14撃 成人指定の宴に子供が参加する方法

 1.


 海賊に退場願う事は決まったが、こんな大海原の真ん中で動力(船員)を減らす様な下手は打てない。先ずは、海賊たちの目的地の情報収集から始めよう。


 うってつけの手駒が手に入った事だし。精々魔女と呼ばれた魔性の話術を魅せて貰うとするか。アリアの俯いた天頂に視線を据えて問いかける。


「さて、この船旅の終着駅はどこだと思う?」


 何故か奴はビクリと肩を揺らし。無理だと訴えるように、頭と両手を振る。謙遜するなと海賊を視線で示し。「早くしろ」と口パクで伝えると。奴は漸く重い腰を上げた。


「ちなみに、鬼ぃ……アルフレッド様はお目当ての場所とか有るんですか?」


 よしよし、多少の学習能力はあった様だ。


「有るな、取り急ぎザハトルテアの情報収集が必要だ。動くならそれなりに大きな街が良い。海峡付近で理想的なのは、マスカルトかカシュリナかな。現在の航路は、治安と人身売買のルートを想定すると。アラザンあたりが有力だろうけど。」


「あ、もう結構お決まりだったんですね。それで、海賊相手に情報収集との事なんですが。……その、実はですね。あの……。」


 アリアは、突如モジモジと両手指を捏ね回しだす。盛大に伏せた視線を泳がせながら歯切れの悪い口調で呟き。まるで重大な告白をする予備動作の様に何度も深呼吸する。


「実は、前世からコミュ障を拗らせておりまして。攻略パート外では、シナリオがないと何を話して良いのやら……。」


「口だけが取り柄の魔女が口下手とは。潔い程役立たずだよね。」


 クルリと背を向けると、足元にすがり付いて来る。ああ、こういう暑苦しくて加減知らずなところも人馴れしてないって事だね。


「み、見捨てないでくださぁいっ。知った顔で同郷の貴方を逃したら。また道端で空き缶を眺める生活になっちゃいますぅっ!この世界の方々って何故か凄いグイグイ来るから、上手く合わせられなくって。皆気付いたらいなくなってるんですよぉ。」


 それは恐らく、君が気づかなかっただけで。いなくなる前に色々あったんじゃないかな。


「どうせ缶を置くなら。芸のひとつでも有れば、食うに困らなかったのにね。」


「うっうっ、この10年で得意になったのは泣き落としくらいですよ。命かかってますから。」


「僕も、霞のように君の前から消えても良い気がしてきたよ。まあ、海賊も人の子だし、君もまだ幼いんだから。得意の泣き落としで何とかなるんじゃない?……きっと。」


 見捨てないでと人目を気にして小音量で号泣していたアリアは、やがて意を決したように顔を上げる。


「女の覚悟ってヤツを見せてやりますよぉ!」


 勇ましいシャドウボクシングを魅せる幼女が、一目散に見張りの海賊へと駆け抜けた。さて、ヤル気が空回りにならなければ良いが。








 2.


「オーッホッホッホッホ……て。あ、いらっしゃいませぇー、鬼ぃ様。」


 アリアが見張りと共に姿を消してから、たったの半刻後の事だった。顔に幾つも刀傷を付けた、むくつけき見張りの海賊が僕の腕を引き摺って向かった先は。海賊船の食堂と思しき場所だった。


 船長用にあつらえた豪華な椅子に腰掛け、高笑いの元シャドウボクサー。周囲には、果物や料理を恭しく差し出す海賊達。


「何やってるの、アリアちゃん?」


「あ、あのっ。これはですねぇ。ヒロイン力が炸裂したというか。私の、あまりに不憫な身の上が同情を買いましてですね。」


「ご苦労さま。そのまま頑張って。」


 ヒロイン力って、女子力の親戚かな?この短時間で何をやらかしたのかと思えば。不幸自慢でお涙頂戴したというわけか。半分冗談でけしかけはしたものの。僕でもうっかり同情するレベルのアリアの波乱万丈っぷりは、凄まじいものがある。アウトロー集団の海賊達には、大受けにウケたらしい。何処かの殿下の様に、自叙伝でも書いたら売れそうだ。


 部屋の隅で打ち捨てられた女性達の無残な姿との対比は凄まじく。正に、天国と地獄の様相だ。


 彼女にかしずく男達は、口々に「お嬢、あっしは感銘を受けやした!」と男泣きに濡れている。この娘は、いつから任侠道のご令嬢になったんだろうか。


「元気そうだから、僕は倉庫に戻るね。」


 元見張りを捕まえて階段を降りようとすると、慌てたアリアが引き止める。


「待ってください、潤いがっ。華がこの場には足りないんですっ!私の傍で咲いてくださいっ。」


 むさくるしい男衆に囲まれ。男祭り状態の中央に鎮座する少女の叫びがこだまする。君は好きなだけ、海の漢華をとこばなを侍らせててくれ。








 3.

「坊ちゃん、アラザンが鬼門とはどういう事です?」


「この海域の賊を淘汰する掃討作戦を予定している。このまま寄港すれば、商品の販売ルートごと一網打尽は必至だ。」


「なんてこった……。」


 所変わって操舵室に拡げられた海図を囲む船長以下、参謀役と幹部級が数人。何故僕が坊ちゃん呼びになっているかは、お察しだ。アリアが懲りずに「おにぃ様」と言うものだから、すっかり兄妹と勘違いされた。僕の方が産まれは後だがな。


 息を飲み、顔色を無くす海賊共に視線をやり、僕は小さく頷いてみせる。本来であれば、賊共を見逃す謂れはないのだが。彼等は今、貴重な脚替わりである。


 マコロニュアとザハトルテア間の海峡整備は、母と僕のザハトルテア渡航に伴い急遽決定した。海運業で鳴らす海峡都市が母の父、つまり僕の祖父の所有領だったため。愛娘と初孫との対面に歓喜した祖父母が、今後の貿易促進を建前とした里帰り促進を目論んだ。海路の治安維持に乗り出したのだ。


 無論、対岸の整備はアルベルトにプレッシャーと共に課されたためザハトルテア側でも大規模な賊とアウトローな組織の掃討が行われる予定である。


 軍部首脳部を席巻する、ベリフレンシアの系譜の母の生家は。当然の如く武勇に秀でた自治軍を抱える。これまで、海賊の横行をのさばらせていたのは、一重に両国共に、互いの貿易に乗り気では無かったが為の弊害とも言える。


 マコロニュアとザハトルテアの価値観や文化は大きく異なる。芸術を至上とし、華美を尊ぶマコロニュアと、質実剛健を体現し。素朴で無骨な文化を育むザハトルテアでは衣食文化共に交わらぬ道を歩む。


 その為両国間での物の遣り取りは、これ迄驚く程小規模に留まるものだった。嗜好の似通った国内の外縁都市間の循環で事足りていた為。態々外の、毛色の違う商品を求める者は少なく。小規模かつ駆け出しの商人による、一部の好事家向けの商売に留まっていた為であろう。


 話は逸れたが、過去娘を失った期間の賠償も含め。アルベルトに課せられた祖父母の要求は重かった。この先遠く離れたザハトルテアにやる娘や孫と頻繁に顔を合わせるため。アラザン含めた治安が悪い都市の浄化。そして貿易港を整備し、親善大使として両国家間の交流を活発にするよう約束させられたのだ。


 人好きのする好々爺然とした顔をして、エグい程足下を見た要求をする。10年越しに会えた娘とその子をすぐさま連れ去るアルベルトへの怒りが相当深かったのか。「嫌なら諦めてくれて構わん。娘と孫は我が家で面倒を見るからな。」と無茶な要求を笑顔で語る祖父の目は、どこまでも冷たく本気だった。


 本国へ急ぎ使いを出すアルベルトと側近の働きは、向こう十年の貿易を変えたと言って過言ではない。私財では足りずに、ベリフレンシア本家からの支援があってこそのものであったが。まあ、それは良い。


 問題は、この先沈没が約束された泥船に、身を寄せている事だろう。元より海賊共と運命を共にする気などは無いのだが。短くも、有益な航路を歩もうじゃ無いか。

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