CASE:The Chariot 猫目石瓦礫という男

1 プロローグ

 人と人の出会いは、突然で唐突だ。

 そこに伏線が張られる余地はなく、布石が置かれる隙は無い。

 なにせ人生は小説と違うのだから。小説では「ためが少ない」とか「唐突感がある」、あるいは「ご都合主義的な展開だ」と言われるようなことだって、現実では十分に起きるのだ。

 例えば僕は現役女子高生社長と名高い、辣腕家の橘花音と知り合っているが、彼女と知り合ったきっかけは本当に些細なものだった。タチバナドームランド、あの、実験的な全天候再現型施設で偶然に出会い、そうと知らない中で一緒に遊んでいる内に、事件に巻き込まれた。僕は当初、なんで自分がテロリストに狙われているのかさっぱりだったが、その内実をようやく紐解いてみれば、彼女が当時社長令嬢という命を狙われる立場だったからだ。

 例えば僕は血もつながらなければ戸籍上の関係すらない彼女、木野哀歌を確かに妹と認めている。知り合ったのは実のところ、花音と知り合った事件と同じなのだが。花音との出会いが偶然で唐突であるのに対し、哀歌との出会いはある種の必然を持っていると思うのだ。だからだろうか、悲哀のことは母と呼んだことがないのに、哀歌を妹とすることに何のためらいもなかった。

 例えば僕は上等高校の相談役を自称するあの馬鹿――もとい愚劣極る紫崎雪垣の助手役サイドキックを自認する奇特な後輩である扇しゃこさんに敵視されている。敵視の理由は主に、僕が高校生探偵として幅を利かせればそれだけ雪垣の相談役としての存在意義アイデンティティを食ってしまうからだろう。ここまで来ると逆恨みに近いが、しかし人と人が知り合うのは、何も幸運なきっかけばかりとは限らない。

 後はだいたい、ご存知の通りだ。

 夜島帳とは、必然的に知り合い、恋に落ちた。それが恋であると認めるのに九年ばかりかかったけれど、その九年は今思えば必要なものであり、縮めようのない九年だと分かる。

 笹原色とは、やつの好奇心に振り回されるまま部活の先輩後輩になった。しかし……あいつを知ったのは今年の夏休みだというのに、今ではずいぶん気安い間柄になっている。

 切槍愛珠とは、突然姉弟になった。姉だの妹だの、唐突に増えすぎだろう、僕の人生は。でも、それもまた一興なのかもしれない。

 㐂島きじま奈々とは。紹介されて知り合った。探偵と呼ばれて久しい僕にすら物珍しく映る不幸体質の彼女は、いろいろ、厄介ごとと一緒にやってくる。

 いちじく無花果とは、ひとつの目的の元に集まった。出会いは偶然でも、目的が同じならばそれは素早く同志になる。まあ、その後の哀歌との関係についてはちょっと気がかりだが。

 目童真名子とは、ありうべからざる再会をした。死んだはずの彼女、もう二度と会うことはなかったはずの彼女は、生きて、再び不遜にも僕の師匠を名乗った。

 朝山数多とは、ひとつの苦難を乗り越えた。奈落村事件。わずか四名の生存者の中で、僕が共闘し、共同し、共に危機を乗り越えた戦友だと言えるのは彼だけだ。

 夜島麻布まふとは、運命的に出会った。探偵的な物語の枠組みを超えた、夢中での邂逅。それは本来起きるべきことではなく、しかし僕の人生に必須なことでもあったのだろう。

 そうやって、僕は人と出会っていく。

 くしくもあの粗忽者、すべてがギャンブルで決まるという驚異の高校、鳥羽高校の理事長である鳥羽始の言った通り。

 探偵とは事件に出くわすものであり、事件が人によって引き起こされるものである以上、探偵は多くの人と出会い、知り合い、関わり合うのだ。

「でも、なあ」

 そんな僕の独白を、遮る者がいた。

 鈴を転がすような、可憐で清冽な声。

「さっきからあんさん、他人の話ばっかりや」

 そして、くすりと笑う。

「自分語りと武勇伝は男の花や。ま、たいていの男いうんは、しょーもない、ちゃちなことしか語れへんのやけども。でも、あんさんは名探偵めーたんてー、やろ? だったらうちをこそばゆくさせるような、面白いお話のひとつでもあらへんの?」

「…………………………」

 そう、ここまでは、他人の話。

 僕の話ではない。

 いや、そうではないのだ。

「その、他人の話こそが、僕の話でもある」

 夜島帳。知性と貞淑を意味する『女教皇』を持つ恋人。

 笹原色。幸運と吉兆を意味する『星』を持つ後輩。

 切槍愛珠。崩壊と不吉を意味する『塔』を持つ姉弟。

 㐂島奈々。輪転する運を意味する『運命の輪』を持つ隣人。

 九無花果。正義と公正を意味する『正義』を持つ同類。

 目童真名子。調和と完成を意味する『世界』を持つ師匠。

 朝山数多。宿命と覚醒を意味する『悪魔』を持つ同胞。

 夜島麻布。深慮と忠告を意味する『隠者』を持つ義母。

 カードを山札から順番に、一枚ずつ引いていく。すると残ったカードが何であるか鮮明になるように。

 周りを語れば、僕という人間もまた、鮮明になる。

「僕の周りにいる誰かを語ることは、僕を語ることだ」

「ふうん。無骨しゃいなんやねえ。うちはそういう男の方が好みやね。でも……」

 そう言って。

 彼女は。

 僕を見た。

 睥睨する。

「うちはそうやって、周りの誰かにされるのは嫌や」

 大仰で、今どきそんな訛り方しないだろうと言いたくなる京都弁。

 この場に、いやどの場にだってふさわしいとは思えない、薄墨色の質素で飾り気のない浴衣。

 浴衣の袖からのぞく手は細くなめらかで、芸術家が心血を注いだ蝋細工のようである。

 髪は幼子のようなおかっぱだったが、その稚気がいっそう彼女をなまめかしくさせる。

 紅を引いた唇はわずかに口角を上げ、微笑んでいる。

 だが。

 黒真珠のごとき、大きくこちらを見据える輝かしい瞳からは、一切の感情が見えない。

「なあ、瓦礫くん」

 ばさりと。

 扇子を開いて口元を隠し、目だけでこちらを見つめてくる。

「これはゲームや。どちらかがどちらかをいうゲーム。女を口説くのに他の女の話を持ち出してきたときはさすがに驚いたわ。でもな、ゲームやからって、無下にされて笑ってられるほどうちもお人よしやないで?」

「生憎、僕に女を口説いた経験はなくてね。僕なりに精一杯、やっているつもりなんだ」

 とはいえこれは時間稼ぎ。

 本番は、ここからだ。

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