5 アフターショック

 鳥羽高校野球部、草霧野球団、およびいくつかの野球チームで大規模な違法賭博が行われていたというニュースが衝撃を持って語られたのは、夏休みも残り一週間を切ったある日のことだった。

「きっと、甲子園の熱に水を差さないようマスコミが忖度したのでしょう」

 というのが哀歌の推測だったが、僕としては単に規模が大きすぎて警察発表が遅れただけなんじゃないかと思った。

 どちらにせよ、今回ばかりは立浪たちいわゆるボンボンも、逃げ場を失っているといいのだが。哀歌は彼らの更生になんら興味を示さなかったが、僕は一応数年を長じる者として、青少年の更生の機会があるならば是非それに賭けたいと思うのだった。

 例え張本と松阪の結局どっちがどっちだったのか分からないほどにしか、彼らのことを知らなかったとしても。

 それにそういう、将来を期待する態度はあの人でなしの理事長を軽蔑するためにも必要だと思うのだ。ギャンブルを自分の学校で認めてしまい、その奇抜さを誇るばかりのあの男を反面教師とするならば、僕はまっとうに僕たちと、僕たちの下の世代の成長を志向しなければならない。

「ところで結局、二回目の天和はどうやって上がったんだ?」

 夕方のニュースでいい加減飽きた頃合いになって来た野球部大規模違法賭博ニュースを聞きながら、僕は哀歌に聞いた。

「それは簡単ですよ」

 哀歌の声は脱衣所の方から聞こえた。まだ一風呂浴びるには早い時間だろうに、どういうわけか哀歌は脱衣所でごそごそしている。何やってんだ?

「上家の人が山を積む時、都合のいい場所に積んでもらえるよう、牌を送り込んでいたんです。上家の人は――というより三人ともでしたが――積み込みができるような人たちではなかったので。ただひたすら、積める牌を積んでいる動きなのは最初の一回で分かったので、積みやすい位置に牌を滑らせて送っていました」

「簡単に言うよな…………」

 ルーレット・サドンデスの時といい、酷い話だよ。

「どうしてそんなにお前はイカサマが上手なんだか……」

「師匠がよかったものでして」

「師匠、ね」

 哀歌の師匠。

 僕は一度しか会ったことがないが、哀歌には師と呼ぶべき人間がいる。二年前、哀歌の母である悲哀が失踪した際、その捜索を手伝った人間。その男に哀歌はよほど懐いていて、彼の持つイカサマ技術の大部分を教えてもらっているらしい。

 まあ、その結果が前回、今回と続く彼女の一連の単独行動と思うと、あまりいい気はしないが。

「なんにせよ、統風としても大きな山が片付いて一段落というところでしょう。委員長も大喜びですよ」

 脱衣所の扉が開いて、哀歌が出てくる。ちらりと何の気なしにそちらを見て、またテレビに目線を移したところで、驚いて僕はもう一度哀歌の方を見た。

「どうしましたか?」

「いや……」

 哀歌は浴衣を着ていた。水を思わせる深い青色に、緑の水草と赤い金魚の柄が映える。しかし……基本的に赤を好む哀歌にしては、随分思い切ったイメチェンである。よく見ると、手と足の爪も水色に塗って、薬指だけ赤くしている。長い髪も結い上げて簪で留めている。ああ、だから浴衣の青色が髪に邪魔されず一層はっきり見えたのか。

 いやそうではなく。

「何がどうなってそうなったか、説明を求めてもいいものかと思って」

「今から花火大会に行くんです」

「花火大会?」

 あったっけ? 地元のものはもう終わっているが。

「花草木市ですよ」

「花草木市って……ここから北の方か? 花火大会やってたのか。例の統風のメンバーと誘い合わせたのか?」

「ええ、まあ」

 哀歌は僅かに言い淀む。

「無花果さんと」

「い――――――」

 はい!?

「それじゃあ行ってきます」

「おいこら待て! いつの間に連絡先交換して――」

 いや。

 言うだけ無駄だし、僕にその資格はない、か。

 だが無花果くん、東京の出ではないだろうとは話しぶりから察していたが、同じ愛知県内出身とは…………。

 因果か縁か、はてさて。

「…………僕も、そろそろ時間か」

 因果と言えば、そうか。

 僕にも用件があって、呼び出しを食らったのは花草木市なのだった。どういうわけかと訝しんでいたが、花火大会か。

 らしいと、言うべきだろうか。

 記憶喪失の人間に、失われた期間の人格と性質が似通っていることを、そいつらしいなどと、言っていいのか。

「……………………」

 探偵に必要なものとはなにか。

 現場を一目見て大勢が見逃した証拠を見つける観察力か。

 煙草の灰や跳ねた泥すらも推理の材料にする分析力か。

 死亡推定時刻から死因まで、科捜研の助けを借りずとも把握する深い学識か。

 事実を集積し犯人の行動を再現する超然とした推理力か。

 探偵に必要なものとはなにか。

 いずれにせよ、お前には足りない。

 そう言われ続けた僕を、探偵と初めて呼んだあのひと

 しぶとく生きると息巻いて、あっさり死んだあの女。

 奈落村事件、その生き残りに数えられなかったあの女。


 一山終えたと哀歌は言ったが、無論、統風ならざる僕にとってこれらはさして重要な話ではない。

 探偵にとっても兄にとってもギャンブルなど領分ではないし。

 僕の身に余る瞳術がなんであれ、ギャンブルでさして役には立たず。

 駄目な大人を反面教師にして、自身と次世代との成長に思いをはせてみたりしても。

 それらは大したことじゃないと、今にして思う。

 ここまでの話は全て前哨戦であると。

 僕の日常が、終わるか終わらないかの戦い。その始まりを語るための下準備はいよいよ終わった。

 時計の針は、今少し戻る。

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