切槍藍也
「いやあ困った困った。ただでさえ体に爆弾を巻きつけられたのに、さらに車にまで仕掛けられるとはね。おそらく火薬量は車のものとこれとで同じだろう。つまり爆発すれば僕は助からないどころか、周囲にいる君たちも危ないということだ」
「それが分かってるならなんで店入ってきたんですかね」
切槍藍也。
木野哀歌の義兄であり、切槍愛珠の実の兄である男。
このわずかな間に、まあ、その、なんだ。愛珠がどうして「兄はひとりで十分だ」と口癖のように言うのか、その理由がよく分かる人なのだ。
「お、おいちょっと待て!」
雪垣がカウンターから出てくる。
「この人、お前の知り合いか!?」
「いや、違うが」
他人の振りをしてみる。そりゃあ、待ち合わせ場所に爆弾括りつけられた状態でやってくる人と知り合いだとは思われたくない。
「なんだあ、無関係かあ」
たぶん事情を察しただろう真名子が適当に調子を合わせてくる。
「そんなわけあるか。お前、また面倒事を引き込んだな?」
「また?」
まるで僕が毎回何か面倒事を持ってきているみたいだな、心外だ。
今回に関していえば完全に僕も巻き込まれた被害者だ。
「ひとまず、お客さんには避難してもらったけれど……」
マスターもひょっこり顔を出してくる。そういえば、さっきの騒ぎの間に客は僕たちを除いて店から退避していた。焦るばかりの雪垣と違って、さすがに店一軒を切り盛りするマスターはそのあたりしっかりしている。
「その人は誰? 猫目石くんの知り合い?」
「まあ、一応」
しぶしぶ認める羽目になった。
「一応とは酷いじゃないか」
藍也さんはしゃきっと立ち上がり、快活な笑みを見せる。
「初めましてみなさん。僕は切槍藍也。普段は東京で探偵業を営んでいます。今日は猫目石くんとちょっと会合があってこちらに寄ったのですが、折悪く爆弾を括りつけられてしまいまして。高校生探偵と名高い猫目石くんなら何とかしてくれるだろうと思って急いできたわけです」
「そんな雨に降られたみたいなノリで爆弾持ってこないでくださいよ」
「君も大変だねえ」
あの真名子に同情されてしまった。
「おや、そちらのお嬢さんが噂に聞く目瞳真名子さんかな?」
藍也さんの矛先が真名子に向いた。
「初めまして、藍也くん。わたしが目童真名子だ。こう見えても昔は新興宗教のカリスマをしていたこともある、ちょっとやんちゃなお姉さんさ」
「こちらこそ初めまして美しい人。こうして会えたことを光栄に思います」
気障ったらしく、真名子の手を取って藍也さんが答える。爆弾を括りつけられた人間の余裕じゃないが、この辺はさすがに元政治家排出一族の切槍家として教育を受けているだけのことはあるだろう。
いや単に藍也さんが頭おかしいだけかもしれないが。いかんせん傍目には美男美女なので、爆弾さえなければ普通に様になっていただろう。
爆弾があるならあるでスパイ映画のワンシーンみたいで映えてしまう。何しても映えるやつらだ。
「切槍? まさかこの人……」
雪垣は彼が愛珠の兄だと気づいたらしい。
「いやそんなことより、その爆弾!」
とはいえ、話の大事なところは爆弾である。
「落ち着いて、雪垣くん」
マスターが後ろから声をかける。
「まず、その爆弾は本物なの? 猫目石くんは探偵だから分かるでしょ?」
「無理をおっしゃる」
高校生探偵に爆弾の区別はつかないだろう。
とはいえ、まずこの爆弾が本物であるか、確認する必要はある。とにもかくにも観察だ。
藍也さんに括りつけられた爆弾は、アウトドアで使うようなポケット付きベストに様々な機械類やコードを取り付けたものである。おそらく爆薬はポケットだけでなく、布地の裏などにも詰め込まれているだろう。こいつが起爆すれば、少なくとも藍也さんは木っ端みじんになりそうだ。
さて、この爆弾を爆弾らしくしているのは、やはり目を引く大きなデジタル式タイマーだ。刻一刻と減るタイムは残りおよそ三十五分。元は一時間くらいあったかもしれない。
他に気になるのは、テンキー。おそらくパソコン用のアクセサリで、テンキーのないキーボードに接続してテンキーを追加するためのパーツだ。それが取り付けられている。テンキーの上には液晶パネルがあり、七つのアスタリスクが『***-****』と光っている。
分かりやすい。七つのパスコードを入力すれば爆弾は解除されるというわけだ。
「いたずらでは、ないんだろうなあ」
「そもそもイタズラだったら、車は爆発しないよねえ」
僕と真名子は同じ結論に達した。
これは爆弾だ。
「気になるのはそのテンキーかな。普通、人間爆弾をやろうってやつはこんな解除方法を用意しないはずだけど」
「とはいえ、藍也さんの車が吹っ飛んでいる以上、まさかこっちの爆弾は偽物ですとはならないよな」
だから本物だと考えられるわけだが。
雪垣が後ろから声を荒げる。
「お前、何とかしろよ探偵!」
「ここはお前の店なんだからお前がなんとかしろよ相談役」
醜い役割の押し付け合いである。
「そもそも、こんな爆弾の解除は私たちの仕事じゃないでしょう?」
マスターはまっとうなことを言って、スマホを取り出した。順当に警察へ通報するらしい。
しかし。
「うーん、ちょっとまずそうだな」
真名子が唸る。
「まずそう?」
「うん。そもそも、この店の近くで藍也くんの車が爆発しているわけだよねえ。これ、警察ここまで来れる?」
「さすがに来れますよ」
この辺の地理には詳しい雪垣が答える。
「『パラダイスの針』が路地の行き止まりに店を構えているならともかく、住宅街の一角なんですから。道はいくつかありますよ」
「いくつか、ねえ。いくつかで足りればいいけど」
「え?」
「外」
言われて、僕は店の窓から外を覗いた。
見ると、外を謎の一団が練り歩いている。
「名古屋令和区へのカジノ誘致、反対!」
「反対!」
………………なんだあれ?
デモ行進、か?
なんでこんなところで?
「デモ、だと?」
「あれはカジノ誘致反対派のデモだね」
ずっと立っているのもどうかと思ったのか、藍也さんはいつの間にかカウンター席に座っていた。
「カジノ?」
「おや、猫目石くんはカジノを知らないのかい? そういえば以前、哀歌にギャンブルへ引きずり出されたとき、賭博は探偵の領分ではないということを言っていたね。しかしフィクションにおいては
「いやカジノは分かりますよ。そのカジノ誘致の話が分からないんですって」
「今、日本にあるカジノは大阪都天京区にあるものだけだ。カジノというより、正確には総合リゾートなんだけどね。ただ、大阪の事例で勢いづいて、日本のあちこちでカジノ誘致の運動が以前より活発になっているんだ。横浜、札幌、神戸、福岡あたりが候補地かな?」
「なんか唐突にそんな設定出されましてもね。続編で使うんですか?」
「その予定だとも。ぜひ僕を主人公にしてほしいが、その辺は神のみぞ知るだね。とはいえ、あれが本当にカジノ誘致反対派かは怪しいところだ。こんなところでデモなんて妙だからね。ひょっとしたら反対派に見せかけた誘致派の工作かもしれない。ああいう手合いは、よく自作自演を使うから」
「住宅街でシュプレヒコールを挙げて反対派が迷惑行為をしているというイメージ作りですか」
「いや、案外、この爆弾の送り主かもしれない。そこまでいくと陰謀論めいているけど、カジノ誘致は政府といくつかの企業が癒着しているからね。これくらいのことは、可能不可能の話をするなら実行は可能だよ。そして実行可能であるということが、とても大事なんだ」
まあ、そんな藍也さんのご高説はともかくとして。
「駄目……つながらない」
マスターがスマホを置く。
「さっきから何度もコールしているのに、警察につながらない」
「どうも、各地で爆弾騒ぎが起きているらしいです」
雪垣もいつの間にか、スマホを持っていた。おそらく例の、知り合いの刑事に連絡を取ったんだろう。その様子では空振りのようだが。
「爆弾処理犯の到着は待っていられないみたいだねえ」
真名子が爆弾のコードを触りながら何の気なしに言う。
「あと三十分ばかりで着くとも思えないし、仮に近くまで来ていても、車の爆発炎上とデモ行進で道を塞がれている。よしんばギリギリ到着したとしても、ギリギリでは意味がないね」
「すると、僕たちで何とかするしかないと……」
「そうなるね」
「逃げるか」
それが一番いい気がした。真名子を連れてこの場を離れるのが最善策だ。
藍也さんが死んでも悲しむ人とかいないだろうし。
「逃げましょう、伊利亜さん!」
雪垣も同じ結論に達したらしい。やつはマスターの手を取った。
「でも…………」
しかしマスターは動けない。
「このまま逃げたら、お店が……。まだローンも残ってるし」
案外俗っぽかった。
「…………………………はあ」
仕方ない。
「解除するか」
「おおっ」
藍也さんが歓喜の声を上げる。
「そうこなくてはね。さすが天下の高校生探偵。やはり頼りになるよ」
「………………………………」
やりづらいが、まあ、やるか。
探偵の、開始だ。
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