵を気にしなくても良い、見晴らしの良い小島で過ごす方がマシだ。


「冒険パートは明日以降だから、今日の内にしっかり休んでおこう。」


幾ら野宿に慣れているとはいえ、体調を崩しやすい幼子の身だ。海流に揉まれて、流されて大分体力も消耗している事だろう。かく言う僕も、今日は流石に少し疲れた。


「無理は禁物だな。」


「はぁー、温かいですねぇ。そういえば、気が付いたら燃えてたんですが。いつの間に火を起こしたんですか?この世界って、ファンタジーぽい癖に魔道具とか魔法とか全然見かけないですよね。」


生乾きの服の裾を扇ぎながら焚き火を囲う。アリアの対面に設置した流木に腰掛けた僕は、そういえばと相槌を打つ。


「魔法の無いファンタジーは、たしかに少々物足りないよね。そういえば、君もルート次第で、魔道具を手にしたりピカッシュ以外の魔法要素にも触れてなかったか?」


「有りましたねー、確か。条件とかルートとか、本命じゃないんで忘れちゃいましたけど。一人攻略対象にも魔法使いというか魔法生物がいました!」


「僕もあまり前世の事は思い出してないけど。もし要素が出てくるとしたら、本編始まってからだろうね。因みに火起こしは、専用の小道具や、ちょっとした工夫でどうにかならなくも無い。」


先端に細工が有る小刀を振って見せ、種明かしをする。辺りに転がってた乾燥した海藻も良い火起こしの種火になった。


「おお、秘密道具ですね?それもまた、ロマンが有ります!」


「浪漫も良いけど。明日は早起きして遠泳するから、早めに休もうね。」


「はぁい、おやすみなさい鬼ぃ様。」


服が粗方乾き、イカ足を腹に収めた僕らは流木に凭れて夜を明かした。


「どうして、足先が一本だけなんでしょう。あれだけ大きなイカが一杯有れば、密林の果実が全部毒でも安心だったのに……。」


「木の実が全部、毒の島なんて嫌かな。勿論あの巨体だから、クラーケンが重くて引き揚げられなかったよ。あの脚も、君が離さない上吸盤に張り付かれて取れないから、仕方なく切った物だし。」


心底、イカと共に置き去りにしようかと思った。と、実感のこもった口調で呟くと。溺れた当人は、器用に寝ながら土下座した。


「その節は、気絶した私が大変ご迷惑をお掛けしました!」


「無事だったんだし、もう良いから寝よう。僕が頑張った分は、明日返してもらう予定だし。」


「やっぱりスパルタなんですね。」


生欠伸を漏らしながら、寝ろと手で促す。白目を向きながら、イカに頬擦りする幼女は悪夢に見そうで。あまり思い出したくなかった。









2.

「君って実は泳げなかったんだね……。」


バチャバチャバチャ。朝靄のかかる早朝の海辺には、バナナボートのように昨夜の枕に乗った幼女と、立ち泳ぎでそれを押す僕の姿があった。


「うぅ、前世の時には知らなかったんです。栄養失調で鍛えた身体が水に浮かばなくなるだなんて……。筋肉って重いとは言いますが、まさか水に沈む程の割合とは。」


気持ちでも足しになるよう、片手ずつ流木ボートを漕ぎ。情けない声を上げるアリア。


「自分が泳げないって知らなかったんだね。まあ、この世界にプール授業なんて無いから、機会が無いと泳がないよね。」


「ビート板から練習します。」


「それが良いね、感覚を覚えてるつもりでも案外出来ない事は有る。多分僕も、今急にバイクに乗るとなれば練習がいるだろうし。」


「おぉ、バイク乗りだったんですか?格好良いですね。」


「運転歴は長くは無いけどね。確か、元は田舎の爺様に仕込まれたんだったかな。そういえば、多分年上な気がするんだけど君って前世は幾つ位だったんだい?」


「え、そこ聞いちゃいますぅ?」


何故か浮き足立った様子で慌てるアリア。言い難いなら、そこまで知りたい訳じゃないんだが。「えーと、あのですね……」と、歯切れの悪い返事が続く。


「因みに僕は未成年だったけど。」


「うぅ、ですよね。私は成人でした。頼りなくて申し訳ない。」


答えやすいよう二択で告げると、観念したように目を逸らすアリア。


「別に構わないよ、前世はどうあれ今は同じ歳なんだし。」


「お気遣いに感謝します……。」


今更、精神年齢歳上だからと、この子に敬語を使う気も起きないので丁度良い。

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乙女ゲームの隠しキャラは口撃力0のお嬢様をヒロインから守りたい ni-ca @6525

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