CASE:The WORLD 目童真名子とは師弟なのか
1 プロローグ
予感、というものがある。
さすがに四歳の頃から多くの事件に巻き込まれ、ついには「お前がいるから事件が頻発するのだ」とあらぬいちゃもんまでつけられるようになった僕だ。強盗に殺害されてダイニングに放置された両親と一週間ばかり過ごしてみたり、密室と化した小学校の教室で死んでいるクラスメイトを発見してみたり、社長令嬢の視察に付き合って傭兵部隊とドンパチしてみたり、部活動の遠征の帰路で新興宗教の総本山に拉致されてみたり、修学旅行先の台湾で誘拐された幼馴染を助けるつもりがギャングを片っ端から壊滅させてみたり、ほいほいついていった孤島に建つ資産家の別荘で名探偵から死ぬ連続殺人事件に巻き込まれてみたり、たまには先輩らしいことをしてみようと後輩の助力をしたら二人揃って逆恨みの八つ当たりを食らってみたり、誘拐された女の子を助けようとしていたらその子の家族にまつわる未解決事件を解決していたり。
エトセトラエトセトラ。
これだけ多く事件に巻き込まれると、予感というものを得ることがある。
予感という言葉が探偵らしからぬ霊感に満ちていると不満ならば、経験則と言い換えてもいい。
多くの事件に巻き込まれる最中、僕はある種の波のようなものを感じることがあった。引き潮と満ち潮。事件に巻き込まれそうな流れとそうでない流れ。迂闊に動いても問題なさそうな空気と、油断したら最後死ぬかもしれない空気。
その中で、僕の高校生活最後の夏休みは比較的穏やかな波だったと言えるだろう。事件らしい事件に巻き込まれる予感はなかった。まあ、先ほど並べ立てた僕の体験談の後ろ二つはその夏休み中の出来事なのだけど、巻き込まれた後輩と女の子には悪いが僕からすれば大したことではない。
リアルタイムで人が死んでいないうちは大したことない。
そんな僕にひとつの予感があったのは、夏休み最終週のことだった。いよいよ終局化、もとい本格化し激しさを増す受験戦争に一受験生として参戦しなければならない、その決意を固めるべき時期である。そんな大事な時期だというのに、僕はふと思った。
これやばいな。
僕の日常、終わるかも。
少なくとも人が死なない穏便な日は、終わるかもしれない。
具体的にどう終わるとか何が終わるとか、じゃあどうしてそう思ったかと言われると答えに窮するが、そう思ったのだ。ゆえに予感霊感の類である。ともかく、さながら地震を予知したペットがそわそわするような心持が僕に芽生えたと思ってもらって構わない。
「いや、お前はそれ受験生としてどうなんだ」
「ええぇ」
そんな話を僕がしたのは担任の鷲羽先生であり、その先生からの返答が以上のようなものである。
ええぇ。
そりゃそう言いたくもなる。
「待ってくださいよ先生。結構今真面目な話しましたよね」
真面目も真面目、大真面目である。予感霊感の話など、僕はかつて誰にもしたことはない。今日の午後だってデートの約束をしている恋人の帳にだってこんな話はしたことがないと説明すれば、僕がどれだけこの手の話を封じてきたか分かるだろう。
「お前はまず、受験先を決めろ」
「………………」
それはその通りである。
夏休み最終週、そして補習の最終日においてわざわざ鷲羽先生が僕を職員室に呼んだ理由は、要するに僕に受験生としての自覚がないからだった。
「そう言われましてもねえ」
思えば、受験生だどうのとは自負していたが、どこを受けるとか、そういうことは一切考えていない僕なのだった。
「ま、お前の経歴を見れば探偵にでもなった方がいいかもしれんがな」
と、鷲羽先生は冗談めいたことを言った。口調はまるで冗談めいていなかったが。
探偵。
僕は七月末から八月上旬にかけて、朝山家所有の孤島にある別荘で連続殺人事件に巻き込まれた。世間にタロット館事件と呼ばれるそれは名探偵から死んで云々という事件なのだが、死んだ名探偵の代わりに事件を収めたのが不肖僕であり、以来、名探偵の後継者だなんだと騒がれている。さすがに今はだいぶ沈静化したところだが、一方で探偵という肩書がある程度であれ世間によって貼られてしまった意味を考えないわけにもいかなかった。
探偵――正確には僕は探偵代理だった――という肩書は、僕が帳の傍にいるために欲っしたものであり、しかしその肩書がなくとも僕と帳は隣り合うことができると理解した今現在においては、さして重要視する肩書ではなくなっていた。
世間に認知される頃に不要となるとは、間の悪い肩書もあったものだ。
「探偵で食っていけるんですかね?」
「俺は知らん。お前の方が詳しいだろう」
僕も知らないのだが。
「ともかく」
鷲羽先生はこの面談を打ち切るべく、話を常識的なラインに戻した。
「お前の成績は悪くないんだ。そこが幸いだな。別に今、将来のことを全部決める必要は無いぞ。ひとまず進学先をどうするかだけ決めてもらえればいい。とりあえず国公立で手直なところにあたりを付けたらどうだ」
「考えておきます」
結局、そうなるような気がする。今の成績でそれなりに可能性のあるところ。それくらいしか、僕があてにできる指針はない。
どういうわけか帳は進学をどうするか聞いてもはぐらかすし。別に同じ大学に行きたいわけではないし、しいて一緒にいる時間を作ろうというわけでもないが……。せっかく恋人関係になったのに遠距離恋愛というのもな。強い動機があってある大学でないと駄目というのならともかく、少なくとも僕はこの通りこだわりがないわけだし。
などと、つらつら考え事をしていると、廊下を前から一人の女性が早歩きで歩いてきた。早歩きというか、ほとんど走っているくらいの速度が出ているが、フォームとしては早歩きである。速度の原因はその女性が天を突くほどの長身で、従って歩幅も相応に広いからなのだった。
「神園さん?」
「ああ、いたいた、猫目石くん」
どうやら目的は僕だったらしく、その女性は肩にかけたライダースジャケットを持ち直してこちらに寄ってくる。聞いた話じゃ三十代も後半のはずだが、それよりも若く見える溌溂さがあった。
彼女は神園薫という刑事で、諸般の事情で京都府警から、京都の大学の犯罪心理学者に付き添ってこの上等高校に出向いているのだった。
「どうかしましたか?」
「今、保健室にあなたの妹さんがいるから、あなたを呼ぶように保健室の先生に言われたのだけど」
「
じゃあいいや。
愛珠は僕の姉であり妹で…………という説明はもういいだろう。要するに同い年の義妹である。プロボクサーであり少年漫画の主人公とタメを張れるくらい頑丈なので心配には及ばない。
「いえ、その子じゃなくて。赤いセーラー服を着た子。この学校の生徒じゃなかったみたいだけど、前言ってた哀歌ちゃんじゃない?」
「哀歌が………………!?」
哀歌が上等高校に? しかも保健室?
「来客用の玄関を通って職員室に行こうとしていたみたいだけど、見つけた先生が、その子の顔色があまりに悪いからって保健室に――――ちょっと!」
僕は駆けだしていた。哀歌を見つけた教師に、そのままにしておけば職員室で合流できたのにと悪態をつくのは後回しだ。
僕の中でむくむくと大きくなったのは、今週に入ってからの予感だ。日常が終わる予感。誰かが死ぬかもしれない予感。それがもっとも嫌な形で発露した、その危険性を考えずにはいられなかった。
しかしよりによって、そっちか。
保健室に着くと、騒音も気にせず扉を開く。ガシャンと、覗き窓が揺れて嫌な音を立てる。空いたベッドのひとつに腰かけていた哀歌は音に反応して僕の方を見る。なるほど、その顔は真っ青で、瞳は今にも零れそうなほど涙が溜まっているのが分かった。
「兄さん………………」
立ち上がった哀歌は、こちらに足を踏み出そうとしてふらついた。慌てて近寄って受け止める。
「師匠が…………師匠が」
師匠………………。
なるほど、いやはや。
予感の正体がまさか病没の危機とは、僕も思い至らなかったぞ。
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