SEASON END 未来と冒険の予感
橘花音
これにて、終幕。
なにせ8月31日、夏休み最終日までやりきった。
これで、僕の夏休みの日常だか非日常だかいまいち分からない、冒険未満の生活記録は終わりを告げる。
割に長くなってしまったこの物語を、謎の少女と錦の意味深な会話で閉ざして終わりにするというのも一つの手ではあったけれど、しかし、それでは味気ない。
いやもう別にいいんだけどね。
味気ない、とはあくまで建前で、実のところ、鳥羽高校での
そう、ひとりだけ、この物語に名前だけ出てきて姿を見せていないやつがいる。そいつについての話だ。
橘花音。
既に何度か話には出しているので、説明不要かもしれない。僕が小学生時分に巻き込まれた事件で知り合った少女で、当時は橘観光という会社の社長令嬢だった。それがあれよあれよという間に、会社は複合企業タチバナグループへと成長し、彼女は令嬢から社長になった。まったく、高校生探偵とはいえ一市民の僕からすれば殿上人のような存在になってしまったが、それでも僕たちは交友関係を続けていた。
しかし、そうは言っても大企業の社長さんである。電話やらメールやらのやり取りは続くが、実際に会って喋ったりする機会はどうしても減っていく。だが、そんな中、やつは唐突に現れた。
「あー、疲れた」
賭博日和の会場になっている体育館から、僕たちが出たときのことだった。ここで言う僕たちとは、僕と、招待状の上ではパートナーとなっている後輩、扇しゃこさんである。
「別に僕について出る必要もなかったんだぞ?」
隣にいる扇さんに僕は言葉をかける。
「雪垣のやつについていってもよかったんだ」
「そうはいっても……」
扇さんは口をとがらせる。雪垣いわく『国民の妹コンテスト』で優勝できるくらいの外見の彼女である(表現が古いよなあいつ)、不機嫌そうな顔も様になる。
「一応、先輩のパートナーとして入りましたからね。それなりに振舞わないと」
変なところで律儀である。
「先輩の方こそ、笹原ちゃんを待たなくてよかったんですか?」
「ああ」
会場には笹原もいた。客としてではなく、イベントの進行役として司会を任されていた。DJササハラ、どの程度の知名度なんだか分からないがこういうこともしているらしい。
「あいつは仕事でいろいろあるだろうからな。待っても仕方ない」
時計を見る。
「今は……18時過ぎか。帰った頃には夕飯時だ」
「……………………」
僕の時計を見て、扇さんはなんとも言えない表情をした。
僕が今身に着けている時計……。タロット館以来、壊れた腕時計をうっかり散々つけっぱなしにしていた僕だけど、いい加減、八月の中ごろに新しい時計にした。高校生が――僕が高校生探偵であることを加味しても――身につけるには豪奢なアナログ時計は、有名ブランドのダイバーウォッチなのだという。
これを扇さんが意味深な表情で見たのには当然理由がある。というのもこの時計、扇さんからの贈り物である。まあ、あの扇さんのことなのでまさか親愛と敬慕の情を込めて送られたわけもなく、そこにはいろいろドラマがある。具体的に言うとこの時計を手に入れて雪垣に送ろうと画策し、その計画に僕を担いだ結果大きな事件に巻き込まれ、挙句やっぱり大好きな先輩への贈り物を手に入れるのに大嫌いな先輩を持ち出したのが癪に障ったらしく、事件解決の報酬と迷惑料代わりに僕へ渡されたという悲喜こもごものドラマが。
ちなみに、扇さんいわく『ミステリアスラグーン事件』と題されたその事件の舞台はタチバナグループの傘下、橘観光が運営するオーシャンリゾート施設である。この愛知県で娯楽施設へ入れば、そこは間違いなくタチバナグループの領域だ。
「明日から学校か。早く帰って寝るか」
「そうですね」
偶然にも意見が一致した僕と扇さんは体育館前のロータリーを横切り、鳥羽高校の敷地から出ようとする。
そのとき。
「………………ん?」
バラバラと。
空から何か、音が聞こえる。
「………………先輩」
扇さんが上を見た。僕もつられて顔を上げる。
頭上にヘリが飛んでいる。
いや、それだけなら別にどうってことないが、問題は。
ヘリが徐々に高度を落としていることだ。
「先輩……またなんかやったんですか?」
「なんで僕の来客って決めつけるんだ」
「この中でヘリに乗った人に因縁付けられそうなの先輩しかいないでしょ」
「鳥羽理事長とかいるだろ」
しかし、僕はヘリに乗った客人について何となく心当たりがあった。
というのも、ヘリが高度を下げていくにつれ、機体の側面に書かれた文字が読めるようになったからだ。
『橘観光』。
なるほどなあ……。
やがて、ヘリはホバリングしつつ、鳥羽高校のロータリーに着陸する。小型のヘリなので、あまり広い空間がなくても着地に難儀するようなことはなかった。
機体のドアが開き、中からひとりの女性が出てくる。
スラックスに半袖ブラウスとフォーマルながら夏らしい装い。履いているのはスニーカーで、腕にはめた時計は機能性だけを求めたチープカシオ。相変わらず華美性や装飾性が嫌いなやつだ。
体の線は細く、袖から伸びる腕は女性らしいまろやかさがあった。「人は見た目が9割は言い過ぎだが、第一印象はよくするに越したことがない」という本人の主義通り、シンプルな装いが様になるよう体の方はしっかり磨いている。今、この場にいる僕以外の人間はモデルか女優でも降り立ったかと勘違いしただろう。体育館に続くレッドカーペットが片づけられていなければ完璧だった。
髪は背中にかかる程度に長く、結ったりはせず風に遊ばせている。夕日に照らされ、黒髪は艶やかに輝いている。
「久しぶりだな、瓦礫」
「そっちこそ、花音」
彼女こそ、件の橘花音である。唐突な登場だが、まあ、彼女だしそんなものだ。
「よくここが分かったな」
「我が社の情報網を侮るな。以前、お前から鳥羽高校の話を聞いただろう。それ以来、面倒な学校だと思ってマークしていたんだ。いろいろ、面倒な動きがあるようでな」
「面倒?」
賭博日和のことを言っているのだろうか。そりゃあ、鳥羽理事長をクズとまで言い切った彼女のことなので、ため息もののイベントなのは間違いないだろうが。
「いや、今はいい。ちょうどさっき仕事が片付いてな。わたしも一応高校生として学校にも出ないといけないし……。そんなわけで今夜は空いている。食事に付き合え」
「そのためにヘリを飛ばしたのか……」
観光企業だから遊覧用のヘリくらいは当然持っているだろうけども……。
「積もる話も、あることだしな」
「なるほど」
そうだろうな。仕事人間の花音が、わざわざ貴重な空き時間を使ってただ僕と食事を楽しむためだけにヘリを飛ばすなんて、ない話だ。
「ところで、そこの女子高生」
花音は僕の後ろに向かって声をかけた。振り返ると、そこでは呆然と扇さんが立ち尽くしていた。
「え、はい?」
「挨拶がまだだったな。わたしはタチバナグループの社長、橘花音だ。ラグーンの一件では迷惑をかけた」
「ああ、はあ……」
扇さんは混乱しきりである。とはいえ橘という名前と「ラグーンの一件」で一応、話は通じたらしい。
「時間はあるか? もしそちらの都合が良ければ、事件の埋め合わせに食事にでも招待しようかと思っていたんだが」
さっと。
花音が周囲に目線を走らせる。
僕は何となく、その意味を理解した。
「食事……ですか?」
一方の扇さんは、事態が飲み込めていないような反応だった。
「そうとも。もしお前が
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