第2話 魔女と青年

 魔女が赤子の亡骸を拾ってから20年の月日が流れた。

 彼女は陰鬱な人間の面影を残しつつ立派な大人の女性へと成長していた。不死であって不老じゃないのかい、と本気で神を呪うべくもとい不死の呪いを解くべく大人になった今でも日々鍛錬を続けている。開けた平地に設けた工房で大釜をかき回すのが日課である。

「あの子を釜に入れてから……ずいぶん経った」

 なお、大人になっても性格は変わらず陰鬱だ。目の下のクマも相変わらずだが、歯は新しく生え揃い、呪文を噛むことなく大釜をかき混ぜることができるようになった。今では日の当たる開けた平地に工房を設けるほどに成長し、よき理解者である魔女仲間を得るほどにまで社会性は回復している。

 そして、彼女の成長にはとある人物も関係していた。

「母さん見てよ! 使い魔からの連絡だぞぅ!」

 玄関の扉を勢いよく開き、大慌てで魔女の方へ向かってくる青年がいた。

「ひっ……!」

「あっごめん。母さん、今夜の23時から魔女集会があるんだ。その招待状が来たよ」

 彼女には子供がいた。

 否、彼女自身の子供ではない。男性と子を成すことなど彼女にとっては夢のまた夢なのだから。

 幼いころの面影はとうに失せ、新たに生まれ変わった瘴毒の赤子がこの青年の正体である。


 魔女は瘴毒の谷から帰るや否や、すぐに赤子の亡骸を大釜の中に放り込んだ。彼女の得意とする死霊術ネクロマンシーの遣り口だ。そこへ魔術の何某、何某、何某を加え煮て炊いて混ぜ合わせるといつも動物の死骸にしていた通りの蘇生魔術が完成するのだ。

 しかし、彼女の魔術は短命で精々1日程度の命に過ぎない。死した者をゾンビとして蘇らせ、使役し、再び死の恐怖を与えねばならない。あまりに残酷なことだ。彼女はそれを自らのエゴとし、仕方なく行ってきた。人間の赤子をゾンビにすることに胸が痛む。それでも、彼女には必要なことだった。1人では生きられぬ人間には友達が必要なのだ。それが1日限りだとしても、赤子だとしても、ゾンビだとしても。

 それがどういう訳か、彼女は赤子でゾンビを作ったのではなく赤子を蘇らせてしまった。亡骸としての欠損もなく、腐臭もせず、1日経っても朽ち果てない正真正銘の蘇生を完成させてしまったのだ。

 疑問に思いながら育てること20年、赤子は勇ましい青年となり現在に至る。


「ほら、母さん。魔女友に会えるチャンスだよ」

「で、でも私……こんなに醜いクマがあるし、そ、それに、ド、ドレスで着飾ったこともないし」

「何言ってんだ。母さんの魅力は他の魔女にも劣りやしないよ」

「み、み、み、魅力だなんて、無縁だわ……」

 顔を赤らめ、目が魚の如く泳ぎまくってる魔女はそっぽに視線の逃げ道を見つける。

 青年はもう一押し、と言わんばかりに魔女の手を握ってさらにアピールした。

「それに、みんな昔に子供を拾って育てたらしくってさ。僕も同じようなもんだろ? だから、話すのに困ったら僕の話をすればいいよ」

 魔女はハッとしたようにそっぽにやった視線を青年に合わせた。慌てたようにいつも通りの口調で返す。

「ち、違う……! 私は、拾ったんじゃなく、こ、殺したの。あなたを、子供を殺したのよ。それを自慢話になんて言えないわ」

「違うのは母さんだよ!!」

 青年は魔女を怒鳴りつけた。魔女は今まで聞いたこともなかった我が子の怒号にしゃくり上げたように驚き、衝撃で思わずクマを湿らせた。

「母さんは殺したんじゃない……。救ってくれたんだ。あのまま母さんが来てくれなかったら今頃僕は……。母さんは僕を捨てた村のやつらとは違う。母さんは命の恩人だ。それをそんな風に言うのは、母さんでも許さないぞ!」

 正義の対となる悪は、また別の正義。

 魔女が赤子を蘇生させようと見殺しにした行為は、別の視点では正義なのかもしれない。

 なんにせよ、魔女の決心は固まったようだ。


 いざ行かん、魔女集会へ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰鬱な魔女 えすの人 @snohito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ