CASE:The Hermit 夜島麻布と夜の夢

1 プロローグ

 探偵というのは因果な商売だと、最近、とみにそう思う。

 いや、まあ。

 僕は九年前、小学生だてらに天才探偵と呼ばれた夜島錦をその地位から追いやり、探偵代理という立場を得た。その後、探偵の代打としてそれなりに活動し、それなりの事件に巻き込まれた。

 とはいえ、代理は代理だ。

 僕は正式な探偵ではなかった。どれだけ多くの事件に巻き込まれ、どれだけ多くの事件を解決しようとも、僕が正式には探偵ではなく、ただ探偵を追いやったという一事によって、その代理を演ずるほかに責任の取りようがなかったというだけのこと。

 とはいえ、その代理活動もタロット館事件で終結した。

 僕が探偵という地位を欲したのは、夜島帳の傍にいるためだった。しかし、タロット館事件ではっきりしたのは、僕と帳――僕たちには、探偵なんて立場は必要ないという身もふたもないことだった。探偵という立場がなくとも、僕たちはただ僕たちとして、互いに傍にいられるのだと知った。

 しかし、間が悪いというかなんというか。

 探偵という立場が不要になり、その立場に拘泥する必要がなくなったのと同時に、僕はタロット館事件の解決によって、探偵代理から、探偵へとその立場をステップアップする羽目になった。

 まったく、受験を控えた高校生には重い話で。

 あのタロット館で、名探偵と言われていたくせに最初に死んだ宇津木さんに、愚痴のひとつでも言いたくなるというものだ。

 で、話を戻して。

 僕が探偵なのか、探偵代理なのかという点は、実のところ他人にとってはどうでもいいポイントだ。

 いくら僕が代理であると叫んでみても、周囲からすれば探偵らしく振舞う、探偵らしい能力と性格をそなえた人間がひとりいるという話で。

 それはもう、ただの探偵だ。代理じゃない。

 そういうわけで、僕は自認の上では九年間を探偵の代理として過ごし、ようやく探偵になったところではあるけれど。

 それはともかくとして、周囲からは探偵として扱われ、それなりの扱いを受けてきたわけだ。

 だから、探偵について「因果な商売だなあ」くらいの感慨も抱こうというものだ。

 で、具体的にどう因果な商売なのかという点なのだが、それこそ、これはタロット館で宇津木さんから聞いた話である。

 探偵は、陰謀論に巻き込まれやすい。

 巻き取られやすい、というべきか。

 探偵はその性質上、謎を解読する。一般人であれば謎をそのままにして放置し、通り過ぎればいいところ、探偵はそこに謎を見出したら、解決せずにはいられない。

 というより、謎を解決する存在こそが探偵なのだから、そこで謎を見落とせば自身のアイデンティティに関わってしまう。

 しかし世の中には、謎のままにしておかざるをえない問題というのも多々ある。

 UFOとか、未確認生物とか。

 幽霊とか、心霊現象とか。

 予知夢や正夢なんてのも、そうか。

 世の中には現在の科学や常識では判断がつかず、理解の及ばないことは往々にしてある。一般人であればそれらは「そんなもの」だと適当に判断をつけ、通過すればいい。だが探偵はなかなか、そうはいかない。そこに謎があれば、解決せずにはいられない。

 解決できないにも関わらず。

 あるいは、探偵の能力の高さゆえに、ある程度は上手く解決できてしまう、ということもあるが。

 それこそ、僕が以前、やったように。

 例えば、不幸体質と幸運体質。

 僕はこの夏休み中、ある人たちと出会った。すべてをギャンブルで決するという驚異の高校、鳥羽高校のOGであり、千回以上のギャンブルを負け続けたという不可思議な不幸体質の持ち主、㐂島きじま奈々。

 そしてその高校の理事長であり、これまでの数多のギャンブルを勝ち続け、敗北は片手で数えられる程度しかないという幸運体質の男、鳥羽始。

 彼女らの不幸体質、幸運体質に対し僕は一定の説明を加えた。それは言ってしまえば、占いが当たるのと同じ理屈。一度、彼らに不幸体質や幸運体質というレッテルがつけば、実際のギャンブルの勝敗は無視され、そのレッテルに都合のいい結果しか見られなくなる。当人たちもそのレッテルを鵜呑みにし、レッテルにふさわしい結果しか記憶しなくなる。ゆえに、彼女には負け続けるという不幸のイメージが、彼には勝ち続けるという幸運のイメージが残る。

 それだけの話。

 だと、説明をつけても、しかしそれは、説明をつけたというだけのこと。

 未確認生物について「それは見間違いだ」と言うのと、同等の意味合いしかない。

 確かにそうだろう。そうかもしれない。それが現実的な判断であり、推測だ。

 だが。

 その推測に意味はなく、またその推測が当たりである確信はない。

 本当に、ただ、説明をしただけ。

「まさに、コナンドイルが最終的にオカルトへ傾倒したように」

 宇津木さんは、そう説明した。

「何にでも説明ができる、できてしまうという事実は一種の万能感として機能する。自分には世界の謎を説明できるのだという自信、傲慢。それはあっという間に、陰謀論へ転がり落ちるきっかけになる」

 陰謀論とはすなわち、世界の謎を自分は知ることができ、理解することができ、説明することができるという傲慢だ。

 仮に陰謀論が事実だとして、フリーメイソンだのイルミナティだのが何かを仕掛けて世界を裏で操っているのが事実だとして。

 どうして一般人、凡人凡才凡夫たるお前にそれを知ることができるのだという話。世界を裏から牛耳れるだけの組織が、ただの愚昧であるお前に、何かを気取られるはずがないだろうと、常識的に考えれば分かること。

「厄介なのは、探偵は一般人よりかは能力的に優れているということ。そして――――」

 と、宇津木さんは室内でも脱がない帽子を触った。

「ときに探偵の仕事は、そんな陰謀論めいたことが事実として現れるということだろうね」

 それこそ、奈落村事件のように。

 奈落村。神の目の開眼を目指した新興宗教、心眼会が修行の場として用意した、閉鎖空間の村。そこに五年前、僕を含めた額縁中学剣道部の面々は拉致され、そこで殺人事件が起きた。

 カルト宗教の総本山。そしてそこで起こる殺人劇。村人と剣道部員総勢百余名のうち、生存者は四名に過ぎない。そんな、情報だけを書きだしたらそれこそ陰謀論めいた何かでしかないような事件は実際に起きて、僕たちは生き残った。

 ただ、このとき。

 宇津木さんと話しているとき、僕が陰謀論と聞いて思い出したのは、奈落村事件のことではない。

 夜島一族のことだった。

 品種改良の一族。

 平安の世。親の性質が子に遺伝するということすら把握されていなかった時代から、遺伝による品種改良を細々と続けてきた一族。

 そんな話を帳から聞いたときは、それこそ陰謀論めいているとは思ったけれど、それを嘘だとは思わなかった。

 帳の性格を考えれば、嘘をついていると考える方が妥当であるにもかかわらず。

 帳の性質を考えれば、事実であると考える方が妥当だと思ったのだ。

 人を人と思わない性格。この世のすべての人間は自分の思い通りに動くのだと考え、事実動かしてしまうカリスマ性。そうした気質の根幹となる、多言語を容易に操り、一度見たものを忘れず記憶できる常軌を逸した知性。常人であれば十回死んでもお釣りがくるほどの大病を患いながら、最終的に健常者レベルまで快癒する生命力。

なにより。

 美しさという抽象的な概念を説明するために造られたが如き容姿。

 白磁のごとき滑らかな肌。しなやかで強情な四肢。瑞々しい黒髪。薄く色づいた唇。

 満点の星空を押し込めて作ったような瞳。

 夜島帳という少女は、偶然にそうなったのではなく、長い年月をかけ、そうなるように作られたのだという説得力を、全身から放っていた。

「だからここから先、重要なのは」

 と、は言った。

「そんな夜島帳の伴侶になる覚悟がお前にあるのか、ということだよ。猫目石瓦礫」

 帳の母。

 夜島麻布まふ

「品種改良の一族にとって。探偵の遺伝子なんてのは喉から手が出るほど欲しいものだからねえ。夜島一族の性質に、探偵の能力が合わさればどうなるのか。それを知りたいやつは大勢いる」

「……………………」

「だから大事なのは、お前にその覚悟があるかどうか、だ。いやお前だけの覚悟では足りないな。自分の子どもすら実験動物のように扱われる覚悟がお前にあるのか、ということだ」

 覚悟、ね。

 その疑問に答える前に、ひとつ、どうしても気がかりがあった。

「あなたは……」

「ん?」

「本当にあなたは、夜島麻布なんですか?」

 僕が彼女と、帳の母と話をすることは原理的に不可能なのだ。

 なぜなら。

 彼女は、既に死んでいるのだから!

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