CASE:The STAR 笹原色と小話二題
1 プロローグ
笹原色について語らなければならない。
いや誰だよ、と思われた各位においては、僕も共感を示そう。
本当に誰だよ。
『DJササハラの、血みどろニュースチャンネルー!! どんどんぱふぱふー』
「ぶっ…………」
僕がそのふざけたラジオ番組を聞いたのは、タロット館からの帰路だった。
タロット館。金田一耕助の探偵譚『八つ墓村』や『獄門島』が場所を示す語句だけで事件そのものを想起させるタイトルとなるように、タロット館もまた、一つの場所を指し示しながら同時にある一連の事件を思い起こさせる単語となる。
愛知県南部の洋上に浮かぶ絶海の孤島架空島。朝山という東海地方では五指に入る名家が所蔵するこの島に立つ奇妙な構造を持つ別荘タロット館。そこで起きた、名探偵から殺害されるわ館の主人は警察を呼ばないわ、あげく僕が探偵を演じるわの大わらわを演じた一連の殺人事件。そこから命からがら生還しての帰路ということになる。
港で船から降りた僕は、あらかじめ準備されていたリムジンに乗って自宅まで送り届けられることになった。さすが名家だけあって、いろいろ手回しが早い。聞くところによると、警察にもその触手を伸ばして僕たちゲストを速やかに帰宅させるよう取り計らってもくれたらしい。まあ、これには朝山家の権力以前に、犯人が既に特定されているという気安さと、僕を除くほとんどのゲストが有名人ゆえに逃亡の危険が少ないという理由もあっただろう。のちにみっちり警察署で油を搾られることとなるのだが、リムジンに乗って飲みかけの缶コーヒーを危うく噴き出しかけていた当時の僕にそこまで気は回っていない。
「なんですか、このラジオ」
「お? 先生はこういうの嫌いだったか?」
リムジンを運転するのは船に引き続き、タロット館の使用人である
僕たちが乗っているリムジンは、比較的小型のものだった。無論黒塗りでピカピカの車体はその大きさには似合わぬ威圧感さえ放っていたが、中の構造は四人乗り普通自動車のそれに近い。でもこのリムジンを港まで持ってきた人たち(架空島外の、おそらく本家にあたる人たちだろう)は汚いつなぎ姿で乗り込もうとする森さんにかなり難色を示していたから、決して安くない車なのだろう。
今、次々と車線変更して高速道路を突っ走るこのリムジンを見たら卒倒しかねないな。
「いや、嫌いかどうかはこの際関係ないでしょう? 殺人事件の現場から帰って、初めて聞くニュースがこれって……」
「お嬢はこれを聞くって、今日の夜は楽しみにしてたぜ?」
「……………………」
お嬢、とはタロット館の幼い主人ロッタちゃんのことだ。警察嫌いで、ために事件をこじらせた張本人である。どうもタロット館に幽閉されているらしく、その理由に警察が絡んでもいるようなのだ。まあ、そういう過去があっては、こちらもあまり責める気にはなれない。
若干14歳、僕の妹と同い年の彼女のことを、森さんはいまいち軽んじているらしかった。もちろんそれは親しみありきのことだが、タロット館に在住する他二人の使用人の態度に比べれば砕けすぎな感はある。だから森さんに対するロッタちゃんの評価は「親戚のおじさんみたい」となってしまう。
「はあ、これ、どういうラジオなんですか?」
「お嬢が言うには、新聞の三面記事を飾るような血みどろ陰惨なニュースの特集が主らしい。ほら、津山うん十人殺しとか、毒入りペプシとか……」
「ああ、まあ、言いたいことは分かりました」
「たまに本職の作家先生を呼んで、新刊の告知がてらインタビューもするらしいぜ。あと、案外真面目な内容もあるって。前聞いたのは確か、自殺特集だったな。自殺スポットを紹介しながら、最後はきっちりホットラインの案内もしてた」
なるほど、一見ニッチでアウトローなことをしておきながら、わきまえるところはきっちりしているわけだ。そうでなければこの深夜帯でも、公共の電波で流すのは難しいだろうし。
『DJササハラの、血みどろニュースチャンネルー!! へいへいよーよー!』
「……………………」
次にDJササハラのノリのいい声を聞いたのは、ある喫茶店だった。その声が聞こえた途端、喫茶店内の空気は地獄の底を舐められるくらいに低下した。
その喫茶店は『パラダイスの針』という。僕のクラスメイトで、おそらくいけ好かない選手権があれば上位入賞は間違いないだろうという男、
「……………………」
若い女性マスターは、ラジオの音が聞こえると露骨に顔をゆがめた。カウンターの向こう側なので具体的な動きは分からないけれど、何か踏み台に乗ると棚の上に置いてあった有線放送の機材に手を伸ばす。そういえば、この店は(まだ片手で数えるほどしか来たことないけど)ラジオなんて流していなかったな。おそらく有線放送の機材が変に故障でもしたのだろう。しかし真昼間からあれを聞くとは。確か深夜帯じゃなかったか?
「君は、あの声の主を知っているかな?」
「いえ」
カウンター席の隅で、隣の男性が僕に話しかけた。どうして僕がいけ好かないやつの愛の巣なんかにいるのかといえば、「学校では話しにくいことがあるから」とこの人に言われて連れ出されたからだったのだ。
しかしあれか、DJササハラの声を中年男性の近くで聞くというジレンマでもあるのか僕は。
「彼女は元々、インターネットの動画投稿サイトでゲーム実況などをしていたらしい」
「はあ…………」
鳥羽始。
すべての紛争をギャンブルで解決するという驚異の学園、鳥羽学園の理事長は僕の困惑をよそに話を進める。森さんに対してロッタちゃんは「親戚のおじさん」と語ったけれど、鳥羽理事長も「親戚のおじさん」みたいだというのが僕の第一印象だった。
森さんが何をしているのかいまいち分からなくて、時折お小遣いをくれるようなおじさんとするならば、鳥羽理事長は盆や正月にあって「ちゃんと勉強しているか?」と挨拶代わりに聞いてくるおじさんのようだと思った。同じおじさんでも正反対だ。もっとも、僕は親戚いないんだけどさ。
僕と鳥羽理事長の間に発生したこの会談は、グルメサイエンス部の新部長決定に際してわずかなごたごたのあった日の前日だった。この会談(喫茶店以前の、学校内での邂逅も含めて)の内容は概して二つ。ひとつは僕がタロット館にいる間に上等高校で起きた殺人事件について。もうひとつがその事件を受けて上等高校が講じる諸々の対策だった。
「その対策を、君がするという気はないのかな?」
鳥羽理事長はそう言って、さらに僕の過去に関する二、三のことと、それらを絵解きする上でのヒントになる人物を紹介した。が、まあ、それは別の話だ。
「現在は君と同じ、上等高校の生徒なんだよ」
「へえ、そうでしたか……」
「案外、近いうちに会うかもしれないよ」
「ご冗談を」
「いや、それが冗談ではないのだ――――」
そうして、彼の口からかつて『疫病神』とまで呼ばれたある女性の話が出たのだけど、ここでは割愛。同じく別の話。
『DJササハラの、血みどろニュースチャンネルー!! いえーい!!』
そして三度目。これを聞いたのは自宅で、これが彼女と僕の邂逅を予見するものだった。
「あ、兄さん、始まりましたよ」
「…………ああ」
僕が二階の自室からリビングに降りると、ソファに座っていた妹の哀歌がこっちに手を振った。哀歌は小型のICレコーダーを左手に持っていて、ラジオ機能もあるそいつからササハラの声は聞こえているのだ。
「さあ、早く早く」
「………………」
赤いノースリーブのワンピースに身を包んだ彼女は、白やベージュという落ち着いた、あるいは平凡な色彩にあふれたリビングの中で際立っていた。ぱたぱたと足を振ると、長い裾がはためいて白い足首が見えた。上機嫌にほころばせた口元の上で、黒真珠みたいな目が怪しく光っている。ぴたっと動きを止めれば
「随分機嫌がいいな」
隣に腰掛けながらなんとなく呟いて、それからしまったなと思った。ここ最近、どういうわけか哀歌のテンションとメンタルは乱高下を繰り返していた。つい昨日も夜遅く帰ってみると、哀歌お気に入りの喧嘩煙管で危うく闇討ちされるところだった。下手なことは言わないに越したことがないのだ。
「そうですか?」
しかし哀歌は、僕の言葉に気分を害した様子がまるでなかった。とりあえず安心する。むしろにんまりと笑ったくらいで、それはそれで不気味だった。
「今日の晩御飯はオムライスとミネストローネにしました。だからきっと上機嫌なんです」
「そうか。そうだな」
三日前もオムライスだったのは言わないでおくことにした。その三日前もだ。
あれれ? まあ、哀歌の作る料理は何でもおいしいからいいけどさ。
『今日のゲストはNPO法人犯罪関係者を守る会の代表、木野悲哀さんでーす』
『どうもー』
と、ササハラの声に呼び立てられて挨拶をしたのは、哀歌の母だった。
『いやー緊張しちゃうなー。あたしってこういう人前に出る仕事苦手なんだよねー。昨日も三時間しか眠れなくってさ』
「嘘つけ」
あまりにあんまりなので、悲哀に聞こえないことは承知で突っ込んだ。「人前に臆することなく出られる」一点でNPOの代表をしているのが彼女で、昨日眠れなかったのは緊張ではなくゲームのやりすぎだ。僕と哀歌はちゃんと、悲哀が布団の中に潜ってポケモンをしていたのを知っている。
ゲームのやりすぎを窘められた小学生か。
「お母さま、大丈夫でしょうか」
僕とはうらはらに、哀歌はどこか心配しているらしかった。
「昨日もほとんど寝ませんでしたから、不意に取り返しのつかないことをしゃべらないといいんですが……」
そっちか、心配の種は。
「まあ大丈夫だろう。悲哀もいい年した大人だからな」
「そうですね……」
しかし、哀歌の心配は別な形で僕の身に降りかかった。
『ふうん、ササハラちゃんって上等高校なの?』
『ええ!』
話が一通り終わったころ、ふっと話題はササハラの日常生活に及んだ。どうやら鳥羽理事長の情報通り、彼女は上等高校の生徒らしい。
『あ、でもそんなこと明かしちゃっていいの?』
『はい、今はラジオなんで顔は出してないですけど、ゲーム実況のイベントとかだと普通に顔出してたんですよ。それにわたし、なんてったって現役女子高生DJで売ってますから!』
『あんまり若さを売るもんじゃないわよー。女子高生なんていい男のカモなんだから。ま、何かあったらあたしの息子を頼りなさいな』
『およ?』
「おい…………ちょっと待て!」
思わず静止の声が出た。しかし、当然それも届かない。
『うん、うちの息子も上等高校の生徒なんだよね。いつもは炬燵に入った猫みたいなやつだけど、あれでやるときはやるから当てにしていいよ』
僕は哀歌を見る。哀歌は僕を見る。哀歌は僕を見て、にたりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます