5 夢は醒めて
後日。
僕は悲哀と帳を伴って、再び問題の部屋を訪れていた。
もう一度、彼女に会うために、ではなく。
謎を解くために。
「やっぱりあった」
さすがに、NPO法人で犯罪関係者の支援を行っている悲哀だけのことはある。部屋に隠された機械類の発見はお手のものだった。
僕が推理した通り。
問題の機械は、ベッドの天蓋部分から見つかった。
「これは何?」
取り外された機械を見て、帳は首をかしげる。
「隠して設置されたものがあると聞いていたから小型のものを想像していたのだけど、思ったより大きいのね。スピーカー?」
「おそらく、指向性スピーカーだ。当時としては最新式の」
なぜ、僕が夜島
その仕掛けがこのスピーカーだった。
「今からおよそ二十年くらい前に、あの人はこの部屋のベッドにこの指向性スピーカーをつけた。ちょうど、ベッドの中央に寝た人間の耳に音が届くよう調整してな」
「それが、どうかしたの?」
「これは言わば駄目押しだ。夜島一族の人間なら、あの人の強烈なキャラクター性も相まって、こんなところで寝れば十中八九彼女の夢を見る。だが、その夢見を確定的なものにするために、あの人は自分の声を吹き込んだ音声を、このスピーカーで流した」
人間が見る夢の内容を決定づける要因のひとつに、外的な刺激がある。レム睡眠中の、比較的眠りの浅い間であれば人間は外界からの刺激を受け、脳がある程度は反応する。だからこそ、人は寝ていても物音で起きるし、目覚まし時計も機能する。
夜島一族の人間は、レム睡眠中の脳の活動が常人よりも活発だ。それは裏返せば、レム睡眠中に外界から受ける刺激への反応もまた、常人より活発であることを意味している。
「でも、じゃあなんで瓦礫くんは夢を?」
「帳や悲哀からあらかじめ聞いていた情報に、このスピーカーから流された音声を足してできた『夜島麻布のイメージ』を夢に見たんだろう。夢を見るかもしれないと思っていたから、僕の睡眠は比較的浅かったし」
あるいは。
まがりなりにも探偵として活動でき、その結果夜島錦をその地位から蹴落とせる程度には高い能力を有していた僕は、常人よりレム睡眠中の活動が活発だった、のかもしれないが。
「指向性スピーカーってのがミソだな。たぶん、それなりに小さい音量だし、ベッドの中にいないと聞こえない。くわえて周りに人がいない離れという条件だ。誰も、寝ている間に音を流されていると気づかなかった」
「それにしても、昔に仕掛けた機械が今も動いているなんて不思議ね」
「そうでもないだろう。なあ、悲哀」
ベッドの下を探っていた悲哀がひょっこり顔を出す。
「このベッド、重量感知式のスイッチがついてた」
つまり、スピーカーは誰かがベッドで寝ないと動かない。だから二十年近く放置されていても、使用された回数は少なく、その分摩耗しなかったのだろう。ベッドの天蓋部分に隠されていたから、埃の影響も少なかっただろうし。
「と、いうわけだ」
僕は帳に、カセットを手渡した。ベッドに仕掛けられた音源の正体である。時代を感じさせる。
「お前の母親の、貴重な肉声だ」
「瓦礫くんは聞いたんでしょう?」
「いや、寝ていたから覚えていない。あらためて聞こうとも思わないしな」
「…………そう」
帳はカセットを受け取って、感慨深そうにそれを眺めた。
「ところで」
後ろから悲哀が話しかけてくる。そっちを振り向いた。
「一応、あんたの推理には納得しているんだけど、あんた自身はそれをどこまで納得してんの?」
「…………………………」
鋭いやつだ。
「さてね」
僕はそれだけ言って、部屋を出る。
悲哀の言うとおりだ。
説明はできる。推理はできる。
そしてそれは、おそらく正しい。
だが、そこにどれほどの意味がある?
僕は確かに、あの人の夢を見た。決して、僕の持つ断片的な情報とスピーカーからの音声で再構成されたまがい物ではない、本物の夜島麻布の姿を夢に見た。
あれは、再現とか、再生とか、そんなちゃちなものじゃない。
間違いなく、その人そのもの。
僕は夜島麻布という女に、実際に会ったのだと確信している。
しかし、それは………………。
まるでオカルト話だ。
探偵の物語には、ふさわしくない。
「……………………いや」
それもまた、一興か。
なにせ今は夏。怪談話にはもってこい。死人がよみがえったところで、文句など出ようはずもない季節だ。
それに。
探偵の日常が、探偵的とは限らないんだからな。
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