15撃 船乗りが新天地と魚を求めないなら陸に上がれと思う

1.

「先ずは物資だな。食料在庫を確認。浄水設備を確保次第、当艦は新大陸を目指す!!」


海賊御用達の、精度が低い地図を広げ。右上の空白地帯に羽根ペンを突き立て、丸を描く。


「ひぇええ、海賊鬼ぃ様がご乱心?!それとも、とうとう私と無人島でアダムとイブになる覚悟が出来ましたかっ!!」


これだけ多くのアダムに囲まれながら。二人きりが前提の妄想を垂れ流す図太さは買おう。


「違う。正確には大陸というより島だ。小国が軽く収まる規模の島がこの辺りの群島に幾つかある。

廃れた文明の遺跡とジャングルばかりの島だ。実際には現住民がいるかもしれんが、仮拠点を造るには十分な広さがある。」


「ほほーぉう?それは大変有難い話ですね!自慢じゃないですが、無人島や村開拓モノにはちょっと造詣が深いんです!滅茶苦茶耕しますよっ!

懐かしいなぁ、こう、Yボタンで一マス整地して種蒔〜っと。」


おそらくゲームの開拓記でも経験したのだろう。ワンタッチで整地や柵作りを行うアクションを華麗に披露する幼女。農工具なんて、実際握った事はなさそうな様子だ。



「ところで、地図にも載ってない群島なんて、どうして知ってるんですか?」


「さてね、僕にも色々とあったんだよ……。」


よく分からないと思案顔の幼女。自分でも詳細はあまり思い出したくも無いな。


戦力としては期待できないがまあ良い。本気で長期の土着をめざしている訳でもないんだ。

幸いな事に、海賊連中の士気が高く、人手は事足りている。


「おおぉ、流石の貫禄!含み笑いに腹黒さが滲み出ていますっ。」


「君さ、オリジナルの褒め言葉のつもりなら大失敗。本編が始まる前に、好感度の声を聴く耳を養うと良いよ?」


『フィロリロリン……』と、選択肢ミスやミニゲーム惨敗で好感度爆下がりする音を唱える。


「へ、今何処から音が?!好感度の声が聞こえるぅ!!?鬼ぃ様の好感度は、ここねっ!」


魚の干物入りの樽に、僕の好感度は無い。

冗談はさて置いて、イベントキャッチャー曰く、今はイベント最中の船だ。嵐が来なければ良いんだが。


良くない想像が呼び水になったのか。タイミング良く船が軋みを上げる。船体が傾いで、地図を囲んでいた人々が沈んだ片側に流される。壁面に押し付けられた海賊たちの反応は、うんざりした様子で「またか」「アレだよな」と妙にこなれている。


壁の装飾にしがみついたアリアは、心当たりのある様子で。「キタキタ」と、何かの到来を訳知り顔で告げる。


「海上の海賊船で定番イベントと言えば、定番なのは嵐や海洋大型モンスターとの遭遇。そして、無人島か海上での遭難や難破だが。詳細に覚えはあるか?」


「鬼ぃ様との幼少期イベントは、多分それ程長いイベントじゃないと思うんですよね。

今の私達と違って、船倉にいたので、とにかく揺れるので。転がる樽を飛び越えるミニゲームで食料を集めました。

BGMは、激しい雷鳴っぽい音が鳴ってました。

高得点クリアすると、セピア色のイベントスチルがゲット出来るんですが。作画がもう神がかってましてっ!

大水が絶え間なく降り頻る、看板の音を背に怯え、励まし合う少年少女。空腹と心細さに泣く私を、ピュアな鬼ぃ様の温もりと、力強くも前向きな言葉が救ってくれるんです。」


うっとりと、頬に手を添える幼女。所作は夢見がちだが、壁の装飾を掴む手は逞しく、細腕には筋肉の筋が若干浮いている。


「嵐かモンスター辺りが到来。空腹という所から、場合によっては数日がかりのイベントか。本来は、地下室にこもってやり過ごすんだろう?

回避先が誘導できるなら、積極的に介入したい。このイベントのゴールは何処だ?」


「船がどうなったかは、よく分かりませんね。イベント終了時には、いつの間にか私は陸の街で保護されてて、鬼ぃ様は軍人ぽい大人に連れられていってました。そして、立ち去る時一度だけ振り返るんです。その切なくも温かい瞳が、もう!幼少期にも関わらず、大人顔負けのフェロモンがダダ漏れでしてっ。大変眼福な、私もお気に入りの一枚なんですよね!」


「力強く言っても、その未来もミニゲームもないからね?船長。」


一先ず、この左右から激しく圧のかかる横揺れの原因を確認するのが先か。手振りで船長に艦板を指し、着いてくるよう扉に手を掛ける。


「鬼ぃ様も、あの神絵の尊さを観れば、再現したくなるはずなのにぃ!!」


波乱に慣れすぎて、嵐くらいじゃ動じなくなってるのかな?彼女のヒロイン力がさり気なく死滅しているのには、気づいてるんだろうか。










2.

「なんだ、大渦に見せかけて、クラーケンじゃないか。それも、やけに小型の……。」


外に出て驚いたのは、やけに天気が良かった事だ。青い空、白い雲。不自然に揺れる船。


『ビジャギャイアアーーーン』


聞きようによっては雷鳴、に聞こえなくもない鳴き声が上がる。船尾にまとわりついていたのは、海賊船に取り着こうとしては、離され。渦潮を作りつつ沈む、小舟サイズの巨大イカだった。クラーケンにしては幼児サイズなんだろうが、シャチ位の大きさはあるな。


「揺れは激しいけど、案外無害なのか?」


「クソ、またあのバカイカかよ!揺れで酒樽倒れたじゃねえか!」


「殺せ殺せ、漏れ出た酒分。魚の餌にしてやる!!」


『ピジャアァア!!?』


殺気立った男達が、慣れた様子でロープ付きのモリをイカの頭頂部分に投げ付ける。墨を飛ばしながら悲痛な声で鳴くイカは、距離を保ちつつ船に付かず離れずし。器用に穂先を避けている。


「相変わらずしぶとい上に執拗え!誰かアイツを仕留めろよ!」


このまま数日揺られながらイカと追いかけっこしているうちに、追手の警戒網にかかったのなら。アリアの言っていた、ミニゲーム完了後の救出劇は成り立つ。


「しかし、回想シーンでミニゲームを入れ込むのはどうなんだ?」


「オニキ!!墨で高そうな服が汚れますから。中に入っててくだせえ!!」


ほのかな矛盾を感じつつイカ墨を眺めていると、おかしな渾名で呼ばれた。誰が鬼貴だ。

今回のイベントは危険度的にはまだ当たりな方だったか。

パンパンと掌を打ち鳴らすと、イカまでもが動きを止め此方に注目した。ドアの隙間から此方を窺うピンク頭にイカを指す。


「アリアちゃん、都合の良い経験値とオヤツが来たからTECでも鍛えようか。」


「イヤァア!?とってもスパルタ!」


その後、幼女は船尾を付きまとうペットが焼きイカに変わるまでひたすらモリを打擲し続けた。筋肉痛との戦いを制したアリアは、巨大イカの動きが鈍り仕留める頃には戦士の顔付きになっていた。


途中、イカと一緒になって涙目で本当にやるのかと此方を見てきたが。早期に、安全に経験値を稼げる機会に、ミニゲームをやってる暇は無いだろう。

クラーケンは、船乗りの怪談が有名だ。外見からゲテモノな印象が強いせいか、あまり食肉としては人気が無いらしい。釣り餌や蒔き餌として使う程度だという。


「うへえ、そんなモン食ったら。腹を壊しやせんか?」


海賊は最初おっかなびっくりで手を出さなかったが。無毒を確認した後、アリアが威勢よく平らげるため、漢気を発揮していた。


「美ん味ぇ!炙りクラーケン、美味え!!」


「マジかよ、今迄殆ど棄ててたのにっ!」


この世界の人々は、モンスター食に抵抗は無い。養殖用に品種改良された家畜向けモンスターもいるようで、野生動物との違いが少ない。

怪力や魔力など、何らかの恩寵を発揮する一部のモンスターからは、オーブと呼ばれる魔結晶が採取できる。

子クラーケンの眉間から採取した、トルマリンの様なオーブを掌で弄びながら焼きイカを齧る。


「最近、小型のクラーケンはよくでるのか?」


「はい、5-6年前にガレッド洋沖で大型クラーケン二体が大暴れしてから。やけに小型のチビクラーケンが出るようになりやして。実は、繁殖してたんじゃねえかって噂になってます。」


「有り得るな。海洋モンスターの繁殖はギルドでも研究が進んでないから……。一度に膨大な数を産んでる可能性が高いな。」


艦長に、クラーケンの異常増殖について確認していると、また船が傾き。覚えのある揺れが再開する。


「ワァ、また来やがった」


「肉が楽しみじゃねえか、覚悟しやがれ!」


モリの近くの海賊に、アリアに渡すよう指示する。


「さ、お嬢。どうぞ。」


「また、私がやるんですね……。でも、美味しいから、頑張ります!」


船が磯臭くなるが、多過ぎる分は乾燥させてあたりめでも作るか。

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