2 不審者侵入!?

「横浜? 猫目石先輩、横浜行ってたんすか?」

「ああ。三日間ほどね。これ、その時のお土産」

「あざっす」

 今日も今日とて、受験生は補習の日々。たとえ朝からテレビが大雨警報発令クラスの豪雨が昼から降るだろうとかなりの確度で予報していたとしても、だ。案の定、グルメサイエンス部の活動場所である調理実習室から外を見ると、強い雨が弾丸のように降り注いでアスファルトを叩いていた。白く煙って、遠くもよく見渡せないほどだ。

 一応、傘は持ってきているけれど外は歩きたくないな。

「なんすか、これ」

「シュウマイマントマン」

「なんすかそれ……」

 お土産を渡すと、新副部長の籠目六星くんはけっこう微妙な顔をした。

「変なキャラクターだよね。まあ、中身はありがちな焼き菓子だから」

「何味っすか?」

「シュウマイ味らしいよ」

「…………煎餅みたいなものと思えば、ま、そんなに変な味ってこともないっすね」

 籠目くんの微妙そうな顔は、さらに微妙なものになった。

「お前、また変なもの買ってきたのか?」

 と、これは六星くんの隣にいた元副部長の千種千里。僕のクラスメイトである。

「またってなんだよ」

「大昔に三重県から帰ってきたときは、マツザカマントマンだったろ。お前そんなにマントマンシリーズ好きなのか?」

「そんなシリーズあるのか?」

「こっちが聞きてえよ」

 僕と千里が言いあっていると、お土産の箱を開けた籠目くんが何かをこっちに渡してくる。よく見るとそれは、パッケージにも描かれていたシュウマイマントマンのストラップだった。

「なんだこれ?」

「箱に入ってました。おまけじゃないっすかね。一個しかないですし、それは先輩に返しますよ」

「そう……ああ確かにこんなストラップ、僕の勉強机の引き出しに何個かあったな」

「何個もあんのか……?」

 あきれ顔で返した千里だったが、ちらりと調理実習室の出入り口を見る。

「そういえば、帳は?」

「僕もそれを聞きたかった」

 調理実習室に立ち寄ったのは、お土産を渡すのが主目的ではなかった。雨が降って歩いて帰りたくないので、帳を迎えに来るだろう車に便乗させてもらえないか頼みに来たのだった。

「今日は珍しく、補習に出てたよな」

「ああ。でも、補習が終わってから姿を見てないんだよ」

「弁論部の部室なんじゃねえの?」

「いや、部室には朝から笹原がいたんだけど、一度も来ていないらしいんだ」

「じゃあ分かんねえな」

 しかし噂をすればなんとやらで、その時、調理実習室のドアが開かれた。帳かと思ってみると、スラックス履きの女子生徒が緩やかなウェーブのかかった髪を揺らして、扉の前で息を切らせていた。

「ね、猫目石先輩!」

 帳ではなかったが、彼女は笹原色。僕が部長を務める弁論部に、この夏休みという奇妙な時期に入部した新入部員である。そして実はラジオパーソナリティとして『DJササハラの血みどろニュースチャンネル』の司会を務める大物女子高生だが、僕にとっては未だに一介の後輩生徒でしかない。中学高校通して、部活で後輩を持ったことのない僕にとってはそれだけでも貴重なのだけど。

「どうした、笹原」

「た、大変なんです。今、先輩のクラス、15組で…………」

 僕のクラス?

「先輩のクラスメイトの物部先輩が、猫目石先輩を呼びに部室にきて……。なんでも、やばそうな人が先輩のクラスに侵入したって」

「…………やばそうなやつ? それを何とかしろって?」

 教員か警備員を呼ぶ案件じゃないか、それ? 上等高校では、警備員が増員されている。普段は下校時間ギリギリにならないと姿を現さなかった彼らだが、今では夏休みにも関わらず昼間にも廊下をうろつけば結構な確率でエンカウントするのだった。だから呼ぶのは簡単なのだが……。

「わたしもよく分からないんですよ!」

 息を整えた笹原は叫んだ。

「で、物部先輩が言うには、ああいうやばい奴は猫目石先輩の知り合いに違いないって。それもそうだなと思ったので、先輩を探して駆けずり回ったところです」

「風評被害もいよいよ極まったな」

 それもそうだなじゃないんだよ。

「警備員に任せとけばいいだろう。そうだ、笹原も食うか、シュウマイ味の焼き菓子」

「なんですかそれ。開発していい食べ物なんですか?」

 辛辣だった。

「とにかく来てくださいよ。こんな面白いこと、指くわえて見ているなんてわたしの名折れですっ!」

「お前の名前が折れようが僕は知ったこっちゃないんだが……」

「物部先輩の話によると、紫崎先輩がその不審者にぶっ飛ばされたらしいですよ!」

「そりゃあいい!!」

「ひゅう。やるね」

 僕と千里は思わず快哉を叫んだ。書き起こしたらビックリマークを二つ以上使っているかもしれないくらいの大声、何年ぶりに出したんだろうな。

「病院送りになるくらいぶっ飛ばされてると爽快なんだ――――痛い分かった行くから首を持つな!」

 しぶしぶ、本当にしぶしぶ笹原に伴われて僕はグルメサイエンス部を後にすることになった。

「千里は来ないのか?」

「やだよ。知ってるだろ、オレ、紫崎の野郎大っ嫌いなんだよ」

「ぶっ倒れてるあいつに追撃のチャンスだろ?」

「倒れてるやつを殴ったらオレが悪者になっちまう」

「それもそうか」

 僕たちは調理実習室を辞して、部室への道を急ぐ。まあ、そう遠くはないし僕たちの到着が遅れるほど雪垣の身に危険が及ぶなら願ったりなのでしいてゆっくり歩いた。

「笹原、その不審者っていうのについて、物部は何か他に言ってなかったか?」

「えっと、首から入校証をかけているって言ってました」

「入校証?」

「はい」

 警備員の増員と合わせて、学校が防犯対策で用意したものだな。入校証自体はこれまでも存在していて、外部の人間は入校の許可と共にそれをもらって首からかける決まりになっていた。しかし今まではなあなあというか、別になくても咎められる類のものではなかった。これも、あの事件の影響で厳密化したのだ。

「なるほど、どうりで警備員をすっ飛ばして僕にお声がけというわけだ。ていうか、それならその不審者は不審者じゃないだろう。せいぜい、知らないおじさんってことで」

「先輩、その不審者はおじさんじゃないですよ」

「そうなのか?」

 外部からの来客、ということで僕が思い出していたのは鳥羽始理事長だった。すべての学内紛争をギャンブルで解決するという驚異の学園、鳥羽学園の中年理事長。何事においても自分の勝利を揺るぎないものと信じて疑わない絶対的自信の持ち主。その余裕はある人には傲慢さに映るだろうし、ある人には鷹揚さに映るだろう。僕はどちらかというと後者に近いが、ともかく、不審者をおじさんと呼んだのは彼の存在が意識の端にあったからだ。

「じゃあ、その不審者っていうのは?」

「物部先輩曰く『ものすっごい美人』だそうです」

「また変な印象だな…………」

 物部は、まあ、いかにも高校男子というパーソナリティのやつなので、たぶんあいつが美人と評するなら客観的に見てもその人物の美的完成度は高いということなのだろう。加えて言えば、そういう平均的高校男子が人間の美的完成度を勝手に評価するのは女性相手と相場が決まっている。つまりやつの言葉を訳せば「美しい女性」ということになるがそれを不審者の特徴として教えられた僕はどうすればいいというのだ。

 教室に向かう階段に差し掛かったところで、僕と笹原は同様に階段を目指していた二人の女性を目撃する。ひとりは僕が先ほどから探していた帳で、もうひとりは白衣を着た若い女性だった。

「あら、瓦礫くん」

 こちらに目を向けた帳は、僕に近づいてくる。途中、うっとおしそうにプリーツスカートをさばいてから、肩をなでる程度に長い黒髪を手で撫でつけた。彼女の髪先は湿気のせいかくるんと丸くなっている。シャワーを浴びた後とかも同じようになっていたから、彼女の髪質では湿気を含むとああいう風に髪が丸まってしまうらしい。

「こんなところでどうしたの? 笹原さんも一緒で」

 言うなり、帳は腕を絡めてきた。ちらりと見ると、笹原がそっと距離を離していた。

「ちょっと教室で愉快なことが起きたって聞いてさ。帳は?」

「町井先生と、内緒話。瓦礫くんは町井先生とは初対面?」

「いや、一度だけ」

 そうか、そういえば彼女が町井涼香先生だったな。名古屋の北里大学診療心理センターのカウンセラー。夏休みに起きた事件を契機に、上等高校から依頼されてここに来ているのだ。

 僕が彼女と初めて会ったのは、僕がタロット館から帰ってきてすぐの頃だった。愛知県沖に浮かぶ孤島に建つタロット館という奇怪な館で起きた、名探偵から死んだ連続殺人事件。不肖僕が代打の探偵役を務めることで事件は解決し、孤島からの帰還は叶った。しかしその生還から帳との再会には今しばらくの時間を要していて、その間に、僕は上等高校で起きた事件について知った。

 上等高校ではタロット館事件と並行して、別の殺人事件が起きた。僕がタロット館から帰ったころには、事件は生徒会の相談役と呼ばれている紫崎雪垣――今、教室でノックアウトされていると思しきあいつ――によって解決され、タロット館事件のセンセーショナルなニュースバリューもあって、同様に奇怪な事件だったはずのこちらは既に世間から忘れられつつあった。

 まあ、その方がいいなと僕も思う。横浜で、事件の衝撃から逃れるため上等高校から離れたある女子生徒と出会っているせいもあってか、そう思う。

 タロット館事件も十分に奇妙な事件と世間には理解されているけれど、この上等高校で起きた殺人事件もなかなかに奇怪なものだった。なにせ被害者も加害者も同じ高校生。実行委員会――この学校で行事の運営を取り仕切っている組織の合宿中に起きて、どうやら不可解なアリバイトリックも見られたという。

 で、話を戻して町井先生についてなのだけど、学内での殺人事件を受けて、上等高校は二名の特別な人材を招集した。一人が名前を忘れしまったが、京都から来たという犯罪学者。そして一人が町井先生だ。犯罪学者というのは、どうもまた学内で事件が起きるのを予期しているようで不気味でさえあるが、カウンセラーならば招集の理由も明快だ。被害者も加害者も学内の生徒となれば、彼らのクラスメイトや実行委員会の生徒たちのショックも大きい。そこで専門的なカウンセラーにお越し願ったということだ。僕が町井先生と出会ったのはタロット館から帰ってきて帳と再会するまでの間で、上等高校で起きた殺人事件についても、その時の邂逅で知ったというわけだ。

 町井先生は、温和さを内包したような特徴的な丸顔をこちらに向けた。

「さっき、あなたたちのクラスメイトの長谷川くん――でしたか? 彼が紫崎くんが倒れたって保健室に駆け込んできたんです。それで今、私たちは教室に向かっていたのですが、猫目石くんも?」

「長谷川が? 僕は笹原経由で、物部から聞きましたよ」

 ふむ、すると案外、教室には人が残っていたのだな。しかし雪垣が倒れて即座に保健室に駆け込み、さらに養護教諭ではなく町井先生を呼ぶとは、長谷川にしては奇跡的な最善手の連打だな。

「じゃあ、帳も保健室にいたのか?」

「ええ、少しね」

 帳はそう言って、ちらりと町井先生を見る。なにか、町井先生が言うのを言外に封じたようにも見えた。

「とにかく急ぎましょう。ね?」

 町井先生は僕たちを急かして、階段を上っていく。僕としてはやっぱり雪垣のやつには倒れておいてもらいたいのだけど、さすがに町井先生は引き止められない。僕たちも町井先生に引き続いて、階段を上って自分たちのクラスに急ぐ。

「そういえば、3年生の13組から15組までだけ、他のクラスから離れていますよね」

 わずかな道中、笹原が口を開く。

「特進クラスだからですかね? 受験勉強に集中できるようにって」

「かもな」

 クラスメイトをふと思い出す。どっちかというとあの愉快な動物園を隔離する目的として、今は機能していそうな配置だった。

「でも、今はそれが幸いしましたね」

 と、町井先生。

「本当に危ない人だった場合、周囲に他のクラスがない方が安全ですから」

「いや、一応正規の来客ですよね? 入校証持ってたんですから」

「そうでしたか? 長谷川くんは、何も言っていませんでしたが」

 どちらにせよ急ぐことに変わりない。僕たち4人が階段を上りきり、教室の前までやってくると、教室の前方と後方二つの扉の前にちょっとした人だかりができていた。町井先生はあのおっとりした雰囲気からはちょっと予想もつかない大胆さで、後方扉の人だかりを毅然と掻き分けて教室へ進んでいく。僕、帳、笹原の3人は前方扉の方にまわった。

 僕たちは町井先生のように、人だかりを無理に分け入っていく必要はなかった。近づくと人だかりは、帳の存在を認めて素直に道を開けた。これは彼女がこの教室の人間であるからではなく、彼女が夜島帳であるための現象だった。僕と笹原だったら泣けど喚けど誰も道を開けなかっただろう。

「何があったの?」

 帳は人だかりに向かって適当に聞いた。それで己の望む答えが返ってくると信じていて、実際に返ってくるのが帳なのだ。

「変なやつが突然、15組の教室に入ってきて…………」

 答えたのは人だかりにいた、ひとりの男子生徒だった。

「『瓦礫を出せ』って言ってて、だからここのクラスの連中はみんな瓦礫を探しに行ってさ」

 その瓦礫――すなわち僕――は顔だけ教室に突っ込んで様子を見ることにした。突然やってきて人を出せと要求するやつにろくなやつがいるとは思えない。もし僕に恨みのあるやつ(そんなやつがいるのかは知らないが)だったらどさくさに紛れて逃げるだけだ。

 教室には、ほとんど人がいなかった。先ほどの男子生徒が言った通り、僕を探しに教室を出たのか、あるいは逃げ出したか。まあ、どちらにせよこの場を離れたのは不審者の正体がなんであれ賢明だろう。

 教室の、窓側から一列目の真ん中の机に、当該不審者は座っていた。右足は机にのっけて、左足は投げ出してぶらぶらさせているという非常に行儀の悪い体勢だ。そのいかにも粗野な態度に、来客用の緑色のスリッパは不格好だった。

 物部の言葉から推測できた通り、その不審者は女性だった。年は僕たちと同じくらい。みずみずしい黒髪は雨に濡れていたが、はねたり丸まったりはせずまっすぐで、おそらく彼女が立てば腰どころか太もも辺りまで届くだろうという長さだった。彼女はつなぎの赤いライダースジャケットを着ていたが、上半身は脱いで腰辺りで適当に縛ってまとめていた。それだから上は黒いタンクトップだけで、肩から指先にかけて、小麦色のしなやかな腕があらわだった。

切槍愛珠きりやりあいす!!」

 笹原が小声で叫ぶという芸当を披露した。

「知ってるのか?」

「知ってるも何も、つい最近防衛戦をKO勝利で飾った現役女子高生プロボクサーですよ! その時の試合の視聴率、大晦日でもないのに凄かったんですからね! スポーツ新聞も一面で写真付きの記事出したんですよ」

「そうだったのか」

「でもどうして先輩をご指名なんでしょう? 知り合いですか?」

 知り合いというか…………なんというか。

「ねえ、瓦礫くん。彼女って…………」

 帳は気づいたらしい。

「まあな」

 下手に笹原に騒がれたくなかったので、適当に答えて、あとは目と目で意思をやり取りした。

 再び愛珠に目を向ける。彼女は笑顔と真顔の中間地点のようなリラックスした表情で、机に座っている。ただ、かけている赤い眼鏡の奥では、底なし沼みたいなねばつく暗さの目が、じっと一点を見つめている。

 そちらに視線を転じると、そっちには巨人がいた。

「あれは…………」

 おそらく180センチは余裕で超えるだろうという巨躯の女性が、剣道経験半年の僕でも分かるくらい、緊迫した構えで愛珠と対面していた。革ジャンとジーンズという格好なのに、筋肉の緊張がはっきりと観察できた。以前会った時はにぃっと三日月状に曲げて不敵に笑ってきた口も、今は真一文字に結ばれている。鋭く、ひとにらみで人を殺せそうな眼光が愛珠に注がれている。

「ちょっとちょっと」

 と、ここで初めて愛珠が口を開く。

「なんかわたしが悪者っぽくなってない? ちゃんと前日に連絡したし、警備員さんから入校証もらったって! ほらこれ」

 愛珠は首から下げていた入校証を右手で持って示すが、長身の女性はまるでそれを無視した。弾け飛ぶような轟音と共に床を蹴って、愛珠を組み伏せようと接近する。

「早いっ!」

 思わず笹原が叫ぶ。確かに早い。そして思い切りがいい。あの長い脚と腕なら、結構な距離からでも間合いを瞬時に詰められるのだろう。あらかじめ接近するのに都合がいいよう、愛珠との直線上に机の並んでいないところを陣取っていたようで、机や椅子、カバンといった雑多なものに邪魔されることもない。あっという間に――本当にやじ馬たちが「あっ」と息を呑む間に、女性の両手は愛珠の肩と首に迫っていた。

「あっぶなー」

 愛珠ののんきな声は、しかしはるか頭上から聞こえた。

 いつの間にか、愛珠は教室の天井にいた。本当に、いつの間に。この様子を観察していた人間は誰も、瞬きなどしていないはずなのに、気づいたら愛珠は机の上から天井に居場所を変えていた。

「立ってる…………」

 再び笹原が声を上げる。そう、愛珠は天井に立っていた。もっとも、直立というよりは中腰に近い姿勢だが…………。

 おそらく実際には一瞬だったが、この場にいる全員の、その一瞬は十倍くらいに引き伸ばされた。自分にかかる重力だけを反転させているかのように、愛珠は天井に立っている。長い髪も、空中で自由に遊んでいる。そうして、二、三歩ステップを踏むように天井を歩くと、ふわりと落ちていく。途中で体を捻って頭と足の位置を入れ替えると、そのまま優美に着地――――。

「うぐっ!」

「あ、ごめん」

 とはいかなかった。何かを踏みつけたらしく、すぐに愛珠はとててと後ろに下がる。そして自分が踏んづけたものへ視線を送っていた。

 そんな愛珠の失敗で、彼女の動きに視線を釘づけにされていた総員は解放された。全員が全員、ふぅと息を吐いた。

「紫崎先輩!」

「紫崎くん」

 緊張状態の解けた教室に、2人が入り込む。一人は町井先生、もうひとりは扇しゃこさんだった。扇さん、いつもなら雪垣の傍にいるものだけれど、町井先生と同じく教室の後方扉の方にいたのか。

 うん? というか雪垣? この教室にいたか?

 まあいいや。それより今は…………。

 僕は愛珠に近づいた。向こうもこちらを認識したらしく、軽く手を挙げる。

「あ、いたいた、弟」

「いたいたじゃないんだよ。なにしにきたんだ、妹」

「ふふん」

 切槍愛珠――現役プロボクサーで女子高生で同い年で、そして僕の妹はすべてを許したくなるような屈託のない笑みを浮かべた。

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